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愛しいアイツのチョコをくれ 加賀2話

【教官室】

翌日、ニヤニヤしながら黒澤が教官室に入ってきた。

黒澤
か~がさん!

加賀
······

(また出やがった···)
(こいつは、マジでちゃんと仕事してんのか···?)

黒澤
も~聞きましたよ!加賀さんも隅に置けないですね!

加賀
なんの話だ

黒澤
莉子さんとお付き合いされてるそうじゃないですか!

その瞬間、教官室が静まり返った。

(なに血迷ったこと言ってんだ、こいつは)

東雲
···ぷっ

難波
そういや俺も、そんな話聞いたな
なんか、ふたりで寄り添い合いながらタクシーに乗り込んだんだって?

加賀
······

昨日のことを思い出し、舌打ちが漏れそうだった。

(見られてたのか···誰だ、言いふらしやがった奴は)

黒澤
言っときますけど、情報源はオレじゃないですよ

加賀
まだ何も言ってねぇ

颯馬
私も聞きましたよ。結婚を前提に付き合ってるらしいとか

加賀
···んなわけねぇだろ

後藤
俺は、加賀さんが決めた相手なら···応援しますよ

加賀
なんで俺があの女と付き合わなきゃならねぇ

石神
···フッ

加賀
テメェ···

唯一事情を知っているプリン野郎は、まったく我関せずだ。

難波
で?実際はどういうことだ?

加賀
バーであの女につかまって、帰りに送らされただけです

難波
まあ、そんなことだろうとは思ったけどな

黒澤
誰かが見たのが、尾ひれがついて広まったんでしょうね~
すごいですね!女子高みたいな噂の広まり方!

加賀
黙れ

耳を引っ張ってやると、黒澤の身体が傾く。

黒澤
痛い!痛い痛い痛い!

加賀
喚くな。沈めるぞ

黒澤
怖い!本気っぽくて!

(室長まで知ってるってことは···間違いなくあいつの耳にも入ってんな)
(チッ···面倒なことになった)

今さらこの程度の噂で焦りはしないが、あいつの気持ちを考えると苛立ちが募る。

(やっぱり、サイボーグ野郎に押し付けて帰りゃよかった)
(まあサトコのことだから、確認はしてくるだろうが)

あいつも、この期に及んでこんな噂を本気にはしないだろう。
そう思っていた矢先、サトコが教官室に入ってきた。

サトコ
「失礼します。あっ、室長、探しましたよ」

難波
ん?なんだ?

サトコ
「これにサインくださいって、成田教官が」

難波
めんどくせぇなあ

サトコ
「言っちゃった···」

サトコが入ってくると、黒澤を始め教官室が妙な雰囲気になる。
サトコは、不自然なほどこちらを見ない。

黒澤
サトコさ~ん、なんか今日はいつもと違いませんか?

サトコ
「えっ?そうですか?」

黒澤
なんていうかこう、素っ気ないって言うか···もしかして、何かありました?

(···白々しい)

反吐が出そうな黒澤の探りにも、サトコは笑顔を浮かべる。

サトコ
「何もないですよ~。黒澤さん、もしかしてまだチョコ狙ってます?」

黒澤
うっ···なんでわかったんですか?
オレだけに、こっそりくれるとかないですよね?

東雲
透、往生際悪い

颯馬
しつこい男は嫌われますよ

サトコ
「あっ、早く行かないと成田教官に怒られちゃう!」
「それじゃ、室長、ありがとうございました」

難波
おー、頑張れよ

サトコが出ていくと、再び妙な空気が流れた。

黒澤
···普通でしたね

東雲
今さら、あんな噂くらいじゃ動じないんじゃないの

難波
でもそこを右往左往してこそのひよっこだよなぁ

石神
あいつは普段から、考えていることが表情や態度に出やすかったので
あれくらいでちょうろいいと思います

どうやら、噂話が好きなのは訓練生だけではないらしい。

(ったく···こんなくだらねぇことでよく盛り上がれるな)
(それにしても···)

少し思い当たることがあり、席を立った。

【廊下】

サトコと見つけると、その背中に声を掛ける。

加賀
おい

サトコ
「!」
「な、なんでしょう?」

一瞬の間のあとに振り返ったサトコの顔には、貼り付いたような笑み。

加賀
···この前の報告書、どうなってる

サトコ
「あ、今絶賛作成中なので、放課後までに加賀さんのデスクに持っていきます」

加賀
ああ···

サトコ
「報告書と一緒に、それに使った資料も置いておきますね」
「それがあったほうが、きっとわかりやすいと思うので」

加賀
ああ

サトコ
「あ!すみません、成田教官にこれを持って行って、すぐ講義の準備をしないと」
「それじゃ、失礼します」

笑顔のまま、サトコは一礼して廊下の角を曲がり消えて行った。

(···ずいぶんとよそよそしいな)
(莉子との噂を気にしてんのか···?だがそういうときのあいつは、もっとわかりやすい)

普段とは違うサトコの態度が、なんとなく落ち着かなかった。

【教官室】

その後も何度か声をかけたが、サトコの表情は変わらない。

東雲
ねぇ、コレまとめたの、キミ?

サトコ
「そうです。何かおかしかったですか···?」

東雲
いや、キミにしてはずいぶん気が利いてると思っただけ

サトコ
「東雲教官が好む書類の傾向、この2年間でなんとなく掴みましたから」
「あ、石神教官、コーヒーのおかわり持ってきますね」

石神
ああ、すまないな

(いつも通り···いや、いつも以上にしゃっきり動いてるな)
(逆に、こういうときは何かある)

加賀
おい

サトコ
「加賀教官のコーヒーも、今お持ちしますね」

加賀
···ああ

ソツがないというよりは、やはりどこかよそよそしい。
仕事上は問題ないが、到底見過ごせるような態度ではなかった。

(···思えば、様子がおかしかったのは莉子との噂が広まる前からだったな)

『実は今日は、ちょっと···都合が悪くて』
『そ、それじゃ···私、次の講義の準備があるので!』

あいつが距離を取り始めたのは、あの頃からだ。

(何か隠してやがるな)
(このまま隠しきれると思うなよ)

コーヒーを持ってきたサトコに、書類の束を渡す。

加賀
帰りまでにまとめとけ

サトコ
「はい」

書類の間に、付箋を貼っておいた。

ーー “今夜8時に、寮監室”

【寮監室】

その夜、サトコはきっちり8時に寮監室にやってきた。

サトコ
「あの···ご用は」

加賀
······

サトコ
「······」

しばらく、沈黙が落ちる。

加賀
···で?

サトコ
「え···」

加賀
なんか言いたいことあんだろ
気持ち悪ぃ笑顔ばっかり浮かべやがって

サトコ
「気持ち悪い···」

加賀
作り笑いなんざ、気色悪ぃって言ってんだ

サトコ
「気付いてたんですか···」

加賀
気付かないわけねぇだろうが

サトコ
「その···別に、加賀さんのことでは」

加賀
いいから話せ
いつまでも我慢したような笑顔見せられる方が落ち着かねぇ

それでもしばらく、サトコは何も言わなかった。
だがやがて意を決したように顔を上げ、俺を見つめる。

サトコ
「わがまま···言ってもいいですか?」

加賀
いいって言ってんだろ

サトコ
「莉子さんの、ことで···」

思った通りの名前が出て、思わずため息が零れる。

加賀
あんなくだらねぇ噂で···

サトコ
「違うんです···ふたりのことを疑ってるんじゃなくて」
「私···加賀さんと莉子さんが歩いてるところを、偶然見て」

身体の横で手を握りしめ、サトコが自分の感情を抑えながら言葉を紡ぐのがわかる。

サトコ
「いいんです、一緒に飲みに行ったり···おふたりが仲間なのはわかってますから」
「でも、そうじゃなくて···そうじゃ、なくて」

加賀
······

サトコ
「他の女の人に、触らないで欲しいです···」

消え入りそうな声に、目を見張った。

サトコ
「すみません···加賀さんが嫌いな嫉妬とか独占欲だって、わかってます···」
「加賀さんにも莉子さんにも、他意がないのも···本当に、わかってるんです」

加賀
······

サトコ
「でも、でも···どうしても、胸に引っかかってて···やっぱり、嫌だなって」

莉子
『兵吾ちゃんは、肝心なことを伝えないから』
『たまには素直にならないと、女は簡単に逃げるのよ』

(まったく···どうしようもねぇな)

くだらないと、一蹴することは簡単だ。
だが、いじらしくその感情を抑え込んでいたサトコが、どうしようもなく愛しい。

(結局同じだ、俺も)

もし他の男がサトコに気安く触れば、面白くない。
抱き寄せて額をつけると、涙を浮かべたサトコの目が、至近距離で俺を見つめる。

サトコ
「加賀さん···」

加賀
プライベートじゃ、お前以外の女にはもう触らねぇ

サトコ
「え···」

素直な気持ちを伝えたサトコに、同じように素直な気持ちで応えるのもたまにはいいだろう。
額を突き合わせたままでいると、サトコが頬を染めながら笑った。

サトコ
「あの···き、緊張します」

加賀
今さらかよ

サトコ
「だって···そういえば、加賀さんとふたりきりになるの、久しぶりじゃないですか」

加賀
テメェが避けてたからな

サトコ
「うっ···」

そのまま顔を寄せて、唇をついばむ。
サトコが背中に腕を回してきて、もつれ込むようにベッドに向かった。

(嫉妬なんざ、面倒で不要な感情だと思ってたのに)
(···こいつの言葉だと、こんなに突き刺さるとはな)

鬱陶しい嫉妬も面倒な独占欲も、サトコからのものなら悪くない···と、思わなくもない。

加賀
···バレンタイン

サトコ
「え?」

加賀
俺以外の男に余計なもんやるんじゃねぇぞ
特に黒澤

サトコ
「え···?」

(テメェが作ったもんは、チョコだろうが料理だろうが、全部俺のもんだ)

それは間違いなく、くだらない独占欲に他ならなかった。

【花 自宅】

2月14日、サトコと一緒に姉貴の家に行くと、花と同じチョコを渡された。


「はなねー、サトコといっしょにつくったの!」
「はなは、ほしのかたち!サトコはハートのかたち!」

サトコ
「あ、花ちゃん、ネタバレ···」

美優紀
「開けた時の楽しみが一気に減ったわね」

(花と一緒に作った···か)
(なるほどな。それであの日···)

大方、俺が誘った日にチョコを作る練習でもしたのだろう。
その場で開けて食べて、花が初めて作ったチョコの味を堪能した。


「ひょーご、どう?どう?」

加賀
ああ、美味い


「よかった!はな、いっしょうけんめいつくったからね!」

サトコ
「あの···加賀さん、私のチョコのお味は···」

加賀
······

恐る恐る訊ねてくるサトコに、花や姉貴にわからないようにささやいた。

加賀
テメェのは、ふたりきりになってからだ

サトコ
「······!」


「サトコ、かお、まっかー」

サトコ
「あ、いや、これは···!」

(この程度で、そんな顔しやがって)
(だからテメェは、わかりやすいって言ってんだ)


「ひょーご、うれしいの?」

加賀
あ?


「だって、わらってるから!なんかいいことあった?」

加賀
そうだな···花が作ったチョコが美味かったのと
なんでもすぐ顔に出る奴が、気に入ってるからだ

サトコ
「か、加賀さん···!」

花に礼を言い、慌てるサトコを連れて姉貴の家を出た。

【加賀 マンション】

家に帰ってくると、サトコが作ったチョコを口に入れる。

加賀
チョコを溶かして固めただけか

サトコ
「花ちゃんが作るには、それが精一杯だったんですよ」
「それで、あの···お味は」

加賀
······

ハート型のチョコをひとつ手に取り、眺める。

(こんなもんでも、なんだかんだ言って嬉しくなるもんだな)

サトコ
「えっ」

加賀
あ?

サトコ
「い、今···」

加賀
······

どうやら、思っていたことが無意識のうちに口からこぼれたらしい。

(すぐ顔に出るこいつのことは言えねぇか)

持っていた一粒を口に押し込んで、サトコに深く唇を重ねる。
お互いの口の中で溶けるチョコは、ひとりで食べた時よりもずっと甘い。

加賀
美味いか

サトコ
「わ、わから、な···」

そのままソファに押し倒して、何度も何度も、貪るようにサトコの唇を味わった。

Happy End

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