「後藤なりの守り方」
【パーキングエリア】
仙崎を追い、地方都市まで行った夜。
帰る途中で車がエンストを起こしてしまい、山中で立ち往生してしまった。
(黒澤が近くにいて助かった)
ガソリンスタンドまで牽引してもらい、整備したら無事に走り出した。
高速に乗り、1時間くらい走ったところでサービスエリアで休憩する。
(あと2時間くらいで着くか)
喫煙所でタバコを吸って目を覚ます。
少し離れた自販機で黒澤とサトコが話している姿が見えた。
(あの二人は気が合うんだろうな)
黒澤は話題も豊富で人を楽しませることが得意だ。
遠くで内容は聞き取れないが、サトコの楽しそうに話をしていることが分かる。
後藤
「······」
(なんだ?このモヤっとした気持ちは···)
苛つく感情に似ているが、どこか違う。
落ち着かなくさせられるこの感情は······
(嫉妬···か?)
(いや、それは···)
まさかとは思うが、それしか思い当たらない。
ごちゃごちゃと考えるより、タバコを灰皿に押し付けて先に身体が動いていた。
後藤
「サトコ」
サトコ
「あ、教官の分の缶コーヒーも買っておきました。冷たいので大丈夫ですか?」
後藤
「ああ、車で飲む。先に戻っててくれ」
サトコ
「はい」
黒澤
「あ!サトコさん、次はオレの車に~!」
後藤
「お前の行先は警察庁だろ」
黒澤
「ちゃんと寮までお送りしてから戻りますよー」
俺たちのやりとりにクスッと笑ってサトコは車に向かう。
黒澤
「後藤さんのヤキモチ妬き」
後藤
「···馬鹿を言うな」
黒澤
「じゃ、今のは何なんですか?」
「オレとサトコさんの仲を裂くような真似をして」
後藤
「サトコは訓練生だ。お前が余計なことをペラペラ話さないか心配しただけだ」
黒澤
「素直じゃないんですから」
「でも、そんな後藤さんも新鮮です!」
後藤
「······」
人の気持ちを探るように、黒澤の黒目がちな目がこちらをじっと見てくる。
(こいつのこの食えない笑い方···)
(捜査員としては評価できるが個人的には関わりたくない顔だな)
黒澤
「幸せになっちゃいけないなんて思わないでくださいね」
後藤
「お前···」
黒澤
「大切な人の幸せを···願わない人はいないと思います」
(サトコに惹かれてることだけではなく、その裏にある罪悪感まで見透かしてんのか)
(冗談じゃない。こいつにわかったような顔をされるのは···)
後藤
「性善説ぶるな。お前はそんな心で生きてないだろ」
黒澤
「後藤さんはオレを誤解してますよ」
「人と人が助け合う理想の社会を目指して警察官やってるんですから」
後藤
「石神さんの前で言ってみろ」
黒澤
「はは、さすがにそれはちょっと」
後藤
「そろそろ出るぞ。空が明るくなる前には都内に入りたい」
黒澤
「了解です。安全運転で急いでいきましょう」
車に戻る前に、もう一度喫煙所でタバコを咥える。
黒澤の核心をつく言葉が本当に鬱陶しい。
(何が、大切な人の幸せを願わない人はいないと思います···だ)
車を見ると、サトコが眠そうな顔をしているのが見える。
彼女を見て込み上げるのは純粋な愛しさだ。
(俺は···)
自分の気持ちが見えて、持て余す。
サトコに惹かれる気持ち、それを許せない気持ち。
相反する2つの思いがせめぎ合い、深くため息をついた。
【教官室】
関東近郊の都市で開かれた県知事選の応援演説で議員が狙われた。
いよいよ仙崎の動きがアヤ悪しくなり、こちらの緊張感も高まる。
仙崎
『これだから嫌だね。警察と言うヤツは。死ぬのが美徳だとでも考えてるのかね』
(ヤツの化けの皮を必ず剥いでやる)
捜査資料を読みながら、最近気が緩んでいたことに気が付く。
自然と自分を居心地のいい場所に置こうとしていた。
(サトコとの時間は心地がいい)
(忘れていた何気ない時間を過ごさせてくれる)
それは過去のことが頭から離れる数少ない時間でもあった。
(忘れたらダメだ。俺のするべきことは夏月の仇を討つことだ)
(他のことを考える資格なんてない)
デスクを見れば、そこには整頓された資料と綺麗にアイロンがかけられたハンカチ。
この机の上と同じように、いつの間にか自分の中でサトコの存在が大きくなっていた。
(真っ直ぐでお人好しで裏表のない性格···一緒にいて心地よいのは当たり前だ)
そして向けられる無垢な厚意。
打算のない素直な気持ちには触れているだけで救われるような気がしていた。
(だが、それは勝手に俺の気持ちを押し付けていただけだ)
(こっちの都合で拠り所にされたら、サトコもたまったもんじゃないだろ)
サトコとはそもそも住む世界が違う。
彼女は俺のような人間が手を伸ばしていい存在じゃない。
(集中しろ···事件が動き出すかもしれない。今度こそ、必ず真犯人を見つけるんだ)
目を閉じるとぼんやりとした輪郭が浮かぶ。
(サトコ···いや、夏月···わかってる。おまえのことを忘れたりしない)
(絶対にその無念を晴らしてやる)
仙崎の周辺に探りを入れておこうと立ち上がる。
すると、教官室の出口で周さんに会った。
颯馬
「これから出るの?」
後藤
「ええ、仙崎の件で」
颯馬
「昴が随分怒ってたみたいだな。話を聞きつけた生徒たちの間でも話題になってたよ」
後藤
「いつものことです」
「情報を全部流せとか···そんなことできるわけがない···」
颯馬
「まぁ、それを責められるのも俺たちの仕事みたいなものだけどね」
「そうそう、黒澤が気にしてたよ。余計なことを言い過ぎたかもしれないって」
後藤
「······」
(この間のサービスエリアでの話か)
後藤
「あいつは余計なことしか言わないでしょう」
颯馬
「そう?結構鋭いこと言うと思うけど」
後藤
「それが余計なんです」
(しばらく学校を空けることになるかもしれない)
(周さんに頼んでおいた方がいいか···)
後藤
「しばらく忙しくなるかもしれません」
「こっちには顔を出す時間が減りそうです」
颯馬
「特別教官は捜査優先だけど···抗議に穴を空けると補習が大変だよ」
後藤
「何とかしますよ」
颯馬
「サトコさんには伝えたの?補佐官には言っておいた方がいいんじゃない?」
後藤
「いえ···呼出がなければ、氷川も自分の訓練に集中できていいでしょう」
(今、サトコの顔を見ることは出来ない)
(俺は···怖いのか···)
(サトコへの想いが募って、夏月の復讐心が鈍るのが···)
気が付かないフリはもうできない。
(何も甘いことを考えてるんだ)
(夏月の復讐にすべてを捧げる···そう決めたはずだ)
颯馬
「···夏月は優しかった。誰より後藤のことを心配してた」
後藤
「わかってます」
「だから、俺は···」
颯馬
「今もきっと後藤の幸せを願ってるんじゃないかな」
後藤
「そんな都合のいいこと···」
考えられるはずがない。
最後に見た笑顔の次に思い浮かぶのは、何も語らない冷たくなった姿なのだから。
to be continued