【後藤 実家】
新幹線で山口に到着し、そこからバスを乗り継いでいくこと数十分。
後藤
「···覚悟はいいか?」
サトコ
「ふふ、どうしたんですか?そんな言い方をして」
後藤
「いや、アンタを連れて帰ったとなれば、おふくろのテンションが···」
お母さんの出迎えを想像したのか······
後藤さんが玄関のドアを見つめて眉間にシワを刻んだ、その時、
後藤母
「誠ちゃん、サトコちゃん、いらっしゃい!待ってたのよ!」
後藤
「おふくろ!?」
サトコ
「は、春花さん!」
メッセージのやりとりで、後藤さんのお母さんからは名前で呼ぶようにお願いされている。
実際に口にするのは初めてだけれど、後藤さんのお母さんは嬉しそうな顔を見せた。
後藤母
「ふふ、新婚夫婦が帰ってきたって感じね~」
後藤
「それより、どうして帰ってきたのがわかったんだ?」
「まだインターフォンも鳴らしてないだろ···」
後藤母
「門が開く音で、そうじゃないかって思ったのよ」
???
「朝から首を長くして待っていたからな」
後藤さんのお母さんの後ろから聞こえてきたのは渋い低音。
(こ、この声は···!)
後藤父
「誠二、よく帰ったな」
後藤
「ああ、ただいま」
(この方が、後藤さんのお父さん!後藤さんに似てる!)
想像通り後藤さんが歳を重ねた感じで、その分威厳も感じる。
後藤父
「あなたがサトコさんですか」
サトコ
「は、はい!初めまして!氷川サトコと申します」
後藤父
「誠二の父で、後藤真一です」
後藤母
「やだ、パパったら堅苦しい挨拶はナシよ」
「真ちゃんって呼んでもらったら?」
後藤父
「いや、それは···」
サトコ
「さ、さすがに恐れ多いです···!!」
後藤
「···立ち話じゃなくて、中に入ってもいいか?」
後藤父
「ああ。サトコさん、失礼しました」
サトコ
「いえ···!」
後藤母
「あら、私ったら、ごめんなさい!さあ、入って、入って!」
後藤さんのお母さんに促されて中に入ろうとすると、今度は壱誠くんが玄関に顔を見せた。
壱誠
「兄貴···」
(わ、少し見ない間に大きくなったなぁ!)
サトコ
「こんにちは、壱誠くん」
壱誠
「···どーも」
後藤母
「こら、いっちゃん!もっとちゃんとご挨拶しなさい!」
壱誠
「······」
壱誠くんはご両親を一瞥して、家の中へ戻ってしまった。
後藤母
「もう、遅れた反抗期かしら···」
後藤父
「すみません、サトコさん」
サトコ
「気にしないでください。何か、こういうのって気恥ずかしいものですよね」
後藤母
「そうよね!何と言っても、誠ちゃんが初めて彼女を連れてきたんだから!」
サトコ
「え、初めてなんですか!?」
(それって、ちょっと嬉しいかも)
後藤
「近所に聞こえるような、デカイ声で言うな!」
後藤父
「母さんは基本的に声がデカイからな···」
後藤母
「ボソボソしゃべるより、ずっといいじゃない」
(ふふ、賑やかなご家族だなぁ)
その姿は間違いなく、幸せな家族の背中で。
微笑みながら、私も後藤さんのあとに続いた。
【リビング】
その日の夜。
後藤さんのご両親が、私の歓迎パーティーを開いてくれた。
後藤母
「本当はフランス料理のフルコースとか用意したかったんだけど···」
「平凡な家庭料理で、ごめんなさいね」
サトコ
「いえ!こんなにご馳走を作ってもらえて嬉しいです!」
テーブルに並ぶのは、山口の郷土料理を初めとするご馳走の数々。
後藤
「作り過ぎじゃないか?」
後藤母
「男が3人もいるんだから、これくらい軽いでしょ」
サトコ
「私もたくさんいただきます!」
後藤母
「サトコちゃんの大好きなギョウザもいっぱい作ったから、たくさん食べてね!」
サトコ
「はい!」
後藤父
「乾杯···の前に、壱誠はどうした?」
後藤母
「本屋に行くって言ったまま戻らないのよ。メッセージは読んでるみたいなんだけど···」
後藤父
「待っていても料理が冷めてしまうか···先に始めよう」
後藤さんのお父さんが瓶ビールを開けてグラスに注いでくれる。
それぞれにグラスが渡ると、後藤さんが小さく咳払いをした。
後藤
「···あらためて紹介する」
「氷川サトコさん···今、付き合ってる女性だ」
「俺にとって一番大切な人だ」
(後藤さん···)
少しの照れ臭さはあるけれど。
ご両親に真摯に伝えてくれる姿に胸を打たれる。
後藤母
「サトコちゃん」
サトコ
「は、はい」
後藤母
「こんなふつつかな息子だけど、よろしくね」
後藤父
「よろしくお願いします」
サトコ
「そ、そんな!頭を上げてください!」
揃って頭を下げられ、私の方が慌ててしまう。
サトコ
「刑事としても、恋人としても至らないことばかりですが···」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
勢いよく頭を下げると、危うくテーブルに頭をぶつけてしまいそうになった。
後藤
「大丈夫か?」
サトコ
「は、はい。ギリギリ···」
後藤
「俺以外頭を下げてるってのも妙な光景だ。乾杯しないか?」
後藤母
「そうね。乾杯!」
後藤父
「おい、母さん···こういうのは、私の役目じゃないか?」
後藤母
「あら、そうだった」
「でもいいじゃない、ね?」
後藤
「仕方ないな···乾杯」
後藤父
「乾杯」
サトコ
「乾杯!」
皆でグラスを掲げ、楽しい雰囲気で食事が始まる。
後藤父
「庭にある盆栽がいい形になったんだ。ぜひ、見て行ってください」
サトコ
「はい!」
後藤母
「ジジむさい趣味だと思うでしょ?」
「でも、パパは若い頃から盆栽が趣味なのよ」
サトコ
「後藤さんもサボテンを育てているので、そういうのって似るんですね」
私がそう言うと、“後藤さん” という言葉に、お父さんとお母さんが反応して、
こちらに顔を向けた。
(あ···ややこしかったかな···)
後藤母
「ここにいるのは、皆 “後藤さん” なのよね」
「恋人なんだから、名前で呼んだら?」
サトコ
「それは、その···」
(卒業したら名前で呼ぶとか呼ばないとか、話したことはあるけど)
( “誠二さん” って···)
考えるだけで、頬が熱くなるのを感じる。
後藤
「現場では上司と部下になるんだ。そう簡単にはいかない」
後藤母
「じゃあ、ずっと苗字で呼び続けるの?」
「結婚したら、同じ苗字になるのよ?」
サトコ
「け、結婚って···!」
後藤父
「それぞれのペースがあるんだ。外野が口を出すことじゃないだろう」
後藤
「親父の言う通りだ」
後藤母
「いいわよ、別に。私は春花さんって呼んでもらってるから♪」
お酒が入ってますます賑やかになると、ガチャッと玄関の開く音が聞こえた。
(壱誠くんかな)
壱誠
「······」
程なく壱誠くんがリビングの戸口を通りがかる。
後藤母
「いっちゃん、ただいまは?」
壱誠
「···ただいま」
後藤母
「夕飯できてるわよ。早く手を洗ってきなさい」
壱誠
「飯なら、食べてきたからいい」
後藤母
「食べてきたって···今日はサトコちゃんの歓迎会をやるって言ったでしょ」
壱誠
「兄貴の彼女の歓迎会って、俺はいなくてもいいだろ」
後藤母
「こういうことは家族全員で···」
「あ、待ちなさい!いっちゃん!」
お母さんの話を聞かず、壱誠くんは2階に行ってしまう。
後藤母
「ごめんなさい。サトコちゃん」
サトコ
「いえ···」
後藤母
「最近、ずっとこんな感じなのよね。いっちゃん」
後藤父
「まあ、環境が変わって、いろいろ思うところもあるんだろう」
後藤
「大学生にもなって反抗期か···」
「まだまだ子供だな」
(確かに、前に会った時はもっと素直な感じだったよね)
(大学に入って、いろいろあるのかな)
後藤母
「早くいっちゃんも、誠ちゃんみたいにしっかりしてくれるといいんだけど」
後藤父
「片付けは壱誠の方が上手い」
後藤母
「それはそうなんだけどね」
後藤
「そこ、比較するところか···?」
2階の壱誠くんが少し気になったものの。
楽しい夕食の時間は、あっという間に過ぎていった。
後藤さんの部屋はお母さんの荷物部屋になったらしく、客間を用意してもらった。
(お風呂、気持ちよかったな。春花さんのオススメのバスソルトもいい香りだったし)
(春花さんにお礼言いたいな)
ホカホカの身体でリビングに向かうと、そこには背の高い二人が見える。
壱誠
「兄貴が、そんなに偉いのかよ」
後藤
「そういう話をしているわけじゃない」
「ただ、お前も大学生になったんだから、子供じみた反抗は控えたらどうだ」
壱誠
「たまにしか帰ってこねぇくせに、兄貴面すんなよ」
ふいっと顔を背け、壱誠くんは階段に行ってしまった。
サトコ
「あの···」
後藤
「サトコ···見てたのか?」
サトコ
「すみません。春花さんいらっしゃるかなと思って来てしまいました···」
後藤
「いや、こっちこそ、つまらないものを見せて悪かった」
「···とりあえず、部屋に行こう」
サトコ
「はい」
2階の部屋のドアが閉まる音を聞きながら、私は客間に向かった。
【客間】
サトコ
「壱誠くん、大丈夫ですか?」
「以前に会った時は、もっと落ち着いてた気がするんですけど···」
後藤
「親父の話によれば、大学に入ったものの、その先の進路で悩んでるらしい」
「本当にやりたい仕事は何か···ってな」
サトコ
「なるほど···確かに、大学受験が終わったあとって気が抜けちゃいますよね」
(私も、あの頃は将来のこと漠然としてたっけ)
後藤
「まあ、追々落ち着いていくだろう」
サトコ
「そうですね。就職活動までは、まだ間がありますし」
後藤
「ああ。壱誠の話は、もう終わりでいいか?」
サトコ
「え?」
後藤さんの手が私の肩にかかり、軽く抱き寄せられる。
後藤
「騒がしい一日だったな」
サトコ
「とっても楽しかったです」
後藤
「アンタがそう言ってくれるのは有り難いが···俺は少し二人の時間も欲しかった」
耳元でささやかれると、ドキッとする。
サトコ
「あ、あの···でも、ここは···」
後藤
「わかってる」
後藤さんは私の額に触れるだけのキスをすると、
軽く腕に抱いたまま敷かれた布団に横になった。
後藤
「今日はこれで我慢しておく」
「今日はアンタが寝るまで起きてる。疲れただろう。ゆっくり休んでくれ」
サトコ
「はい···」
後藤さんの手が優しく私の髪を梳き、その感触が心地よくて。
(私も後藤さんと、こんなふうに幸せな家庭を···)
淡い夢を抱きながら、私はそのまま眠りに落ちた。
翌日の午前中。
後藤母
「もう帰っちゃうなんて、寂しいわ」
後藤父
「またぜひ来てください」
サトコ
「ありがとうございます」
後藤母
「次は、もっと幸せな報告待ってるわね♪」
後藤
「行こう、サトコ」
サトコ
「はい。本当にお世話になりました」
後藤母
「 “コニにゃん” の夫婦湯呑み、さっそく使わせてもらうわね」
サトコ
「また新しい “コニにゃん” 情報が入ったら、お知らせします!」
後藤父
「誠二、身体に気を付けてな」
後藤
「ああ。今はサトコがいてくれるから大丈夫だ」
後藤父
「そうか」
後藤さんの仕事の都合で、今日の夜には東京に戻らなければならない。
(本当に素敵なご両親だったな)
振り返って別れを何度も惜しみながら、私たちは後藤さんの実家をあとにした。
【コンビニ】
近くのバス停までの道を手を繋ぎながら歩く。
後藤
「バスの時間まで、少し間がありそうだな」
サトコ
「それだったら、あそこのコンビニでお茶を···」
バス停に続く道の途中でコンビニを見つけ、足を止める。
すると、そこの駐車場に知った顔を見つけた。
(ん?あれって···)
サトコ
「壱誠くん···?」
後藤
「あいつ、あんなところで何をしてるんだ?」
ガラの悪い若者数人の前に壱誠くんは立っていた。
後藤
「···あんなヤツらとつるんでるのか」
後藤さんの目に厳しいものが宿る。
ツカツカと近づく後藤さんについて行きながら、私はその肩に手を置いた。
サトコ
「待ってください。何か様子が変ですよ」
後藤
「そう言われれば···」
壱誠くんはガラの悪い若者たちに何かを言っている。
その表情は厳しい。
壱誠
「お前らが万引きしたの、見てんだよ。店に返して謝るか、警察に行け」
若者A
「はあ!?証拠でもあんのかよ!」
若者B
「イチャもんつけると、タダじゃおかねーぞ!」
壱誠
「コンビニの中には防犯カメラがつけられてる」
「証拠だったら、簡単に見つかるんじゃないか?」
万引きをしたらしい若者たち相手に、壱誠くんは冷静に答えていた。
(···こういうところは後藤さんに似てるかも)
後藤
「そういうことか···」
サトコ
「万引き犯を捕まえたみたいですね」
壱誠
「さっさと決めろ」
若者A
「うるせぇ!つまんねーことガタガタ言うんじゃねぇ!」
ガラの悪い若者たちが壱誠くんに殴りかかろうとした時。
後藤
「警察に用があるなら、俺が対応してやろうか?」
若者たち
「!?」
壱誠
「兄貴···」
若者たちの拳を片手で受け止め、壱誠くんの前に立ったのは後藤さんだった。
若者A
「お、お前、何なんだよ!」
後藤
「刑事だ」
後藤さんが警察手帳を見せると、若者たちの顔色が変わった。
サトコ
「さ、お店の人に謝りに行きましょうか」
若者たち
「!?」
私も同様に警察手帳を見せると、若者グループをコンビニの中へと連れて行く。
後藤
「あとは所轄の警官に任せよう」
サトコ
「はい。壱誠くん、お手柄だったね!」
壱誠
「別に···」
壱誠くんは、これまでと同じように後藤さんから顔を背ける。
後藤
「···本当にしなければいけないことには、自然と身体が動くものだ」
「今は悩むことがあるかもしれないが、自ずと答えが出る日が来るんじゃないか?」
壱誠
「気楽な事言ってんなよ!何かと兄貴と比べられる俺の気持ちがわかるのかよ!」
サトコ
「壱誠くん···」
壱誠
「どこに行っても、『お兄ちゃんは立派』『お兄ちゃんみたいになれるといい』って···」
「そう言われる俺の身にもなってみろ!」
壱誠くんが後藤さんの目を見て気持ちをぶつける。
(そっか···壱誠くんは、お兄ちゃんと比べられることが重荷で嫌だったんだ···)
進路に悩んでいる時は、周囲からの期待の声は雑音にしかならないだろう。
サトコ
「壱誠くんには、壱誠くんにしか進めない道があるんじゃないでしょうか」
後藤
「サトコ?」
壱誠
「あんた···」
サトコ
「私も今でこそ目標にする場所が見つかったけど···」
「それまでは、いろいろ悩むこともあって」
「でも、迷いながらでも自分が信じた道を突き進めば···」
「それが自分の生き方になる気がするんです」
公安学校に裏口で入学した時は、どうしようかと思ったけれど。
迷いながらでも、何とか自分の道を見つけられた。
壱誠
「俺の信じた道···」
後藤
「とりあえず、お前はお前のやりたいことをやってみろ」
サトコ
「そうですよ!失敗しても、一度や二度なら大丈夫だと思います!」
後藤
「アンタが言うと、信ぴょう性があるな」
サトコ
「え?あ···はは···」
壱誠
「······」
後藤
「まだ学生なんだ。焦るな」
後藤さんは壱誠くんの頭にぽんっと手を置く。
俯いた壱誠くんがかすかに頷いてくれたような気がした。
【新幹線】
サトコ
「壱誠くんのこと、気になりますね」
後藤
「あとはアイツ自身の問題だ。大人じゃないけど、子どもでもない」
「ああやって悶々と悩む時間も大事だろう」
サトコ
「そうですね···」
遠ざかる山口の風景を眺めながら、私はコンビニで別れてた壱誠くんのことを考える。
(万引きを止められる勇気のある子なんだし···)
(後藤さんの弟なんだから、大丈夫だよね!)
後藤
「···そういえば、壱誠のことは名前で呼んでるんだな」
サトコ
「え?そうですね··· “後藤くん” って呼ぶわけにもいかないので···」
「馴れ馴れしかったですか?」
後藤
「いや、別にそんなことはない」
(後藤さん?)
後藤
「車内販売がくるな。何か食べるか?」
サトコ
「アイスがあったら食べたいです!」
話題はそこで切り上げられ、
私たちは冷たいバニラアイスを食べながら帰りの時間を楽しんだ。
to be continued