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カレ目線 後藤3話



「お見舞い、その後」

【教官室】

警察庁の局長が誘拐され、上が下した決定は氷川を使ったおとり捜査だった。

後藤
······

颯馬
また帰ってこないかと思ったよ

後藤
俺がいなくても、おとり捜査は進むでしょう。それなら放ってはおけません

東雲
大事なサトコちゃんのことだし?

後藤
訓練生を危険な目に遭わせることに納得はしていない

歩を睨むと、軽く両手を挙げて肩を竦めてみせた。

東雲
そんな怖い顔しないでくださいよ
後藤さんの意見にはオレも同意してますし
訓練生に『期待してる』って押し付ければ
妙にやる気出すと上は思ってるんでしょうね

加賀
その点、あの女は好都合だろうな
無駄にやる気だけはありそうだ

東雲
『やります!』って言ったときのサトコちゃん···
悲壮っていうより決意に溢れた目で見てられなかったよ
まるで昔の自分を見てるみたいで···

加賀
ふざけんな。テメェの目は新人の時から曇りまくってただろうが

タバコを噛んだ加賀さんが歩の肩をバシッと叩く。

颯馬
二人とも、関係のない話をしてる場合じゃないでしょう

石神
颯馬の言う通りだ。上の決定には従うが、氷川を犠牲にするつもりはない

後藤
······

石神
我々教官より危険な任務に就かせる以上、絶対に失敗は許されないぞ

加賀
そんなの充分分かってるに決まってんだろ
訓練生を殉職させた日には、めんどくせぇのに突っ込まれるのが目に見えてる

東雲
兵吾さん敵も多いですしね。あっという間に針のむしろになるかも

加賀
そんな針どうでもいいが、俺の邪魔になるのは許さねぇ

後藤
おとり捜査の訓練は自分が担当しますので。心配はいりません

加賀
ほぉ、あの補佐官とやらがそんなに可愛いか?

後藤
···監督者としての責任です
それにやらせるからには万全の態勢で臨ませるべきでしょう

颯馬
後藤なら結構の日までにちゃんと仕上げてくれるね

今でもおとり捜査には反対だ。
だが、決まったことなら最善を尽くすしかない。

(そう何度もしくじってたまるか)
(氷川は俺が守る)

夏月の二の舞にはさせない。

石神
後藤、今回は我々全員で挑む任務だ。失敗はあり得ない

後藤
はい

颯馬
彼女には俺たちがついてる

(石神さんも周さんも俺がひとりで突っ走らないように気にかけてくれてるんだろう)
(わかっている···これはあの時のおとり捜査と状況もケースも違う)

目を閉じると、浮かんでくるのは捜査の前の夜に見た夏月の笑顔。
どうしてあの日、任務の前に夏月に会っておかなかったのか。

(···今は夏月のことを考える時じゃない)
(氷川に任務を成功させることだけを···)

そう考えて思考を止める。

(夏月のことを···考えないって思ったのは初めてだ···)

どんな仕事も夏月の復讐に結び付けていた。
それが今、関係なく氷川の任務を成功させることだけを考えた。

(夏月···すまない。今だけは、氷川のことに専念させてくれ)
(もう誰も同じ目に遭わせたくないんだ)


【ビル外】

石神班と加賀班合同の任務だけあって、任務は速やかに成功を収めた。

サトコ
「後藤教官がわき腹を撃たれてます!救急車を!」

後藤
必要ない

(柳田が撃ってくるのは想定内だったが、負傷したのは俺のミスだ)
(氷川を守れたからよかったが、俺もまだまだということだな)

周さんと共に病院に行くために車に乗る。

【車内】

後藤
俺のことなら心配するな。お前は自分の任務を終わらせて来い

サトコ
「···はい!」

ドアを閉め、氷川の背中を見送ってようやく息をつけた。

颯馬
ホッとした顔してるね

後藤
無事に任務が終わりましたから

颯馬
それだけじゃないんじゃないか?

エンジンをかけた周さんが前を見て静かに車を出す。

颯馬
変わっていくことは悪いことじゃないよ

静かに、でも力強く、俺に言い聞かせるように言葉を繋げる。

颯馬
前にも似たようなことを言ったけど
後藤が変わっても、誰も責めたりしない

ミラー越しに周さんと目が合う。

(いつもの。俺が苦手な目だ)

後藤
···今、難しいことは考えられないですよ

颯馬
こういう時こそ、大事なことがわかるかもしれないと思って

後藤
そこまで···余裕ないです

(大事なことか···夏月の復讐を果たすこと)
(氷川を卒業させること···か?)

目的が1つ増えたが、それくらいは許されるだろうか。
答えが聞こえてくるはずもなく、ただ流れる窓の外の景色を眺めていた。


【後藤マンション】

自宅療養になってから数日。
ベッドの上でまどろんでいると、料理のいい匂いが漂ってくる。

(なんだ···?匂い付きの夢か?)
(ここ数日カロリーチャージの菓子ばかり食べてたからな···)
(たまには温かいものを食べたいが、買いに行くのも面倒くさい)
(このまま夢で飯を食って腹が満たされれば便利なんだが···)

うとうとしながらそんなことを考えていると、だんだんと目が覚めてきた。
頭が冴えてきても匂いが途切れることはない。

後藤
···夢じゃないのか?

目を開けて身体を起こすとキッチンの方から物音が聞こえる。

(ああ···そうか。氷川が見舞いを持ってきてくれたのか)

ついでに食事の支度をしてくれると言っていた。

(眠るつもりはなかったんだが、いつのまにか寝てたんだな)
(わざわざ部屋まで来てもらったのに悪いことをした)

ベッドから降りてリビングを抜け、キッチンに向かう。

【キッチン】
リズムのある包丁の音が聞こえてきて、妙に懐かしい気持ちにさせられる。

(食事の支度をしてる音を聞くなんて、何年ぶりだ)

氷川は後ろを向いていて、俺が起きたことに気付いていないようだった。

(飯まで作らせて、これじゃ補佐官じゃなくて小間使いだな)
(一柳に知られたら、うるさそうだ)

後藤
手間をかけさせて悪い

サトコ
「きょ、教官!?いつからいたんですか!?」

突然後ろから声をかけると、驚いた氷川が飛び上がるようにして振り返った。

後藤
今起きたところだ
眠るつもりはなかったんだが···すまない

サトコ
「いえ!教官は療養中なんですから、休むのが仕事ですよ」
「もう少しで出来上がるので、待っててください」

後藤
···それなら、ここで見ていてもいいか?

サトコ
「え···いいですけど···プ、プレッシャーですか?失敗したら許さないっていう···」

煮物の鍋を見ながら慌てる氷川に、思わず苦笑が洩れた。

後藤
食事に関してまで、教官面するつもりはない
包丁も満足に使えないヤツがどうこう言うt権利はないだろう

サトコ
「それじゃあ···どうして見てるんですか?」

後藤
なんとなく···な

火の気のあるだけで、こんなに部屋の様子が変わるのだと知る。
この部屋はひどく乾いた冷たい印象しかなかった。

(そもそも、この部屋に女がいるということ自体めずらしいんだ)
(不思議な気持ちだが···嫌な感じがしないのは、相手が氷川だからか···?)

何気ない日常の光景。
台所に女がいるだけで、随分雰囲気が変わるものだ。

(俺は···この状況に安らぎを感じてるのか···)

自分で自分の気持ちがよくわからない。
けれど、肩の力が抜け、心が凪いでいるのを感じる。

(心地いいものだな···)

染みるように穏やかになる気持ちの裏で。
自分だけが安らぎを感じることに、
どうしようもない罪悪感が鉛のように沈んでくるのがわかった。

to be continued



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