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エピローグ 後藤1話



【グラウンド】

仙崎国土交通大臣の事件から1ヶ月。
その間に大きな事件が起こることはなく、学校でも通常の訓練が続いていた。

石神
今日はターゲットが2つに分裂し
三つ巴になったケースを想定して訓練を始める

颯馬
突入後に仲間割れをするケースは意外と多いです
その場合、一瞬の判断が明暗を分けます

石神
いくつかのパターンを頭に入れておけば、いざという時動きやすくなる
そのための演習だ

後藤
これからチーム分けを始める
氷川、手伝え

サトコ
「はい」

後藤さんに呼ばれ、チーム分けされたリストを受け取る。

後藤
各チームに分けて待機させておけ。他の補佐官には中の準備を手伝ってもらう

サトコ
「わかりました」

確認するように合わせた瞳に、わずかに宿る優しい色。
私にしかわからない変化かもしれないけれど、たまらなく嬉しい。

(後藤さんが私のことを好きになってくれたなんて···まだ時々信じられないけど)

この目を見れば気持ちが確認できる。
私と後藤さんは事件のあとから付き合い始めていた。


【寮 自室】

その日の放課後、後藤さんは午後から本部に戻っていた。
先程携帯にメールが届き、夜から教官室で書類の整理を手伝ってほしいとのことだった。

(夕飯前の時間だから、お弁当でも持っていこうかな)
(書類の整理にどれくらいかかるかわからないし···時間の節約にもなるからいいよね)

寮の個室にはキッチンがついていて、構内に入っている売店に食材も少しではあるが置いてある。

サトコ
「お見舞いの時の食事も喜んで貰えたし、作って行こう」

お見舞いに行って以来プライベートで会うこともなく、メールも事務的なやりとりしかないけれど。
それでも後藤さんと一緒にいる時の空気は、以前とは違うように感じられていた。


【個別教官室】

日が暮れて、久しぶりに後藤さんの教官室を訪ねる。

サトコ
「失礼します」

後藤
遅い時間に悪い。今しか時間がとれなくてな

サトコ
「いえ、それは構わないんですけど···」

あちこちに書類や本が積まれた室内は、以前にも増して散らかっている気がする。

サトコ
「少し片付けた方が···デスクの上が雪崩を起こしそうですよ」

後藤
そうか?経験上この程度ならまだいける

サトコ
「いけなくなってからじゃ手遅れなのでは···お部屋もこんな感じなんですか?」

後藤
最近、部屋で寝てない
帰っても、必要なものを取り出してくるだけだからな···
部屋がどうなってるかは、あまり覚えていない

(それって散らかっているのを見て見ぬふりをする本能が働いてるとか···?)

サトコ
「あの···とりあえずデスク周りだけでも簡単に片付けましょうか?」

後藤
いや、さすがに悪い。そこまでは補佐官の仕事じゃない

サトコ
「でも、このままだと書類の整理もしづらいですし···私は一応、その···」

(か、彼女だし···とは、なかなか言えない···っ)

真っ赤になって言葉に詰まると後藤さんも察してくれたのか、やや照れた顔で頷いた。

後藤
あ、ああ···じゃあ作業できるスペースくらい空けてくれると助かる

サトコ
「はい、わかりました」

デスクを片付けて溜まっていた書類を片付けると、1時間くらい経っていた。

(そろそろ夕飯の時間帯だし···ご飯にしてもいいかな?)

サトコ
「後藤さん、お腹空きませんか?」

後藤
もうこんな時間か
メシ食いに行って来い。寮の夕飯だろ?

サトコ
「後藤さんはどうするんですか?」

後藤
菓子でもかじるから気にするな。まだ作業は残ってるしな

サトコ
「いくらカロリーがあるからて、お菓子をご飯にしちゃダメですって」
「実はお弁当を作ってきたんです」

後藤
弁当?

私は持ってきたバッグからお弁当箱を2つ取り出す。

サトコ
「構内の売店に、あまり材料がなかったんですけど···」
「よかったら、どうぞ」

後藤
···開けていいか?

サトコ
「もちろんです。彩りがなくて、すみません」

お弁当の中身は唐揚げに卵焼き、ウィンナーに切り干し大根とほうれん草のソテー。
それからおにぎり2つだった。

(本当はもっと可愛いお弁当にしたかったんだけど···)
(栄養バランスとか考えたら、質実剛健なおかずになっちゃったんだよね)

後藤
いただきます

さっそく食べ始めてくれる後藤さんに、私はお茶を淹れて冷ましておく。

サトコ
「お口に合いますか?」

後藤
美味い

笑顔で食べてくれる後藤さんを見れば、思い切って作ってきてよかったと思う。

(特に切り干し大根を気に入ってくれたのかな···もうなくなっちゃった)

後藤
弁当がこれだけ美味いなら、作りたての飯も美味いんだろうな

サトコ
「以前お邪魔した時はおかゆでしたもんね。機会があったら、ぜひ作らせてください」

後藤
ああ、楽しみにしてる

(そろそろお茶冷めたかな)

お茶を持って、私もお弁当を食べようと思ったとき、後藤さんの携帯が鳴った。

後藤
石神さんからだ
···はい、後藤です。ええ、今、教官室ですが···
···わかりました。すぐに向かいます

サトコ
「事件ですか?」

後藤
本部に戻らなきゃいけなくなった
悪い、呼び出しておいて

サトコ
「気にしないでください。片付けもほぼ終わりましたから」

後藤
ここのカギ、任せていいか?アンタが出る時に教官室のデスクに戻しておいてくれ

サトコ
「はい」

(あ、お弁当···)

食べかけのお弁当のフタを閉じると、後藤さんはそれを自分のカバンに入れた。

後藤
弁当箱は洗って返す。借りていくぞ

サトコ
「え、あ、どうぞ!」

(てっきり残していくものかと···)

緊急の呼び出しにお弁当箱を持っていってくれるのが嬉しい。

(今度は作りたてのご飯を食べてもらえたらいいな)

自分のお弁当は部屋で食べることにして、仕上げの掃除をしてから後藤さんの教官室をあとにした。


【寮 自室】

数日後の夜。
私は荷物の中から田舎のおばあちゃんに持たされた和食のレシピを発掘する。

(東京でも故郷の味を忘れないようにって持たせてくれたんだよね)

サトコ
「後藤さん、和食の方が好きみたいだし作ってみよう」

煮物から挑戦しようと里芋を取り出すと、カリカリ···という音がどこかから聞こえてくる。

サトコ
「な、なに?窓から聞こえる···?」

警戒しながらカーテンを開けてみるものの、なにもいない。
外の様子を見てみようと窓を開けると、開けた隙間から丸いものが飛び込んできた。

サトコ
「わ!」

(いつも中庭にいるブサ猫!)

ブサ猫は私に飛びついてきて、その重さに負けてよろけると壁に額を激突させてしまう。

サトコ
「いたた···」
「キミ···ここ4階だけど···まさか登ってきたの?」

ブサ猫
「ぶみゃー」

サトコ
「もう、重いよ···」

ブサ猫
「ぶみゃ」

頷く様子を見せるブサ猫に思わず吹き出すと、部屋がノックされた。

(壁にぶつかって大きな音出したから、鳴子がビックリしたかな)

サトコ
「はい」

後藤
何事だ?

サトコ
「後藤さん!どうしてここに···本部に戻ったんじゃないんですか?」

懐中電灯を手にドアを開けたのは後藤さんだった。

後藤
寄せられた情報が誤報で待機に戻った
ただ、石神さんは本部に詰めていた方がいいということになってな
石神さんの代わりに宿直に来たんだ

サトコ
「そうだったんですね。ビックリしました、てっきり鳴子かと思ったから」

話を聞きながら中に入ってもらい、部屋のドアを閉める。

後藤
驚いたのは俺の方だ。大きな音が聞こえたが、何があったんだ?

サトコ
「それが···」

私が部屋の奥に視線を移すと、後藤さんもそこにいる先客に気が付いたようだった。

後藤
中庭にいる猫···拾って来たのか?

サトコ
「あ、違うんです」
「窓の外から音がして、開けてみたらこの子が飛び込んできたんです···」

後藤
お前、この身体で登って来たのか?意外に身軽なんだな

ブサ猫
「ぶみゃ」

後藤
アンタ、おでこが赤くなってる

サトコ
「この子が飛びついてきたときに、よろけてぶつけてしまって···」
「大きな音はその音だと思います」

後藤
大丈夫か?
コブはできていないようだが···

サトコ
「あとで、ぴえピタでも貼っておきます」

後藤さんが私の前髪をかき上げ、自然と距離が近くなる。

サトコ
「後藤さん···」

後藤
······

もう少し顔を近付ければ息が触れる距離。
後藤さんの手が私の頬に触れそうになった時ーー

コンコン。

鳴子
『さっき大きな音したけど大丈夫?』

ドアの向こうから聞こえるのは鳴子の声。
同時に回されるドアノブに、私は慌ててクローゼットを開ける。

サトコ
「か、隠れてください!」

後藤
お、おい···

後藤さんを押し込んでクローゼットを閉めると、鳴子が部屋に入ってきた。

(間に合った···)

鳴子
「どうかした?」

サトコ
「あ、えっと···猫が部屋に飛び込んできて···うるさくしてゴメンね」

鳴子
「その猫、中庭にいる猫じゃない」
「ここまで来るなんて、サトコかなり懐かれてるんだね」

サトコ
「そ、そうかな?私は大丈夫だから、気にしないで。猫も中庭に連れていくし」

鳴子
「うん···あ、ついでに回覧板持って来たの。今度、寮の配管工事で断水するんだって」

サトコ
「そうなんだ。でも、夜間工事ならあんまり関係なさそうだね」

回覧板を受け取っていると、ブサ猫が後藤さんが隠れているクローゼットをカリカリし始めた。

サトコ
「こ、こら···」

鳴子
「クローゼットが気になるのかな?」

サトコ
「そ、そうだね···ほら、離れてね~」

(早く、この子を中庭に帰さなくちゃ···後藤さんがいるってバレちゃう)

ブサ猫を連れ出すついでに鳴子にも帰ってもらおうとすると、
鳴子が『あのさ···』と口を開いた。

サトコ
「ん?」

鳴子
「サトコ、最近、後藤教官と何かあった?」

サトコ
「!」

突然の質問に心臓を飛び上がらせながらも平静を装う。

サトコ
「な、なんで?何もないけど?」

鳴子
「仙崎大臣の事件が解決した頃からかな···何だか後藤教官の雰囲気が変わった気がしない?」

サトコ
「そ、そう?どんなふうに?」

鳴子
「柔らかくなったというか、優しくなったっていうか···」

手を顎に当てて首を傾げてから、鳴子は私を見つめてきた。

鳴子
「サトコが傍にいるからじゃないかなーと思ってるんだけど···」

サトコ
「ま、まさか!大きな事件が片付いて落ち着いたからじゃない?」

鳴子
「そうかなぁ···それだけじゃないと思うんだけどな···」

サトコ
「ほら鳴子、そろそろ寝ないと、今日の宿直石神教官でしょ?前みたいに怒られちゃうよ」

鳴子
「そうだった!石神教官のカミナリだけは避けたい!」
「おやすみ!」

サトコ
「うん、おやすみ」

(石神教官の力は凄いな···)

慌てて部屋を出ていく鳴子に、ブサ猫も部屋を飛び出して行ってしまった。

サトコ
「あ···大丈夫かな···」

大きな身体で意外に素早く、廊下を見てももう見当たらなかったので仕方なくドアを閉める。

後藤
···もう出ていいか?

サトコ
「後藤さん!すみませんでした···」

誰もいないことを確認して、後藤さんがクローゼットから出てくる。

サトコ
「すみません、鳴子が···」

後藤
いや、話を聞けてよかった。俺も無意識に気が抜けていたんだろう
訓練生に気が付かれるようじゃマズイ

サトコ
「私ももっと気を付けて行動した方がいいですね。申し訳ありません」

後藤
アンタが謝ることじゃない
だが、サトコが訓練生のうちは気を付けるに越したことないな
アンタには無事、ここを卒業してもらわなきゃならない

サトコ
「はい」

頷くと、後藤さんは私の頭にぽんと手を置く。

後藤
学校にいる間は、精一杯学んでおけ
卒業したら、邪魔をするものは一切なくなる。それまでの辛抱だ

サトコ
「はい!楽しみがあれば、成績も上がりそうです!」

後藤
期待している

(本分を遂げてこそ、後藤さんにふさわしい人になれるんだ)
(まずは次の試験をいい成績でクリアできるように頑張ろう!)



【講堂】

翌朝、久しぶりに全体朝礼が体育館で開かれた。
壇上には石神教官が上がっている。

石神
今週の木曜日、警察庁上層部と共に柿沼法務大臣が視察に訪れることになった
公安課の刑事を育成するわが国初の特別施設ということで、期待を持っての訪問となる
君たちにはいつもと変わらず、日ごろの訓練の成果を見せてもらいたい

(法務大臣の視察···政府からも、この学校は注目されてるのかな)

石神教官の話が終わると、入れ替わるように成田教官が壇上に上がってきた。

成田
「詳細は私から説明する。法務大臣の視察は言わずもがな、この学校の評価につながる」
「今回の評価が今後の施設、設備の予算に大きく影響してくるのは当然のことだ」
「いわば、この学校の将来がかかっているのだ」
「腑抜けた姿を見せず、失礼のないようにな!」

成田教官の威圧的な声が響くと、隣に立っている鳴子がコソッと顔を寄せてくる。

鳴子
「とか言ってるけど、自分の評価に直結してるからヘマするなってことだよね」

サトコ
「うん、だね」

(法務大臣の視察は教官たちが評価される場でもあるのかもしれない)
(後藤さんは常任の教官じゃないけど、少しでもいい評価になってほしいな···)

成田
「法務大臣視察の前に、お前らに注意しておかねばならんことがある」
「この中に···恋愛沙汰にうつつを抜かしている輩がいるとの話を聞いた!」

成田教官が壇上に拳を叩きつけると、生徒たちの視線が私と鳴子に向けられた。

鳴子
「何よ···そんな話知らないって」
「ね?サトコ」

サトコ
「う、うん···」

(女子は私たち2人だけなんだから、どっちかって思われるよね)
(もしかして、私と後藤さんのこと···)

成田
「夜の校内で逢い引きをしている2人組がいると、複数の報告が寄せられている」
「これまで特別な規則はなかったが」
「他の者への悪影響を考慮し『恋愛禁止』の規則を導入することとなった!」

サトコ
「!」

成田
「噂が本当であれば、我々がその人物を特定し処分を検討するつもりだ。覚悟しておけ!」

仮とはいえ突然、決められた『恋愛禁止令』
皆が我関せずという顔をする中、私はひとり心の中で動揺していた。

to be continued



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