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ヒミツの恋敵編 後藤4話



【廊下】

翌日の学校の空気は、どこかざわついているように感じられた。

(事件が起きてるわけじゃないみたいだけど···何かあったのかな?)

訓練生A
「最近、捜査が失敗続きらしいぞ」

(え?)

廊下を歩いていると、通りがかった教室から聞こえてきた声に足を止める。

(今、捜査が失敗続きって言った?)

訓練生B
「ああ、その話は俺も聞いた。何でも捜査情報が洩れてるんじゃないかって噂だ」

サトコ
「!?」

(捜査情報が洩れてる!?)

穏やかでない話に教室に飛び込もうとすると、後ろからポンッと肩を叩かれた。

千葉
「氷川、そんなとこで何してんの?」

サトコ
「千葉さん···それが、今ちょっと気になる話を聞いて···」

(千葉さんなら、何か知ってるかな?)

私は彼と並んで廊下を歩き始める。

サトコ
「今、捜査が失敗続きで、捜査情報が洩れてるとかって話が聞こえたんだけど」
「何の話か知ってる?」

千葉
「ああ···今日は、その話で持ちきりだよな」
「何でも、教官たちが抱えてる事件で、上手くいってない件があるらしくて」

サトコ
「あの教官たちでも難しい事件ってこと?」

千葉
「難しい事件かどうかはわからないけど···今朝の教官室は物々しい雰囲気だったよ」
「捜査が難航してるのかどうかはともかく、問題はありそうな感じだったな」

サトコ
「そうなんだ···」

千葉
「あの教官たちが手こずるくらいの話だから、情報漏えいが原因って噂が流れたのかも」
「実際のところは、俺たち訓練生には流れてこない話だから確かなことは言えないけどさ」

サトコ
「うん···」

(その教官たちが抱えてる事件って···後藤さんと一柳教官が抱えてる事件に関係あるのかな?)

嫌な予感が私の胸を過る。

サトコ
「噂になってる事件が、どんな事件か知ってる?」
「どの教官が担当してる事件かとか···」

千葉
「さあ?そこまでは俺も···」
「そういう話だったら、後藤教官の補佐官をやってる氷川の方が耳に入るんじゃないか?」

サトコ
「私はまだ何も聞いてなくて···」

千葉
「なら、後藤教官は関係ない事件なのかもな」

千葉さんの言葉に、私は深く頷く。

(そうならいいんだけど···とりあえず、私も教官室に行ってみよう!)

千葉さんと別れると、私は早足で教官室に向かった。



【教官室】

東雲
バタバタうるさいと思ったら、キミか

サトコ
「東雲教官!」

教官室の入り口で思わぬ人に出会い、私は目を瞬かせる。

サトコ
「もう出張から戻ってたんですね」

東雲
その言い方だと、帰るのが遅い方が良かったみたいだね?

サトコ
「い、いえ!決して、そういうわけでは···」

(東雲教官が戻って来たってことは、岡田教官の講義はもう終わりなのかな)

東雲
···もしかして、キミがスパイ?

サトコ
「え?」

東雲教官が私の瞳を覗き込むようにして顔を近づけてくる。

東雲
···なワケないか

サトコ
「スパイ?何の話ですか?」

東雲
何でもない

サトコ
「何でもないって···」

東雲
これ、後藤さんに渡しといて

A4版の封筒を私に押し付けると、東雲教官は教官室を出ていく。

(いったい、何のことなの?)
(スパイって···)

【個別教官室】

サトコ
「失礼します」

ノックをして後藤さんの教官室のドアを開ける。
後藤さんはパソコンの画面を見ていた。

サトコ
「今、大丈夫ですか?」

後藤
ああ

サトコ
「東雲教官から書類を預かってきました」

後藤
ちょっと待ってくれ

こちらを見ずに答えると、後藤さんはパソコンをスリープ状態にする。

サトコ
「東雲教官、出張から帰られたんですね」

後藤
ん?ああ···

サトコ
「代理の教官が来るくらいだから、もっと長期の出張なのかと思ってました」

後藤
まあ、いろいろあって予定が変わったんだ

東雲教官から受け取った書類に目を通す後藤さんの眉間にシワが寄る。

(よくない報告なのかな)

先程の訓練生たちの噂と東雲教官からの言葉を思い出す。
事件かどうかはわからないが、教官たちの間で何か起こっているのは確かだった。

サトコ
「···さっき、東雲教官にちょっと気になることを言われたんです」

後藤
どうした?

サトコ
「『キミがスパイ?』って···すぐに、『そんなワケないか』って言われたんですけど」

後藤
···歩のヤツ、余計なことを

サトコ
「あの、何か起きてるんですか?」
「訓練生の間でも、最近捜査が失敗続きだとか、捜査情報が洩れてるとかって噂があって···」

後藤
その手の話が広がるのは早いな

書類をデスクの上に置くと、後藤さんは小さく息をつく。

後藤
今はまだ話せないが、時期が来ればアンタにもちゃんと話す
それまでは、通常の訓練と任務を続けていてくれ

サトコ
「···はい」

(今はまだ話せない···か。教官の間でしか話せないことなのかな)

こんな時に感じる自分の力不足。

(早く一人前になって、後藤さんと対等に事件の話ができるようになりたい!)

サトコ
「それじゃ、私はコーヒーの用意だけしていきますね」

後藤
コーヒーくらい俺が淹れる

サトコ
「でも、後藤さんはお仕事中なんじゃ···」

後藤
ちょうどひと息入れようと思っていたところだ

後藤さんは立ち上がると、水道で手を洗う。
その時、取り出したハンカチは······

(あ、昨日買ったハンカチ!早速使ってくれてるんだ)
(そういう私も、今日から使ってるんだけど)

自分のポケットを意識して、照れくさい気持ちに襲われる。
そわそわすると、振り返った後藤さんと目が合った。

後藤
どうかしたのか?

<選択してください>

 A:何でもありません

(ハンカチがお揃いで照れてるなんて言えない!)

サトコ
「いえ、何でもありません」

私が首を振ると、後藤さんは自分の手に持ったハンカチに気付いた顔を見せる。

後藤
もしかして、コレか?

サトコ
「あ、はい···私も今日から使ってるんです」

後藤
なかなか使い心地がいいハンカチだな

サトコ
「はい。シワにもなりにくい素材みたいなので、よかったです」

後藤
ああ

 B:コーヒー飲みたいなと

サトコ
「あ、いえ···コーヒーを飲みたいなと思って」

後藤
今淹れるから、アンタも飲んでいってくれ

サトコ
「ありがとうございます」

頷く私の視線に後藤さんが気付いたようだった。

後藤
ハンカチ、今日から使ってみた

サトコ
「私もです!」

後藤
シワになりにくくていいハンカチだ。いいものを見つけたな

 C:そのハンカチ···

サトコ
「そのハンカチ···」

後藤
ああ、これか

私の視線に気付いた後藤さんが少し照れた顔を見せる。

後藤
さっそく今日から使ってみた。シワになりづらくて使いやすい

サトコ
「しっかりした生地でしたね。これなら洗濯にも強そうです」

後藤さんは一度ハンカチに視線を落としてから、それをポケットにしまった。

後藤
俺の場合は、まずはなくさないように気を付けないとな
ハンカチはすぐにどっかいくから···

後藤さんがふっと遠い目をする。

サトコ
「そんなになくしやすいですか?ハンカチ」

後藤
今まで俺が失くしたハンカチが全部出て来たら、すごいことになるだろうな

サトコ
「どこに行くんでしょうね?後藤さんのハンカチ」

後藤
さあ···世界の七不思議並みに疑問だ

コーヒーのいい香りがしてきて、後藤さんがカップを出した時···

石神
後藤

ノックと共にドアを開けたのは石神教官だった。

後藤
石神さん

石神
午後の授業、お前出られるか?

後藤
今日の午後は空いてますが···

石神
一柳の特別講義が休講になった

サトコ
「え···」

後藤
···わかりました

(一柳教官の講義が休講···何か事件に進展があったのかな?)


【室長室】

その日の夕方。
私は後藤さんと一緒に難波室長に呼ばれていた。

(室長直々に呼ばれるなんて、何の用だろう···)

難波
忙しいとこ呼び出して悪い

後藤
いえ

(室長、めずらしく難しそうな顔してる)
(何か深刻な事件でも···)

難波
回りくどい言い方をしても仕方ないからな···単刀直入に言おう
実は臨時教官の一柳にスパイ疑惑がかかっている

サトコ
「!?」

後藤
······

(一柳教官にスパイ疑惑って···)

デスクの上に肘をつき、難波室長は深刻な表情で顔の前で手を組んだ。

難波
すでに訓練生の間でも噂になってるかと思うが···

サトコ
「だからって、どうして一柳教官が···!」

難波
アイツが捜査情報を流してるかもしれないという証拠が出てんだ

サトコ
「そんな···!」

後藤
······

(さっき、東雲教官が “スパイ” どうこうって言ってたのは、このことだったの?)

訓練生の間の噂とつながって話が1つになるけれど、だからといって納得できるものではない。

後藤
それで、俺たちは何を?

難波
後藤は刑事課時代から一柳とはいろいろあったらしいから、先に伝えておくだけだ
補佐官の氷川の耳にも入るかもしれないからな
噂や伝聞で聞くより、直接話しておいた方が問題がないだろうと判断した

後藤
···わかりました

(後藤さん···何も反論しないの?)

後藤さんは難波室長を見て小さく頷く。

難波
この件に関する調査は東雲にも頼んである

(だから、東雲教官は出張から、あんなに早く戻ってきたんだ···)

難波
動きがあれば、また連絡する。それまでは待機だ

後藤
了解です

サトコ
「······」

難波
どうした?氷川

(私は一柳教官がスパイだなんて信じられない)

後藤さんと、あれだけ強い絆のある一柳教官が裏切るようなことをするはずがない。

(でも、後藤さんが何も言わないなら、私もここで言うことはできない)

サトコ
「···了解です」

難波
なら、いい。話はこれで終わりだ

後藤
失礼します

私は硬い顔のまま室長室を出た。


【廊下】

サトコ
「後藤さん、どうして室長に何も言わなかったんですか?」
「あんなこと···」

後藤
俺は···

廊下に出て、すぐに後藤さんに声を掛けると後藤さんの携帯が着信する。

後藤
石神さんからだ。···はい。ええ、今は学校ですが···わかりました

短いやりとりで後藤さんは電話を切る。

後藤
石神さんからの呼び出しだ。この話は、また後で

サトコ
「またって、いつ···」

後藤
今夜でも連絡する。詳しい話はうちでしよう

サトコ
「···わかりました」

そう言って去っていく後藤さんに、今は頷くしかなかった。


【後藤マンション】

サトコ
「捜査情報を流すなんて···絶対に一柳教官が、そんなことをするはずありません!」
「どうしてあの時、後藤さんは何も言わなかったんですか?」

詰め寄るように問う私に、後藤さんは冷静な顔を崩さなかった。

後藤
どんな捜査も頭から決めつけることはできない

サトコ
「それはそうかもしれませんけど···限度ってものがあります!」
「捜査情報の漏えいが本当なら、私たちがすべきことは真犯人を捜すことなんじゃ···」

後藤
頭を冷やせ。誰であろうと、刑事なら私情を挟むな

厳しい言葉に、私はグッと言葉に詰まる。

後藤
室長は証拠が出ていると言っていた。それを無視することはできない

サトコ
「でも···!」

<選択してください>

 A:一柳教官を疑っているんですか?

サトコ
「後藤さんは一柳教官を疑ってるんですか?」

後藤
···今の段階なら、疑わざるを得ないだろうな

サトコ
「そんな!」

後藤
疑いが晴れる要因が出てくれば、当然、それも頭に入れる

 B:今回は私情を挟みます!

サトコ
「今回は私情を挟みます!」

後藤
サトコ···

サトコ
「だって、一柳教官は後藤さんの大事な···」

後藤
アンタが私情を挟むことじゃない
俺は今回のことも、他の事件と同様に扱っていくつもりだ

 C:後藤さんはそれでいいんですか?

サトコ
「後藤さんは、それでいいんですか?」

後藤
どういう意味だ?

サトコ
「一柳教官が疑われてるからって···証拠が出てるからって、それを鵜呑みにして···」

後藤
今、目の前にある捜査状況に従って行動しているだけだ
俺自身いいも悪いもない

後藤
とにかく、今回のことはアンタは様子見でいい
必要があれば、俺が動く

サトコ
「······」

(後藤さんの本心がわからない···)

後藤さんが一柳教官を疑うはずがない······
それは私の願いにしか過ぎないのかもしれないけれど、そう信じていたい。

(言葉にしなくても、後藤さんの気持ちがわかればいいのに)

後藤さんと一柳教官のように。
そう思いながら、私はただ後藤さんの横顔を見つめていた。

to be continued



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