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今日は彼に甘えちゃおうキャンペーン 颯馬2話



サトコ
「あ、雨」

美術館を出ると、外は雨が降っていた。

颯馬
にわか雨でしょうか。少し様子を見ましょう

サトコ
「大丈夫です。折り畳み傘を持ってますから」

颯馬
用意がいいですね

サトコ
「緊急時の対応力評価、上げてもらえますか?なんて···」

颯馬
ふふ、考えておきます

2人で笑い合い、傘を広げる。
1つの傘に2人で入り、ゆっくりと歩き出す。

颯馬
雨のデートもいいですね

サトコ
「傘、持って来てよかったです」

(相合傘、喜んでもらえたかも)
(これで少しは、エスコートのお返しができたかな?)

そう思ったのも束の間、不意に肩を抱き寄せられる。

颯馬
濡れますよ

密着するほどの距離に、ドキドキと鼓動が速くなる。
傘を叩く雨の音だけが響き、街の音もかき消される。

(相合傘くらいで喜んでるのは、私だけ?)
(でも···)

サトコ
「2人きりみたい···」

颯馬
うん?

思わず呟いた私の顔を、颯馬さんが覗き込んだ。

サトコ
「···実はおまじないをしたんです」

颯馬
おまじない、ですか?

サトコ
「紅茶の茶葉を乾かして」
「願い事を書いた紙と一緒に袋に入れて、枕の下に忍ばせるっていう···」

颯馬
可愛らしいおまじないですね

サトコ
「遊び半分っていうか、鳴子とたちと盛り上がって」
「たまにはそういうのもいいかなって···」

颯馬
で、なんて書いたんですか?

サトコ
「それは···」

颯馬
言ったら叶わなくなってしまいますね

サトコ
「それが、もう叶っちゃったんです」
「 “颯馬さんと2人きりの時間を過ごしたい” って書いたので···」

颯馬
···

颯馬さんは、ふっと小さく微笑んだ。

サトコ
「こんな素敵な形で叶うなんて、びっくりです」
「ものすごく幸せな瞬間を味わっちゃいました」

雨の音にまぎれて言うと、不意に颯馬さんの顔が近づいた。
傘が傾き、雨が雫となって傘の上を滑っていく。
その流れに気を取られていると、唇に柔らかな感触が押し当てられた。

(えっ···)
(あ、傘が···)

驚いた拍子に、手元から滑り落ちてしまった。
小降りになった雨が、火照った頬にひんやりと冷たい。
まばらな人影は、雨に追われるように通り過ぎていく。
路上に落ちた傘に、ちらりと視線を送りながら。

颯馬
本当に貴女という人は···

気付いたら颯馬さんが微笑んでいた。
雨に濡れて頬に張り付いた髪を、そっと避けてくれる。

サトコ
「こんな、街中で···」

ドキドキと高鳴る鼓動を抱え、やっと声を出した。

(一瞬だったのかもしれないけど···)

傘に隠れたその一瞬だけ、特別な時間軸でゆったりと時が流れたように感じた。
雨で冷えた身体とは裏腹に、唇だけがまだ熱い。

颯馬
雨、上がったようですね

淡々と言いながら、颯馬さんは落ちた傘を拾い上げる。
その姿を見る私は、その場から動けない。
その時、雲の切れ間から。柔らかな日差しが降り注いだ。

サトコ
「あっ···」

颯馬

サトコ
「虹が!」

赤く染まりつつある空に、七色の虹が現れた。

サトコ
「綺麗···」

颯馬
どんなアートも敵わない美しさですね

サトコ
「本当に」

颯馬
貴女と見られて、幸せです

サトコ
「!」

空を見上げたまま囁く颯馬さんに、ドキッと鼓動が跳ねた。

(せっかくドキドキが収まりかけてたのに···)

淡々としてるかと思えば、突然こうして私の心を揺さぶってくる。
計算しているのかいないのか、わからないくらいスマートに。

(結局今日も喜ばされてばっかり)
(ずるい、私だって今日は···!)

サトコ
「あのっ!」

咄嗟に颯馬さんのコートを掴んだ。

サトコ
「今から颯馬さんの家に行ってもいいですか?」

颯馬
···ええ、もちろん

ほんの一瞬驚いたような顔をした颯馬さんは、コートを掴む私の手に自分の手を重ねる。

颯馬
雨で冷えてしまいましたからね

(それもそうだけど、私も颯馬さんに喜んでもらいたいから···!)

だから思い切って自分から家に行きたいと申し出た。

(でも、喜んでくれてるのかな···?)

颯馬
風邪をひかないうちに帰りましょうか

颯馬さんはいつもと変わらない優しい微笑みを浮かべた。


【颯馬マンション】

颯馬さんの家に着き、2人で並んでソファに座る。

颯馬
寒くないですか?

サトコ
「大丈夫です」

颯馬
温かいものでも飲みましょうか

サトコ
「それなら私が···」

颯馬
サトコは休んでて

サトコ
「はい···」

ポンと優しく頭を撫でられ、思わずコクンと頷いてしまった。

(う~ん、私も何かしたいんだけどな···)
(どうすれば喜んでもらえるだろう···?)

紅茶を入れてくれる颯馬さんを見つめながら考える。
なかなかいい案が浮かばない中、ふわりと紅茶の香りが漂ってきた。

颯馬
どうぞ

サトコ
「ありがとうございます」

差し出された紅茶を受け取ると、颯馬さんは再び隣に座った。

サトコ
「いい香りですね」

颯馬
ダージリンのオータムナムです

サトコ
「確か秋摘みの茶葉はまろやかさが増すんですよね」

颯馬
詳しいですね

サトコ
「この前いただいたバームクーヘンに合う紅茶を探してる時に見つけたんです」

颯馬
そうでしたか。もしかして、おまじないに使った茶葉も···

サトコ
「···はい」

颯馬
では今夜は私もこの茶葉を乾かしておまじないしてみましょう

サトコ
「えっ、颯馬さんのおまじない、気になります!」

颯馬
ふふ。さあ、冷めないうちに

サトコ
「いただきます」

穏やかに会話を楽しんだ後、そっとカップに口を付けた。

サトコ
「美味しい···」

颯馬
よかった

優しい微笑みに、心も満たされる。

(って、満たされてる場合じゃなかった···!)
(美味しい紅茶も淹れてもらっちゃったし、うーん···)
(甘えるばかりじゃなくて、たまには甘えてほしいんだけど)

颯馬
どうかしましたか?

(こうなったら、ボディタッチで!)
(いや、それじゃこっちから甘える形になっちゃうし)
(そうじゃなくて、いつも颯馬さんが私にしてくれるように自然に···)

手を伸ばし、目の前の颯馬さんの頭をそっと撫でてみた。

颯馬
······

(あれ?やっぱり違った···よね)

突然撫でられた颯馬さんは、ポカンとしている。

サトコ
「あ、あの、颯馬さんにも甘えて欲しいなって思って···」
「今日は自分から誘っておいて、何もかも颯馬さんに甘えてばっかりでしたし」

颯馬
そんなことは···

サトコ
「あるんです!」
「素敵なレストランに連れて行ってもらって」
「美術館でもちんぷんかんぷんな私をちゃんと楽しませてくれて」

(それに、あんな映画のワンシーンのような雨の中のキスまで···)

サトコ
「だから私も、何か颯馬さんに喜んでもらえるようなことをしたくて」

颯馬
······

サトコ
「その、甘えるには頼りないかもしれませ···っ!?」

言い終わらないうちに、突然ギュッと強く抱きしめられた。

颯馬
もうこれ以上俺の心臓を鷲掴みにしないでくれないか
貴女が可愛くて、愛しくて···

サトコ
「そ、颯馬さん?」

颯馬
···サトコは分かってないな

そっと腕を解いた颯馬さんは、困ったような笑みを浮かべる。

颯馬
知ってる?俺はそんなにかっこいい男じゃない

言いながら私の手を取ると、そのまま手首にキスを落とした。
ドキッとした時には、おでこにキスが落とされる。
そのまま瞼へ、耳たぶ、頬···と、段々と唇に近づいてくる。

颯馬
こうして貴女を甘やかしているようでいて······
俺は自分を甘やかしているんだ

今にも唇が触れそうになりながら押し倒され、
言い終ると同時に触れ合う唇。

颯馬
それに···もっと、よくないことも考えている

微かに触れたままの唇が、妖しくも切なく囁いた。
真っ直ぐに私を見つめる瞳には、いつになく情熱的な憂いが満ちている。

(もっとよくないことって···)

聞き返す間もなく、完全に唇が重なり合った。
傘に隠れて交わしたキスの時のように、唇だけが熱く感じる。

颯馬
雨の匂い···

サトコ
「んんっ」

唇から離れたキスが、首筋に落とされた。
後れ毛の感触を楽しむかのように、鼻先を押し当てられる。

颯馬
サトコの体、ずいぶん熱くなってきてる
紅茶よりキスの方が温まる?

妖艶な笑みを見せられ、その視線から逃れるように目を伏せた。

颯馬
俺を見て

指先を顎に掛けられ、少し強引に目を合わせられる。

颯馬
サトコ

サトコ
「はい···」

颯馬
好きだよ

サトコ
「!」

(いきなり···それに、そんな真っ直ぐな目で言われたら···)

火が灯ったように顔が熱くなり、言葉が出てこない。

颯馬
可愛いな

熱くなった頬に手を当て、そのまま髪を掬うように撫でてくれる。

颯馬
ありがとう

サトコ
「え···?」

颯馬
俺がこんなふうに甘えられるのは、サトコだけだから

(この状況って···甘えてくれてるの?)
(私の方が甘やかされてるようにしか思えないけど···)
(でも、颯馬さんがそう思ってくれてるのなら···)

サトコ
「もっと甘えてほしいです···」

颯馬
···大胆だね、もっと欲しいだなんて

サトコ
「そ、そうじゃなくて!」

颯馬
違った?

サトコ
「違います!上手く言えないんですけど、颯馬さんなりの甘え方でいいので、もっと···」

颯馬
では遠慮なく

サトコ
「あ、んっ···!」

再び唇を塞いだキスは、今までで一番熱くて激しい。
息もできないくらいの深いキスに翻弄されながら、ぎゅっと広い背中を抱きしめた。

颯馬
そうやってまた俺を甘やかす···

サトコ
「んん···」

耳元で囁いた唇が、首筋を通ってゆっくりと下りていく。
くすぐったくて身をよじるも、しっかりと抱きしめられる。

颯馬
逃がさない

サトコ
「あぁっ···」

はだけた胸元にキスを落とされ、甘い声が零れ落ちた。

颯馬
もっと聞かせて

そのまま何度も落とされたキスは、優しい雨のように、いつまでも降り注いだ。

Happy End



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