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恋の行方編 後藤Happy End



【教場】

仙崎国土交通大臣は辞任・逮捕され、私にも日常が戻っていた。
結局、最初の議員襲撃事件も、
2度目の市議会襲撃事件も仙崎大臣が計画した自作自演だったらしい。

後藤
今日はここまでにする。各自要点をまとめたレポートを提出するように

後藤さんの講義が終わり、教室から出ていく背中を遠くから見送る。

(事件が終わってからは時々教官室で手伝いをするくらいで、入学したての頃に戻ったみたい···)
(寂しい気がするけど、このくらいの距離でちょうどいいんだ)

鳴子
「お疲れ」
「いいの?後藤教官と一緒に行かなくて」

サトコ
「うん。今は特に仕事任されてないから」

鳴子
「そっか」
「最近、後藤教官とはどうなの?」

サトコ
「ん?別に変りないよ。捜査が終わってホッとしてるところ」
「これからは次の試験に向けて頑張らないとね」

鳴子
「そう···ま、いいけど」
「次の試験まではまだ間があるし、今のうちに気持ち整えておくといいよ」

サトコ
「うん、そうだね」

(一柳教官に気持ちを伝えた方がいいようなこと言われたけど···やっぱり難しいよ)

鳴子
「今日の講義はこれで終わりだけど、このあとどうする?カフェテリアにでも行く?」

サトコ
「今日は、この間の事件の報告書を出さなきゃいけないんだ」
「教官室に行かないと」

鳴子
「そっか。大変だね、サトコも」

サトコ
「これが終われば一段落だから。行ってくるね」

私は昨日仕上げた報告書を持って教官室へ向かった。


【教官室】

教官室では、後藤さんと颯馬教官、東雲教官の3人が顔をそろえていた。

東雲
仙崎の事件では大活躍だったみたいだね

サトコ
「後藤教官と一柳教官の指導のおかげです」

颯馬
石神さんも今回のことは評価していましたよ

サトコ
「そういえば、最近校内で石神教官の姿を見ませんね」

颯馬
大臣の逮捕で、上からの呼び出しが多いようです
仙崎は極左団体とのつながりが深く、熱心な支持者も多いですから
事後処理に手間がかかるようですね

サトコ
「そうだったんですか···」

(仙崎大臣を逮捕すれば、事件は終わりってわけじゃないんだ)

サトコ
「後藤教官、報告書です」

後藤
ああ、俺から石神さんに出しておく

東雲
そんなよそよそしい会話して
いいんだよ、オレたちに遠慮しなくて

サトコ
「遠慮って···何の話ですか?」

東雲
見たよ、2人のロマンチックな写真。黒澤が送ってくれたから

サトコ
「しゃ、写真って···」

颯馬
生還した2人が抱き合う姿は感動でしたね。私もあの写真は保存してあります

サトコ
「保存はやめてください···」

(黒澤さん、いつの間に!)

後藤
黒澤は俺が締めておく

東雲
いいんじゃないの?学校って言っても、大人しかいないんだし
颯馬さん、別に恋愛禁止じゃないですよね

颯馬
そうだね、あまりよく思わない人たちはいるだろうけど···特に上の方は
だけど、教官と生徒の恋愛を禁止するような規則はないよ

サトコ
「あ、あれは後藤教官が私のケガを心配してくれただけなんです!」

後藤
···周さんに口では敵わないからやめておけ
それよりサトコ、ちょっと付き合ってくれないか

東雲
教官室でデートに誘うなんて、後藤さんも大胆だなぁ

(デートならともかく、これ以上後藤さんと一緒にいる時間を作らない方がいいよね)
(そうじゃないと、諦めきれなくなりそうだから···)

サトコ
「私は今日のレポートも残ってるので···」

後藤
そんなに時間は取らせない。アンタと行きたい場所があるんだ

いつになく真剣な瞳の後藤さんに、私は頷くしかなくなる。

東雲
いってらっしゃーい。外泊は事前に連絡入れてね

颯馬
たまには息抜きも必要です。いってらっしゃい

(何か誤解されてる気がするけど···後藤さんが気にしてないなら、いいのかな···)

にこにこと微笑む二人に頭を下げる。
後藤さんは私を連れて、学校の最寄駅から電車に乗った。


【墓地】

電車で揺られること、小一時間。
後藤さんが向かったのは東京の郊外にある緑が綺麗な霊園だった。
飯嶋家と刻まれた墓石の前で後藤さんは立ち止まる。

サトコ
「あの、ここは···」

後藤
夏月の名も、ここに刻まれている

(夏月さんのお墓···お墓参りに来たんだ)

お墓の掃除をして花を供えると、お線香を置く。

後藤
アンタも手を合わせてくれるか?

サトコ
「はい」

お線香を分けてもらい、私も置くと手を合わせた。

(···これからも後藤さんのことを守ってください)

後藤
月命日くらいしか来れなくて悪い
今日は話したいことがあって来たんだ

膝を折ったまま、後藤さんは夏月さんに語りかけるように話し出す。

後藤
まだ解決とはいかないが、報告くらいならいいだろうと思ってな
お前の事件···
真犯人はまだ見つけられないが、新しい糸口が見つかりそうだ

(仙崎から新しい情報が引き出せそうなのかな)

後藤
お前の無念を晴らすまで、絶対に諦めない。だから、もう少しだけ待っていてくれ

後藤さんの真摯な声は私の胸にも響いてくる。

(私も夏月さんの事件の真犯人を見つけたい)
(夏月さんの無念と後藤さんの苦しみを軽くする手伝いが少しでもできたら···)

そのためにも公安の刑事になりたいと、明確な目標が見えてきた。

(だからこそ、後藤さんへの気持ちは消さないと···)

しばらく夏月さんのお墓を見つめて、後藤さんはこちらに顔を向けた。

後藤
一柳じゃないが、辛気臭くて悪いな

サトコ
「いえ、夏月さんは私たち婦警にとって尊敬すべき先輩です」

後藤
あんな目に遭わなければ、夏月もアンタたちを指導する立場になってたのかもしれないのか
無茶を言って生徒を困らせてそうだ

夏月さんの話をするときの後藤さんの目はひどく優しい。

サトコ
「後藤さんは···夏月さんのこと···」

好きだったんですか?
そう聞きたくて、つい言葉が出てしまったけれど。
踏み込んだ質問な気がして言葉を切ってしまう。
けれど、後藤さんは私の言いたいことが分かったようで苦笑を刻んだ。

後藤
今思えば、そうだったのかもしれない。だが、想像することしかできないんだ
当時の俺は、夏月のことを信頼できる相棒としてしか見ていなかったから

(でも···好きだったんだろうな。だから、こんなに心を痛めてる)

後藤さんの心を占めているのは夏月さんだ。
それはわかっていたことなのだから、
私は事件解決の手助けができるように全力を尽くすしかない。

(自分にできることをやるっていうのは、仕事でも恋愛でも同じなんだ)
(後藤さんのために、できることを頑張ろう)

後藤
俺は夏月の復讐に没頭することで、他のことから逃げていたんだと気付いた
アンタと出会って
ようやく他の向き合わなければならないことに目を向けられた気がする

後藤さんは立ち上がると夏月さんの墓石に手を置いた。

後藤
夏月···お前はずっと俺の相棒だ

その言葉の深さに胸が引き絞られる。

(後藤さんの相棒は生涯···夏月さんだけなんだろうな···)

好きだったのかもしれないという言葉以上に、その言葉は重いものだった。


【駅】

サトコ
「急に降り出しましたね」

後藤
夕立だから、すぐに上がると思うが···

私たちが駅に着いてすぐ、急に激しい雨が降り出した。
都心ほど本数は多くなく、雨音を聞きながら電車を待っていると···
改札から真っ直ぐこちらに走ってくる1人の男が見えた。
その手には光るものが握られている。

サトコ
「!?」

(あれは···ナイフ!?)


「よくも仙崎さんを···!」

後藤
サトコ、下がれ!

私に向かって突っ込んでくる男に、後藤さんが強い力で私の身体を後ろに引いた。

サトコ
「後藤さん!」

あの時と同じように私を庇う背中。

(私はこの背中を見て、刑事を目指したんだ···)


「ぐあっ!」

後藤
大人しくしろ

ナイフを持った腕をつかみ、叩き落しながら男の身体を引き寄せる。
そのまま腹部に膝蹴りを決めると、後藤さんは男を後ろ手に拘束した。

後藤
サトコ、駅員に連絡を!

サトコ
「はい!」

私は駅長室に走る。

(男は『仙崎』って叫んでた···仙崎の熱心な支持者の犯行か)

教官室での颯馬教官の話を思い出す。

(仙崎は裏では極左団体と強いつながりがあって、熱心な支持者もいるって言ってたよね)

駅長から警察に連絡がいき、程なくパトカーが到着する。

後藤
こんなところまで来て襲われるとはな···仙崎の事件はしばらく後を引きそうだな
刑事という仕事にはつきものなのかもしれないが

サトコ
「仕方ないです。でも、人が少ないところでよかった」
「ホームにいるのは私たちだけですし」

後藤
不幸中の幸いだったな。これが都心の駅だったらパニックになっていただろう

県警に事情を説明し、
後藤さんが石神さんに連絡をしてすべてが終わったのは1時間後くらいだった。
高かった日は傾き、すでに夜に近い夕暮れになっている。

後藤
次の電車が来るのは25分後か···

サトコ
「寮の夕食の時間には間に合いそうですね」

静かなホーム。
向かいのホームも空で人の声すら聞こえない。

サトコ
「後藤さんに助けられたの、これで5回目ですね」
「後藤さんは···やっぱり私の憧れの刑事さんです」

後藤
サトコ···

サトコ
「何度も助けられたら、そう思っても仕方ないと思いませんか?」

先程の背中に初めて助けてくれた時の背中が重なって、想いを伝えてしまう。

(恋を諦める代わりに、せめて憧れていてもいいですか······)

後藤
···アンタの言うことも一理あるか

嫌な顔をされるかと思いきや、後藤さんはふっと笑みを刻んだ。
そして目を閉じてから、夕陽に染まる赤い空を見上げる。

後藤
俺は夏月を守れなかったことをずっと後悔していた
守ると約束したのに、結局守れなかった
だから、アンタに憧れの刑事と言われる資格なんかないと思ったんだ
アンタが思うような刑事だったら···夏月を守れたはずだから

サトコ
「ごめんなさい。私は後藤さんに完璧な刑事を求めていたわけじゃなくて···」
「ただ、誰かを守れる刑事になりたいと、後藤さんの背中を見て思ったんです」

後藤
わかってる。俺が考えすぎだってこともな
それも今だから分かるのかもしれない
夏月の復讐にばかり気を取られている俺だったら···
勝手に解釈して、また自分を追い込んでいた

長い息を後藤さんが吐いた。

後藤
今の俺を見たら夏月も情けないと笑うんだろうな

サトコ
「後藤さん、私が憧れていた刑事としての後藤さんも···そうでない後藤さんも···」
「両方を知って、それでも私は後藤さんを尊敬しています」
「理想を押し付けるつもりはありません」
「ただ···その背を負うことだけは許してもらえませんか?」

後藤
悪いが···それはできない

サトコ
「···それでも鬱陶しいですか?」

拒絶の言葉に不覚にも涙が溢れそうになる。

(ここで泣いたりしたらいけない。後藤さんをこれ以上煩わせたらダメだ···)

後藤
アンタには後ろを歩くんじゃなくて、俺の隣を歩いてほしい

サトコ
「え···?」

後藤さんの目が私を見つめる。
その瞳には優しい穏やかな色しか感じられない。

後藤
···アンタに出会って、俺は立ち止まっていた場所からやっと動くことができた
夏月を失った日から、ずっと止まった時間の中にいるようで···
心のどこかで、夏月のあとを追うことが夏月への贖罪になるのかもしれないと逃げていた

サトコ
「だから···自分の命を投げ出すことも厭わなかったんですか?」

後藤
そうなんだろうな
だが、アンタの言う通りだ。夏月の仇を討つためには生きていなくちゃいけない
何もせずに死んだりしたら、それこそアイツに何を言われるか

後藤さんは私の前まで歩いてくると、その手が頬に伸びてきた。
後藤さんの指先がそっと輪郭を辿るように触れてくる。

後藤
アンタのおかげで目が覚めた。憧れの刑事なんて程遠い、情けない男になっていたと思う
だが···
俺はアンタと生きていたい

サトコ
「夏月さんの仇を討つために···ですか?」

後藤
夏月の無念は必ず晴らす
しかし、それとは別に···俺はアンタと生きていきたい
アンタといると、自然に笑える。傍にいてくれるとホッとするんだ
今の俺は···サトコと一緒にいたい

サトコ
「···っ」

(後藤さんが···私を···?)

サトコ
「そんな···でもっ、私と後藤さんは生徒と教官ですし、立場がっ···」

嬉しいという気持ちより戸惑う気持ちが強い。
一度は諦めようと決心していただけに、素直に頷けなかった。

後藤
立場なんて関係ない。俺はアンタの気持ちが聞きたい
それに学校は恋愛禁止じゃないだろ

サトコ
「それはそうですけど···」

後藤
それとも、勝手なことばかり言われて愛想が尽きたか?

サトコ
「そんな···そんなことないです!私、好きになっちゃいけないと思って···」
「後藤さんには···夏月さんがいるし···っ」

後藤
夏月の前でも言ったが、夏月はずっと俺の相棒だ
だが···それは他の相棒を持たないという意味でもないし
誰も好きにならないという意味じゃない
俺にはアンタが必要だ

サトコ
「私···」

堪えきれなかった涙が溢れてしまう。

サトコ
「好き···です。私も後藤さんと一緒に生きていたいです···!」

後藤
よかった···

安心したような後藤さんの声。

涙で濡れた目で見上げると···今までで一番優しい表情で私を見つめてくれている。

後藤
サトコ···

後藤さんの顔が近づいてきて、ゆっくりと唇が重なる。
目を閉じる前に、その肩越しに見えたのは綺麗な夕陽。
電車が到着する音が遠くから聞こえてくる。
新しい風が雨上がりの匂いを運んで、それは優しく私たちの頬を撫でて行った。



【教官室】

後藤さんと思いが通じた翌日。
自分でもまだ信じられなくて、昨日のことを何度も思い返している。

(私と生きていたいって言ってくれたんだよね···)

夢見心地のまま、まとめたレポートを提出するために教官室を訪れた。
入ってすぐに東雲教官と目が合ったと思ったら、ニヤリと意地悪そうな顔で笑われる。

(な、なに?)

東雲
昨日はどうだったの?

サトコ
「···仙崎の後処理の件で、ちょっと呼ばれただけですよ」

東雲
ほんとに?
そんな情報入って来てないけどな

サトコ
「それは多分、石神教官の管轄だからだと···」

後藤
歩に構うな。ボロが出るだけだ

東雲
そーいう言い方されると、傷ついちゃうんだけどなー

後藤
サトコ、行くぞ

サトコ
「え?は、はい」

渡したレポートを持ったまま、席を立つ後藤さんの後を追う。

【中庭】

後藤
外野の話はあまり気にするな

サトコ
「はい」

いつもの中庭までやってきて、後藤さんは足を止めた。
そして振り返ると、私を真っ直ぐに見つめて口を開く。

後藤
まだ1つ···アンタに伝えてないことがあった

サトコ
「何ですか?」

後藤
···好きだ、サトコ

サトコ
「!」

爽やかな風に乗って静かな声が耳に流れ込んでくる。

(好きって、今、初めて···)

そこまで考える余裕がなかったけれど、後藤さんに好きだと言われたのは、これが初めてだ。

(こんなに嬉しいんだ···)

後藤
また泣くのか?

サトコ
「だって、嬉しいです···」

後藤
なら、仕方ないな

涙を拭うように触れる後藤さんの唇。
私たちの先にはまだ乗り越えなければならない試練がたくさん残されている。

(立派な刑事になって、公私ともに後藤さんを支えられる存在になりたい)

夢は大きく、まだ遠いのは分かっているけれど。
それでも後藤さんの背中を追いかけるのではなく、一緒に歩めるなら。
この夢も叶えられる気がした。

Happy End



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