カテゴリー

愛しいアイツのチョコをくれ 難波1話

【カフェテラス】

サトコ
「わ、私、今年はバレンタインやらないし!」

こちらに背を向けたサトコの口から唐突に発せられた力強い言葉に、
俺は一瞬固まった。

(これは···何の宣言だ?)

鳴子
「あ···」

ようやく俺の存在に気づいたらしき佐々木の反応に、サトコが振り返る。

サトコ
「!!」
「し、室長···!」

その顔には、明らかな動揺の色が浮かんでいた。

(どうやら、俺に向けて言ったわけではなさそうだな。それにしても···)
(驚きたくなる気持ちは分かるが、公安刑事ならこういう時もポーカーフェイスが基本だろ)
(まだまだ修行が足りねぇな、ひよっこ)

実は俺も少なからず動揺はしていたのだが、さすがにそれを悟られない術くらいは心得ている。
興味なさそうに2人に背を向けると、できるだけ悠然とその場を後にした。

【教官室】

(そうか、ないのか···俺のバレンタイン···)
(ちょっと楽しみにしてたんだけどな)

思わずため息がこぼれそうになった。
目の前では、石神が真剣な表情でパソコンと向き合っている。

難波
······

見るともなくぼんやりとその横顔に視線を向けていると、石神が居心地悪そうに振り返った。

石神
···何かついてますか?

難波
ん?

石神が何もついていない頬を撫でた。

難波
いや、別に···

石神
···そうですか

再びパソコンに向き直った石神に、思わず言った。

難波
ちょっと聞きたいんだが···

石神

難波
最近はバレンタインっつーのは流行らないのか?

石神
?···いえ、そんなことはないと思いますが···

突然の場違いな質問に、石神はわずかに怪訝な表情を浮かべた。

石神
知る限りでは、巷では通常通り行われているはずです

難波
そうか···そうだよな···

(それなのに何で俺のバレンタインだけ無くなっちまったんだ?)
(もしかして、前にあいつの作ってくれたクッキーを食べ過ぎて虫歯になったからか?)
(確かに甘いものはそんなに得意じゃないが、男にとってバレンタインは特別なんだよな···)

【教官室】

翌日。
教官室に顔を出すと、インフルエンザで休んでいた加賀が復帰していた。

難波
おお、久しぶりだな、加賀。もういいのか

加賀
お陰さまで

加賀はチラリと俺に視線を投げて答えると、またすぐに机の上の大量の資料に向き直った。

難波
すげぇな。これ全部、休み中に溜まったのか?

加賀
みたいですがね

まだ少し顔色の悪さが残る加賀の様子が気にかかる。
その時だ。

サトコ
「失礼します!」

難波
サトコ、いい所に来たな

サトコ
「はい?」

難波
少し加賀のサポートをしてやってくれないか

加賀
いりません。そんなクズ、いるだけ邪魔です

難波
まあ、そう言うな。これは上司命令だ

加賀
······

難波
それじゃ、サトコ、頼んだぞ

サトコ
「分かりました!」

(思わず頼んじまったが···)
(これじゃ、この先しばらくは間違いなく仕事漬けだな)

さっそく加賀に怒鳴られながらも、
必死に手伝おうとしているサトコを振り返りながら教官室を出る。

(どのみちバレンタインどころじゃなさそうだ)
(むしろご褒美でも出してやらないと···)

【屋上】

(それにしても、バレンタインなんて誰も口にしないな)
(黒澤以外···)

昼休み明けの屋上で、煙草の煙をくゆらせながらしみじみと考えた。

(俺が若い頃は誰もがチョコの数を競い合ったもんだが···時代も変われば変わるよな)
(今時はもう、チョコは男の勲章でもなんでもないってことか)

時代の流れが心なしか切なく感じられると同時に、
サトコとの世代間ギャップを久しぶりに感じてしまう。

(でもそういや)
(海外ではバレンタインは男女構わず大切な人に贈り物をする日らしいとか聞いたな)
(それなら別に、俺が企画しちまってもいいんじゃねぇか?)

さっそくサトコにLIDEでメッセージを送る。
『14日は空いてるか?』

返事は呆気ないほどすぐに来た。
『空いてますが、任務でしょうか?家電でしょうか?』

難波
家電?何を言ってんだ、こいつ···

思わず怪訝に呟いてから、間違って桂木にメッセージを送っていたことに気づいた。

難波
おっと、いけねぇ···

今度こそ慎重に、サトコとのトーク画面を開いてメッセージを打ちかける。
その瞬間、背後に嫌な気配を感じて俺はそっと画面を伏せた。

難波
俺の後ろに立つなって言ってんだろ、黒澤

黒澤
あ、バレちゃいました?さすがは室長!

黒澤は肩越しにひょいと顔を覗かせると、悪びれた様子もなく笑う。

黒澤
LIDEの使い方、手こずっているならお手伝いしましょうか?

(ったく、相変わらず目ざといヤツだな···)

難波
結構だ

黒澤
冷たいなぁ、室長は···
でも冷たいと言えば、何と言ってもあの公安女子二人組ですよ!

構わず行こうとしていた俺は、黒澤の言葉に思わず足を止めた。

難波
公安女子二人組···?

黒澤
氷川さんと佐々木さんです!あの二人、バレンタインにチョコをくれないらしいんですよ

(そりゃ、まあな。俺だってもらえなさそうなんだから···)

難波
へえ···

内心とは裏腹にあまり興味なさそうに頷くが、黒澤は真剣に悔しそうだ。

黒澤
こんなの、ひどいと思いませんか?
二人とも、以前付き合っていたカレには
ちゃんと手作りの本命チョコを渡してたっていうのに!

難波
そ、そうなのか?

思わず公安刑事らしからぬ反応を示してしまったが、
黒澤はようやく理解者が現れたとでも言いたげな様子でさらに熱く語る。

黒澤
そもそも、バレンタインにおけるチョコとはただのチョコにあらず!
それは甘くほろ苦い愛の結晶でもあり、輝く黒いダイヤ!

(黒いダイヤ?なんだ、それ)

黒澤
しかしそれが市販品であるか手作りであるかで価値は大きく変わります
もちろん、買ったっていいんです
でも簡単に買ってしまえるからこそ、あえて手作りをしようというその心が···

難波
心が···?

黒澤
尊い···

黒澤は自分の言葉を噛み締めるようにそっと目を瞑った。

難波
···尊い?

(なんだ、そりゃ?)

分かるような分からないような顔をしている俺を見て、黒澤はあからさまに驚いた顔をする。

黒澤
えー室長、もしかして知らないんですか?

難波
尊いの意味くらい知ってるよ。でもその使い方、合ってるか?

黒澤
わかってませんねー

黒澤は嘆かわしげに首を振りつつ、再び得意げに語り出す。

黒澤
さっきの尊いの意味はですね
萌えを通り越した信仰心にも似た強い感動を表現したもので···

(萌え?信仰心?)

あまりの意味不明さに、俺の頭脳が理解することを拒否し始めた。

難波
黒澤、悪いが続きはまた今度な

唐突に話を打ち切られてポカンとなった黒澤を残し、俺はさっさとその場を後にした。

【難波 マンション】

深夜。
薄暗いリビングでソファに沈み込むと、昼間の黒澤の言葉が不意に蘇ってきた。

黒澤
ひどいと思いませんか?
二人とも、以前付き合っていたカレには
ちゃんと手作りの本命チョコを渡していたっていうのに!

(確かに少しはショックだったが···)

あの瞬間、とっさにムッとしてしまった自分を今さら恥じる。

(大の大人が何やってんだが···)
(過去は過去。そんなものに嫉妬するなんてみっともなさすぎだろ)

難波
過ぎた事より、今だろ今···

自分に言い聞かせるように呟いた。
過去なんて、これからいくらでも上書きして行けばいいだけのことだ。

(上書きといえば···)

サトコにバレンタインデートの誘いをまだしていないことを思い出した。

(あの時、黒澤に邪魔されちまったからな···)

スマホを取り出し、LIDEでサトコとのトーク画面を開くが、
まだ何かが心に引っかかっているようで昼間のように気持ちが乗らない。

(そもそもバレンタインにこだわっているのがいけねぇのか?)
(よくよく考えれば、デートに理由なんていらないんだよな···)

なんだか急に冷静になって、そのままスマホの画面を閉じる。

(別の日に普通にデートすりゃいいか···)

【教官室】

数日後。
教官室に顔を出すと、資料に埋もれながら真剣に何かを書いているサトコの姿があった。

難波
お疲れさん~

サトコ
「あ、室長」

サトコは心なしか動揺した様子で手元を隠す。

難波
なんだ、一人か?

サトコ
「はい···加賀教官は、今日は他の任務があるとかで」

難波
そう言われてみれば···

加賀の任務のことを今さら思い出して呟きながら、
サトコの前にまだホカホカの缶コーヒーを置いた。

サトコ
「え、これ···」

難波
差し入れだ

サトコ
「あ、ありがとうございます!ちょうど煮詰まってたところで···」

嬉しそうにプルトップを開けるサトコの姿を見つめながら、
俺も加賀用に買ってきたもう一本のコーヒーを開けた。

難波
悪かったな。余計なこと押しつけちまって

サトコ
「いえ、これも全て勉強ですから。頑張ります!」

難波
サトコ···

健気な返事に、俺は心を決めた。

(やっぱりデートはこの仕事が終わるまでお預けだ)
(バレンタインだからって理由だけで、忙しい中引っ張り出す必要なんてねぇよ)
(その代わり、その仕事明けの最初のデートは)
(サトコをとことん癒してやれるプランを考えよう)

難波
頑張れよ。それじゃ、俺はそろそろ···

邪魔をしないように行こうとした時、
サトコの手元から走り書きのメモのようなものがハラリと床に落ちた。

難波
ん?

(これ、確か···さっき俺が入って来たとき、真剣に書いてたヤツだよな···)

サトコ
「あっ!」

慌てて拾おうとしたサトコよりも、俺の方がわずかに動きが早かった。
拾い上げたメモに何気なく視線を向けて、俺はその内容にハッとなる。

難波
これは···

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする