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愛しいアイツのチョコをくれ 後藤2話

【カフェテラス】

後藤
おい···!

サトコ
「ご、後藤さん!?」

すぐさまふたりの間に割って入り、一柳の胸倉を掴む。
戸惑うサトコの言葉を背に、一柳を睨みつけた。

後藤
···何をしている

一柳昴
「見ての通りだけど?」

後藤
お前···

一柳昴
「······」

胸倉を捕まれてもなお、一柳は余裕の表情を崩さなかった。

後藤
どういうつもりだ

一柳昴
「さあな?」

後藤
っ···

(こいつはわざと俺を煽っている。それはもちろん分かっている···だが···っ)

一柳昴
「余裕、なさすぎだろ」

後藤

一柳の胸倉を乱暴に離すと、今度はサトコの腕を掴む。

後藤
···もうサトコに関わるな

サトコ
「ご、後藤さ···っ」

俺はサトコを連れて、足早にキッチンを後にした。

【屋上】

とにかくあの場から離れたくて、屋上にやってきた。

(最近、アイツがサトコといると引っかかることがあった)
(まさか、アイツも···?)

ただの嫌がらせという線もあったが、どうしてもその考えが捨てきれなかった。

サトコ
「後藤さん···」

後藤
······

サトコ
「ご、後藤さん!腕、痛いです···」

後藤
あ···悪い···

サトコ
「いえ···」

(こいつは何も悪くない。なのに···)

一柳昴
「礼はこれでいい」

サトコ
「!」

(あの時のことが、頭から離れない···)

サトコ
「後藤さん···」

後藤
······

どうしても、サトコを直視することが出来なかった。

サトコ
「え、えっと···一柳教官も困った人ですね!あんな風にからかうなんて」
「私はしないですけど、あんなことされたら女の子は勘違いしちゃいますよね」

サトコの声が、かすかに震えている。

(···サトコは何も悪くないなんて、分かっている)
(けど···今の状態で話したら、確実にコイツを···)

サトコ
「あの···後藤、さん?」

後藤
っ、触るな

サトコ
「!」

サトコが俺の手を握った瞬間、とっさに振りほどいてしまう。

サトコ
「あっ···」

後藤
···!

傷ついたように固まるサトコを見ていられなくて背を向けた。

サトコ
「どうして···」

後藤
···だろ

サトコ
「え?」

後藤
アンタにも原因があったんだろ

サトコ
「···!」

本心とは裏腹についてしまった言葉。
サトコが息を呑むのがわかった。

サトコ
「わ、私は···」

後藤
······

今にも泣きそうな声音に、こぶしを強く握りしめる。

(俺は何を言っているんだ···)

後藤
俺は···

(ダメだ···これ以上話したら、もっとこいつを···)

後藤
······

サトコ
「後藤さん···!」

俺は一度も振り返ることなく、屋上を出た。

【廊下】

後藤
はぁ···

(何を···何をしているんだ、俺は···)
(勝手に嫉妬して、勝手に八つ当たりして···最低だ···っ)

後藤
くそっ

強く拳を握りしめると、ピリッと痛みが走る。

(爪の痕が···)

手のひらを眺めながら頭を過るのは、最後に見たサトコの顔だった。

(アイツにあんな顔をさせたかったわけじゃない)
(こうなる前に、自分の気持ちを素直に言葉にすればよかったのか?)
(でも···)

様々な感情がせめぎあい、深く息を吐いた。

石神
後藤

後藤
···なんですか?

声を掛けられ、殺気立ったまま振り返ってしまう。

石神
···何があった?

俺の顔を見て、石神さんは眉をひそめた。

後藤
いえ···何でもありません

石神
とてもそうは見えないが···
···まあ、いい。千葉たちがお前のことを探していた。飾り付けのことで確認があるらしい

後藤
分かりました。すぐに向かいます

お礼を言って、石神さんに背を向ける。
これ以上の醜態を、晒すわけにはいかなかった。

【屋上】

遠くの方で陽が沈む様子を、ぼんやりと眺める。
校舎の一角から、楽しげな声がかすかに聞こえてきた。

(本当なら今頃、サトコとパーティーを抜け出して一緒に過ごしてるはずだったんだよな···)
(なのに、こうしてひとりで夕焼けを眺めて···)

後藤
···何をしているんだろうな

ため息をつくように呟きながら、パーティーが始まった時のことを思い返す。

黒澤
皆さん、グラスは持ちましたね?
それでは···ハッピーバレンタイン!かんぱ~い!

全員
「乾杯!」

皆は一様に笑顔で、グラスを重ね合せている。

(サトコは···)

鳴子
「サトコ~もう、どうしちゃったの。そんな暗い顔をして」
「せっかくのパーティーなんだから、楽しまなくっちゃ!」

サトコ
「う、うん···」

鳴子
「あ、千葉くんだ」

サトコ
「······」

(今なら話しかけられそうだな)
(でも···)

サトコ
「あ···」

後藤
···っ

(···まだ、ダメだ。またアイツを傷つけてしまう)

あれからも何度か話しかけるチャンスはあったのに、かける言葉が見つからなかった。

(アイツに謝る、ただそれだけなのに)
(情けない···)

後藤
はぁ···

何度目かのため息をこぼしていると、背後で扉が開く音がした。

サトコ
「後藤さん!」

後藤

(サトコ?どうして、ここに···)

驚きのあまり、思わず身体が固まる。

サトコ
「後藤さん、こっち向いてくれませんか···?」

後藤
······

サトコ
「···分かりました。そのままでいいので、聞いてください」
「わ、私が···」
「私が警察官になったのは、後藤さんに憧れたからなんです!」

後藤
え···?

サトコ
「尊敬しているのも、今もずっと後ろを追いかけたいのも、いつか隣に並びたいのも···」
「支えるバディになりたいって思うのも、全部···全部、後藤さんだけなんです!」

後藤
······

サトコ
「だ、だから···私···私···!」

(サトコ···っ)

真っ直ぐな言葉に、胸が詰まる。
振り返ると、サトコの瞳は真っ直ぐに俺に向けていた。

サトコ
「後藤、さん···っ」

必死に耐えるような声音で、名前を呼ばれる。
そんなサトコから、目を逸らすことが出来なかった。

(いつだってそうだ···嫉妬する気持ちを持つと、こうなるって知ってて···)
(こいつはいつも真っ直ぐ気持ちをぶつけてきてくれていたのに)

サトコ
「···後藤さんは私のこと嫌いになっちゃって···」
「っもう、これ以上私の面倒を見れないって···」
「も、もし···そう思われてたらって···っ」

後藤
···っ

信じることで封印してきた感情がこみ上げて、気付けばサトコを腕の中に閉じ込めていた。

サトコ
「······っ」

サトコは俺の胸に顔を埋め、服を強く握りしめる。
そんな彼女に精一杯愛情が伝わるように、きつく抱きしめた。

後藤
···悪かった

俺はわずかに身を屈め、一柳のキスを上書きするようにサトコの頬に唇を落とす。
サトコは顔を上げ、目を瞬いた。

サトコ
「後藤、さん···?」

後藤
俺は···お前と楽しそうに話す一柳に、嫉妬していたんだ
お前は何も悪くないのに、みっともなく嫉妬して···

サトコ
「私は···初めから、後藤さんのことしか考えていません」

後藤
っ···

(こいつは、本当に···)

後藤
···あんまり喜ばせないでくれ

サトコ
「あ···」

頬が熱くなるのを感じ、サトコにジッと見つめられる。

後藤
っ、見るな

サトコ
「なんで顔を逸らすんですか?」

後藤
いいだろ、別に

サトコ
「こっち向いてください」

後藤
断る

サトコ
「それなら···」

後藤

サトコの顔が近づく気配がして、頬に柔らかい感触がした。

サトコ
「やっとこっちを見てくれましたね」

後藤
不意打ちは卑怯だろ

サトコ
「こうでもしないと、後藤さんがこっちを見てくれないと思ったので」

後藤
アンタな···

俺たちは顔を見合わせ、笑い合う。

(本当、こいつには敵わないな)

サトコ
「あ、そうだ!後藤さんに渡したいものがあるんです」
「部屋まで来てもらっていいですか?」

後藤
分かった

ここに来たときとは違う晴れやかな気持ちで、俺は屋上を後にした。

【寮】

サトコ
「お待たせしました」

サトコの部屋に行くと、チョコのカップケーキが出てくる。

後藤
ありがとう。食べていいか?

サトコ
「はい!」

カップケーキを口に運ぶ俺を、サトコは緊張の眼差しで見つめている。

サトコ
「どう、ですか?」

後藤
ん···美味い

サトコ
「よかったぁ···」

後藤
これ、アンタの手作りだろう?忙しかったのに、よく時間があったな

サトコ
「後藤さんのためですから。喜んで貰えるかなって、頑張っちゃいました」

後藤
そうか···

愛しさが込み上げ、サトコを抱き寄せる。

サトコ
「ん···」

ゆっくり顔を近づけ、口づけを交わした。
今度はサトコの唇を、じっくりと味わう。

サトコ
「後藤、さん···」

唇の隙間から熱い吐息が漏れ、艶やかな声音に心臓が大きく脈打った。

後藤
不安にさせてしまった、お詫びだ

サトコ
「あ···っ」

その場でサトコを押し倒し、再び唇を塞ぐ。
ピッタリと重ね合った肌から、温もりと鼓動を感じる。
俺たちは時折愛しい名前を呼びあいながら、熱情を交わし合ったーー

【学校 廊下】

数日後。
廊下を歩いていると、一柳とサトコの姿を見つける。

(アイツはまた、サトコにちょっかいをかけているのか···)

少しだけ苛立ちを覚え、ふたりのもとへ足を向ける。

後藤
関わるなと言わなかったか?

一柳昴
「いいのかよ、たかがひとりの補佐官にそんな熱くなって」

一柳の言葉に、サトコがそっと俺を見上げる。

後藤
たかが、じゃない。俺の···大事な補佐官だ

一柳昴
「へぇ···」

後藤
何か問題でもあるのか?

一柳昴
「···別に。じゃあな、サトコ」」

サトコ
「あっ、は、はい!」

一柳は不敵に微笑み、手を軽く振って去って行った。

(前にも思ったが、アイツは本気でサトコを···)

サトコ
「後藤さん、その···大事な補佐官って···」

後藤
事実だからな

サトコ
「そ、そうですか···」

サトコは俺を見つめ、花が咲いたように笑う。

サトコ
「ありがとうございます」

(アイツのことは、気がかりだが···)

真っ直ぐ俺を見つめるサトコの瞳が、あまりにも綺麗で。
俺はこの先何があっても、サトコのことを信じようと心に誓った。

Happy End

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