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オレの帰る家(ばしょ) 東雲1話



【カフェテラス】

それは連休前のある日のこと。

鳴子
「はぁぁ···」

サトコ
「どうしたの?」

鳴子
「今度の連休、大学の同級生の結婚式なんだよねー」
「しかも、同じ日に連チャンで」

サトコ
「うわぁ、それは大変だね」

鳴子
「でしょ。もうさ、結婚ラッシュすぎるよ!」
「こっちはそんな気配なんて微塵もないのに」

千葉
「仕方ないよ。今は仕事が忙しいわけだしさ」

鳴子
「······」

千葉
「な、なに?ジーッと見たりして」

鳴子
「千葉くんってさー、結婚したら奥さんの尻に敷かれるタイプだよね」

サトコ
「あっ、分かる分かる!」
「セールで荷物持ちとかしてあげてそうだよね」

千葉
「そ、そんなことないって!」
「俺だって、こう見えてけっこう亭主関白なところが···」

???
「へぇ、千葉って亭主関白なんだ」

(この声は···)

東雲
なんか意外ー
どっちかっていうと、頭の良さそうな年上の美人に引っかかって
年がら年中、尻に敷かれてそうだけど

鳴子
「あ、莉子さんみたいなタイプですか?」

東雲
そうそう。間違ってもさー
年下でおっちょこちょいの、根性しか取り柄がないような子と
結婚とかはあり得なさそうだよねー

(なんか教官、こっちを見て言ってるような···)

千葉
「そ、そんなことはないですよ」
「どちらかというと、俺、そういう子の方が···」

東雲
ところで君たち、今度の連休はどうするの?
クラスで予定が入ってたりするわけ?

鳴子
「いえ、特には···」
「私は、友だちの結婚式で丸一日潰れますし」

千葉
「俺も同期と飲み会が···」

東雲
ああ···千葉は連休の2日目を空けておいた方がいいと思うよ
颯馬さんが呼び出そうとしていたから

千葉
「えっ···」

東雲
大変だね、颯馬さんのお気に入りも

千葉
「お、お気に入りだなんてそんなことは···」

(千葉さん、さっきからすごい汗かいてる···大丈夫かな···)

東雲
で、氷川さんは?

サトコ
「私ですか?特に何もないので···」

<選択してください>

A:部屋の片付けでも···

サトコ
「部屋の片付けでもしようかなと」

(そして、できれば教官とデートを!)

東雲
へぇ、意外と家庭的だね

サトコ
「そうですか?」
「でも、それ以外は特に予定がないんで!」

(できればデートを!)
(デートを!)

東雲
···なんかこの辺、暑苦しくない?

鳴子
「あ、言われてみれば···」

(うっ···伝わってないっぽい···)

B:筋トレでも···

サトコ
「筋トレでもしようかなと···」

東雲
それはいい心がけだね
そうすれば、少しは二の腕も引き締まるんじゃない?
今は羽二重餅みたいだし

(ひど···っ!)

鳴子
「あっ、でも···」
「女の子の二の腕の柔らかさって、胸の柔らかさと同じらしいですよ」

千葉
「えっ···」

東雲
ああ···そういう俗説あるよね

千葉
「そ···そうですか···俺は初耳ですけど···」
「羽二重餅···」

東雲
···千葉、なんか言った?

千葉
「い、いえ!俺は何も···!」

C:できればデート···

サトコ
「できればデート···」

鳴子
「えっ、誰と?」

(しまった!つい声に···)

サトコ
「ち、違···っ」
「今のはあくまで『願望』で···」

千葉
「えっ···じゃあ、もし俺が誘···」

東雲
ああ、そう言えば···
颯馬さん、1日目も3日目も千葉に用事を頼むつもりだったかも

千葉
「えっ···さっきは2日目だけって···」

東雲
悪い、オレの記憶違いだったみたい
1日目も2日目も3日目も···
ていうか1週間くらい用事があるらしいよ

千葉
「そ、そう···ですか···」

(千葉さん、またものすごい汗が···!)

鳴子
「ところで、東雲教官のご予定はどうなんですか?」

東雲
ああ、オレはね···
旅行に行く予定

(えっ)

東雲
もちろん泊りがけで

(ええっ!?)
(そんなの、初耳なんですけどーっ!)


【個別教官室】

(今度の連休に旅行···しかも泊りがけで···)

東雲
なに、ジッと見て

サトコ
「···い、いえ」

(誘ってもらえないってことは···一人旅?)
(でも、これからお誘いってことも···)

東雲
ああ、そう言えば···

サトコ
「はぃぃいっ!」

東雲
この資料、倉庫に戻してきて

ドサッ!

東雲
こっちはモニタールームに

ドサドサッ!

東雲
あと、この書類はシュレッダー行き

ドサドサドサッ!

東雲
じゃ、あとはよろしく

サトコ
「······」

【廊下】

重たい台車を押しながら、私はこっそりため息をついた。

(それはほぼ確定だよね)
(今度の連休···教官は旅行、私は何も予定ナシ)

サトコ
「はぁぁ···」

2度目の溜息をついていると、スマホがブルルと震えた。

(誰からかな···)
(あっ、ユキちゃんだ!)
(懐かしいな。結婚してから全然連絡···)

サトコ
「えっ···赤ちゃん?」

(うわ、いつの間に!?)

サトコ
「ええと、まずは『おめでとう』···っと···」

(そっか···赤ちゃんかぁ···)
(きっと、ユキちゃんならいいママになるだろうなぁ)
(高校生の頃から子ども好きだったし、家庭的だったし···)

お祝いのメールを送信して、私は再び台車を押し始めた。

(それにしても、結婚かぁ···私にはまだまだ先の話だなぁ)
(でも、もしこのまま教官とお付き合いできたら···)
(いつか、私も教官と甘い結婚生活を···)

そのまましばらくお待ちください···
そのまましばらくお待ちください······
そのまま······

(···あれ?なにも浮かばない?)
(ヘンだな。いつもなら好きなだけ妄想できるのに···)

莉子
「サトコちゃん?」

サトコ
「あ、莉子さん!おつかれさまです!」

莉子
「おつかれさま」
「どうしたの、変な顔して」

サトコ
「えっ···い、いえ、特に何も···」

莉子
「あら、そんなふうには見えなかったわ」
「どうしたの、白状なさい」

サトコ
「え、ええと···なんていうか、その···妄そ···」
「じゃなくて、想像してみたいことがあったんですけど」
「それが、うまくできなかったっていうか···」

莉子
「あら、何を想像しようとしていたの?」

サトコ
「実はですね···『未来の幸せそうな自分』···みたいな···」

莉子
「······」

サトコ
「あ、べつに幸せな結婚生活とかじゃないですよ!」
「あくまで、幸せな未来の私を···」

莉子
「想像しようとして、できなかったのね?」

サトコ
「はい、まぁ···」

莉子
「それは困ったわね」
「脳が、幸せな未来を拒否しているのかしら」

(拒否!?)

莉子
「ふふ、大丈夫、よくあることよ」
「現実がシビアすぎると、幸せな想像ってしにくいもの」
「つまり、幸せな未来を想像するには···」
「まずは現実で幸せになる必要があるってことね」

(そ、そうなんだ···)


【個別教官室】

サトコ
「おつかれさまです···」
「資料返却と書類の破棄、すべて終わりました」

東雲
あっそう。お疲れ

資料から顔を上げない教官を見て、私は今日3度目のため息をついた。

(確かに、今の状況から甘い結婚生活って想像できないよね···)
(むしろ、こういう結婚生活の方が···)

東雲
ただいまー

サトコ
「おかえりなさい、ア・ナ···」
「ぶはっ!」
「な、なんですか!この袋···」

東雲
洗濯物。今日中に全部洗っておいて

サトコ
「ええっ···」

東雲
あと、この書類、図書館に返しておいて
夕飯はパンケーキにして
スーツはクリーニングでプレミアム仕上げにしておいて

サトコ
「ちょ···待ってください!」
「そんな一気に言われても···」

(···怖っ!)
(こういう想像ならいくらでもできるんですけど!)

東雲
···なに震えてんの?

サトコ
「い、いえ···」
「それより、他にご用件は···」

東雲
特になし

(···やっぱり)

サトコ
「わかりました。それじゃ、失礼しま···」

東雲
ああ、それと

ふいに、教官が何かを思いだしたかのように顔を上げた。

東雲
今度の連休、よろしくね

(え···)

東雲
ひとまず朝7時に駅に集合
2泊するから着替えを持って来て

サトコ
「······」

東雲
それと宿泊先にはアメニティやタオルがないかもだから···
一応全部そろえて···

サトコ
「教官ーっ!」

東雲
ちょ···
なに、抱きついて···

サトコ
「ありがとうございます!」
「好きです!大好きです!」

東雲
え、キモ···

サトコ
「キモくてもいいです!ありがとうございます!」

東雲
···バカ
喜びすぎ

サトコ
「だって、教官···いきなり『連休は旅行』とか言いだして···」
「でも私、なにも聞いてなくて···」
「だから、今回は一緒に過ごせないんだな···って···」

東雲
そんなわけないじゃん。一人旅とか興味ないし
そもそも他にいないし。誘いたい相手なんて

(教官···)

東雲
まあ、でもキミがダメなら、透でも誘って···

サトコ
「ダメです!私が行きます!」

東雲
そう。じゃあ···
行き先はどこでもいいよね

サトコ
「もちろんです!」

東雲
まさか、現地についてから文句なんて···

サトコ
「言うわけないじゃないですか!」

東雲
そう···よかった
それじゃ、当日よろしくね

サトコ
「はい!楽しみにしています!」

(どうしよう···教官と2人きりで旅行なんて)
(しかも、まさかの泊りがけ···)

サトコ
「ん?」

(泊りがけ···ってことは···)
(今度こそ、ついに『お泊り解禁』···)

サトコ
「えええっ!?」


【駅】

そんなわけで連休初日。

東雲
おはよう。もう来てたんだ

サトコ
「おはようございます···」

東雲
···なに、その目の下のクマ

サトコ
「すみません···ちょっと寝不足気味で···」

(どうしよう···なんかヘンに緊張して来ちゃったよ)
(べ、別にお泊まりなんて初めてじゃないけど!)
(付き合い始めの頃に、何度か泊めてもらったし、この前だって···)

東雲
ああ、そうだ。オレ、切符買ってくるけど···
キミは、駅弁買ってきて
特急列車の中で食べるから

サトコ
「···分かりました」

(駅弁かぁ、何種類かあるみたいだけど···)
(どれにしようかな)

【列車】

15分後···
予定通りの列車の中で、私は切符に印字された駅名をまじまじと見た。

サトコ
「この駅名···聞いたことがないんですけど」
「どこにあるんですか?」

東雲
山梨県

サトコ
「そうですか、山梨···」

(どんなところなのかな。検索してみようかな)
(でも、着いてからのお楽しみにしたい気も···)

東雲
ところで駅弁は?

サトコ
「あ、これです!どうぞ」

私が差し出したのは···

<選択してください>

A:エビフライ弁当

私は「エビフライ弁当」を差し出した。

東雲
ふーん···
悪くないね。キミにしては

サトコ
「ありがとうございます!」

(よし、私も食べ···)

東雲
はい、お約束

サトコ
「ああっ!私のエビフライ!」
「ひどいです!返してください!」

東雲
無理。もう食べたし

(うう···こうなったら···)

東雲
ちょ···何すんの

サトコ
「逆襲です!」
「今日こそ、教官のエビフライをいただくんです!」

東雲
バカ、やめ···
当たってる!手に当たってるから!

B:秋の彩り弁当

私は「秋の彩り弁当」を差し出した。

東雲
へぇ···秋の彩り···

サトコ
「そうなんです!山菜、栗、芋、それと···」
「·········キノコなんて···」

東雲
なに、そのためらい
なにか言いたいことでもあるの?

サトコ
「い、いえっ、なにも···」

C:テイクアウトした駅そば

私は、テイクアウトした駅そばを差し出した。

東雲
···オレ、『駅弁』って言ったはずだけど

サトコ
「分かってます!」
「でも、これ、本当に美味しいんです!」
「特に、このフライドポテトを乗せたやつが!」

東雲
は?意味不明
こんなの、美味いわけが···
!!

(あ、この反応···)

東雲
やば···なにこれ···
キモ···でも···
···
······
·········

(すごい···あっという間におそばが減って···)

東雲
···なに見てんの

サトコ
「い、いえ···」

(とりあえず、気に入ってもらえたみたいだよね)

こんなことがありつつも、朝食タイムは何とか終わり···

サトコ
「ふわぁ···」

東雲
眠いの?

サトコ
「はい、まぁ···」
「お腹がいっぱいになったから、さすがに···」

東雲
理由は?

サトコ
「えっ···」

東雲
昨日、眠れなかった理由

サトコ
「あ、その···」

答えるのに、ためらいがなかったと言えば嘘になる。
けれども、私を見つめる教官の眼差しは、いつになく優しげで···

サトコ
「お泊まり···解禁なのかな···って」

東雲
······

サトコ
「ずっと、その···保留だったじゃないですか」
「でも、ついに解禁···」

東雲
なに言ってんの
部屋、別々だけど

サトコ
「ええっ!?」

東雲
一緒なわけないじゃん
バカなの、キミ

サトコ
「うっ···」

(そりゃ、勝手に勘違いしたのは私ですけど!)
(だからって、何もそんな言い方···)

東雲
解禁だったら、こっちこそ···

サトコ
「えっ?」

東雲
······

サトコ
「教官?今なんて···」

東雲
·········べつに

それだけ言うと、教官はプイッと背中を向けてしまった。
けれども、わずかに見える耳が少し赤い気がして···

サトコ
「え、ええと、その···」

東雲
······

サトコ
「旅行、楽しみましょうね」

東雲
···そうだね
すべてはキミ次第だけど

サトコ
「はい···」

(ん?「私次第」···?)


【駅】

2時間後。

サトコ
「着いたーっ」

(でも、ここ···観光地っぽい雰囲気じゃないよね)
(しかも、駅前なのにホテルや旅館がなさげだけど···)

東雲
氷川さん、こっち

サトコ
「はい···」

(えっ、バス停?)

サトコ
「あの···まさかまだ移動を···」

東雲
当然
行き先、このバスの終点だから

サトコ
「ええっ」

そんなわけで、さらにバスに揺られること1時間。
私が、教官に連れて行かれたのは···

【保育園】

サトコ
「あの···ここは···」

東雲
保育園

サトコ
「それくらいは分かります!そうじゃなくて···」

(どうして、こんな田舎の保育園に?)
(まさか『潜入捜査』!?)
(でも、それならそれで事前になんらかのレクチャーが···)

???
「まあ、歩くん!大きくなったわねぇ」

東雲
お久しぶりです、園長先生

園長
「そうねぇ。本当に久しぶりねぇ」
「それじゃあ、2日間よろしくね」
「慣れない子供たちが相手で大変だと思うけど」

(···「子供」?)

東雲
大丈夫です。オレの10倍くらい、彼女が頑張ってくれるそうなので
はい、自己紹介!

教官が「ほら」というように、私の肩をポンと叩いた。

サトコ
「えっ、あ···」
「氷川サトコです」

園長
「園長の菅沢です。洋子ちゃんからいろいろ聞いているわ」
「2日間よろしくお願いしますね」

サトコ
「は、はぁ···」

(待って···ほんと、待って!)
(これって、いったいどういうこと!?)

to be continued



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