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恋敵編&卒業編 カレ目線 後藤5話



「苦い煙草と二筋の紫煙」

【屋上】

いつの間にか、ここから見る景色も見慣れたものになった。
初の卒業生を送り出すことで月日の流れを感じていたが、それでももう二年経ったのだと実感する。

後藤
全部···終わったのか···

深い、深いため息を吐く。
昨晩は、ほとんど眠れなかったために夕日が目に染みる。

(報告書作りで結局徹夜してしまったが···俺には必要な作業だったんだろう)

文章にしていくことで、夏月の一連の事件を少しずつだが客観的にできた気がする。

(終わったんだ、本当に···)

目を閉じる。
涙でも出てくるかと思ったが、込み上げてくるのは形容し難い熱さだけだった。

後藤
夏月···

(やっと犯人を捕まえることができた。遅くなって、悪かった)

墓前で報告の前に、心の中で夏月を想う。
頭に浮かんでくるのは、夏月の笑顔。

(あいつは···いっつも笑ってたな。機嫌が悪い時もあったが、それも長続きしない奴で···)

これまで思い出せなかった夏月の思い出が溢れてくる。

(今も···お前は笑ってくれるか?)

亡くした人間の幸せなど、願うことは出来ない。
それでも彼女に笑顔でいてほしいと思うのは、俺の願望だ。

目を開けると、夕日が大きくなっている。
突然、夏月の姿は俺の心の中にしかない。

一柳昴
「なに黄昏てんだよ」

後藤
一柳···

一柳にしては静かな声だった。
奴は勝手に俺の隣に肩を並べる。

一柳昴
「···終わったな」

後藤
ああ

一柳昴
「お前、これから、どうすんだ?」

一柳がポケットから煙草を取り出した。

(めずらしいな。一柳が煙草を手にするのは)

後藤
校内は禁煙だ

一柳昴
「俺とお前しかいねぇんだし、灰皿も持ってる。見逃せ」

後藤
お前、また吸い始めたのか?

一柳昴
「滅多に吸わねぇよ。けど、今日くらいいいだろ」

後藤
······

憂いをにじませる一柳の横顔に、コイツの中でも夏月の事件が終わったのだと気が付く。

(そうか···これまで頭が回らなかったが···)
(一柳にとっても、周さんにとっても、夏月は大切な仲間だったんだ)

一柳昴
「······」

一柳が無言で、煙草を一本差し出してくる。
前に吸ったのは、いつだったか記憶にない···けれど、うながされるようにして俺は煙草をくわえた。
火を点けると、口の中に苦みが広がる。

後藤
···不味いな

一柳昴
「ああ」

紫煙が二つ立ち昇る。
それを見ながら、きっと俺たちは同じ人物のことを考えているのだろう。

一柳昴
「続けんのか、刑事」

後藤
ああ···

(俺が公安刑事になったのは、夏月の事件を追うため···)
(その事件が解決した今、俺が公安刑事でいる理由はなくなるはずだった)

“だった” と過去形にできるのは、今の俺は未来に目を向けられているからだ。

一柳昴
「まあ、今さら再就職なんてできねぇだろうしな。お前みたいなズボラ男じゃ」

後藤
お前はいつになったら家政婦に転職するんだ?

一柳昴
「無駄口叩く余裕はあんのかよ」

後藤
夏月の事件は終わった···いつまでも、同じ場所にはいられねぇだろ

一柳から携帯灰皿を奪うと、煙草の火を消す。
半ば自分に言い聞かせる言葉でも、今はそれが必要だった。

後藤
もうすぐ最初の卒業生たちが公安に入ってくる
奴らを一人前にするまで、俺たちの仕事は終わらない

一柳昴
「遠回しな言い方してんじゃねぇよ」
「最初の卒業生···じゃなくて、お前が考えてんのはサトコだろ」

後藤
あいつは俺の専属補佐官だ。今後のことを考えるのは当然だ

一柳昴
「今はそういう事にしておいてやる」
「···余計な心配だったな」

同じように煙草を消した一柳は軽く俺の肩を叩くと、屋上を出ていった。

後藤
······

一柳が顔を見せたのが、ヤツなりの気遣いだったことはわかる。

(お節介な野郎だ)

それでも、口の中に広がる苦味が少し心を軽くしてくれたのも事実だった。

(サトコに出逢う前の俺だったら、夏月の意見が解決すれば公安刑事を辞めていただろう)
(···いや、サトコがいなければ、こうして解決まで至らなかったかもしれない)

思い出す、教官室で交わしたサトコとの会話。


【個別教官室】

サトコ
「公安刑事として事件を未然に防いで、これ以上犠牲を出したくないのはもちろんですが···」
「夏月さんのお墓詣りに連れて行ってくれた時···墓前で思ったんです」

後藤
······

サトコ
「私も夏月さんの事件の真犯人を見つけたい、夏月さんの無念を晴らしたい」
「この事件を抱える後藤さんの苦しみを少しでも軽くしたい···あの日、そう思ったんです」

後藤
······


【屋上】

(全てが無事に解決した今だからこそ、思えることなのかもしれないが)
(俺の原動力になっているのは、サトコだ)
(夏月の無念は晴らされ、俺のアンタに救われた···これから先は、アンタが望む道を歩んでほしい)
(今度こそ、俺がアンタを支えるから)

後藤
杖になれ···か

サトコの身を案じる癖は、多分すぐには治らないと思う。
いや、ずっと治ることはないのかもしれない。

(それも仕方がない。サトコは刑事であると同時に、俺の恋人でもあるんだ)

だが、刑事としての成長を見守りたいという気持ちも強く出てきている。
懸命に前に進む彼女が転びそうになったら支えたい。
そのために···俺はサトコの隣に立っていたい。

(これが相棒になるってことなのか)

サトコは俺と肩を並べる公安刑事になるのが目標だと言っていた。
やっと同じ未来を見られた気がして、安堵する。

(会いたい···)

今すぐサトコを抱き締めたい。
そう思っているとーー

サトコ
「後藤さん!」

後藤

(アンタは···どうしてそう、俺の願いを叶えてくれるんだ?)

駆けてくる足音と息遣いが聞こえる。
それだけで胸が温かくなるのを感じた。

後藤
サトコ···

今、自分がどんな顔をしているのかはわからない。

(だが···もう、ひとりくらい雨に打たれることはない気がする)

振り返ってサトコを見つけると、彼女はその目を軽く見張った。
そしてじっと俺の顔を見上げている。

後藤
どうした?ぼうっとして

サトコ
「い、いえ!後藤さんが見つかってよかったなって···」

後藤
探してたのか?

サトコ
「はい。教官室に行ったら、今日は学校に顔を出す予定だって聞いたので」

後藤
そうか、悪かったな。昨日、全然眠れなかったから、ここで少し休んでた

俺を探していた···そんな言葉さえも嬉しくて。
明日はきっといい朝になるーーそれは予感ではなく、確信だった。

to be continued



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