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ふたりの卒業編 後藤3話



【裏庭】

警察官襲撃事件の一件から、後藤さんとはすれ違い状態が続いていた。

(結局、『アンタには関係ないこと』って言われた日から、後藤さんと話せてないなぁ)

後藤さんが警察官襲撃事件を担当しているのか、いないのかはわからないけど。
捜査で忙しくなったのか、学校にも顔を見せていなかった。

サトコ
「どこかで、ちゃんと話をしないとな」

ブサ猫
「ぶみゃ」

私の言葉に同意するように隣のブサ猫が小さく鳴いてくれる。

颯馬
サトコさん、ここでしたか

サトコ
「颯馬教官」

中庭を通りがかった颯馬教官が私を見つけて足を止めた。

颯馬
あれから、後藤とはどうですか?

サトコ
「ろくに連絡も取れないままです」
「すみません。後藤さんが単独行動しないように見張りを任せてもらったのに···」

颯馬
気にしないでください。そうやって気にかけている人がいる···というのが大事なことですから

颯馬教官は私の隣に座ると、ブサ猫の頭を優しく撫でる。

サトコ
「後藤さん、どうしてますか?」

颯馬
警察官襲撃事件を担当しています。本人のたっての希望で

サトコ
「夏月さんの事件との関わりはありましたか?」

颯馬
まだ、そこまでは···
しかし、今回の事件に極左翼系のある過激派組織が関与していることがわかりました

サトコ
「やはり組織的な犯行だったんですね」

颯馬
ええ。捜査に進展があったことで、後藤もそちらで頭がいっぱいになっているのかもしれません
過激派組織の構成員に接触する作戦も始まっているようです

サトコ
「颯馬教官···どうして、そこまで私に教えてくれるんですか?」

(公安同士でも基本的に捜査情報は洩らさないのが公安なのに)

尋ねる私に、颯馬教官はこちらを向いて微笑んだ。

颯馬
どうしてだと思いますか?

<選択してください>

A:捜査に参加させてもらえるから

サトコ
「もしかして、私も捜査に参加させてもらえるんですか!?」

颯馬
私にその決定権があったら、よかったんですが···すみません

サトコ
「い、いえ!こうして話を聞かせてもらえるだけで充分嬉しいです!」

颯馬
けれど、私は捜査に参加していいと思いますよ
サトコさんも、もうすぐ立派な公安刑事ですから

B:私を信頼してくれているから

サトコ
「私を信頼してくれているから···ですか?」

颯馬
ええ。その通りです

頷く颯馬教官に嬉しさが溢れる。

サトコ
「ありがとうございます!」

颯馬
当然ですよ
サトコさんも、もうすぐ立派な公安刑事ですから

C:私を可哀想に思っているから

サトコ
「私を可哀想に思って···ですか?後藤さんが何も話してくれないから」

颯馬
まさか。同情などしません

サトコ
「そうですよね···それじゃあ、どうしてですか?」

颯馬
理由は簡単なことです
サトコさんも、もうすぐ立派な公安刑事ですから

サトコ
「颯馬教官···!」

(私を認めてくれてるんだ!)

サトコ
「ありがとうございます!絶対に卒業試験、合格してみせます!」

颯馬
サトコさんなら、きっと卒業できますよ
貴女と肩を並べて捜査できる日を楽しみにしています

サトコ
「はい!」

それだけ言うと、颯馬教官は去っていく。

(颯馬教官は私を一人前の刑事として扱ってくれる)

サトコ
「後藤さんも、颯馬教官くらい私を信頼してくれればうれしいんだけど···」

(でも、それはきっと···わたしを心配してくれて···)
(大切に思ってくれてるから···っていうのもあるんだよね···)

一度大切な人を失っているからこそ、慎重になる気持ちはあるのだろう。

サトコ
「私が頑張って、立派な公安刑事になるしかないんだよね」

ブサ猫
「ぶみゃ!」

サトコ
「卒業したら、君にもあんまり会えなくなるけど···時々、様子見に来るからね」

ブサ猫
「ぶみゃー」

私の言っていることがわかっているのか、いないのか。
ブサ猫は丸くなって私の隣に寄り添った。


【廊下】

石神
氷川

サトコ
「石神教官。お疲れさまです!」

石神
いいところで会った。この書類を後藤のもとへ届けてくれ

サトコ
「後藤教官、学校に来てるんですか!?」

石神
ああ。今日はこちらで会議がある日だからな

サトコ
「すぐに行ってきます!」

教官室は目の前。
わざわざ私に託さなくてもいい距離だ。

(もしかして、石神教官は後藤さんに会わせるために、わざわざ呼び止めてくれたのかも···)
(って思うのは、考え過ぎかな)

サトコ
「ありがとうございます!」

私は石神教官に頭を下げると、後藤さんの教官室に急いだ。


【個別教官室】

サトコ
「失礼します」

私はなるべく力強い声で声を掛けると、教官室のドアを開ける。

(後藤さんに信頼してもらうためには、とにかく私がしっかりしたところを見せないと!)

後藤
サトコ···

サトコ
「石神教官から書類を預かってきました」

後藤
わかった。あとで目を通すから置いておいてくれ

後藤さんはすぐに手元の書類に視線を戻してしまう。

サトコ
「······」

(このままじゃすれ違ったままだ···)

このままにはしておけないと、私はさらに話しかける。

サトコ
「···警察官襲撃事件の捜査中ですか?」

後藤
誰かから聞いたのか?

サトコ
「はい。過激派組織と関与しているということまで知っています」

後藤
そうか。なら、事件の解決を願っていてくれ

サトコ
「願うだけじゃなく、私も捜査に参加させてください」

後藤
アンタには関係のない事件だと言っただろう

サトコ
「後藤さんがそこまで入れ込んでるってことは···」
「夏月さんの事件に関係がある可能性が高いんですよね?」

後藤

夏月さんの名に後藤さんの顔がかすかに強張る。

サトコ
「その事件だったら、私も捜査に加わりたいです!」

後藤
人手は足りている

サトコ
「人員は充分かもしれません。でも···少しは私の気持ちも汲んでください!」

後藤
アンタの気持ち···?

後藤さんが初めて顔をあげ、こちらを見てくれる。
私はそんな後藤さんの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

サトコ
「公安刑事として事件を未然に防いで、これ以上犠牲を出したくないのはもちろんですが···」
「夏月さんのお墓参りに連れて行ってくれた時···墓前で思ったんです」

後藤
······

サトコ
「私も夏月さんの事件の真犯人を見つけたい、夏月さんの無念を晴らしたい」
「この事件を抱える後藤さんの苦しみを少しでも軽くしたい···あの時、そう思ったんです」

後藤
······

後藤さんは複雑な顔をしていた。
何も言わない彼に、私はさらに言い募る。

サトコ
「あの時、私はそのために公安刑事になりたいと明確な目標を持ちました」
「次の卒業に向けての実技試験で、成長した姿を見せられたら···」
「この捜査に参加させてください!」

暫くの間、後藤さんと視線が交わる。
そして、先に視線を逸らしたのは後藤さんだった。

後藤
···すまない

サトコ
「後藤さん!」

この間と同じように、教官室を出ていこうとする後藤さんの背中を呼び止める。

サトコ
「卒業すれば、私も一人前の公安刑事です!私は···後藤さんの本当の相棒になりたいんです!」

後藤
······

一瞬足を止め、後藤さんは教官室を出て行った。


【試験会場】

その日の午後。
先日中止になった卒業に向けての実技訓練が始まった。

石神
今日は各班に分かれ、立てこもり犯を確保する実技訓練を行う
犯人役は···

黒澤
この黒澤が努めます!油断があれば容赦なく撃っていきますんで、よろしく!

黒澤さんがモデルガンの銃を構えてみせる。

石神
黒澤に撃たれることなく確保できれば、任務成功だ
班のひとりでも欠けた場合は、その瞬間失格になる

石神教官の説明に、私は鳴子と千葉さんと顔を見合わせて頷き合う。

鳴子
「全員で任務を成功させなきゃいけないってことね」

サトコ
「実際の現場で班員が減るのは、その分戦力が落ちて、第一優先の犯人確保が難しくなるから···」

千葉
「より実践的な訓練になったってことか」

(実際の現場なら、それなりに見てきた)
(その経験を活かすなら、今しかない!)

サトコ
「犯人が銃を持っている時は説得から入るはず」
「ここは説得役と確保役に分かれて、かつ囮を···」

千葉
「説得役は俺がやる」

鳴子
「囮は私がやる!」

サトコ
「うん。それじゃ、私が確保する役を···」

与えられた訓練用の地図を手に、私たちは作戦を詰めていった。

サトコ
「犯人確保!」

黒澤
おわっ!?サトコさん、そんなところから!?

訓練所の高い位置から一気にロープで下りた私は黒澤さんの手からモデルガンを奪う。
そして彼の手を後ろに運ぶと手錠をかけた。

鳴子
「ナイス、サトコ!」

千葉
「やったな!」

石神
犯人確保まで3分15秒···最短だ

黒澤
どこかに潜んでるとは思ってたけど、まさか上からくるなんて···不覚です!
犯人の気を逸らしつつも、油断なく相手の死角を突いての接近、確保
皆さんのアイコンタクトによる連携も完璧でしたね

ストップウォッチを止めた石神教官と黒澤さんが私たちのもとにやってくる。

千葉
「氷川の作戦のおかげだな」

サトコ
「千葉さんの説得と鳴子の陽動作戦が上手くいったからだよ」

鳴子
「経験してる現場が多いと、こういう時強いんだね」

石神
今日は合格点だ。この調子で励め

サトコ
「はい!」

鳴子
「石神教官からお褒めの言葉がもらえるなんて!」

(よし!今日のところは上手くできた!)
(後藤さんも見ていてくれたかな···)

後ろで他の教官方も訓練を見ている。

後藤
······

後藤さんを振り返ると、彼は腕を組んでじっとこちらを見つめていた。



【屋上】

今日の訓練を終え、私はひとり屋上に来ていた。

(後藤さん、どこに行っちゃったんだろう)

訓練のあと後藤さんを探したけれど、見つからなかった。

(今日の訓練の感想を聞いて、捜査に参加させてもらえるか聞きたかったのに)

サトコ
「ふう···」

座り込んで、視線を落とす。

(よくここで後藤さんが缶コーヒーをくれたっけ)
(大抵、甘いコーヒーを私にくれるんだよね)

それほど甘党ではなかったけれど。
後藤さんに甘い缶コーヒーをもらうようになってから、
自然と自分でも甘い方を買うようになっていた。

サトコ
「後藤さん···」

後藤
何だ?

サトコ
「え!?」

頭の上から声が降ってくると同時に額に触れる冷たい感触。
視線を上げると、最初に見えたのは甘い缶コーヒー

サトコ
「夢···じゃない?」

後藤
寝てたのか?

さらに視線を上げると、後藤さんの顔が見えた。

サトコ
「後藤さん···」

久しぶりに後藤さんの表情から険が取れている。

(こんな穏やかな顔の後藤さん、久しぶりに見た···)

<選択してください>

A:やっぱり夢だと思う

(こんな後藤さんに会えるなんて、やっぱり夢だよね)
(きっといつの間にか寝落ちしちゃってたんだ)

サトコ
「夢の中なら、好きなこと言ってもいいよね···」

後藤
サトコ?

サトコ
「ほんとはずっと寂しかったんですよ。後藤さん、ずっと私のこと避けるような態度取るし」

後藤
そういうつもりはなかったんだが···

サトコ
「私たちは恋人でもあるんですから、そういうこともちょっと考えてください!」

後藤
···すまなかった

後藤さんが気まずそうな顔をしてから、小さく頭を下げてくる。

(これだけリアルに反応してくるって···)

サトコ
「もしかして、夢じゃない···?」

後藤
ああ、夢じゃない

サトコ
「!す、すみません!」

(夢じゃないのに、後藤さんにあんなこと言っちゃうなんて!)

カッと頬が熱くなり、私は目を逸らした。

B:事件が解決したのかと思う

サトコ
「もしかして事件が解決したんですか!?」

後藤
そうならいいんだがな···

サトコ
「そう簡単にはいきませんよね···」

後藤
ああ

C:何かいいことがあったのかと思う

サトコ
「何かいいことがあったんですか?」

後藤
そうだな···いいことがあった

サトコ
「どんなことですか?」

後藤
アンタの訓練を見られた。それがいいことだ

サトコ
「え···」

(それって、どういう意味だろう?)

後藤さんは私の隣に腰を下ろす。
そして自分の分のブラックコーヒーの缶を開けた。

後藤
アンタも飲め

サトコ
「いただきます」

缶コーヒーを開けて一口飲むと、その甘さが口に広がる。

(何か、ほっとする···)

後藤
石神さんにも掛け合って、サトコを正式に捜査に入れてもらうよう話しておいた

サトコ
「え!?」

後藤
明日から、俺と共に捜査を進めてくれ

サトコ
「後藤さん、どうして···私は関わるなって、ずっと言ってたのに···」

目を丸くして後藤さんの顔を見ると、後藤さんは少しバツの悪そうな顔で笑った。

後藤
俺が間違っていた

サトコ
「え···」

後藤
アンタはもうただの訓練生じゃない。もうすぐ正式な公安刑事になる
それだけ成長してるんだと···さっきの訓練でわかった

サトコ
「本当ですか!?」

後藤
アンタを危険な目に遭わせたくなくて、捜査には参加させられないと言ったが···
もう、そんなことは言ってられないんだよな
アンタももう、一人前の公安刑事になるんだから

サトコ
「はい···!」

私は強く頷くと、後藤さんの手に自分の手を重ねた。

サトコ
「捜査の役に立てるよう精一杯頑張ります!」

後藤
ああ。よろしく頼む

(後藤さんが認めてくれたんだ···精一杯頑張ろう!)

重ねた手が握手のかたちになり、私は固く後藤さんの手を握る。
恋人として触れる手とは違う。
初めて対等な立場で彼と握手を交わせた気がした。

to be continued



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