【保育園】
保育園に到着してから1時間が経過した。
サトコ
「ガオーッ、かっぱ星人だぞー」
男の子A
「あっ、悪いヤツだ!」
男の子B
「オレと勝負しろよ!」
サトコ
「よーし、負けないぞー!かかってこ···」
男の子B
「とうっ!」
ドカッ!
サトコ
「ぐ···っ」
(ちょ···みぞおち···!)
(この展開···前にもあったような···)
男の子A
「次はオレだ!パーンチ!」
男の子B
「キーック!」
サトコ
「痛···!痛いってば!」
東雲
「すごいなぁ···こんなにたくさんの男の子に囲まれてるなんて」
「どうやら『モテ期』到来みたいだね」
(い、今の言葉も、聞き覚えがあるんですけど!)
脇腹をおさえながら、私はなんとか立ち上がった。
(うう、ここは意地でも頑張らないと···)
(教官の結婚話を食い止めるためにも···)
そう、あれは30分前のこと。
【園長室】
サトコ
「『お泊まり会の手伝い』って、私と教官がですか?」
東雲
「そう」
サトコ
「いちおう確認ですけど···」
「これって潜入捜査とかそういうわけじゃ···」
東雲
「違う。プライベートで頼まれただけ」
(そっか、良かった···)
(これがもし任務だったら、まだ心の準備が···)
東雲
「ああ、いちおう断っておくけど···」
「母だから。頼んできたの」
サトコ
「えっ···」
東雲
「うちの母、菅沢園長と知り合いでさ」
「『年に一度のお泊まり会なのに人手が足りない』って話を聞きつけて」
「オレに手伝うように連絡してきたわけ」
サトコ
「はぁ···」
東雲
「ちなみに、キミを指名したのも母」
「キミは気が利くし働き者だから問題ないだろう、って」
(野方会長が、そんなことを···)
東雲
「よかったじゃない」
「母に気に入られてるみたいで」
サトコ
「そ、そうでしょうか」
(だとしたら『あゆむんを見守る会』で雑用を頑張った甲斐が···)
東雲
「というわけだから」
「今回も頑張って、点数を稼いでよ」
「オレの結婚話を阻止するためにも」
サトコ
「え···」
東雲
「言ったじゃん、前に」
「うちの母、オレの結婚相手を探してるって」
(そ、そう言えば、そんな話を聞いたような気が···)
東雲
「ひとまず、今は中断してるみたいだけどさー」
「もし、キミが候補失格になったら、また結婚相手探しを再開···」
サトコ
「頑張ります!」
「氷川サトコ、頑張って点数を稼ぎます!」
東雲
「そう。じゃあ、よろしくね」
【保育園】
(そうだ···まだ想像できない「甘い未来」のためにも···)
(ここは何としても頑張らないと!)
サトコ
「ガオーッ!悪い子はいねぇ···」
男の子A
「えいっ!」
男の子B
「やっつけちまえっ」
サトコ
「痛っ!顔···っ、顔は蹴っちゃダメだからっ」
(うう···そういえば教官はどこに行ったんだろう···)
(少しくらい子供たちの相手をしてくれても···)
(···ん?)
女の子A
「歩せんせー!お姫さまごっこしよー」
「歩先生は王子さまねー」
(ええっ、いつの間に!?)
女の子B
「アユム王子ー、ミユとユリとメメちゃん、誰を選びますか?」
女の子A
「もちろんユリだよねー」
女の子B
「えー、ミユだよー」
女の子A
「ダーメ!アユム王子はユリのなの!」
女の子C
「メメも···好き···」
東雲
「えー困ったなー」
「未成年と付き合うといろいろ面倒だからなー」
(くっ···ズルい!)
(私だって「お姫さまごっこ」に混ざりたい···)
男の子A
「とうっ!」
サトコ
「ぎゃっ!」
男の子B
「悪いヤツはつぶしちゃえ」
男の子C
「そうだそうだ!つぶしちゃえ」
サトコ
「痛っ!ちょ···一斉に乗っからないでっ」
(苦しっ···つぶれる···っ)
???
「こーら!サトコ先生にそんなことをしたらダメよ」
男の子A
「あっ、めぐみ先生」
男の子B
「センセー、オレと遊ぼーっ」
(えっ···ちょ···)
男の子C
「せんせーっ、抱っこー」
男の子A
「オレもオレも!」
めぐみ
「はいはい」
(ひどっ、みんな素直すぎだってばーっ!)
こうして子供たちの相手をしているうちに1日が終わり···
夜9時···
サトコ
「みんな、眠ったみたいですね」
東雲
「そうだね」
【職員室】
サトコ
「はぁぁ···」
東雲
「やば···疲れた」
「氷川さん、肩揉んで」
サトコ
「ええっ?教官、王子さまとしてゴロゴロしてただけじゃないですか!」
「夕飯のおにぎり作りだって、全然手伝ってくれなくて···」
めぐみ
「おつかれさまです。お茶をどうぞ」
サトコ
「あっ、ありがとうございます!」
めぐみ
「いえ、こちらこそ···」
「今日はお手伝いしてくださって、ありがとうございました」
「明日もよろしくお願いしますね」
サトコ
「はい!」
東雲
「···この通り、彼女がオレの分も頑張るそうなので」
サトコ
「ひどい!」
「教官も頑張ってください!」
東雲
「ハイハイ」
めぐみ
「ふふ···」
(めぐみ先生って、笑顔がホワッとしていて優しそうな人だなぁ)
(なんか「さちさん」っぽいっていうか···)
めぐみ
「ところで、その···」
「こういうことをお伺いするのは失礼かもしれないんですが···」
「お二人はどういうご関係なんですか?」
サトコ
「えっ」
(ど、どういうって、それは···)
(こういう場合、なんて答えれば···)
東雲
「同じ職場の上司と部下ですよ」
めぐみ
「まあ、そうだったんですね」
「歩先生のような方が上司だなんて、うらやましい···」
(えっ···)
めぐみ
「歩先生って普段はどんな感じなんですか?」
サトコ
「え、ええと···」
<選択してください>
サトコ
「頼れる上司です」
めぐみ
「まあ···」
サトコ
「普段は厳しいけど、いざというときは必ず助けてくれますし」
「いろいろなことを教えてくれますし」
「こういう上司のもとで働けるのってすごく幸せだと思います!」
東雲
「···なにそれ」
「キモ···」
(ええっ!?)
サトコ
「ひどいです!素直に感想を言っただけなのに!」
東雲
「うるさい」
めぐみ
「まあ、ふふ···」
サトコ
「けっこうドSです」
めぐみ
「まぁ、そうなんですか?」
東雲
「そんなことはありませんよ」
「オレの先輩には、5分に1度の割合で部下を『クズ』呼ばわりする人や···」
「笑顔と敬語を駆使して、部下を思い通りに操る人がいますから」
「そんな諸先輩方に比べたら、オレなんてまだまだ可愛いものです」
(た、確かに···)
サトコ
「ぶっちゃけ、キノ···」
東雲
「氷川さん。キミ、週明け残業ね」
「それとプールサイドの清掃を1人で···」
サトコ
「嘘です!優しいです!」
「すっごく優しい上司です!」
めぐみ
「まぁ···ふふ···」
ガラガラッ!
女の子
「せんせー···トイレ···」
めぐみ
「あら···」
サトコ
「あっ、私、行ってきますよ」
「ちょうどトイレに行きたかったんで」
めぐみ
「ありがとうございます。それじゃあ、お願いしますね」
女の子
「せんせー、そこにいる?」
サトコ
「いるよー」
女の子
「いなくならないでねー」
サトコ
「大丈夫だよー」
(それにしても、めぐみ先生···どうしてあんな質問をしたのかな)
(もしかして、教官に気があるとか?)
(いや、まさか···今日会ったばかりだし、そんなこと···)
女の子
「せんせー?どうして頭ブンブン振ってるの?」
サトコ
「あ、えっと···なんでもないよ」
「それより、おてて洗おうか」
女の子
「うん」
そのまま女の子を送り届けて、職員室に戻ると···
(あれ、教官···)
(めぐみ先生と、なにか話し込んでる?)
園長
「あら、サトコ先生、戻ってきたのね」
「良かったわ。ちょうど離れに案内しようと思っていたところなの」
「歩くーん、行くわよ」
園長先生に声を掛けられて、ようやく教官たちは私たちのところにやって来た。
東雲
「離れの掃除、終わったんですか?」
園長
「ええ、ただちょっと困ったことがあってね···」
「離れには、泊まれるお部屋が2つあったんだけど···」
「そのうちの1つが、雨漏りのせいで天井がだいぶ痛んでいたのよ」
「それで、悪いんだけど···」
【離れ】
園長
「2人で1部屋を使ってもらえないかしら」
(ええっ!?)
東雲
「···あの、布団は···」
園長
「それが、布団も雨漏りでダメになってしまってね···」
「いちおう、毛布とタオルケットは2人分用意したんだけど···」
東雲
「······」
園長
「ごめんなさいね。せっかくわざわざ東京から来てくれたのに···」
「洋子ちゃんに確認したら『1部屋で問題ない』って言ってたけど···」
「やっぱりその···イヤかしらね」
(ど、どうしよう···)
(このままだと、まさかの···)
東雲
「···構いませんよ。2人で使わせていただきます」
サトコ
「!!!」
園長
「まあ、良かったわ」
「何かあったら園に来てね。私とめぐみ先生はそっちにいるから」
「それじゃあ」
背後でドアが閉まり、私たちは2人きりになってしまう。
東雲
「······」
サトコ
「······」
(重っ···空気、重すぎ!)
(この状況···どうすれば···)
東雲
「···何してんの」
「さっさとあがれば」
サトコ
「で、でも、お泊まり···」
東雲
「解禁する」
「さすがに野宿はイヤだし」
(解禁···本当に···?)
東雲
「ねぇ、お風呂どうする?」
「バスタブにお湯溜める?」
サトコ
「あ、はい···」
(じゃなくて···!)
サトコ
「沸かします!私が沸かしますんで!」
「教官はゆっくり休んでいてください」
東雲
「···あっそう」
「あ、洗濯機···」
サトコ
「それも私がします!」
「洗い物があったら、洗濯機に入れておいてください!」
そこまで言ったところで、私は大きく息を吐いた。
(ダメだ···緊張しすぎだ···)
(お泊まりなんて初めてじゃないんだし、もっといつも通りにしないと!)
サトコ
「そうだよ、いつもどおり···」
(いつもどおり···いつもどおり···いつも···)
サトコ
「ぎゃあっ!」
東雲
「···なに」
サトコ
「だっ···教···裸···っ」
東雲
「だから何?」
「汚れたTシャツ、脱いだだけじゃん」
サトコ
「そ、そうですけど···っ」
(近い、近い近い近い···っ!)
東雲
「···意識しすぎ」
「もう少し普通にしてなよ」
「じゃないと···」
(···じゃないと?)
チラッと視線を上げた途端、おでこにデコピンがさく裂した!
サトコ
「痛っ···ひどっ!」
「教官···」
(もう···)
痛むおでこを押さえて、はぁぁっと息をつく。
それでも1人になれたことで、ようやくドキドキが治まってきた。
(ほんと、もう少し普通にしてないと)
(心臓とか、いろいろ保ちそうにないよ)
その後、洗濯を済ませてお風呂に入った。
温かなお湯の中で、いよいよ緊張がほぐれていく。
サトコ
「ふわぁぁ···」
(やば···さすがに眠くなってきちゃった)
(明日も早いし、今日は早めに眠らないと···)
サトコ
「······」
(···眠れる、よね)
(お布団も別々だし、前にお泊りしたときだっていつの間にか眠ってたし)
(そうだよ!大丈夫、大丈夫···)
サトコ
「···よし!」
サトコ
「お風呂いただきました」
東雲
「ああ、おつかれ」
ソファに腰を下ろす教官の隣に、ちょこんと座ってみる。
教官は、今日の新聞を読んでいたみたいだ。
サトコ
「···なにか面白い記事はありますか?」
東雲
「べつに」
「強いて言うなら、この辺の国家情勢が危ういくらい」
サトコ
「あ···そこ、今、話題になってますよね」
(よし···いつもどおりだ)
(この調子、この調子で···)
東雲
「ところでさー」
「このあとどうする?」
サトコ
「何がですか?」
東雲
「ベッド。1つしかないけど」
(え···)
サトコ
「ええっ!?」
東雲
「うるさい」
サトコ
「す、すみません!でも···」
(べ、ベッドが1つって···)
東雲
「···ま、特に問題ないよね」
「毛布とタオルケットは2人分あるわけだし」
「このソファもベッド代わりになりそうだし」
サトコ
「······」
東雲
「どうする?」
(どうしよう···ここは···)
<選択してください>
サトコ
「絶対にベッドがいいです」
「ベッドで眠らせてください」
東雲
「奇遇だね」
「オレもベッド希望なんだけど」
(やっぱり···)
東雲
「普通は上司に譲るよね」
「キミ、オレの補佐官なんだし」
サトコ
「そ、それを言うなら、教官こそ···」
「ここは恋人として、彼女に譲ってほしい···っていうか」
東雲
「あっそう。だったら···」
サトコ
「2人でベッド···なんて···」
東雲
「え、無理」
「シングルベッドじゃん」
サトコ
「そ、そうですけど、だからこそっていうか!」
「シングルベッドで好きな人とギュウギュウになって···」
「『狭いね』『でもあったかいね』っていうのが、こういう時の醍醐味···」
東雲
「バカ。恋愛ドラマの見すぎ」
「絶対寝られないから。窮屈すぎて」
サトコ
「ふがっ」
(だ、だからってなんで鼻をつまんで···)
東雲
「それに······」
「······だし···」
(聞こえません!なに言ってるのか、ぜんぜん聞こえません!)
(ていうか、とりあえず鼻をつまむのはやめて···!)
そんなわけで···
サトコ
「教官が決めてください」
東雲
「···それでいいの?」
サトコ
「はい」
東雲
「だったら···」
サトコ
「······」
東雲
「だったら···」
「···っ」
ふいにブルッと頭を振ると、教官は何故か前髪をかきあげた。
東雲
「···わかった。最終手段で決めよう」
サトコ
「最終手段?」
2人
「最初はグー!」
「ジャンケンポン!」
サトコ
「ああ···っ!」
東雲
「はい、キミがソファね」
ベッドから投げつけられた寝具を、私は顔で受け止めた。
東雲
「じゃ、電気消して」
サトコ
「えっ···もう寝るんですか!?」
東雲
「当然」
「疲れたし、明日も早いじゃん」
(それは、そうだけど···)
東雲
「ほら、さっさと消す!」
サトコ
「···はい」
パチン、と音がして、部屋はすぐに暗くなる。
暗闇に目が慣れてきたところで振り返ると、教官はすでにベッドの中にいた。
東雲
「おやすみ」
サトコ
「···おやすみなさい」
(本当にもう寝ちゃうのかな)
(確かに「早く寝よう」とは思ってたけど、さすがに早すぎっていうか···)
(あと少しくらい、おしゃべりしたいのに···)
何となく諦めきれなくて、しばらくの間耳を澄ませてみる。
けれども、すぐにすぅすぅと寝息が聞こえてきた。
(···やっぱり無理か)
(仕方ないよね。今日は朝から早かったし、移動も長かったし)
(子供たちの相手までして、疲れてないわけがないよね)
それは私も同じだ。
身体は疲れているし、数十分前までかなり眠たかった。
それでも、素直にソファに横たわれないのは···
(···ま、いっか。お泊まりは解禁になったもん)
サトコ
「ふわぁ···」
(よし、さっさと寝ちゃおう)
(明日も大変そうだし、今日はとにかくぐっすり寝て···)
ガッ!
サトコ
「痛っ!」
(うっ···ありえない···)
(テーブルに足をぶつけるとか···)
しかも、そのせいでテーブルの上にあったものが床に落ちてしまった。
(しまった、これ···教官のメガネとアクセサリー···)
(大丈夫だよね。壊れたりなんかしてないよね)
サトコ
「···ん?」
(なんだろう、この紙···)
(しかも教官の···)
サトコ
「!」
思わず息を呑んだのは、そこにメッセージがしたためられていたからだ。
······『大事なお話があります。明日12時、裏庭に来てください。めぐみ』
(これって、まさか···)
(うそーっ!)
to be continued