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ふたりの絆編 後藤7話



【客間】

夕飯のあとはお風呂を借りて客間に戻ると、フカフカのお布団が敷かれていた。

(本当に申し訳ない···)
(しかも肝心な話は何もできてないし···)

夜になって後藤さんの部屋に話をしに行くというのも、ご家族の手前訪ねづらい。
颯馬教官にメールで相談しようかと思っていると、客間の戸が軽くノックされた。

サトコ
「はい」

後藤
俺だ。いいか?

サトコ
「も、もちろんです」

後藤さんが顔を見せ、思わず正座する私の前に膝をつく。

後藤
ドライヤーを持ってきた

サトコ
「へ?ドライヤー?」

真剣な話が始まると思いきや、思わぬ単語が出てきて身体から力が抜ける、

後藤
濡れ髪のままじゃ風邪をひくと思ったんだが···

サトコ
「あ、ありがとうございます···お借りします」

後藤
俺が乾かしてやる

サトコ
「え···」

後藤さんはスイッチを入れると、私の髪を乾かし始めてくれた。

(い、いいのかな···)

髪に触ることに慣れない男らしい指先がくすぐったくも嬉しい。

(こんなところで優しくするなんて反則です···)

しばらくドライヤーの音だけが響いて、ボソッと後藤さんの声が落ちてきた。

後藤
わざわざ、こんな田舎まで来させて悪かった

サトコ
「そんなこと!私の方こそご家族に迷惑をかけてしまって···」
「あの···」

とにかく話を聞いてもらわないと···と、振り返るとドライヤーが止まる。
そして、そっと口に手を当てられた。

後藤
明日まで···待ってくれないか

サトコ
「え···」

後藤
アンタには聞く権利があるのはわかってる

サトコ
「権利なんて、そんな···私はただ後藤さんに···」

後藤
今は···上手く話せる自信がない。明日までには整理しておく

サトコ
「後藤さん···」

私の目を見ずに俯いてこぼす後藤さんに、これ以上何も言えなくなる。

サトコ
「···1つだけ聞いてもいいですか?」

後藤
何だ?

サトコ
「私のこと···もう好きじゃ···ないですか······?」

(もっと先に聞かなきゃいけないことがあるのに···なに聞いてるんだろう)

そうは思っても、口に出すのを堪えられなかった。
公安の刑事としての後藤さんを追いかける一方で、恋人として置き去りにされた自分。

(本当は···これを最初に聞きたかったのかもしれない)

後藤

···好きじゃなかったら···すぐに帰らせた

顔を上げた後藤さんと目が合う。
ここに来て初めて、後藤さんがきちんと私を見てくれた気がした。

後藤
おやすみ

後藤さんが背を向けて、出て行って···私は初めて涙をこぼした。



【河原】

翌日の早朝、私は後藤さんに誘われ近くの川に釣りに来ていた。

後藤
田舎で驚いたろ

サトコ
「私の長野の田舎もこんなものですよ。もっと田舎かもしれません」

川のせせらぎと葉が擦れる音に故郷を思い出す。

サトコ
「あの···」

後藤
悪かった

サトコ
「え···」

後藤
黙っていなくなったりして悪かった

サトコ
「後藤さん···」

釣り糸を垂らし、川の流れを見つめたまま後藤さんは口を開く。

後藤
俺は···怖くなったんだ

サトコ
「怖く···?」

聞かなくてもわかっていたけれど。
口に出すことで整理できることもあるだろうと、私は後藤さんに聞き返す。

後藤
···また大切な人を失いかけた
その怖さに···耐えられなくなったんだ

サトコ
「石神教官のことですか?」

後藤
······

沈黙したまま···それは肯定を意味していた。

後藤
アンタを助けたことで金山を逃がし、そのせいで石神さんが重傷を負った
俺は···同じ過ちを···

サトコ
「······」

(やっぱり石神教官のことで夏月さんのことを思い出して···)

後藤
逃げたんだ、結局。公安刑事という仕事からも···アンタからも
今回は石神さんが意識を取り戻したからいい
でも次は?
次がない、なんて言い切れるか?

こちらを見る後藤さんの顔は、悲痛に歪んでいて···思わず目を逸らしたくなった。

後藤
次は···
もし、次がアンタだったら···俺は···

絞り出される後藤さんの声に私の胸も締め付けられる。

後藤
俺は···戻るつもりはない。帰って、そう伝えてくれ

サトコ
「···っ!」

後藤さんの辛い気持ちはよくわかる。
けれど···置いてきぼりにされた私の気持ちは出口を求めて叫んでいる。

サトコ
「勝手に決めて、勝手なこと言って···勝手なことして···!!」

後藤
サトコ···

(泣きたくないのに···涙のバカ!)

溢れる涙で視界が霞むのも悔しい。

サトコ
「守ることは大事です。でも···守られる方の気持ちも考えてください!」
「大切な人に守られるだけなんて···っ」

上手く言葉にならない。
後藤さんが戸惑っているのがわかって、私は自分を落ち着かせるように大きく息を吸った。

サトコ
「後藤さんが公安を辞めても、石神教官も私も公安の仕事を続けます」

後藤
···ああ

サトコ
「私も、いろんな人のことを守りたい」
「その中には、後藤さんもいます」

後藤

サトコ
「私も······後藤さんを守りたい···」

きゅっと握った拳は、少し震えてしまった。

後藤
もし、守れなかったら···どうする···?
俺は
俺は、お前を今の俺と同じ気持ちにはしたくない

サトコ
「絶対に守ります」

後藤
······

サトコ
「もちろん、公安刑事として···警官として、私は未熟です」
「大切な人を失ったことがないから、私の言うことは理想論なのかもしれませんけど···」
「私は、そばで全力を尽くしたいと思います」

それでも、今の私に諦めるという選択はないから。

サトコ
「後藤さんは私を守ってくれたじゃないですか···」
「だから、私は今ここにいるんです」

後藤
······

サトコ
「後藤さんは大切なもの、ちゃんと守れてます」
「石神教官も意識を取り戻したし、金山も捕まえた···」
「私も、そんな後藤さんのように···後藤さんを守りたいんです」

私は釣竿を置くと、後ろから後藤さんを抱きしめた。
触れて初めて、その背中が震えていることに気が付く。

後藤
俺は···

サトコ
「怖くても諦めないで···」
「後藤さんはひとりで誰かを守るわけじゃない」
「私も後藤さんを守りたいと思ってるし···」
「後藤さんの帰りを待っている皆が、それぞれ仲間を守りたいと思ってます」

後藤さんの背中に額をつけて語りかける。
その息遣いと鼓動だけが聞こえた。

サトコ
「確かに···公安刑事は、秘密裏に動いて国を守ることが仕事です」
「だからこそ、身近なものを守れなければ、誰も守れるわけがないんです」

後藤
······

サトコ
「 “絶対” なんて存在しないのはわかってます」
「でも···私は最後まで後藤さんと一緒に立っていたいです。刑事として···恋人として」

立ち上がって、後藤さんから離れる。
あえて顔は見なかった。

サトコ
「帰ります。それで待ってますから···後藤さんが帰ってくるのを」

後藤
······

伝えたい気持ちは全て渡した。
あとは後藤さんを信じるだけ。
後藤さんが私を···私たちを信じてくれることを。

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【教官室】

サトコ
「···というわけで、ひとりで帰って参りました!」

東雲
キミってバカなの?

サトコ
「う···」

山口から帰ってすぐ教官室に報告に行くと、東雲教官のにべもない返事が返ってくる。

東雲
後藤さんを連れ戻すのがキミの役目でしょ
ひとりで帰ってきたなら、今回の交通費、経費にならないからね

サトコ
「そ、そんな!山口までの新幹線代、結構高かったんですよ!」

東雲
任務失敗したんだから当然だよ

サトコ
「そんな···」

颯馬
歩、それくらいにしてあげて

サトコ
「颯馬教官···!」

東雲教官の言葉が突き刺さる中、颯馬教官が優しい声で間に入ってくれた。

(やっぱり颯馬教官はオアシスだ!)

颯馬
いくら結果が残らなくても、サトコさんは頑張ってくれたんだから
役立たずは言い過ぎですよ。ねぇ?

サトコ
「颯馬教官···役立たずとは一言も···」

(ニッコリ笑顔でトドメを···)

胸をぎゅっと押さえながら、それでも気持ちを立て直す。

<選択してください>

A:後藤さんを信じてます

サトコ
「私は後藤教官を信じてます。必ず帰って来てくれるって」

颯馬
置いていかれた女として、精神的プレッシャーかけてきたんですよね?

サトコ
「そ、そんなことしてません。私はただ、待ってるからって···」
「皆が···仲間が待ってるから帰って来てくださいって言ってきました!」
「その、私も補佐官として、待ってます!」

颯馬教官は私の答えに満足したのか、微笑むだけで何も言わなかった。

B:私を信じてください!

サトコ
「私を信じてください!後藤さん、話はちゃんと聞いてくれたんです」
「後藤教官はひとりじゃないって···仲間が待ってるって、ちゃんと伝えましたから」

颯馬
私を捨てていくなんてひどいって、そこも責めておきましたか?

サトコ
「いえ、そこまでは···そ、それに捨てられてません!」

C:教官たち迎えに行きます?

サトコ
「教官たちが迎えに行きますか?」

颯馬
サトコさんが連れ戻せなかったなら、私たちが行っても同じでしょう

東雲
あんなド田舎まで行きたくないし

サトコ
「それじゃあ、私と後藤教官のことを信じて待っていてください」
「きっと後藤教官は帰ってきます!」

東雲
連れて帰ってこれなかったくせに、何なのその自信は···
まぁ、キミらしいけど

颯馬
まあ、貴女の言葉なら後藤の胸にも届いたと思いますが···

サトコ
「きっと···きっと、帰ってきてくれます!」
「信じることしかできないなら···私は後藤教官を信じます!」

東雲
バカ正直って、キミのためにあるような言葉だね

サトコ
「ひ、ひどい···」

東雲
ま、いいよ。今回はキミのバカに付き合ってあげる

颯馬
私も付き合いましょう

サトコ
「ありがとうございます!」

(後藤さん···皆が後藤さんのことを待ってます。だから、早く帰って来てください···)

遠く後藤さんを想っていると、バンッと大きな音を立てて教官室のドアが開いた。

加賀
お前ら、悠長な話をしてる場合じゃねぇぞ

東雲
珍しいですね。兵吾さんが駆け込んでくるなんて···
何かあったんですか?

加賀
護送中に金山が逃げた

サトコ
「!」

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【東京タワー】

護送車から脱走した金山は警察官の拳銃を奪い、東京タワーの中に逃げ込んだらしい。
東京タワー周辺には黄色いテープが張られ、立ち入り禁止区域に指定されている。

難波
ったく、護送警官はクビだな

東雲
だから、所轄と組むのは嫌だったんだよね
こっちのミスを散々ネチネチ言ってたくせに、この大失態は何なんだろうね

サトコ
「金山はタワーの中にいるんですよね?」

加賀
ああ。ヤツはプラスチック爆弾をもっているとの情報が入った
タワーの中で『タディ・カオーラ』の関係者と接触したかもしれねえ

サトコ
「こんなところで爆発したら···」

難波
···東京タワーだけじゃない。この付近もろとも吹っ飛ぶぞ

サトコ
「!」

(絶対に止めないと···!)

サトコ
「私たちにできることは···」

難波
突入はSATの仕事だ。俺たちは一般人の誘導をする

サトコ
「はい!」

加賀
クソ所轄が。面倒な仕事増やしやがって

難波
金山の位置は正確には把握できていない。お前たちも充分注意していけ

全員
『了解!』

【タワー内】

サトコ
「順番に避難してください!落ち着いて!」

颯馬
ゆっくりと順番に···慌てないで大丈夫です

客A
「いったい何が起こってるんですか!?火事ですか!?」

サトコ
「火災ではありません。この避難誘導は念のためです」

颯馬
警察の指示に従って避難すれば安全です

パニックにならないように、詳細は伏せたまま一般人を誘導していく。

(金山はどこにいるんだろう。SATはもう来たかな···)

自分のいる階以外の様子は分からず、それが不安を煽る。

(私もこんな危険な事件で避難誘導をするのは初めてだから···)

サトコ
「颯馬教官、あそこの人たちを誘導させれば、この階の避難は完了です!」

颯馬
わかりました。他の階の避難状況を確認しましょう

颯馬教官がインカムで連絡を取り始めた時、外の階段を走るような靴音が聞こえた。
大きな足音に階段を見ると、そこには真っ赤な階段を駆け上がる金山の姿。

サトコ
「金山···!」

その後ろを警察官が追ってくる気配はない。

<選択してください>

A:金山を追う

(逃がすわけにはいかない!)

私は階段へと飛び出す。

颯馬
サトコさん!?

サトコ
「金山を見つけました!追います!」

颯馬教官に声だけで答え、私は階段を駆け上がった。

B:颯馬に報告する

サトコ
「颯馬教官!金山を発見しました!追います!」

颯馬
金山が!?
···許可できない!サトコさん、待つんだ!

サトコ
「誰も追ってないようなんです!このまま逃がせません!」

颯馬
サトコさん!

颯馬教官の制止を聞かず、私は階段へと飛び出した。

C:一般人の誘導を優先する

(他の階にはまだ人が残ってるかもしれない···そっちを優先させないと···)

サトコ
「······」

(でも、この隙に金山が爆弾を爆発させたら終わりだ)

颯馬
サトコさん!?どこへ···

サトコ
「外の階段を昇る金山の姿を見つけました!追います!」

(金山をひとりにしたら、何をするかわからない。絶対に捕まえないと···)
(石神教官のためにも、後藤さんのためにも···金山だけは逃がせない!)

サトコ
「金山!待ちなさい!」

金山が階段から中に入ったタイミングで制止の声をかける。
ところが、金山の姿が見当たらない。

(確かに、ここに飛び込んだはずなのに···どこかに隠れた!?)

以前に建設中のビルで背後をとられたことを思い出した瞬間、背後に靴音が響く。

(同じミスは犯さない!)

銃を構え振り返ると、そこには同じく銃を構えた金山の姿。

金山
「へえ···また気付かないかと思ったけど、今回は勘が鋭かったみたいだネ」

サトコ
「あなたがこの階に逃げ込んだことはわかっていたから」
「タワーの中も周辺も警察に囲まれています。銃を下ろして、大人しく投降しなさい」

金山
「どうかな?アンタが撃つより早く撃てば、ワタシに逃げる望みは残っている」

サトコ
「ここで私を撃ったところで逃げ道はない。上も下も待っているのは警察よ」

金山
「そうか···ならば、やはり最初の計画を遂行するしかナイ」
「よくもずっと邪魔してくれたな」
「アンタさえいなければ···アンタのせいで計画が台無しになっタ!」

サトコ
「どういう意味···?」

金山
「忘れたとは言わせナイ。教団に警察が来たとき、ワタシを見つけたのはアンタだった」
「ワタシがバスに仕掛けた爆弾も!アンタが発見したそうじゃないか!」

サトコ
「あの爆弾を仕掛けたのも、あなただったの!?」

金山
「ワタシはこの国が大キライだ···アンタも大キライだ···」
「ここで全てをオワリにしてやる!!」

サトコ
「!」

金山が背負ったリュックを下に置く。

(きっとあの中に爆弾が···爆発だけは···させられない!)

向けられた銃口に構わず、私は金山のリュックに向かって駆け出した。

to be continued



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