【東雲マンション】
今、オレの目の前には「バレンタインデーのプレゼント」がある。
ひとつは、おなじみ「恐竜ウォッチチョコ」
そして、もうひとつは···
東雲
「万年筆···」
(しかも、シール付き···家電用品店の···)
(これって、まさか···)
男子訓練生1
「えっ、ヤバくね、その女」
男子訓練生2
「やっぱ、そう思うよな···オレも友人に忠告したんだけどさ」
「当人は『なかなか会えないから不安になってるだけだ』って」
男子訓練生1
「それで許せるのかよ?オレは無理だけどな」
「誕生日に盗聴器を贈ってくるような女」
「しかも、見た目は『万年筆』にしか見えないって···」
(まさか···)
確かに、最近顔を合わせる機会はほとんどなかった。
直接会話を交わしたのも、今週に入ってトータル1分にも満たないはずだ。
(でも、あの子に限って、そんなこと···)
(最後に会った時も、特におかしな様子は···)
東雲
「···あ」
サトコ
「見てますから···ずっと」
「いつだって···どこにいたって、教官のこと···」
「ずっと······」
(ってことは···)
(まさか、これ···)
(監視カメラ付きの盗聴器?)
違うと思いたい。
彼女のことを信じたい。
けど···
(ああ見えて、意外とマイナス思考だし)
(斜め上のこと、平気でやらかすし)
東雲
「······」
「·········」
「············」
(···解体しよう)
(ハイ、決定)
大本命の「恐竜ウォッチチョコ」を我慢して、ひとまず万年筆に手を伸ばした。
(ふーん···本当にただの文房具にしか見えないじゃん)
(で、マイクは···)
(ハイ、発見)
(自動音声感知録音機能付きかどうかは、あとで確かめるとして···)
(次は、カメラ···)
東雲
「···うん?」
(これ···ジョグボタン?)
(ちょ···分かりやすすぎ!)
(これじゃ、盗聴器っていうより、ただのボイスレコーダー···)
と、指先がジョグの「再生」ボタンをかすめてしまった。
サトコ
『ハッピーバレンタインデー!!』
東雲
「な···っ」
突然のことに、オレは万年筆を放り投げてしまった。
(な、なに今の···)
(声?万年筆から?)
東雲
「···まさか」
再び万年筆を手に取って「巻き戻し」ボタンを押してみる。
そして、ひと息ついてから···
「再生」ボタンを押してみた。
サトコ
『ハッピーバレンタインデー!!』
『教官、驚きましたか?驚きましたよね?やったー!!』
(いや、驚いてないし!)
(これっぽちも驚いてないし!)
サトコ
『今年のバレンタインデーは、教官に会えそうにないので···』
『「ラブレター」ならぬ「ラブボイス」を残すことにしました』
『いっぱい、いっぱい喋ったんで、最後まで聞いてください』
(え、怠···)
サトコ
『まず、教官の好きなところ!実はたっくさんあって···』
『いつも私をちゃんと見てくれるところ』
『ダメなところを、しっかり叱ってくれるところ』
(そりゃ、教官だし。キミの)
サトコ
『あと声!すごく好きです!』
『笑ってるときも、呆れてるときも、意地悪なときも···』
『すごく真剣なときも』
(へぇ、初耳···)
サトコ
『あとは、食べ物を残さないところ』
『その···ブラックタイガーも、ちゃんと食べてくれるところ』
東雲
「···ぷっ」
サトコ
『綺麗好きなところ』
『洗濯物のユーカリの香り』
『髪の毛がサラサラなところ』
(当然)
サトコ
『あ、でも···美容系はもう少し手抜きでもいいと思います』
『教官は、よく私に「女子力が低い」って言いますけど···』
『教官が高すぎるんだと思います』
(いや、低すぎだから、キミが)
(オレはいつだって普通だし)
サトコ
『あと、仕事してるときの教官···凄く好きです』
『見習いたいところ、たくさんたくさんあります』
東雲
「······」
サトコ
『最近ずっと教官に離れての任務で···全然会えなくて···』
『教官は、ちょっとホッとしてますよね、きっと』
『いつもうるさい私がいなくて』
(べつに、そんなことは···)
サトコ
『教官は知らないと思うけど、この間、教官室に行って···』
『眠ってる教官を見掛けて···なんか胸がギュッとして······』
『教官も、ちょっとぐらい「寂しい」って···』
『その···思ってくれても罰は当たらないっていうか···』
『思い出してくれたりしますか?私のこと···』
(·········バカ)
(いちいち聞くな、そんなこと···)
サトコ
『私は、教官のこと、臣出すことがすごく多くて···』
『こんなんじゃダメだってわかってるけど、やっぱり私···』
『東雲教官の補佐官なんだなぁ、って···』
東雲
「······」
サトコ
『もちろん、卒業したらちゃんと独り立ちします』
『教官の名に恥じないような、立派な公安刑事になります!』
『だから···』
(···だから?)
サトコ
『もう少しだけ···甘えさせてください』
東雲
「······」
サトコ
『あっ···ダメとか言うの、ナシで!ナシナシ!甘えます!』
『いや、甘えちゃダメなのかな···でも···ええっと···』
『あっ···どうしよう!充電切れちゃう!』
『えっと···なんでしたっけ、これ···』
『そうだ!ハッピーバレンタインデー!!教官、大大大好きです!』
『それじゃ、氷川サトコでし···』
プツッ、と音声が途切れた。
たぶん、ここで充電が切れたのだろう。
東雲
「·········長すぎ」
なのに、ちっとも満足できない。
むしろ「飢え」が増した気分だ。
(なんなの。バカなの)
本当に、今日はひとりで過ごすつもりでいたのだ。
それなのに···
(会いたい)
あの子の顔を見たい。
あの子の声を、直接聞きたい。
オレは、スマホを手に取ると、LIDEにメッセージを打ち込んだ。
ーー『S駅東口・ドンキ前のカフェ。終電まで』
ーー『颯馬さんにバレないように』
【カフェ】
果たして1時間後ーー
(きた、LIDE···)
ーー「S駅出ました!颯馬教官にはバレてません!」
(ふーん···やるじゃん)
(だったらオレも···)
店を出ようと立ち上がると、再びスマホがブルルと鳴った。
(は?もう着いて···)
(違う、颯馬さんから?)
ーー「お返しします。ありがとうございました」
東雲
「······」
【街】
(バカ、下手くそ)
(バレてるじゃん、いろいろと)
(あとでうまく誤魔化さないと···)
サトコ
「教官···っ!」
(なっ···走ってこなくても···)
サトコ
「ハッピーバレンタイン···」
「って、なんで避けるんですか!」
東雲
「無理。体当たりとか」
サトコ
「体当たりじゃありません!」
「『ハグ』です!久しぶりの『抱擁』です!』
東雲
「だから無理。こんなトコで」
サトコ
「うっ···」
「そ、そうですよね···ここ、人が多いですし···」
東雲
「······」
(···ま、いいか)
(いちおうバレンタインデーだし)
しょんぼりと肩を落とした彼女の手を、指先ごと絡め取る。
サトコ
「······いいんですか?これは」
東雲
「いいんじゃない。この程度なら」
サトコ
「······」
東雲
「···なに、不満そうな顔をして」
サトコ
「だって···」
「教官の基準、よくわからないっていうか···」
東雲
「そう?わかりやすいじゃん」
「キミの贈り物のセンスに比べれば」
サトコ
「えっ」
東雲
「これ」
ポケットから、ボイスレコーダー付き万年筆を取り出した。
サトコ
「···っ、それは、その···」
「仕事で使えそうだなぁって思って···」
東雲
「メッセージが吹き込まれてるのに?キミの」
サトコ
「!」
東雲
「『卒業したらちゃんと独り立ちします』!」
「『教官の名に恥じないような、立派な公安刑事になります』!」
サトコ
「!!」
東雲
「···なにあれ。卒業式の予行?」
サトコ
「違います!」
「あれは愛情いっぱいこめた『ラブボイス』で···」
東雲
「ダサ···」
サトコ
「ダサくて結構です」
「とにかく声を残したかったんです!」
「人が最初に忘れてしまうのは『声』って聞いたから」
(······は?)
サトコ
「こういう仕事をしていると、いつ何が起きるか分からないし」
「離ればなれになるだけなら、ともかく···」
「いつ、その···お別れとか、あるかもしれなくて」
東雲
「??」
サトコ
「私は、そうなっても教官の傍にいますけど!」
「きっと成仏できないから、教官の守護霊にでもなって···」
「ずっとずっと、教官のこと見守りますけど!」
東雲
「!?」
サトコ
「でも、教官はきっと忘れちゃうから」
「だから、まずは私の声を···」
(ちょ···待っ···)
東雲
「なんの話?それ」
サトコ
「なんのって···ええと···」
東雲
「···なるほど、つまりこういうこと?」
「最近、キミは颯馬さんから『実録・諜報機関24時』って本を借りた」
「それを読んで、改めて『公安は危険な仕事だ』と痛感した」
サトコ
「···はい」
東雲
「それで『万が一』のことを考えて、ボイスメモを残した」
サトコ
「はい、だって颯馬教官が『人の思い出から最初に消えるのは「声」だ』って言うから···」
「もし、私が教官と一緒にいられなくなっても···」
「教官に、私の声···覚えておいてほしくて···」
(···なに、それ)
人が真っ先に忘れるのは「声」とは限らない。
「容姿」の場合もあれば、「香り」の場合もあって···
(いや、そんな話をしたいんじゃなくて···)
東雲
「終活かよ」
サトコ
「就活?いえ、転職する予定は···」
東雲
「よく見て」
オレは万年筆を彼女の目の前に突き付けた。
そして···
サトコ
「ああっ!!」
録音を、すべて消去した。
サトコ
「ちょ···教官!」
「せっかくの、私のラブボイスを···」
東雲
「伝えに来て。自分で」
サトコ
「え···」
東雲
「来年も再来年も、そのあとも···」
「直接オレのところに来て、直接伝えて」
サトコ
「······」
東雲
「許さない、『万が一』なんて」
「そんなことが起きたら、除霊してキミのこと追い払うから」
「傍にいたいなら、ずっと···」
言い終わる前に、ぎゅうと抱きつかれた。
それこそ、ものすごい力で。
東雲
「······なに」
サトコ
「······」
東雲
「ちょっと···」
サトコ
「すみません···私、スッポンでした」
「教官のそばを離れるはずがありませんでした」
東雲
「······」
サトコ
「ずっと···ずっと、そばにいます」
「毎年、教官に直接ラブボイスを届けに行きます!」
東雲
「······」
サトコ
「大好きです」
「教官のこと、大大大大好きです!」
「だから···」
肩口に顔を埋める彼女を、オレは静かに抱きしめた。
そして、祈るように···
こめかみに唇を押し当てた。
(約束して···)
(必ず来て···オレのそばに···)
それは、絶対に譲れない望み。
他の何にも替えられない大切なもの。
(この体温を感じさせて)
(ウザくて長ったらしいメッセージを、必ず聞かせて)
どうか···どうか···
(来年も、再来年も···)
(ずっと、ずっと···)
【個別教官室】
数日後···
報告書やレポートに目を通していると···
東雲
「···うん?」
(これ、この間の潜入捜査の···)
(ってことは、颯馬さん宛ての報告書じゃん)
【教官室】
東雲
「お疲れさまです」
「これ、オレ宛ての提出物に混ざっていたんで」
颯馬
「ああ、先日の···サトコさんが間違えたんですね」
「わざわざありがとうございます」
東雲
「いえ、ついでなんで」
颯馬
「ところで、あのあとサトコさんには無事に会えたんですか?」
(···うん?)
颯馬
「先日の、潜入捜査のあとです」
(·········きた)
東雲
「なんのことですか?『潜入捜査のあと』って」
颯馬
「おや、貴方と会っていたんじゃないんですか?」
「彼女、『急用ができた』ってS駅で途中下車したのですが」
東雲
「さあ、オレにはなんのことだか」
颯馬
「そうですか」
(······誤魔化せた、か?)
颯馬
「すみません、私の早とちりだったかもしれないですね」
「そう言えば、あの日はバレンタインデーでしたし」
東雲
「······」
颯馬
「彼女は、電車の中でもずっとソワソワしていて···」
「S駅で降りたときは、それはもう弾むような足取りでしたから」
東雲
「······」
颯馬
「あの日は、『教官』ではなく···」
「『好意を寄せる男性』に会いに行ったのかもしれませんね」
東雲
「·········」
(バカ!露骨すぎ!)
(「バレないように」って言ったのに···)
でも、一番参ったのはその光景が容易に想像できてしまうことだ。
(ほんと、あの子···)
(ほんとにもう···っ)
颯馬
「おや、どうしたんですか?」
「ずいぶん顔が赤いですがね」
東雲
「···っ、ここ、エアコンが直撃するんで」
「では···」
颯馬
「ああ、そういえば···」
「『例の件』、考えてくれましたか?」
(例の?)
颯馬
「先日、私が貴方にお願いしていた···」
(···ああ、あの···)
ーー『それにしても優秀な補佐官ですね。サトコさんは』
ーー『どうです?このまま私に預けてみませんか?』
オレは、軽く息を吐いた。
そして、唇の端が引きつりそうなほどの笑顔を見せた。
東雲
「申し訳ありませんが···」
「彼女は、オレの補佐官なので」
颯馬
「補佐官?なんの話ですか?」
(···は?)
颯馬
「私は『恐竜チョコレート』の同伴購入の話をしているのですが」
東雲
「!!!」
(やられた···)
(やられた!!)
(あーーーっ!!!)
【廊下】
(性悪···腹黒···)
(ほんっと、タチ悪すぎ!!)
けど、なにが一番腹立たしいって···
「あの子」絡みだと判断力が鈍るオレ自身に対してで···
(あり得ない···ほんと···)
(あんなテに引っかかるとか···)
???
「教官ーーーっ」
東雲
「······」
サトコ
「いた!教官、すみません!」
「私、颯馬教官宛ての報告書、教官に提出して···」
東雲
「知ってる」
「渡しておいたから。颯馬さんに」
サトコ
「ほんとですか?」
「すみません、ありがとうございま···」
ふいに、彼女がマジマジとオレの顔を見つめてきた。
東雲
「···なに?」
サトコ
「あの···もしかして体調悪いですか?」
「なんか、いつもより顔が赤い気が······」
東雲
「!!」
(それ、誰のせいだと···っ)
サトコ
「あっ、ほら、ますます赤くなった!」
「熱ですか?まさかインフルエンザなんてことは···」
東雲
「キミのせいだから」
サトコ
「えっ」
東雲
「よって特別補習するから」
「来週末、泊りがけで」
サトコ
「えっ、泊ま···?」
「ちょ···教官!」
「それって、デー···」
「『D』ですか!?『D』の約束ですか!?」
「教官ーっ」
「そこのところ、もっと詳しくーー!」
ちなみに「恐竜ウォッチチョコ」はまだ食べていない。
特別補習の日に、一緒に食べてもいいと思っている。
Happy End
コメント
私はまだ未成年なので、課金ができなくて100シーンの恋で、全然見れなかったんですけどこれを見つけて沢山、歩くんを見ることが出来て嬉しいです!
ほんとに、ありがとうございます!
歩くんの話が増えるのを楽しみにしてます☺️
むつきさん
喜んでもらえてよかったです(*^_^*)
私も公安刑事が大好きなので、ファンが増えると本当に嬉しいです。
これからも頑張って配信しますので、楽しみにしていてください。
サトコ