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ふたりの卒業編 後藤4話



【車内】

翌日。
私はさっそく後藤さんと共に捜査に出ていた。

後藤
これから事件に関与していると思われる過激派組織の構成員が出入りしている店に向かう

サトコ
「はい!」

後藤
事前の情報では、店の奥に一般の客は出入りできないVIPルームがあるらしい
そこで組織の密会が行われている可能性が高い

サトコ
「今回の任務は、その密会の現場を押さえ、構成員を確保することですね」

後藤
ああ。店の客の半数は捜査員だ。密会の現場を押さえるのは、他の捜査員に任せ···
俺たちは今回出入りしている重要人物と思われる構成員を確保する

サトコ
「わかりました」

運転しながら説明をしてくれる後藤さんに私は深く頷く。

(後藤さんが私を信じて捜査に加えてくれたんだから、成果を出さないと!)

後藤
気合い入ってるな

信号で車を止めた後藤さんが私に顔を向ける。

<選択してください>

A:当然です!

サトコ
「念願の捜査に加えてもらったんですから当然です!」

後藤
アンタのその顔を見ると、俺も気が引き締まる
捜査も数を重ねれば油断が出る···毎回、気持ちを新たに挑まなければいけない

サトコ
「後藤さんたちくらい現場を経験していると、捜査も日常になりそうですよね」

後藤
日常にしてはいけないんだよな

B:力入りすぎですか?

サトコ
「私、力入りすぎですか?」

後藤
いや、そんなことはない。常に事件には、それくらいの気合いで挑むべきだ
ただ···気合いを入れすぎて空回りするな。一歩間違えば、視野を狭める結果になる

サトコ
はい!気を付けるようにします!

C:後藤さんは?

サトコ
「後藤さんは気合も入らないんですか?」

後藤
気を引き締めて捜査にはあたっているつもりだが···人によっては慣れからの油断もある
この油断が命取りになることもある。気を付けないとな

後藤
アンタには、いろいろなことを気付かされた
捜査に対する姿勢だけじゃない···俺自身のことも···

サトコ
「後藤さん···」

後藤
また俺は勝手に時間を止めていたみたいだ···

私から視線を外した後藤さんが苦い顔をする。

後藤
すまなかった。アンタから···歩き続ける勇気をもらったというのに

サトコ
「あ···」

思い出すのは、後藤さんが辞表を出して帰って来たときのこと。

後藤
アンタのことが···日々、大事になっていって···
こんなに···怖くなるとは思わなかった

サトコ
「後藤···さん···」

そのまま抱きしめられると、後藤さんの声は耳元に落ちる。

後藤
アンタのおかげで俺はようやく歩き出せた
歩き出したら、怖いことがずっと多くて···立ち止まって逃げ出して···
けど···今度こそアンタにもらった。歩き続ける勇気を

(後藤さんは変わったんだ···私が迎えに行かなくても···もう、ちゃんと戻って来てくれる)

そのことが嬉しく安堵と共に胸が熱くなる。
赤信号が青に変わり、後藤さんがアクセルを踏んだ。

後藤
身近なモノを守れなければ、誰も守れるわけがない···だったな

それはかつて私が後藤さんに渡した言葉だった。

サトコ
「覚えててくれたんですか···?」

後藤
ああ。アンタを失う怖さが消えたわけじゃない。けど、思い出したんだ
俺を追いかけて来たアンタが、俺にかけてくれた言葉の数々を

その時のことを思い出しているのか、後藤さんの目が細められる。

後藤
教官の立場からすれば、今のサトコは充分に現場に出られる力量を持っている
公安の刑事として···サトコを捜査に加える決断を下した

(後藤さん···)

いつもと変わらない口調だったけれど、そこにいくつもの彼の葛藤があったのは容易にわかる。

サトコ
「勝手な行動はせず、慎重に捜査に臨みます」
「よろしくお願いします!」

後藤
ああ

(今回だけじゃない。私たちが刑事という仕事をしている以上、こうした不安は常に付きまとう)
(それを克服するには···)

私は後藤さんの横顔を見つめる。

(お互いを信じるしかない···!)

後藤
あそこが目的の店だ。少し離れた駐車場に停める

サトコ
「はい!」

ぴりっとした緊張感に、私は真っ直ぐに前を見据えていた。


【クラブ】

サトコ
「暗い店内ですね」

後藤
まずはターゲットの確認からだ

サトコ
「はい」

クラブの中は薄暗く、ダンスミュージックが流れる中、狭い店内に多くの人がいる。

(ぼーっとしていると肩がぶつかりそう)

注文したノンアルコールのドリンクを手に持ち、後藤さんと私は店内にいる人物を確認していく。

(他の捜査員も結構参加しているんだな)

一般の客に混ざっている捜査員が判別できるようになったのは、我ながら成長のひとつだと思う。

後藤
···あの男だ

サトコ
「!」

後藤さんが視線だけでカウンターにいる男を指した。
今回、私たちが確保するターゲットがひとりグラスを傾けている。

サトコ
「まだフロアにいるようですね」

後藤
アイツが動いた時が行動開始の合図だ

サトコ
「はい!」

待っている時間は、そう長くはなかった。
1杯飲み終わると、男はスツールを降りる。

後藤
······

サトコ
「······」

私たちは無言で頷くと、さりげなく男の後を追った。


【地下】

サトコ
「こんなところに地下に続く階段があったなんて···」

後藤
密会が行われているのはVIPルームではなく、この地下か

ターゲットの男が向かったのは、従業員用の通路の奥。
そこから続く階段を下りて行った。

サトコ
「どうしましょうか?」

後藤
密会の場所が変わったことを各捜査員に伝達する

後藤さんがインカムで連絡を入れる。

後藤
···外にいる周さんによれば、外からも地下に繋がる階段があるらしい
外から捜査員を送り込み、ターゲットの男をこちらにあぶりだすそうだ

サトコ
「こちらに出てきたところを確保ですね!」

後藤
ああ。俺はこっちに、アンタはそこの柱の陰に隠れてくれ
相手が凶器を持っていれば、俺がそれを先に叩く。挟み撃ちで確保だ

サトコ
「はい!」

後藤さんの指示に従い、私は柱の陰に隠れる。
後藤さんも積まれた段ボールの後ろに姿を隠した。

後藤
こちらは配置についた。···ああ、作戦開始だ

インカムの連絡のあとすぐに、地下から騒ぎ声が聞こえてくる。

(作戦通り···)

男の声
「くそっ!サツか!」

(ターゲットの男の声!)

階段を駆け上がってくる足音に、私は後藤さんと視線を交わした。

後藤
そこまでだ!

サトコ
「大人しくしなさい!」


「ちっ!こっちのもいやがったか!」

男は私たち2人の姿を見つけると一瞬立ち止まった。

(凶器は持っていないみたい)

私たちが男の凶器を確認すると同時に、男も逃げ道を判断したようだった。
女の方が容易いと思ったのか、こちらに向かって走ってくる。

後藤
サトコ!

サトコ
「大丈夫です!」

(正面からぶつかったんじゃ、押し切られるかもしれない!)

逃げる男も本気だ。
私はあらかじめ目を付けていたモップに手を伸ばした。

サトコ
「逃がさない!」


「!?」

まずは男の足をモップで払う。


「ぐわっ!」

勢いがついていたこともあり、男の身体は派手に前に転がった。

サトコ
「面!」


「···っ!!」

尻もちをついた男の顔にモップを振り下ろすと、男が目を回した。

サトコ
「後藤さん!」

後藤
確保だ!

後藤さんが男の身体を押さえ、ターゲットの確保に成功した。


【会議室】

石神
ご苦労だった。要となる構成員を確保できたのは大きい

後藤
氷川の動きがあってこそです

石神
ああ。状況はインカムで把握している。よく逃がさずに捕えた

サトコ
「ありがとうございます!」

クラブでの一件のあと、報告のため私は後藤さんと共に石神教官の待つ警察庁へと向かった。

颯馬
今回は見事な連携でした。もう訓練生の動きではありませんね

石神
ターゲットの取り調べは明日から行う予定だ
今日は帰って休め

後藤
わかりました

サトコ
「はい!」

(報告を終えると、任務を達成したっていう実感が強く湧いてくる···)

鼓動はいつもより早くなったままで、まだ気持ちは落ち着いていない。

石神
事件が解決したわけではない。こんな時こそ、気を付けろ
こちらが動いた以上、向こうが反撃してくる可能性も充分に考えられる

サトコ
「は、はい!」

私の気の緩みを見透かすような石神教官に、私は背筋を正す。

後藤
では、これで

サトコ
「失礼します」

後藤さんと並んで頭を下げると、私たちは会議室をあとにした。

【車内】

後藤
···このまま俺の部屋に帰ってもいいか?

サトコ
「え?いいんですか?後藤さんも疲れてるのに···」

後藤
この程度で疲れはしない

確かにハンドルを握る後藤さんの横顔に疲れは見えない。

(連日潜入捜査や張り込みをするんだから、これくらいで後藤さんは疲れないか)

サトコ
「後藤さんがいいなら、ぜひ」

後藤
この時間なら、急な呼び出しがなければ、少しはゆっくり過ごせそうだ

まだ日付が変わる時間ではない。

(思いがけず、後藤さんと一緒に過ごせるなんて嬉しいな)

後藤さんの部屋に行くのは、警察官襲撃事件が起きた朝以来だった。


【後藤マンション】

(あれ···?今日は片付けなくていいほど部屋が綺麗···)

後藤さんの部屋に入ると、私が後藤さんと共に部屋を出たときのままの様子だった。

サトコ
「もしかして、あの日から帰ってないんですか!?」

後藤
ああ···捜査で忙しくて帰る暇もなかった
今夜は久しぶりに布団で寝れそうだ

後藤さんも部屋に帰ると気が緩んだのか、その顔から緊張が解けるのがわかった。

後藤
サボテンにも水をやらないとな

サトコ
「水、用意してきますね」

私はサボテンの水やり用の小さなジョウロに水を汲んでくる。

後藤
今のところ、枯らさずに済んでいてよかった

サトコ
「この分なら、花が咲くかもしれませんね!」

後藤
そうだといいが···サボテンより先に、アンタの方が花開いたな

サトコ
「え?」

後藤
本当に···成長した

サボテンへの水やりを終え、ソファに座った後藤さんが私を見つめる。

サトコ
「今日は後藤さんも合格点をくれますか?」

後藤
ああ。今じゃ裏口で入学したとは思えない

サトコ
「う···っ」

(意外なところで痛いところをついてくる!)

サトコ
「ちゃんと卒業試験に合格して、ケジメを付けたいと思ってます」

後藤
わずか2年の間で、よくここまで来れたと思う
努力もあるんだろうが、アンタには公安刑事の才能があったのかもしれないな

サトコ
「才能なんて···後藤さんの補佐官になれたおかげです」
「一番近くで、いろいろなことを勉強させてもらいました」

後藤
···教えられたか?俺はちゃんと···

サトコ
「はい!公安刑事としての在り方を誰より私に教えてくれたのは後藤さんです」
「後藤さんがいなかったら···きっと私は途中で挫折していたと思います」

(公安刑事になるきっかけと覚悟をくれたのは、後藤さんだったから···)

後藤
それは俺も同じだ

後藤さんの手が私の頬に触れる。

後藤
サトコがいなければ、刑事を辞めてた

サトコ
「それじゃあ···今、私たちが同じ場所に立っていられるのは、お互いのおかげってことですね」

後藤
そういうことだな

(お互いに支え合う···私は後藤さんとそんな関係になりたかった)
(公安刑事として···だけじゃない。恋人としても、ちゃんと成長できてるんだ)

そのことが嬉しくて、私も後藤さんに腕を伸ばす。

後藤
アンタとなら、これからどんなことがあっても乗り越えていけるような気がする

サトコ
「乗り越えていきましょう。絶対に!」

後藤
そうだな。そのために···

サトコ
「後藤さん···」

そのままソファに押し倒され、私は彼を見上げる。

後藤
アンタのこと、抱き締めさせてくれ

後藤さんの唇が首筋に落ちる。
まるで私を確かめるように、いつもより強い力で抱き締められて。

サトコ
「後藤さん···」

(私はちゃんと、ここにいます···)

言葉では伝えられないことを伝えるように彼の背中を抱き締めると、より強いキスが落とされる。

後藤
サトコ···

サトコ
「···っ」

時にはかすかな痛みを覚える口づけが降って来ても。
私は後藤さんを抱き締め続けていた。

to be continued



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