カテゴリー

今日は彼に甘えちゃおうキャンペーン 加賀1話



玄関に行く前にドアが開き、加賀さんが顔を覗かせる。

加賀
···入ってもいいか

サトコ
「え!?は、はい···どうぞ!」

(『入ってもいいか?』なんて、聞かれたことない···!)

動揺する私には気付かない様子で、加賀さんが部屋に入ってくる。
その姿からはいつもの堂々とした態度が消えて、どこかしおらしささえ感じた。

サトコ
「加賀さん···何かあったんですか?」

加賀
······

返事もせず、加賀さんがきつく私を抱きしめる。
それから、私の髪に顔を埋めた。

サトコ
「!?」

加賀
···紅茶、飲んでたのか

サトコ
「は、はい···」

(え···え!?これは一体、ど、どういう···)
(なんの理由もなく、加賀さんが抱きしめてくれることなんて···ない!)

サトコ
「あ···!もしかして、どこかから監視されてるとか!?」
「それなら、盗聴されてる可能性もありますね」

声を潜める私に、加賀さんが困ったように笑う。

加賀
···そんなんじゃねぇ

(ええ···!?こんなの、加賀さんらしくない···!)
(加賀さんはいつだって横暴で傲慢で、私の話なんて2割も聞いてくれてないのに)

サトコ
「加賀さん···!本当に、いったい何があったんですか!?」
「お願いですから、いつもの加賀さんに戻って···」

加賀
いい匂いだな

サトコ
「!」

加賀
···止まらなくなるだろ

その瞬間、どこからともなくムーディーな音楽が流れ始めた。
唇が触れ合い、熱い吐息とささやきに、何も考えられなくなる。

サトコ
「加賀、さ···」

加賀
いいから、力抜け
···お前が満足するまで、抱いてやる

(あれ···?私たち、いつの間にベッドに···?)
(う、嬉しいけど···このまま身を任せて、本当にいいの···?)

サトコ
「加賀さ···加賀教官!やっぱりダメです!」
「ここは寮ですから···!こんなことしてたら」

ーーージリリリリ!!!

サトコ
「···ハッ!」
「···あれっ?加賀さん···?」

(···違う!夢っ!)

夢だと分かった瞬間、恥ずかしさが込み上げてきて、枕に顔をうずめた。

サトコ
「そりゃそうだ···加賀さんがあんなに甘いわけない···」
「はあ···でも、ああいう加賀さんも、あれはあれで···」

夢を思い出しながら時計を見ていると、なぜかいつもの起床時間よりも30分遅れている。

(···え!?寝坊!?)

サトコ
「まままままずいっ!」


【教場】

ギリギリ遅刻しなかったものの、ほとんど滑り込みセーフだった。

(はあ、朝からバタバタしちゃった···柄にもなく、おまじないなんて試したからかな)
(でも、普段からあんなふうに加賀さんに甘えられたら、最高かも···)

スコーン!

サトコ
「いたっ!ま、マーカー!?」

加賀
俺の講義中にぼんやりするとは、いい度胸だな

サトコ
「すみません···!ちょっと、その夢を」

加賀
あ?居眠りか?

サトコ
「違うんです···!」

(ダメだ、加賀さんに甘えてほしいなんて、無理に決まってる···)
(加賀さんに甘えてもらうたびに、きっと命を落とす···)

命はひとつしかないのに、そんな危険は冒せない。
マーカーを拾い上げる加賀さんを眺めながら、思わずため息がこぼれた。

(ああいう何気ない姿もかっこいい···)
(けど、見惚れてたらまた飛んでくるだろうな)

ひとまず夢のことは忘れて、講義に専念する私だった。

【個別教官室】

講義が終わった放課後、教官室へ行くと加賀さんのデスクは書類の山だった。

サトコ
「こ、これは···」

加賀
半分手伝え

サトコ
「もちろん手伝いますけど、何日かかるんでしょう···?」

加賀
チッ···うまくあのサイボーグに押し付けられたはずだったんだがな

(なるほど···石神教官に断られて戻ってきた書類たちか···)
(それにしても、すごい量だな···今日一日、これにかかりっきりってわけにはいかないし)

サトコ
「これ、何日までですか?」

加賀
ほとんどが14日までだ

サトコ
「14日···」

(ホワイトデー···)
(それでなくても、加賀さんは捜査と学校で忙しいのに)

これは確実に、14日に加賀さんのスケジュールは空いていない。

(聞かなくてもわかる···むしろ、聞いて加賀さんを煩わせたくない)
(この時期は年度末ってこともあって、毎年忙しいし)

加賀
なんだ

サトコ
「あ、いえ。なんでもないです」
「じゃあ私、こっちの端からやっていきますね」

加賀
ああ

昨日のおまじないで願ったのは、 “加賀さんに思い切り甘えたい” だった。

(でも、普段はこうやって一緒にいられるし)
(年に一度くらいは、甘やかしてもらえる···こともあるような気がするし)

今は、それだけで充分だと思えた。



【カフェテラス】

翌日、休憩時間にカフェテラスへ行くと、千葉さんが頭を抱えていた。

鳴子
「なんか、深刻そうだね」

サトコ
「うん···千葉さんがあんなに困ってるの、珍しいね」

鳴子
「悩み事かな。おーい、千葉さーん」

私たちに気付いた千葉さんが、顔を上げてホッとした表情になる。

千葉
「ちょうどよかった。相談に乗ってくれない?」

サトコ
「私たちでよければ···でも、どうしたの?」

千葉
「実は、その···ホワイトデーのお返しのことなんだけど」

鳴子
「あっ、もしかして私、いないほうがいい?」

サトコ
「え?どうして?」

鳴子
「だって私も、千葉さんに義理チョコ渡したから」
「お返しのことで悩んでるなら、私がいるのもおかしいかなって」

千葉
「いや、佐々木へのお返しは決まってるから」
「前に食べたいって言ってた店のクッキー、もう買っといた」

鳴子
「え~!?いいの!?ありがとう!」
「あの店のクッキー、並ばなきゃ買えないんだよね」

(ってことは、千葉さんはきっと律儀に並んだんだろうな)
(千葉さんなら並んでくれると思ってた鳴子の、作戦勝ちだ···)

鳴子
「あれ?じゃあ、千葉さんがお返しを悩んでる相手って···」

千葉
「···木下さんだよ」

サトコ
「木下さんって···莉子さん?」

鳴子
「莉子さんって、あの科捜研の美人!?」
「えー!千葉さん、あの人からチョコもらったの!?」

千葉
「しーっ!佐々木、声が大きい!」

鳴子
「だって、すごくない!?あの人からチョコが欲しがってた教官、たくさんいたのに!」

サトコ
「確か、訓練生でも憧れてる人が結構いたよね」

千葉
「だからだよ···!オレだけもらってるなんてバレたら、絶対恨まれるから」

サトコ
「なるほど···千葉さんらしい気遣いというか」

鳴子
「いや、小心なだけでしょ」

千葉
「とにかく、そういうわけでさ···何をお返ししていいかわかんないんだよ」
「そんな高いものもあげられないし、かと言って向こうはオレより大人だし···」

サトコ
「うーん、莉子さんなら、何をあげても笑顔で受け取ってくれそうだけど」
「それにしても千葉さんやるなあ。あの莉子さんからチョコもらうなんて」

千葉
「いや、ち、ちが···」

次の瞬間、首付近に衝撃を感じた。
状況を把握する前にぐいっと頭を抱え込まれ、ヘッドロックの体勢になる。

サトコ
「ぐえっ」

加賀
来い

サトコ
「加賀教官!ちょっとストッ···」

加賀
喚くな

サトコ
「いや、せめて声を掛けてください!」
「こんなことされなくても、大人しく連行されますから···!」

千葉
「···加賀教官の氷川への扱い、だんだんひどくなっていくな···」

鳴子
「でもサトコ、割といつも通りだよ···」

千葉
「慣れって怖いな···」

ずるずると引きずられる私を、鳴子と千葉さんが息を呑んで見守っていた。



【個別教官室】

個別教官室のドアが閉まると、ようやく解放された。

サトコ
「うっ、痛かった···」
「ここまで来るまでの間に、ものすごくみんなに見られたし···」

加賀
10日

サトコ
「えっ?」

加賀
行きたいところ、考えとけ

サトコ
「10日って···」

首を傾げる私に、加賀さんがため息をついた。

加賀
···14日は空けられねぇからな

サトコ
「あ···!」

加賀
特別に、好きなところに連れてってやる

サトコ
「は、はい···!ありがとうございます!」

(デートのお誘い···!今年は無理だと思ってたのに!)
(ホワイトデー当日じゃないけど、嬉しい···!)

週末までの残りの数日は、今まで以上に頑張れそうだった。


【寮 自室】

その日の学校が終わると、ある雑誌を買って帰ってきた。

( “春デートのおすすめスポット特集” か···こういう雑誌を買ったの、久しぶりかも)
(どこでもいいって言われることなんてあんまりないから、迷っちゃうな)

サトコ
「遠くない方がいいよね。一日しかないし、加賀さんも疲れちゃうし···」
「お花見、遊園地、動物園···うーん、どこも加賀さんのイメージと違う···」

ピンポーン

(こんな時間に誰だろう?もしかして加賀さん?)
(まさか···あの時の夢が、現実に!?)

鳴子
「サトコ、お疲れ~」

サトコ
「なんだ、鳴子か···」

鳴子
「なんだとは何よ。誰だと思ったわけ?」

サトコ
「いや、そういうわけじゃないんだけど···っていうか、どうしたの?」

鳴子
「今日出た課題、もう終わった?わかんないところがあってさ~」
「あれ?ねえ、その雑誌って」

部屋に入ってきた鳴子が、開きっぱなしの雑誌に気付く。

鳴子
「 “春のデート特集” !?なになに、サトコ、誰とどこに行くのよ!」

サトコ
「ち、違うよ!ちょっと興味本位で···!」
「最近、学校の方が忙しすぎて、全然こういうの読んでないなって!」

鳴子
「あー、そうだよね。確かにそうかも」
「女子力下がっちゃうよね~。たまにはこういうのも読まなきゃ!」

ソファに座った鳴子と一緒に、雑誌を覗き込む。
男女別に人気のスポットが順位付けされていて、見ているだけでも楽しい。

鳴子
「サトコだったらどこに行きたい?」

サトコ
「うーん、好きな人とだったら、どこでも···」

鳴子
「あ、それ、NG!」

サトコ
「NG?」

鳴子
「ほら、見て! “男性が嫌がる回答ナンバー1” !」
「『どこでもいい』『なんでもいい』だって!」

サトコ
「うっ···まさに、今の私···」

鳴子
「お互い気を付けようね~」
「まあ、まずは『どこ行きたい?』って言ってくれる人を探さなきゃだけど」

サトコ
「っていうか鳴子、課題は···?」

鳴子
「あー、このカフェかわいい!美味しそう!」

(現実逃避してる···)

その夜は遅くまで、鳴子と女子トークで盛り上がった。


【駅前】

そして、3月10日当日。
待ち合わせ場所に着くと、いつものように先に加賀さんが来ていた。

加賀
行きたいとこ、考えたか

サトコ
「それなんですけど···」

(あれから色々悩んで、雑誌も見て···鳴子の意見も思い出して)
(だけど、私はやっぱり···)

どこへ行くか、よりも、一緒に過ごすことの方が大切に思えた。

(だから、私が出した結論は···)

サトコ
「加賀さんになら、どこへでもついていきます!」

加賀
······

私の勢いに、加賀さんは珍しく瞳を僅かに見張った。

to be continued



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする