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愛しいアイツのチョコをくれ 颯馬1話

【カフェテラス】

サトコ
「···!」

(そんな顔しても、もう後の祭りだよ···)

『今年はバレンタインやらないし!』

彼女のその発言は、しっかりとこの耳で聞いてしまった。

(しかし、そこまではっきりと宣言されてしまうとは···)

颯馬
氷川さんのチョコレートを楽しみにしていたんですが···残念です

わざと意地悪に微笑んで見せた。
意味深な微笑みに焦る彼女の顔が見たくて。

千葉
「氷川と颯馬教官って···」

サトコ
「え?あ、えっと···い、いつもお世話になってるから!」

案の定、サトコは周りに突っ込まれてアタフタとしている。

(···俺をがっかりさせた罰だよ)

周囲に必死の言い訳をする様子に目を細めながら、その場から離れた。

【廊下】

サトコ
「颯馬さん!待ってください!」

すぐに彼女が慌てて追いかけてきた。
辺りに人がいないことを確認し、笑顔で振り返る。

颯馬
どうしました?

サトコ
「あんな笑みを残していくなんて酷いです!」
「みんなに怪しまれるように微笑んだりして···」

颯馬
そうでしたか?

サトコ
「もう、とぼけないでください」

(貴女がこうして追いかけてくることを見越した意地悪だったんだ)
(···なんてことは言えないけどね)

可愛さ余って、思わず頭を撫でた。

サトコ
「······」

(『子ども扱いしないで!』とでも言いたげな目だね)

その怒った顔に、またも心をくすぐられる。

サトコ
「あの···やっぱりやろうかな、って思ってます···」

怒った顔を戸惑いの表情に変えながら、サトコは呟いた。
何を言いたいのか瞬時に察知したものの、敢えて聞く。

颯馬
やるって、何をですか?

サトコ
「······バレンタイン···です」

(思った通りの返答だな)
(でも···)

颯馬
その必要はありませんよ

サトコ
「えっ···」

颯馬
貴女も色々と忙しいでしょうし

サトコ
「別にそんなことは···!」

颯馬
男の身勝手で “欲しい” なんて言えません
それに、一度決めた事なら、最後まで貫き通すことも大事です

サトコ
「······はい」

サトコは渋々という様子で頷いた。

(それに貴女がやらないなら、俺がやればいいだけのことだし)

でもそれを打ち明けるわけにはいかない。

(それではサプライズにならないからね)

颯馬
初志貫徹は、仕事の上でも活かされる心構えですよ

もっともらしく微笑んで、彼女の前から立ち去った。

【教官室】

(俺がやれば···とはいっても、どうするかな···?)

教官室に戻り、ふと考える。
ただ甘いデートをしても、新鮮味はない。

(バレンタインらしさを感じられることがいいが···)
(スイートの予約···なんて、ヤりたいだけの男みたいだしな)

何とはなしに前に座る石神さんを見ながら思っていると、視線に気付いた石神さんが顔を上げた。

石神
···なんだ?

颯馬
いえ別に

石神
そうだ、お前に確認しておきたいことがあったんだ

颯馬
何ですか?

石神
例のホステルの張り込み捜査、お前と後藤が担当だったな

颯馬
ええ、そうですが

石神
お前が捜査で留守の間、補佐官である氷川を借りたい

颯馬
彼女を石神さんの補佐に付けるということですか?

石神
それもあるが、補給人員として彼女が選ばれた

颯馬
わかりました。よろしくお願いします

(俺の代役として呼ばれるようになるとは、サトコも成長したな)

担当教官として誇りに思い、恋人としても嬉しい。

黒澤
ということは、暫くの間サトコさんと仕事が出来るんですね~!

どこからともなく現れた黒澤が、目を輝かせて近づいてきた。
そんな黒澤の後ろから、難波さんも顔を出す。

難波
そういえば、張り込みは来週からだったな

颯馬
「ええ。対象者の宿泊予約日から張り込み開始です」

難波
補給人員の件、氷川にはお前から伝えておいてくれ

颯馬
わかりました

東雲
あの子がいるとか、余計な仕事増えそ···

後藤
留守をよろしく頼む

黒澤
了解です!ここでいいとこ見せて、バレンタインにはチョコを···

颯馬
今年はやらないそうですよ、彼女

黒澤
えっ!?

颯馬
はっきりそう宣言してましたから、間違いないでしょう

黒澤
そ、そんな···!!楽しみにしてたのに···

颯馬
残念でしたね

同情するフリをしつつ、内心ほくそ笑む。

(彼女の前言撤回を拒否しておいてよかった)
(たとえ義理でも、サトコには他の男のためのチョコを用意させたくはないからね)

難波
今年は氷川の義理チョコなしかぁ

石神
不満そうですね

黒澤
不満というより、寂しそうですよ?お二人とも···☆

石神
勝手なことを言うな

加賀
チョコなんざねぇに限る

東雲
そもそも他人からもらったチョコって食べる気します?手作りとかありえない

黒澤
歩さんはす~ぐそういうこと言うんですから!

颯馬
無いなら無いで、お返しの心配をしなくていいというのはありますけどね

黒澤
でも!年に一度のイベントですよ!!それに手作りならなお嬉しくありませんか!?

颯馬
手作り···ですか

後藤
一柳の手作りケーキは、悔しいが美味い

東雲
ローズマリー入ってました?

(なるほど、手作りチョコレートか···)

教官室での雑談中、いいアイデアを思い付いた。

【颯馬 マンション】

帰宅すると、携帯を片手に早速調査を開始した。

(手作り···といっても、種類が豊富すぎるな···)

ブラウニー、フォンダンショコラ、ザッハトルテ···
どれも美味しそうではあるが、何かピンとこない。

(もっとサトコが喜びそうなものは···)

颯馬
ん?これは···

画面をスクロールしていた指が止まる。

(これならサプライズ感もあるし、サトコも喜びそうだ)

候補を見つけると、そのレシピを熱心に読みこんだ。

【スーパー】

翌日ー
公休ということもあり、手作りチョコの材料を買いにやってきた。

(サトコは今頃、授業中だな)

教場での熱心な姿を思い浮かべ、自然と頬が緩む。

(さて、買い物だ)
(基本のチョコはこれでよし。型となる風船も探さなければ···)

昨夜熟読した『チョコレートドーム』のレシピ画面を見ながら、スーパーを歩く。
そんな自分の姿が店内の鏡に映り、思わず苦笑いを浮かべた。

(しかし風船を使ってドーム型にするとは、お菓子作りもなかなか奥が深い)
(そうだ、ドームの中には何を入れよう?)

カートを押しながら考えていると、サトコが好きなお菓子が目についた。

(このアーモンドクッキーと、キャラメルホップコーンも入れてみるか)

彼女の好物を次々買い求め、家路を急いだ。

【颯馬マンション キッチン】

家に戻り、早速試作品を作ってみたものの···

(···まるで魔物の卵だな)

歪んだチョコドームに温めたチョコを掛けてみる。
中に入れたお菓子を、溶けたチョコがドロドロと覆い隠していく。

(美しくない···)
(クッキーもキャラメルホップコーンも、チョコと同じ茶系だからか?)

茶色一色になり、華やかさがまるでない。

(···中に入れる物を考え直した方がよさそうだ)

反省点を見つけたその時、サトコから電話がかかってきた。

颯馬
もしもし

サトコ
『お休みのところ失礼します。本日の授業、および訓練は全て無事に終わりました』

颯馬
そうですか、お疲れさまです

サトコ
『今日は無線通話の訓練があったのですが』
『的確かつ端的に伝えるのって、やっぱりとても難しいですね』

颯馬
ふふ···

(報告なら明日でも聞けるのに)

わざわざ電話を掛けてきて一生懸命に話す姿を想像し、つい笑ってしまった。

サトコ
『···今笑いました?』

颯馬
すみません。貴女の声が耳に心地よすぎて

サトコ
『···』

颯馬
今、照れてますね

サトコ
『い、いえ、そんなこと···』

頬を染めて恥じらう姿が、手に取るように分かる。

颯馬
···今すぐ抱きしめたいです

サトコ
『···!』

ぎゅっと電話を握る彼女の体温が、電波を通して伝わってきたような気がした。

(ちゃんと喜ばせてあげたいな···)

失敗作のチョコに目をやりながら改めて思う。

(14日までに、必ず完璧なチョコを完成させよう)

密かに気合いを入れ直した。

【個別教官室】

数日後ー
捜査の日程を報告するため、サトコを教官室へ呼んだ。

颯馬
以上が張り込み捜査のスケジュールです

サトコ
「わかりました」

颯馬
石神さんの指示のもと、留守をよろしく頼みます

サトコ
「はい」

颯馬
もし時間が空いたら、こちらの書類整理もお願いしますね

サトコ
「はい!承知しました」

(サトコ、張り切ってるな)

仕事を任されたことに喜びを感じている様子の彼女が、頼もしくも愛しかった。

【教官室】

放課後、後藤と捜査の準備をしていると黒澤が現れた。

黒澤
いよいよ明日からですね、例の張り込み捜査

颯馬
随分と嬉しそうですね

後藤
代わりに氷川が来るからな

黒澤
いえいえ、そんな···
あ、サトコさんといえば
さっき慌てた様子で帰って行きましたけど、何かあったんですかね?

(サトコが?何も聞いてなかったが···)

気になった俺は、彼女に電話してみることにした。
さりげなくその場を離れようとしたその時ー

石神
颯馬、後藤、今すぐ張り込み現場に向かってくれ

後藤
何か動きが?

石神
対象者からホステルへ宿泊日変更の連絡が入ったそうだ

颯馬
1日早まったということですね

石神
ああ。準備は出来てるな

後藤
はい。行きましょう、周さん

颯馬
ええ

急きょ予定変更となり、そのまま現場へ向かうことになった。

(仕方ない、サトコにはあとで連絡を入れてみよう)

【ホステル】

捜査現場となるホステルに着き、早速張り込みが始まった。
外国人利用者も多いホステルは、客の出入りも激しい。

(今夜中の電話は無理そうだが、今は仕事に集中せねば)

サトコに何もないことを祈りつつ、気持ちを切り替える。
その時、対象者の男が現れた。

颯馬
18時10分、対象者確認

男はフロントへ向かい、チェックインの手続きに入る。

後藤
ルームナンバー確認してきます

颯馬
了解。私はここで待機します

インカム越しに答えた時だったー

(···サトコ?)

再び開いた自動ドアから、サトコが見知らぬ若い男と入ってきた。

(···これは一体······どういうことなんだ······)

一瞬、すべての思考が停止した。

to be continued

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