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エピローグ 後藤2話



【講堂】

成田
「これまで特別な規則はなかったが、仮で『恋愛禁止』の規則を導入することになった!」
「噂が本当であれば、我々はその人物を特定し処分を検討するつもりだ。覚悟しておけ!」

(時々、中庭で2人で話してたのがマズかったのかな)
(やましいことは何もないんだけど···)

成田教官の処分という言葉に、自分のことより後藤さんのことが心配になる。
前の教官たちの並びにいる後藤さんをチラリと見るが、顔色ひとつ変えていなかった。

(さすがポーカーフェイス···)

成田教官が壇上から降りてくると、そのマイクを東雲教官が取った。

東雲
ま、視察のタイミングで恋愛沙汰が上に知られたら面倒になるから、その間だけ気を付けて

颯馬
皆さんはいい大人なんですから、自己判断で上手くやってくださいね

東雲教官から颯馬教官にマイクが渡り、颯馬教官はそれを隣の加賀教官に渡した。

加賀
てめぇらクズ共が何をしようが勝手だが
女にうつつを抜かすのは、手柄の1つでも満足に上げてからにしろ。以上

男子に向けた言葉で加賀教官が朝礼を締める。

鳴子
「嫌な噂だね」
「恋愛禁止って、女は私とサトコしかいないんだから疑われてるみたいでいい気しない」

サトコ
「うん、そうだよね」

(ゴメン、鳴子···私のせいかもしれない···)

声に出して謝れない代わりに、心の中で深く頭を下げるしかなかった。


【個別教官室】

その日の放課後、資料作りの手伝いで後藤さんの教官室に呼ばれていた。
話題は当然、今朝の話になる。

サトコ
「逢い引きしてる2人組って、私たちのことでしょうか···」

後藤
人目につく校内で、そんなことをした覚えもないんだがな···

サトコ
「昨日、後藤さんが私の部屋に来てたのを誰かが見ていたとか···」

後藤
昨日は宿直の巡回の途中だ。誰の気配も感じなかったが···
アンタの部屋に入ったのは確かに軽率だった
昨日も言ったが、今後はもっと注意するようにしよう

サトコ
「私も気を付けます。処分されたりしたら大変ですし」

後藤
そうだな。教官の処分は特別教官を外されることだろう
それならそれで、恋愛禁止だとか気にしなくて済むようになるからいいかもな

ふっと冗談っぽく笑う後藤さんに私は首を振る。

サトコ
「後藤さんが教官でなくなったら、寂しいです」
「まだまだ教えてもらいたいことも沢山あるのに···」

後藤
冗談だ
···話す機会は減るだろうが···
サトコのことはいつも大切に想っている

サトコ
「後藤さん···」

後藤
一番に応援しているから

サトコ
「はいっ!」
「私も···声を掛けられなくても、いつも後藤さんのこと想ってますから···」

後藤
ああ、わかってる

自然に距離が縮まりそうになって、私たちは顔を見合わせて苦笑した。

(元々そんなに多くはなかったけど、会う機会が減るのは寂しいな···)
(でもしばらくは落ち着くまで我慢しないと···)

もどかしくもあるけれど···それは甘く幸せな辛さでもあった。



【中庭】

後藤さんと距離を保つと決めてから数日が経った。
補佐官として必要な会話を交わす以外は極力声をかけないようにしている。

(せめて学外で会えたら嬉しいけど···)

後藤
サトコのことはいつも大切に想っている

先日の後藤さんの言葉を思い出して、つい頬が緩んでしまう。

サトコ
「我慢してる分、講義や訓練に集中して、いい成果を残さないと!」

ブサ猫
「ぶみゃー」

後藤さんがいないのを確認して中庭に入ると、例のブサ猫が近寄ってきた。

サトコ
「あ、ちゃんとここに戻ったんだね。よしよし」
「だけど、キミのせいで大変だったんだから」

ブサ猫
「ぶみゃ」

屈んでブサ猫を抱き上げると、後ろから声が降ってくる。

東雲
大変って、何が大変だったの?

サトコ
「え!?」

振り返ると、そこには東雲教官が立っていた。

東雲
バレたらマズイことでもしてた?

サトコ
「え、あ···」

笑顔の東雲教官に顔を覗き込まれて身を引く。

(東雲教官と目を合わせたら、後藤さんとのこと隠しきれないかも···)

いつも考えを読まれているために、私は無心で首を振った。

サトコ
「この前、この猫が窓から部屋に入ってきちゃったんです!」
「室内をめちゃくちゃにされて」
「夜遅い時間だったので、片付けとか大変だったって話です···」

東雲
ふーん···
でも、あの日の宿直は後藤さんだったから怒られなかったんじゃない?

サトコ
「それは、まぁ···」

一番危険な話題に曖昧に頷いて誤魔化したつもりになっていると、
東雲教官がニヤリと笑みを深くする。

東雲
やっぱり、あの夜後藤さんと会ってたんだ

サトコ
「え?」

東雲
だって一昨日の宿直は石神さんの当番だったよね
それが後藤さんに代わったのを知っているのは、後藤さん本人に会った人だけ

サトコ
「!」

(し、しまった!)

サトコ
「いえ、その···」
「猫が飛びついてきた拍子に転んで、その時に大きな音を立ててしまって···」

東雲
言い訳しなくていいよ
朝礼でも言ったでしょ?視察の間だけ気を付けてくれればいいって
あ、でも···

サトコ
「でも?」

東雲
サトコちゃん面白い子なのに
全くオレに興味がないっていうのも、それはそれでつまんないなぁ

東雲教官がグッと顔を近付けてくる。

東雲
オレたち、刺激的な出会いしてるし···
サトコちゃんの弱みはいくらでも握ってるし?

サトコ
「よ、弱みなんてありません!」

東雲
本当に?

サトコ
「ほ、本当に···」

(本当は弱みだらけだけど!)

東雲教官の視線に耐えられなくて顔を背けると、ぷっと笑われた。

東雲
ハハ!冗談、冗談。サトコちゃんはやっぱ面白いなー
オレは後藤さんが明るくなるの賛成だし。バレないように上手くやりなよ

サトコ
「あ、あのっ···」

東雲教官はそのまま手をヒラヒラさせて校舎の方に行ってしまう。

(ちゃんと説明できなかったけど···東雲教官は校内恋愛に反対してないみたいだし、大丈夫かな···)

けれど東雲教官にからかわれる後藤さんの姿が目に浮かび、申し訳ない気持ちになっていた。



【学校 廊下】

警察上層部と柿沼法務大臣の視察当日。
私は後藤さんの補佐官であり数少ない女手ということで、
成田教官から大臣の案内係を任命されていた。

(接待は女がするものって考えてる辺り、成田教官らしいけど)

柿沼
「訓練校とはいえ、なかなかの緊張感を持っているようだね」

成田
「生徒とはいえ、現役の警察官です」
「すぐに実際の捜査に使えるように日々訓練をしております」

(こんなにニコニコご機嫌をとってる成田教官も初めて見たし)

施設の案内は成田教官と私が担当し、このあとは教官たちと懇親会が開かれる予定だった。

サトコ
「そろそろ迎えの車が到着するようです。校門の方に参りましょう」

柿沼
「公安の訓練校に女性警官がいるとは思わなかった。しかもなかなかの美人だ」

サトコ
「···恐縮です」

柿沼
「懇親会には、君も参加するんだろう?」

サトコ
「いえ、私は訓練生ですので、お見送りで失礼させていただきます」

柿沼
「君も一緒に来たまえ。校内を案内してもらったんだ。その礼くらいはしたいからね」

柿沼大臣の手がグッと肩に置かれる。

(さっきから事あるごとに触られてる気がするんだけど···)
(法務大臣相手に強く言えないし···どうしよう)

成田
「そういうことでしたら、氷川もご一緒させていただきます」

サトコ
「え···」

成田
「光栄なことだ。勉強になる話をたくさん聞かせていただきなさい」

柿沼
「はっはっは!私の話でよかったら、いくらでも聞かせてあげよう!」

警視監A
「柿沼大臣の武勇伝は、ぜひとも私たちもうかがいたいものです」

警察の上層部も柿沼大臣には気を遣っているように見える。

(懇親会なんて言っても、コンパニオン代わりにされるだけなんじゃないのかな)

【校門】

遠慮したかったけれど成田教官と柿沼大臣の手前、そういうわけにもいかず。
仕方なく後をついて行くと、校門の方から後藤さんと颯馬教官が歩いてくるのが見えた。

颯馬
お疲れさまです

後藤
お疲れさまです

2人は道の横に避けて、柿沼大臣と警視監たちに頭を下げる。

柿沼
「君たちは···」

颯馬
特別教官として公安課から派遣されている警察官です

成田
「現役の刑事から訓練を受けられるのが当校の一番のポイントでございますので」

柿沼
「そうかそうか、頑張ってくれたまえ」

颯馬
はい

後藤
はい

後藤さんと目が合って、視線を交わす。

柿沼
「行こう」

後藤
······

柿沼大臣が私の肩に手を置いて歩き出すと、後藤さんが1歩前に出て行き先を遮った。

(後藤さん?)

後藤
その者は訓練生ですので、校内の案内が終わったのであれば訓練に戻したいのですが

柿沼
「私の話を聞きたいというから、懇親会に連れて行ってやることにしたのだよ」

サトコ
「えっ」

(私は話を聞きたいなんて言ってないんですけど···)

目だけで後藤さんに否定の意思を示す。

成田
「参りましょう。氷川は本当に幸運な生徒だ!」

後藤
······

成田教官が後藤さんをかわすようにして、柿沼大臣を校門の方に通す。
振り向くと、こちらをじっと見つめる後藤さんの姿が見える。

(なんとか頑張ってきますから、心配しないでください!)

こうして私は懇親会に連れて行かれることになってしまった。


【懇親会会場】

懇親会には他にも警察関係者が多数集まり、ホテルのホールで開かれた。
教官たちの席も用意されているものの、
後藤さんたち特別教官は捜査のためか、まだ姿を見せていない。

(後藤さんがいなくて寂しいような、ほっとしたような···)
(柿沼大臣に絡まれているところは、あんまり見られたくないからな)

柿沼
「日本の明るい未来を担う皆さんに乾杯!」

全員
『乾杯!』

柿沼大臣のあいさつで乾杯が終わると、私はさっそく柿沼大臣に手招きで呼ばれる。

サトコ
「お呼びでしょうか?」

柿沼
「聞いたよ」
「君は局長誘拐事件の時に活躍した女性警官だというじゃないか!」
「なぜ、それをもっと早く言わないんだね」

サトコ
「自分からお話することでもないと思ったもので···」

柿沼
「訓練生が活躍したとは聞いていたが、君だったとはね」
「ますます気に入ったよ」

ビールグラスを傾け、柿沼大臣は軽いボディタッチをしながら話を続けてくる。

(この人、かなりのセクハラ魔なんじゃ···酒癖も悪そう)

校内にいる時よりも、お酒が入ったせいか触り方が大胆になっていた。

(何とかして席を外さないと···)

柿沼
「んん···少し飲み過ぎてしまったかな。少し頭がぼんやりするようだ」

サトコ
「大丈夫ですか?」

柿沼
「どこか休める部屋はないかね」

サトコ
「控室がいくつか用意されていますので、そちらにどうぞ」

(別室に案内して、そのタイミングで外れよう)

私は柿沼大臣をホールからつながる控室に案内することにした。

【控室】

サトコ
「では、私はこれで失礼します。ごゆっくりお休みください」

柿沼
「待ちたまえ。私をひとりにするつもりか?」

サトコ
「秘書の方をお呼びした方がよろしいですか?」

柿沼
「そういうことではないのだよ。わからんかね?」
「まぁ、そういうところもウブでいいが···」

柿沼大臣はソファに座ると、自分の隣をポンポンと軽く叩く。

柿沼
「ここに座りなさい。君の膝枕が必要だ」

好色そうな笑みで見つめられ、私は頬を引きつらせる。

サトコ
「冗談がお上手でいらっしゃいますね」

柿沼
「なに、怖がらなくてもいい。優しくしてあげよう」

サトコ
「か、柿沼大臣!?」

柿沼大臣が私の手を掴んで強引に隣に座らせようとする。

(ビンタの一発でもお見舞いしたいところだけど、そんなことしたら後藤さんたち教官の立場が···)
(ここは上手くかわさないと···!)

サトコ
「申し訳ございません。私には別件の仕事が待っておりまして···」

柿沼
「今、もっとも優先されるべき仕事は私の相手だろう?」

サトコ
「いえ、しかし···」

身体を引き寄せられそうになり、少し力を入れて柿沼大臣の手から抜けようとした時。
大きく腕を動かした拍子に、手が柿沼大臣の頭に当たってしまった。

サトコ
「え?」

柿沼
「!」

柿沼大臣の頭からズルッと落ちる黒い塊。
目の前の柿沼大臣の頭が部屋の照明を弾く。

(カツラだったの!?)

サトコ
「も、申し訳ございません!」

柿沼
「こ、この私に恥をかかせるとは···!その身体で誠意を見せてもらおうか!」

サトコ
「!」

柿沼大臣の手が私の両肩を掴んだ時、控室のドアが開く音がした。

後藤
どうかされましたか?

(後藤さん···!)

顔だけで振り返ると、こちらに真っ直ぐ歩いてくる姿が見える。
そのまま私の肩に目を留めて軽く眉をひそめると、腕を強く引いて後ろに隠した。

柿沼
「お前はさっきの···」

後藤
彼女には別件の捜査任務が残っておりますので、これで失礼します
行くぞ

サトコ
「は、はい!」

半ば強引に後藤さんは私を控室から連れ出した。


【懇親会会場】

懇親会会場に戻って、後藤さんは私の1歩先を早足で歩く。

後藤
お前も警官なら少しは抵抗しろ。セクハラにパワハラだろ

サトコ
「は、はい、すみません···」

後藤
隙があるから付け込まれるんだ

サトコ
「はい···」

後藤さんは振り返らなかったけど、その声だけで怒っているのがわかる。

(私の対応がマズかったせいで、後藤さんに迷惑をかけちゃったんだ···)
(柿沼大臣の視察は教官の評価につながるって話だったし、どうしよう)

あとで柿沼大臣のところに謝りに行こうかと考えていると、後藤さんが足を止める。
近くのテーブルには東雲教官と颯馬教官、黒澤さんが座っていた。

サトコ
「皆さん、いらしてたんですか」

東雲
遅れてゴメン
でも、王子様は間に合ったみたいでよかった

颯馬
サトコさんが別室に連れて行かれた時の後藤の表情···
かなり男前だったね

黒澤
バッチリ撮ってありますから安心してください!

後藤
ふざけたこと言ってる場合か
こっちは真剣に···

石神
後藤の言う通りだ

加賀
笑ってる場合じゃねぇぞ

後ろから聞こえてきた声に振り返ると、そこには石神教官と加賀教官が立っている。

加賀
柿沼大臣が大層ご立腹で成田が泡吹きかけてんの知ってんのか?

サトコ
「え···そ、そんなことに···」

石神
氷川、何があった。お前が柿沼大臣の相手をしていたそうじゃないか

サトコ
「それが、その···」

後藤
話は俺から···

柿沼
「お前、ここにいたのか!」

サトコ
「柿沼大臣!」

控室から出て来た柿沼大臣が顔を真っ赤にしたまま近づいてくる。
その傍らでは、成田教官が何度も頭を下げながらあとに続いていた。

成田
「柿沼大臣!どうか、どうか···っ」

柿沼
「いいや、許さん!こんな無礼な女は私の権限で警察から追放してやる!」

東雲
その前に、自分の頭のズレを直した方がいいんじゃない?

東雲教官が笑いを堪えて呟くものの、
怒りが頂点に達している柿沼大臣の耳には入っていないようだった。

(こんなことで警官を辞めるわけにはいかないし、後藤さんたちにも迷惑はかけられない!)
(とにかく謝るしか···)

サトコ
「誠に申し訳ありません!すべては私の未熟さゆえのことです。何卒···」

柿沼
「許さん!···と言いたいところだが」
「そうだな。一晩かけて、私が警官の心得を特別に説いてやってもいい」

(一晩って···別の相手をさせられるに決まってる)
(絶対に嫌だけど、ここで断ったら本当にクビに···)

答えに窮していると、ニヤニヤ笑いながら柿沼大臣が手を伸ばしてくる。
逃げるわけにもいかず、ただ身体を硬くしていると···私と柿沼大臣の間に後藤さんが立った。

柿沼
「またお前か···」

後藤
何か気分を害されたのであれば、申し訳ありません
この者は自分の専任補佐官をしている訓練生です
生徒の責任は教官である自分が取ります

サトコ
「教官···!」

柿沼
「責任?一介の刑事であるお前に何が······」
「···そうだな、そこまで言うなら···」
「ここにある酒を全て飲み尽くしてもらおうか!無理だと思うがね!」

周囲のテーブルから柿沼大臣が集めたお酒は、ワインボトル4本と日本酒の一升瓶。

(これを全部飲むなんて、いくらお酒が強い人でも無理だよ···)
(しかも、後藤さんはあんまり強くないのに)

新人の頃よりは飲めるようになったと聞いてはいるけれど。
それでも不可能な量だ。

サトコ
「柿沼大臣、これはいくらなんでも···!」

後藤
氷川、静かにしていろ

スッと手を出して私を後ろに下がらせる。

後藤
これでこの件を不問にしていただけるのであれば

柿沼
「いいだろう。予算増額でもなんでもしてやろう!」

私に一瞬だけ視線を送ってから、お酒に向かい合う。

(こんなことになるなんて···後藤さん···)

to be continued



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