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今日は彼に甘えちゃおうキャンペーン 難波2話



黒澤
でも、 “その人” に追いついて、支えて···その先は?

(何だかあの言葉、結構グサッと来たな···)

黒澤さんと東雲教官が帰ると、屋台には私ひとりになる。
明日は休みということもあり、一杯だけのつもりで熱燗を注文した。

サトコ
「···もしかして私、ひとりで空回りしてるんですかね···」
「ただ、あの人の隣に並んでも」
「恥ずかしくないようになりたいって思ってるだけなのに···」

店主
「···友達の話じゃなかったのかい?」

サトコ
「あんなの嘘ですよ···黒澤さんたちだって···」
「多分、私のことだって、気付いて···」

店主
「おいおい······」

(眠い···)
(今の私にできるのは、セミナーでもなんでも参加して、早く···一人前になる、こと···)
(···だと思ったけど···違うのかな···)
(だめだ···眠くてもう···)

店主がカウンターの向こうからいなくなり、暖簾を外しているのが見える。

(もう店じまいなのかな···それじゃ私も、帰らなきゃ···)
(セミナーは3月14日···また来週から、頑張ろう···)

難波
···おい

サトコ
「ん···しつちょ···」
「わたし、がんば···ます···から···」

難波
······
ったく···しっかりしろよ

カウンターに突っ伏しそうになる私の頭を支えてくれたのは、触れ慣れた方の感触。

(これは、夢···?)
(室長は···私のこと、『そこにいるだけでいい』って思ってくれてますか···?)


【セミナー会場】

そして3月14日、石神教官と一緒にセミナーに参加した。

(本当に、ためになる話ばっかりだったな、来て良かった)
(それにしても、あの屋台でラーメン食べた日···私、どうやって家に帰ったんだっけ?)

屋台で日本酒飲んだ後、疲れていたせいか、かなり眠くなった覚えがある。

(店じまいしていたような記憶はあるんだけど···そこから、あんまり覚えてないんだよね)
(何はともあれ、ちゃんと家に帰り着いてよかった···)

石神
氷川、今日のセミナーはどうだった

サトコ
「すごく参考になるお話ばかりでした。参加して良かったです」
「誘っていただいてありがとうございました」

石神
お前を推薦したのは、難波室長だ。礼なら室長に言え

サトコ
「そうですね。今度会ったら伝えておきます」
「教官はこのあと直帰ですか?」

石神
いや、学校に戻って残った仕事を片付ける
このままここで待て

サトコ
「え?はい···」

一応、直帰していいとは言われていたものの、もしかして何か手伝いがあるのかもしれない。

(学校に戻れば、室長に会えるかな。今日のお礼も言いたいし)
(それにもしかしたら、ほんのちょっとでも一緒に過ごせるかも···)

難波
おお、お疲れ

サトコ
「お疲れさまです。室長、ちょどよかっ···」
「···え!?なんで室長がここに!?」

難波
さて、行くか

サトコ
「え···え!?」

よく見ると、近くに室長の車が停まっている。
わけがわからないまま、その助手席に乗り込むしかなかった。


【公園】

のんびりとドライブしたあと、室長が連れてきてくれたのは大きな公園だった。

サトコ
「わあ···桜がもう咲いてるんですね」

難波
ニュースで見てな。きっと喜ぶだろうと思ったんだよ
たまにはこういう時間も必要だよなぁ

(もしかして、それでわざわざ···?)
(てっきり、今日の約束はなかったことになったと思ってたのに)

サトコ
「室長···セミナーに推薦してくれて、ありがとうございます」

難波
なんかいい話聞けたか?

サトコ
「はい。心構えから、具体的な捜査技術向上のことまで」
「石神教官にも付き合って頂けて、有意義な時間でした」

難波
あいつも若い頃は参加してたからな。加賀はサボってたが
まあ、もう仕事の話は終わりだ。せっかく景色がいいところに来たんだからな

室長について、桜の道を歩き出す。
人気の公園なのか、私たち以外にも見に来ている人が結構いた。

難波
桜はいいよなぁ。心が和む

サトコ
「···ふふっ」

難波
なんだ?

サトコ
「いえ···花の中にいる室長がかわいくて」

難波
おっさんつかまえて『かわいい』はないだろ···

サトコ
「でも室長だって、かわいい子どもの頃があったんじゃないですか?」
「その頃も、花を見て和んだりしてました?」

難波
さすがにガキの頃は、そこまで花に興味なかったけどな
でもアレだ、花の蜜は吸ってたぞ

サトコ
「···花の蜜?」

意味がわからず首を傾げる私に、室長が驚いたように目を見張った。

難波
···吸っただろ?花の蜜

サトコ
「うーん···?」

難波
お前···まさか、花の蜜の美味さを知らないのか?
そうか、これがジェネレーションギャップってやつか···?

どこか寂しそうに、室長が視線を伏せる。

サトコ
「ふふ···今度私にも教えてください。花の蜜の味」

難波
大人になってからは吸わねぇよ、さすがに

サトコ
「だってそんなふうに言われたら気になるじゃないですか」

難波
っつってもアレ、微量に毒があるらしいぞ

サトコ
「ええっ」

難波
何事も摂り過ぎはよくないってな

(室長、なんだかかわいい···)
(花の蜜を吸ってた子ども頃の室長も、それを楽しそうに話してくれる、今の室長も)

仕事モードの時には決して見せない、こういう穏やかな雰囲気にいつも惹かれてしまう。
そのあと、室長が連れて行ってくれたのは···


【海】

夕陽が、水平線の向こうへと沈みかけている。
オレンジ色に染まった海を眺めながら、室長と一緒に砂浜を歩いていた。

難波
大丈夫か?その靴じゃ歩きにくそうだな

サトコ
「うう···海に来るってわかってたら、パンプスなんて履いてこなかったんですけど」

難波
だから、歩きやすい靴で来いって言ったろ?

サトコ
「だってまさか、セミナーのあとに海に来るなんて···きゃっ」

転びそうになった勢いで、室長の服をぐっと掴んでしまった。

サトコ
「す、すみません···」

難波
なんだよ、謝ることじゃねえだろ

軽く笑うと私の手を取り、歩調を合わせてゆっくり歩いてくれる。
少し後ろを歩きながら、その広い背中に今すぐ抱きつきたい気持ちだった。

サトコ
「私、今日はてっきり、室長との約束はなかったことになったんだと思ってました」

難波
そんなわけないだろ。俺だって楽しみにしてたからな

サトコ
「え···」

難波
セミナーのことは知ってたんだが、日程に気が回ってなくてな···
後から石神に確認して、『言ったはずですが』って言われちまった

(じゃあ、忘れてたわけじゃなかったんだ···)

サトコ
「し、室長は、私にもっと成長しろって意味で推薦してくれたんですよね?」

難波
ん?単に行きたそうだろ、ああいうの
尾行訓練の結果の時にメモとってんの、お前くらいだったからなあ

サトコ
「あ···」

難波
メモる内容でもなかったのにな

サトコ
「う゛っ」

難波
あんだけ講義を熱心に聞いてるやつなら、推薦しとくか~ってくらいだよ
あんま気負うと肩凝るぞ

そう言うと、軽く押されるように身体がとんとぶつかった。
力抜けよ、と言うふうに。

(室長は、私の考えなんて全部お見通しだ)
(確かに一緒に過ごせないと思うと落ち込んだし、残念だったけど···)

サトコ
「···ありがとうございます、元気出ました」

難波
······

立ち止まり、室長が私を振り返った、

難波
俺に追いつきたいって思ってくれるのは嬉しいけどな

(···ん?)

難波
黒澤が言ったように、そこにいるだけでいいって思ってる奴だっているんじゃねえか

サトコ
「······」
「ど、どうして、それを···」

(···そういえばあのとき、最後に室長の声を聞いた気が···)
(も、もしかして···)

サトコ
「夢じゃなかったんですね···!?」

難波
夢どころか、その前からいただろ

サトコ
「えっ、えっ···」

難波
あの時の店主は俺だ。まだまだだなひよっこ~

サトコ
「えええ···!?」

(わ、私あのとき酔ってて···何を口走っちゃったっけ···!?)

サトコ
「どうしてそんなことしてるんですか!」

難波
黒澤と歩から情報を受け取るには、あの屋台が一番都合がいい

サトコ
「じゃあ、黒澤さんたちが言ってた “捜査” って···」

難波
ああ。あのときはまだ任務中だったな

まったく気付かなかった自分が、情けない。

(でも、室長の変装、完璧だった···)
(ラーメンも美味しかったし···って、それは関係ないけど)

難波
確かに俺たちは、このままいけば一生、上司と部下だ
でも、プライベートでは対等な関係だろ?

サトコ
「対等···」

難波
恋人ってのは、そういうもんだ
おっと···そうだ、これこれ

室長が、スーツのポケットから小さな包みを取り出す。
それを、無造作に私の手のひらに乗せた。

サトコ
「これ···」

難波
お前に似合うと思ってな

サトコ
「開けてもいいですか···?」

うなずく室長の前で、包みを開けてみる。
中には大人っぽいデザインの、パールのイヤリングが入っていた。

サトコ
「綺麗···」

難波
まあ、気が向いたら使ってくれ
それなら、どこにつけて行ってもおかしくないだろ

サトコ
「···はい!」

思わず、衝動のまま室長に抱きついた。
うっすらと煙草の匂いと、柔軟剤の香りが優しく鼻先をくすぐる。

サトコ
「室長···大好きです」
「ずっと、ずっとずっと···」

難波
だよなぁ

サトコ
「えっ、ずるい···」

難波
···
俺から言わせれば、お前の方がずるい
ほら、風邪ひくぞ。そろそろ···
はーっくしょん!

サトコ
「し、室長!?大丈夫ですか?」

難波
いやあ、寒くなってきたなぁ···
ひよっこは寒くねぇか?上着欲しけりゃ言えよ

(自分も寒いのに、私の心配してくれてる···)

つないだ手が少し離れ、指を絡めたつなぎ方に変わる。
車へと歩き出す室長の後ろから、声を掛けた。

サトコ
「室長···あの」

難波
ん?

サトコ
「今日は···私が、その···」
「···室長を、温めてあげます」

難波
······
···まいったな

一瞬、室長が余裕のない表情になる。
私を抱きしめると、ぎゅっと腕に力を込めた。

難波
今夜は、たくさんお前を甘やかすか

サトコ
「···ダメです」

難波
ええ···

(だって、今夜は···)

サトコ
「私が、室長を甘やかすんですから」

難波
······

大胆なことを言ったと分かっているけど、もう後には引けない。

(っていうか···むしろ、室長に引かれた···?)

難波
···そうか

サトコ
「え?」

難波
じゃあ、頼もう

サトコ
「し、しつちょっ···」

優しい笑みを浮かべて、室長が私の頬を両手で包み込む。
熱い口づけを受け止めながら、今日はいつも以上に甘い夜になる予感がしていた。

Happy End



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