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愛しいアイツのチョコをくれ 難波2話

【教官室】

立ち去り際に、サトコの手元から床にハラリと舞い落ちた走り書きのメモ。
それを拾い上げて何気なく視線を向けた俺は、その内容にハッとなった。

難波
これは···

サトコ
「だ、ダメです、見ちゃ!」

俺の手から慌ててメモを奪い返すサトコ。
そのメモには確かに『バレンタイン』と『チョコレート』の文字があった。

(なんだ、サトコ···あんなこと言ってたが、実は考えてくれてるのか···)

思わず表情が緩んでしまいそうになるのをグッと堪え、わざとらしく眉間にシワを寄せた。

難波
言うまでもないと思うが、仕事の方もしっかりな

サトコ
「も、もちろんです!」

重々しく頷きながら、心の中で小さくガッツポーズをする。

(俺のバレンタイン、ちゃんとあったじゃねぇか···)

【室長室】

それから数時間して。
仕事を終えたらしきサトコからLIDEでメッセージが入った。

『2月14日、予定は何か入っていますか?』

難波
来た、来た···

誰も見ていないのをいいことに、ついついニヤけながら文字を打つ。

難波
特になし。至急の案件さえ飛び込まなければ早目にあがれる、と···

返信をするが、まだ喜びを伝えきれていない気がして、ふとスタンプの一覧を広げてみた。

(確か、こういう時のためにあるんだったよな···)

サトコがダウンロードしておいてくれたスタンプの一覧をじっくりと吟味し、
一見やる気のなさそうなネコが喜んでいるふうな一つを選び、送信した。

(これで、今度こそ伝わったか?)

コンコン!

不意にノックの音が響き、慌ててスマホをポケットにしまう。

難波
なんだ?

ガチャッ

入ってきたのは、資料を抱えた加賀だった。

加賀
室長、終わりましたよ。ようやく

難波
おお、ご苦労、ご苦労

パラパラと内容を見ると、なかなかにうまくまとめられているようだ。

難波
うん、いいじゃないか
要点もよくまとまってて分かり易そうだ

加賀
その辺やったのは、氷川ですがね

加賀は俺の開いているページを覗き込み、おもしろくもなさそうに吐き捨てた。

難波
そうか···サトコか···

(ここまでできるようになったとは···)
(いつまでも未熟なひよっこだとばかり思っていたが···ヒナ鳥の成長は意外と早いな)

【難波 マンション】

そして迎えた2月14日
俺は、腕時計を睨みつつ家路を急いでいた。

(ったく、何で今日に限って本庁から呼び出しが···)
(しかも、大した用事じゃねぇと来てやがる)

サトコとの約束の時間から既に2時間。
荒い息のままに部屋の窓を見上げるが、灯りが点いている様子はない。

(まさか···)

嫌な予感が胸を過り、俺はエレベーターを待つのももどかしく階段を駆け上がった。

【リビング】

部屋のドアを開けるが、やはり室内は真っ暗だ。

難波
遅かったか···

でも肩を落とした瞬間、どことなく甘い香りが漂っているのに気付いた。

(チョコ···?)
(もしかしてサトコ、チョコだけ置いて帰っちまったのか···?)

ため息をつきつつ電気を点ける。

パチッ

難波
おおっ!なんだ、こりゃ!?

目の前に現れたのは、謎の物体。
縦長の筒のような機械から、茶色い液体が次から次へと噴出している。

難波
チョコだ···チョコの···噴水?

ガチャッ

背後で玄関の開く音がして、サトコが駆け込んできた。

サトコ
「あー!先に見ちゃったんですか!?驚かせようと思ったのに···」

難波
いや、充分驚いたよ。これ、なんだ?

サトコ
「チョコレートファウンテンって言って」
「この溶けたチョコに色々な食材を絡めながら食べるんですけど···」

サトコの視線を辿ってテーブルの上を見ると、
数々のご馳走と共に、フルーツなどが贅沢に盛り付けられたプレートが置かれていた。

難波
す、すげぇな···

(こんなバレンタイン、見たこともねぇぞ)

サトコ
「でも、サプライズ失敗···」

残念そうなサトコを、愛しさのままに抱きしめた。

サトコ
「!···室長?」

難波
ありがとうな、サトコ

サトコ
「喜んで···もらえました?」

少し自信なさそうにサトコが問いかける。

難波
何言ってんだよ、当たり前だろ
最高に嬉しいし、驚いた

サトコ
「それなら、よかったです···」

ようやくホッとした様子で、サトコが恥ずかしげな笑みを浮かべる。
俺のことを必死に考えて、
俺のためにこんなに頑張ってくれたサトコが愛しくてたまらない。

(何て言やいいんだ、こんな時···)

どんなに言葉を尽くしても俺のこの気持ちを表現しきれない気がして、
俺はただギュッとサトコを抱きしめる腕に力を込めた。

(そうか···そういや黒澤が何か言ってたな)
(何とかを通り越した強い感動を表すんだとか、なんとか···)

難波
尊い···

サトコ
「え?」

思わず呟くように言った俺を、サトコは驚いて見つめた。

難波
そう言うんだろ?ものすごく感動した時

サトコ
「そうなんですか?」

難波
違うのか?

サトコ
「よくわかりませんけど、なんか違うような気もします」

難波
まあ、黒澤情報だから当てにはならんな

サトコ
「ふふっ、黒澤さんですか···」

二人で顔を見合わせて笑い合う。
部屋に立ち込める甘い香りがますます強くなって、
俺たちは並んでチョコレートファウンテンの前に立った。

難波
今年はもらえないんだと思ってたんだ。チョコ

サトコ
「え···?」

難波
佐々木に言ってたろ、今年はバレンタインやらないって

サトコ
「ああ、あれは、照れ隠しというか···室長隠しというか···」

難波
そうか···そうだよな

(それなのに俺は、元カレには手作りチョコをあげていたらしいなんて話に嫉妬して···)

サトコ
「でも口ではああ言いましたけど、ずっと必死に考えてたんです」
「室長がこれまでに体験した、どのバレンタインよりも」
「最高のバレンタインにするにはどうしたらいいんだろう···」
「過去のどんなバレンタインにも負けないようなチョコレートってどんなだろうって」

難波
サトコ···

サトコ
「でも考えているうちに、だんだん楽しくなってきてしまって···」

サトコはちょっと照れ臭そうにチョコの噴水を見つめる。

サトコ
「結果、こういうことに」

難波
···最高だよ、サトコ

(そうだよな。過去だなんだって俺も気にしちまってたけど···)
(そんな事より楽しい今をたくさん積み重ねていくことの方が大切だよな)

難波
よし、乾杯しよう。俺たちの未来に

俺は2本の串にイチゴを刺すと、それをチョコの中にくぐらせた。
片方をサトコに渡し、互いのイチゴを軽くぶつける。

サトコ
「へ?」

難波
バレンタイン式の乾杯だよ

言いながら、チョコのイチゴを口に放り込んだ。

難波
うん、うまい

サトコ
「本当ですか?じゃあ、私も···」

サトコもイチゴを頬張って、それから満面の笑顔になる。

サトコ
「うん、美味しい!ちなみにこのチョコレートは、私のオリジナルブレンドですからね」

難波
そうか、手作りか~

ますます嬉しくなって、チョコレートだけ改めて食ってみる。

難波
そう言われてみれば、酒が効いてて俺好みだ

サトコ
「よかった···他にもいろんな具があるので、いろいろ試してみましょうよ」

難波
おう、そうだな

ひとしきり食事を終えて、俺とサトコはようやくソファに落ち着いた。

難波
いや、美味かったな

サトコ
「よかったです。この巨大な機械、わざわざレンタルしただけありました」

難波
ありがとうな、サトコ

(俺のために···)

想いを込めて、ゆっくりとキスを落とした。

サトコ
「んん···」

難波
······

チョコのせいか高ぶる気持ちのせいか、いつにも増して唇が甘い。
そして柔らかく、熱い···
いつまでも味わっていたくなるその感触に、俺は酔いしれた。
サトコも同じことを感じたのか、珍しく自分から俺の首に腕を回してくる。

難波
行こうか···

サトコ
「はい···」

潤んだ瞳を見つめながら、俺はサトコをベッドへと導いた。

【寝室】

ベッドの上に座ってもう一度熱いキスを交わしてから、俺はじっとサトコの姿を見つめた。
最近、何かと成長を感じてはいたが、こうしてベッドで恥じらう姿はまだまだ初々しい。
思わず微笑むと、サトコは困ったように顔を俯けた。

サトコ
「な、なにか···変ですか?」

難波
いいや、ただ···

サトコ
「ただ?」

サトコはわずかに首を傾げ、チラリと俺を見上げた。

難波
愛おしくて仕方がないんだ
サトコと過ごす毎日が

サトコ
「室長···」

俺はサトコの身体を一度強く抱きしめ、それからゆっくりとベッドに横たえた。

難波
さっきまではサトコが頑張ってくれたから、ここからは俺が頑張る時間だ

サトコ
「え?」

難波
二人にとって、心に残る日にしような

微笑んでコクリと頷いたサトコの頬に、優しく指を滑らせる。
その滑らかな感触を確かめるように俺は、指と唇をサトコの全身に少しずつ這わせていった。

難波
今日はサトコもチョコの味だ···
もしかして、こっちが本当のバレンタインチョコか?

サトコ
「え···?」

ちょっと驚いてから、サトコは軽く微笑んだ。

サトコ
「ふふっ、そうかもしれません···」

その表情がいつもよりも大人に見えて、思わずドキッとする。

(こいつ、ベッドの中でも確実に成長してるな···)

難波
そういうことなら、遠慮なく頂くぞ

部屋に漂う甘い香りに誘われるように、俺は再びキスを落とす。
それから、サトコの白く浮かぶ胸元に顔を埋めた。
チョコとはまた別の甘い香りが漂いだした気がして、俺の呼吸もどんどん熱を帯びていく。

サトコ
「んっ···室長···」

小さな悲鳴のような声を頭上に聞きながら、俺は全身で噛み締める。
今この瞬間、サトコという愛しい女と一緒にいられる喜びを。

Happy End

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