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ふたりの卒業編エピローグ 後藤1話



【後藤マンション】

卒業が決まり、あとは卒業式を待つだけという穏やかな時間のなか。
私は後藤さんの部屋で夕飯をいただくことになった。

後藤
本当は俺が料理を作れたら、よかったんだが···

サトコ
「こんなに豪華なお惣菜を用意してもらっただけで、充分です!」

テーブルにはデパ地下で買ってきた、レストラン並みの料理が並んでいる。

サトコ
「いいシャンパンまで···ありがとうございます」

後藤
アンタの卒業祝いなんだから、これくらい当然だ
本当に外で食べなくてよかったのか?

サトコ
「後藤さんとふたりきりでいられるのが、私には一番ですから」

買ってきたお惣菜はお皿に盛り付け直した。
冷えたシャンパンをグラスに注ぐと、それなりに記念日っぽくなる。

後藤
あらためて···卒業おめでとう

サトコ
「ありがとうございます」

軽くグラスを掲げて、微笑み合う。

(一番大切な人に、大切なことを祝ってもらえるのって、こんなに嬉しい事なんだ)

幸せを実感して、自然と頬も緩む。

サトコ
「ん···この真鯛のムニエル美味しい!」

後藤
この豚ヒレの野菜巻きも美味い···最近の惣菜は本当にレベルが高いな

サトコ
「こんなに美味しいものが売ってると、料理する意味を考えちゃいますね」

後藤
そうか?俺にいは、これが一番美味い

そう言って後藤さんが口を付けたのは、私が作った冷凍味噌玉のお味噌汁。
買ってきたお惣菜には合わないけれど、後藤さんがどうしても飲みたいと作ったものだ。

サトコ
「他の料理に合いますか?」

後藤
アンタの味噌汁は何にでも合う

(これだけ美味しいものがあるのに、私のお味噌汁が一番美味しいって···)

サトコ
「また作っておきますね。いつでもお味噌汁が飲めるように」

後藤
ああ。助かる

テレビでは夜のニュースが流れていて、地域のニュースのコーナーになった。

テレビ
『続いては、ゆるキャラの “コニにゃん” が初のソロコンサートを開きました』

(ゆるキャラの “コニにゃん” って···)
(後藤さんのお母さんが好きだって言ってた、ゆるキャラだ!)

以前後藤さんの実家を訪れた時に、後藤さんのお母さんとは連絡先を交換していた。
それから今でも、他愛のないメッセージのやりとりを楽しんでいる。

(後藤さんのお母さんに、あとで “コニにゃん” のコンサートの話をしてみよう)

後藤
寮を引き払う準備は進んでいるのか?

サトコ
「はい。もともと私物はそんなになかったので、荷物をまとめるのは簡単だったんですけど」
「肝心の引っ越し先が、まだ見つかっていなくて」

全寮制の公安学校。
卒業すれば、当然寮を出なければならない。

後藤
それなら、ここの近くにしたらどうだ?
俺の相棒になるなら、近くに住んでいた方が何かといい

( “相棒” って、後藤さん···)

私の気持ちを汲んで言ってくれる後藤さんに胸が熱くなる。

サトコ
「そうしたいです!」
「近くに住めば、一緒にいられる時間も増えるかもしれませんし」

後藤
本音を言えば一緒に住みたいが···配属されたばかりの頃は忙しいだろう
ひとりの方が気楽だと思う

サトコ
「はい。私も落ち着いてから一緒に住めたら嬉しいです」

後藤
この辺でいい物件がないか黒澤に聞いておく

サトコ
「黒澤さんに?」

後藤
あいつ、その手の情報には精通しているんだ

サトコ
「黒澤さんなら···って、納得できるところがスゴイですよね」

(今すぐは一緒に住めないけど)
(一緒に住むことも考えてくれたのが嬉しいな)


【寝室】

夕飯を終え、私たちはひとつのベッドに入った。
後藤さんが腕枕をしてくれると、戯れに私の髪で遊んでいる。

後藤
アンタとこうしてる時間が一番落ち着く

サトコ
「私もです···」

後藤
公安に入った時、心から安らげる時間なんて、もうないと思っていたんだが
アンタのおかげで、こんな時間を持てるようになった

後藤さんの穏やかな鼓動が伝わってくると、私の鼓動も同じペースで脈打ってくる。

(仕事の時は、いつも厳しい顔をしている後藤さん···)
(そんな後藤さんのこんな顔を見られるのは、今だけなのかも)

優しげな微笑みをじっと見つめる。

(恋人の特権···かな)

嬉しさが胸から溢れ、私はもう少し彼に身を寄せた。

後藤
卒業式の答辞で話すことは決まったのか?

サトコ
「いろいろ考えてるんですけど、まだ決まってないです」
「私が卒業生代表に選ばれるなんて思ってなかったので」

後藤
名誉なことじゃないか

ふっと笑う後藤さんを私は腕の中から見上げる。

サトコ
「卒業生代表って、教官たちが決めたんですよね?」

後藤
ああ。確か、今回は東雲が···

サトコ
「東雲教官が···最後の最後まで、試されている気がします···」

(絶対に下手なことは言えない!)

後藤
アンタの素直な気持ちを伝えれば大丈夫だ

サトコ
「後藤さん···」

後藤
言葉を飾る必要はない。この二年間でアンタが感じたことや培ったことを言えばいい

サトコ
「はい!」

(この二年で培ったこと···か。本当にいろいろあったなぁ)

後藤さんの背中に憧れ、刑事を目指した日が随分と昔に思える。
ひょんなことから公安刑事の道に入ったけれど。
後藤さんと出会って、本気で公安刑事になりたいと思うようになった。

(こうして考えると、私のこの二年は後藤さんと共にあった気がする)

サトコ
「後藤さん、私の二年は···」

後藤
······

サトコ
「後藤さん?」

規則正しい呼吸が聞こえてきて後藤さんを見上げると。

後藤
······

(寝てる···)

鋭い目が印象的な後藤さんが目を閉じると、雰囲気が変わる。
その頬に触れてみると、幸せな気持ちがこみ上げてきた。

(こうしてる時間が一番落ち着くって言ってくれたけど···本当なんだ)

サトコ
「おやすみなさい。後藤さん」

温かな気持ちに満たされたまま、私も後藤さんに寄り添って眠りについた。

翌朝、私は後藤さんと朝食を食べていた。

(このあと私が先に出るけど···もし二人で暮らしたら、こんな朝が日常になるのかな)

昨日、後藤さんから二人で一緒に暮らしたら···と言われてから。
ふとした瞬間に、その生活を想像するようになった。

後藤
昨日は先に寝て悪かった

サトコ
「いえ、私もすぐに寝ましたから。後藤さん、疲れてたんですよ」

後藤
そんなつもりはなかったんだが···やっぱり、アンタは最高の抱き枕なのかもしれない

サトコ
「ふふ、後藤さんの抱き枕なら大歓迎です」

朝のニュースを観ようと後藤さんがテレビをつけると。
『イマドキ・カップル大特集!』というテロップが見えた。

(今時のカップルか···)

テレビ
『今回の調査で、大変なことが判明しました!』
『名前で呼び合わないカップルの破局率は、なんと86%にも及ぶのです!』

サトコ
「え!86%!?」

後藤
何人に統計を取ったのかも、わからない話だろ

テレビに食いついた私とは反対に、後藤さんは冷めた声で答える。

サトコ
「でも、86%って、かなりの数字じゃないですか?」

後藤
呼び方なんて大した問題じゃない

(まあ、確かに呼び方がすごく大事かっていうと、そうじゃなくて)
(名前で呼べるような距離かどうかってことが大切なんだよね)

後藤さんが違うニュースに変えると、今度は山口県の特産品の話題がやっていた。

後藤
そうだ···近々実家に帰ろうと思ってるんだ

サトコ
「何かあったんですか?」

後藤
この間、親父が見合いの話を持って来てな

サトコ
「お見合い!?」

後藤
断ったから、安心してくれ
ただ、付き合ってる人がいるからと言ったら、連れて来いと言われて···

後藤さんが少し申し訳なさそうな顔で私を見る。

後藤
勝手に話してしまって、悪い
アンタさえよかったら、都合のつく時に一緒に来てもらえるか?

サトコ
「はい!喜んで!」

(前に後藤さんの実家にうかがった時は、部下としてだったし···)

サトコ
「あ···後藤さんのお母さんは、何か言ってましたか?」

後藤
『やっぱり』の一言で、大喜びしてるそうだ

サトコ
「そうですか···」

(後藤さんのお母さんには、ずっと言いたいと思ってたからよかった)
(あとは···後藤さんのお父さんに会うのは初めてだから、しっかりしないと!)

サトコ
「あの···後藤さんのお父さんって、どんな方なんですか?」

後藤
そうだな···

ピザトーストをかじりながら、後藤さんが考える顔を見せる。

後藤
上手くは言えないが、俺は親父に似てるらしい

サトコ
「後藤さん似のお父さん···」

目の前の後藤さんが歳をとった姿を想像してみる。

(恰好いい!)

そう思うと同時に厳しそうな印象も持つ。

(緊張するけど、どんな方かお会いするのが楽しみだな)

サトコ
「卒業式の前にある連休に帰るのは、どうですか?」

後藤
そうだな。その辺りにするか···

具体的な帰省の話をしながら、私はその日を心待ちにしていた。


【ショップ】

そして、後藤さんの実家に帰省する日がやってきた。
私たちは新幹線の時間より早めに出て、駅のショップでお土産を買うことにする。

サトコ
「何がいいでしょうか···」

後藤
 “東京ばにゃも” でいいんじゃないか?

サトコ
「それもいいですけど、たまには違ったものも持って行きたいですよね」

季節限定の “東京ばにゃも” を確保しつつ、他のお土産も見てみる。
すると、視界の隅に呑気で可愛い顔が入ってきた。

サトコ
「あ、“コニにゃん” !」

( “コニにゃん” のコーナーができるほど、メジャーになってきたんだ)

後藤
このキャラ、この間ニュースにも出てたよな。人気なのか?

サトコ
「最近人気が出てきた、ゆるキャラだと思います」
「でもメジャーになる前から、後藤さんのお母さんは好きなんですよ」

後藤
そうなのか?

初耳なのか、後藤さんがその目を丸くする。

サトコ
「はい。商店街のイベントに出るような地道な活動をしている頃からファンみたいです」

後藤
アンタは俺より、おふくろのことに詳しそうだな

サトコ
「後藤さんのお母さんは、後藤さんともメッセージのやりとりしたがってましたよ」

後藤
俺はいい···一方的におふくろのメッセージで埋まるのが目に見えてる

想像したのか、後藤さんが遠い目をする。

(その可能性は大いにあるかも···)

サトコ
「 “コニにゃん” グッズもお土産に買って行っていいですか?」

後藤
ああ。そこまで好きだって言うなら、喜ぶだろう

サトコ
「この墨絵の “コニにゃん” の夫婦湯呑素敵!」

後藤
壱誠には、このTシャツにするか···

後藤さんは弟の壱誠くんのお土産を見ている。

サトコ
「ワンポイントでさりげないところがいいですね」

後藤
ああ。壱誠も大学に入ったからな。万年筆にするのもいいか···

いつの間にか後藤さんは真剣な顔で家族へのお土産を選んでいる。

サトコ
「家族全員で使えるお箸のセットもありますよ」

後藤
いいな、それ

(後藤さんって、家族思いなんだな)

日頃は見られない後藤さんの一面を知って、私は胸が温かくなるのを感じた。


【新幹線】

“東京ばにゃも” と “コニにゃん” グッズを買い、私たちは新幹線のホームへと向かう。

後藤
駅弁買っておくか?

サトコ
「そうですね。この時間なら、新幹線の中でお昼ですね」

二人で駅弁の棚に行くと、思ったよりも多くの種類の駅弁が並んでいる。

サトコ
「こんなにあるんですね」

後藤
東京名物から、新幹線で行ける各地の名物駅弁か···
どれも美味そうだな

サトコ
「私はコレにします!」

近くにあるハンバーグ弁当を手に取る。

後藤
早いな。前から食べたい駅弁でもあったのか?

サトコ
「食べたいっていうか···この蒸気で温まるジェット弁当に興味があって」

後藤
ああ···下の紐を引っ張ると、温まるってヤツか

サトコ
「はい。一度コレ、やってみたかったんですよね」

後藤
じゃあ、俺も同じものにする

サトコ
「ほんとにいいんですか?それで」

後藤
アンタが隣で温かい弁当を食べてたら、羨ましくなるかもしれないだろ?

冗談めかして笑う後藤さんに、私も微笑む。

(二人でお弁当が熱々になるのを待つさまって···何かいいな)

そう思いながらも、私は後藤さんの弱点が気になった。

サトコ
「でも···大丈夫なんですか?熱々のお弁当···」

後藤
十分に冷ましてから食う

サトコ
「それなら、最初から冷めてるお弁当でも···」

後藤
アンタと一緒に弁当が熱くなるところを見たいんだ

サトコ
「後藤さん···」

(小さなことでも一緒に楽しめるって大切なことだよね)
(結婚したら、こんなふうに何度も帰省するのかな···)

幸せすぎる···と思いながらも、気が早いと首を振る。

後藤
どうした?

サトコ
「い、いえ!お茶も買って行かないとと思って!」

後藤
そうだな

二人で選んだ、お土産と駅弁とお茶を持って。
私たちは山口を目指して出発した。

to be continued



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