カテゴリー

ふたりの卒業編 後藤2話



【教官室】

選挙デモ中に警察官が撃たれたという速報が流れた朝。
私は後藤さんについて教官室を訪れた。

石神
後藤、早いな。今日は昼前からじゃなかったか?

後藤
ニュース速報を見て来たんです。警察官が撃たれたと

石神
ああ、その件か。捜査は進んでいるから心配するな

後藤
どんな事件かわかってるんですか?

石神
捜査中だ

後藤
詳細は···

石神
担当外の事件の詳細は伝えられない。それは、お前も分かっているだろう

後藤
······

石神教官が後藤さんを一瞥し、後藤さんが口をつぐむ。

(私が口を挟める雰囲気じゃない···)

石神
その事件のために、早く来たのか?

後藤
何か手伝えることがあればと

石神
今のところ人では足りている。お前は自分の仕事をしていろ

後藤
···はい

石神
氷川は?

サトコ
「え?」

石神
お前は何をしに来た?

サトコ
「え、ええと、私は···」

<選択してください>

A:事件が気になって来た

サトコ
「私も事件が気になって来たんです」

石神
わざわざ後藤と合流して···か?

サトコ
「え···」

石神
偶然、同じタイミングで教官室を訪れたとは考えられない

サトコ
「そ、それはその···」

(朝、後藤さんと一緒にいたことを怪しまれてる!?)

サトコ
「学校の前で偶然会って!それでニュースの話題になったんです!」

石神
···そうか

(こ、これで誤魔化せたかな?)

石神教官の表情は相変わらず、誤魔化せたかどうかもわからない。

B:後藤教官の手伝いに来た

サトコ
「後藤教官の手伝いに来たんです···」

石神
手伝い?何の手伝いだ?

サトコ
「そ、それは、ええと···」

石神
ただ、あとをついて回るだけが補佐官の仕事じゃない
もっと自分で考えて動け

サトコ
「は、はい。でも、私も今朝の事件が気になったのは本当です!」

石神
なら、初めから自分の目的を言え。後付けなら言い訳にしか聞こえない

サトコ
「はい···申し訳ありません」

(誤魔化すようなことを言った私が馬鹿だった!)

C:皆さんにコーヒーを淹れに来た

(事件のことで後藤さんと一緒に来たって言うと、さっきまで一緒にいたことがバレるかも···)

サトコ
「わ、私は皆さんに朝のコーヒーを淹れに···」

石神
俺のデスクにコーヒーメーカーはないが?

サトコ
「そ、そうですよね!わかってます」
「真剣な顔で話してたので、どうしたのかなーと思っただけで···」

石神
余計なことに首を突っ込むな

サトコ
「すみません···」

石神
必要があれば、その時に事件の詳細は話す
それまでは、それぞれの仕事に集中していろ

後藤
···はい

サトコ
「はい···」

公安警察は内部でも情報のやり取りには難しい。

後藤
···自分の仕事に戻ります

そう言って個別教官室に向かう後藤さんの横顔は固いままだった。



【廊下】

数日後。
警察官の殺害事件については連日報道されてるけれど、具体的な進展があったとは聞いていない。

(私の知らない所で捜査は進んでいるんだろうけど)
(あの日から後藤さんにも会えてないし···どうなってるんだろう)

実技訓練のために訓練所に向かいながら、そんなことを考えていると。

後藤
氷川

(この声は···)

呼び止められ、私は勢いよく振り返る。

サトコ
「後藤教官!久しぶりですね」

後藤
ああ。これから訓練か?

サトコ
「はい。今日から卒業に向けての実技訓練が始まるんです」
「卒業試験は筆記以外にも実技や捜査実践などいろいろあるみたいで···!」

後藤
いよいよか。頑張れよ

サトコ
「はい!あの、教官はこの後も学校にいるんですか?」

後藤
どうだろうな。まだわからない

サトコ
「そうなんですね。あとで教官室に顔を出してみます」

後藤
わかった。行ってこい

サトコ
「行ってきます!」

後藤さんが私の肩をぽんっと叩いてくれる。

(後藤さんと会っただけで、やる気が出るんだから私も単純だよね)

そう思いながらも、後藤さんに会えて嬉しい気持ちで足取りは軽くなっていた。


【訓練所】

石神
全員、集まったようだな

卒業に向けての実技カリキュラム初日ということで、石神教官の話から始まった。

石神
今後の訓練によって、卒業の可否が左右される。各自、心して臨むように

全員
「はい!」

石神
では、各班に分かれ訓練開始!

訓練の準備に入り、鳴子と千葉さんと合流する。

鳴子
「気合い入れていかないとね!」

千葉
「全員で卒業できるように頑張らないとな」

サトコ
「そうだね!頑張ろう!」

今日の訓練から、実際の卒業試験と同じタイムテーブルで行われていく。

鳴子
「ひとりに与えられてる試験時間は短いから、集中力が必要になってくるよね」

サトコ
「自分の集中力が高まるのを待ってられないってことだよね」

(現場に出れば、一瞬一瞬の勝負になるんだから)
(この卒業試験で、そういうメンタル面も鍛えないと)

緊張感が漂うなか訓練が進んでいると。

難波
あ~ちょっとすまん、今いいか?

室長の緩い声で訓練が中断された。

(室長が訓練中に顔を見せるなんて、めずらしい)

難波室長は石神教官のところに行くと、何やら話をしている。
そして話を終えると、石神教官は訓練生に向き直った。

石神
今日の訓練は中止だ。各自、終業時刻まで自主訓練に励むように

サトコ
「え···」

鳴子
「大事な実技訓練が中止って···」

千葉
「何か事件でも起きたのか?」

ざわざわと訓練生の間にざわめきが広がる。

(どうしたんだろう···)

訓練所を出て行く室長と石神教官の背中に、ただならぬ雰囲気を感じながらも。
訓練が終わるまでは、私もこの場を動くことができなかった。


【教官室】

訓練が終わると、以前頼まれていた訓練生たちの課題レポート提出を口実に、
私はすぐに教官室に向かう。

(何があったのか、教えてもらえないかもしれないけど)
(それでも···)

私は教官室のドアを軽くノックすると、そっとドアを開けた。

後藤
そんなことを言っている場合じゃないでしょう!

サトコ
「!」

(後藤さんの声!?)

教官室に入った途端、後藤さんの声が耳を貫く。

(後藤さんがこんなふうに声を荒げるなんて···)

教官室の中では、後藤さんが石神教官の胸ぐらを掴まんばかりに詰め寄っていた。

後藤
先日のデモ中に発生した事件も含めて、これで警察官が2人も狙われてるんですよ!?

石神
······

後藤
これは何か組織的なテロ行為としか考えられません!

石神
あらゆる可能性を考え、捜査を進めている
確証が得られていない段階で決めつけることは出来ない。冷静になれ

後藤
確証を得る前に、新しい犠牲者が出たらどうするつもりなんですか!?

石神
警戒態勢をとるように各所轄には伝達してある

後藤
しかし···!

(後藤さんがここまで石神さんに食い下がるなんて、めずらしい)

声を掛けたくてもかけられない空気に固まっていると。
ぽんっと後ろから肩に手が置かれた。

一柳昴
「来い」

サトコ
「い、一柳教官!?」

颯馬
今は外しましょう

サトコ
「颯馬教官も···」

小声で外に出るようにうながされ、私は教官室を出た。


【資料室】

一柳教官と颯馬教官に連れていかれた先は資料室。
ドアを閉めると、一柳教官が軽いため息をつく。

一柳昴
「ったく、たまに止めらんなくなるんだよな。あのバカ」

サトコ
「いったい、何があったんですか?」
「後藤さんが、あんなに声を荒げて石神教官に詰め寄るなんて···」

颯馬
先日、選挙デモ中に警察官が撃たれたことは、サトコさんも知ってますね?

サトコ
「はい。さっき、後藤さんもそのことを言ってましたよね?」

一柳昴
「ああ。それでさっき、再び警察官が撃たれる事件が発生した」

サトコ
「!」

(だから、さっき後藤さんは警察官が2人も狙われてるって···)

サトコ
「関連した事件なんですか?」

颯馬
まだ捜査の途中です。同じような手口なので、関連がある可能性は高いと思いますが···

一柳昴
「後藤は関連があるって決めつけて、捜査方針を確定しようと焦ってる」

サトコ
「いつも冷静な後藤さんが、どうしてそんな···」

一柳昴
「······」

颯馬
······

私の問いかけに一柳教官と颯馬教官からの答えは、すぐにはなかった。

サトコ
「あの···何か大変なことが···」

一柳昴
「警察官が狙われる事件は···あいつにとってただの事件じゃねぇ」

一柳教官は微かに目を伏せると、短く答える。

サトコ
「後藤さんにとって、ただの事件じゃないっていうのは···」

<選択してください>

A:自分も同じ警察官だから

サトコ
「自分も同じ警察官だから···ですか?」

一柳昴
「お前の記憶力、どうなんてんだ?」

一柳教官が、その眉を寄せる。

(あれ、見当違いな答えしちゃった?)

颯馬
わざと思い出さないようにしているのかもしれませんよ

一柳昴
「···そうなのか?」

サトコ
「ええと···」

颯馬
夏月の件は、サトコさんにとっても思い出したくないことでしょう

サトコ
「あ!」

(そういえば、夏月さんの事件も警察官を狙った事件だった!)
(どうして、すぐに思い出さなかったんだろう)

B:過去の事件と因縁があるから

(警察官が狙われる事件っていうと···)

私の心がぐっと重くなる。

サトコ
「夏月さんの事件···ですか?」

一柳昴
「···ああ」

サトコ
「何か関係があるんですか!?」

颯馬
そこまでは調べが進んでいません

一柳昴
「けど、後藤は関係があるって思ってんだろう」
「関係があってほしいって···無意識のうちに強く思ってんだろうな」

一柳教官が苦い顔で呟いた。

C:久しぶりの大きなヤマだから

サトコ
「久しぶりの大きなヤマだから···ですか?」

一柳昴
「お前···それでも公安刑事を目指してんのか?」

一柳教官が呆れた声を出す。

(あれ、違った···?)

颯馬
わざと···かもしれませんよ

一柳昴
「ああ···そういうことか」

サトコ
「ええと···」

颯馬
夏月の件は、サトコさんにとっても思い出したくないことでしょうから

サトコ
「あ!」

(そういえば、夏月さんの事件も警察官を狙った事件だった!)
(そっか。だから後藤さんは、あんなふうに···)

サトコ
「······」

(夏月さんのことだから、後藤さんは必死になるんだ)

飯嶋夏月さんは、後藤さんの相棒だった女性だ。
警察官が連続で狙われた事件におとり捜査として参加し、殉職した。

一柳昴
「夏月の事件は一応、犯人は捕まってるが···」

颯馬
解決している事件とは言えませんからね

サトコ
「ホームレスが犯人として捕まったけれど、真犯人は別にいると言われてるんですよね···」

一柳昴
「だが、捜査に進展はないままに迷宮入りした」

颯馬
今回の事件が夏月の事件としていれば、真相解明の糸口が見えるかもしれない
それで後藤は熱くなっているんでしょう

サトコ
「そうなんですね···」

一柳昴
「アイツの気持ちは分かるが、そこで冷静さを欠いてどうするって話だ」
「こういう時こそ慎重に捜査を進めなきゃいけねぇってのに」

今度は大きなため息をついた一柳教官が私に視線を向けた。

一柳昴
「今のあいつはフツウじゃねぇ。お前の手に負えねぇだろうから近づくな」

サトコ
「そういうわけには···こんな時こそ、補佐官として後藤さんを支えたいです!」

一柳昴
「ただの補佐官なら···な」

サトコ
「!」

一柳教官の目が光る。

(私が後藤さんの恋人だから···)

颯馬
···とにかく、今は後藤に単独行動をさせないことです
サトコさんは補佐官として、後藤を見張っていてください

サトコ
「···はい!」

一柳昴
「周さんは甘い」

颯馬
何もせずに黙っていろと言われても無理だよ、彼女は

(颯馬教官の言う通りです!)

どんなことでもいいから、後藤さんの役に立てる役目が欲しい。
後藤さんを単独行動させない···その命を受け、私は教官室に走った。


【個別教官室】

サトコ
「後藤教官!」

後藤さんの教官室のドアを開けると、そこに彼の姿があってほっとする。

後藤
そんなに急いでどうした?何か頼んでたか?

後藤さんは調べものをしていたのか、チラッと私に視線を送り、すぐにノートPCに顔を戻す。

(さっきの警察官が襲われたって事件について調べてるのかな)

夏月さんが絡んでいるのなら、とてもデリケートな問題だ。
どう切り出そうか迷い···結局、単刀直入にきくしかないと心を決める。

サトコ
「一柳教官と颯馬教官から、今回の事件のこと聞きました」
「もしかして···夏月さんの事件と、何か関係があるんですか?」

後藤
余計なことを···

サトコ
「後藤さん、教えてください!」

後藤
······

沈黙のあと、後藤さんがこちらに顔を向ける。

後藤
アンタには関係ないことだ

サトコ
「!」

その目は最近見たことがないほど鋭いものだった。
いつかのように、後藤さんが自分の内側に固く閉じこもろうとしているのがわかる。

(また···どこかにひとりで行ってしまうの?)
(そんなのはダメ···!)

その眼光の鋭さに気圧されながらも、私は勇気を振り絞って口を開く。

サトコ
「後藤さんのことで、関係ないことなんてないです!」
「少しでもできることで力になりたいんです···」

後藤
これは俺の捜査だ。アンタが関わることはない

サトコ
「後藤さん!」

私の言葉など聞かずに、後藤さんは席を立つと教官室を出て行ってしまう。

(どうして、大事なときはそうやってひとりで···)

サトコ
「重荷を分かち合えるから···相棒っていうんですよね?」

まだその位置に立てない自分が悔しく、私は強く拳を握りしめた。

to be continued



シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする