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恋敵編&卒業編 カレ目線 後藤6話



「雨を晴らしてくれた太陽」

【新幹線】

山口へ向かう新幹線の中。
思ったよりも混雑していたようで、二人掛けの席が取れなかった。

後藤
荷物、貸せ。上に乗せておく

サトコ
「ありがとうございます。後藤さん、どっちに座りますか?」

後藤
アンタが窓側に座ってくれ

サトコ
「乗り物酔い大丈夫でしたっけ」

後藤
ああ、問題ない

(三人掛けの席じゃ、隣にどんな奴が来るかわからないからな)
(念のため···だ)

過保護だと思いながらも、今はオフだからと自分に言い訳をする。

サトコ
「ご挨拶の練習、もう一回しておいた方がいいでしょうか?」

後藤
もう十分だ。緊張するような家でもないから、安心しろ

サトコ
「はい」

頷きながらも、サトコがソワソワしている姿は可愛い。

(おふくろはアンタが来るのを待ってるし、親父だって絶対にアンタを気に入る)
(誰かを家族に紹介するなんて考えたこともなかったが···)

照れ臭さはあるが、存外悪くないものだ。

サトコ
「こういうことで緊張できるって···幸せな事なんですよね」

後藤
ん?

先程まで挨拶を頭で繰り返していたようなサトコが、不意に目を細めて微笑んだ。

サトコ
「前に山口行きの新幹線に乗ったときは、ひとりだったから」

後藤
ああ···そうだったな

以前、サトコが山口に来たのは、俺を追いかけて来たときだ。
あのときはまだ、それぞれの道を歩んでいた。

(だが···今は同じ道を歩いている気がする)

新幹線が走り始めると、俺はサトコの手を握る。

サトコ
「後藤さん···」

こちらを向き、微笑むサトコに笑みを返す。

サトコ
「お弁当は、いつ食べましょうか?」

後藤
乗った途端、弁当の話か?

(サトコらしいな)

彼女のそんな一言も嬉しくて笑うと、サトコが頬を赤くした。

サトコ
「い、いえ!今すぐに食べるって話じゃなくて···いつかな···と」

後藤
アンタが食べたい時に食べよう。俺はいつでも食べられる

サトコ
「それじゃ、もう少ししたら食べましょうか」

後藤
楽しみだな、ハンバーグ弁当

サトコ
「は、はい」

サトコの気持ちを代弁するように言うと、ますます赤くなる彼女が可愛い。

(移動なんて寝る時間だと思っていたが···いいもんだな)

山口までの道のりは長くとも退屈ではなかった。


【後藤マンション】

両親への紹介を無事に済ませ、翌日には山口から戻ってきた。
基本的には変わらない家だが、壱誠のことが少しだけ気にかかった。

(まあ、あの年頃は悩むことが仕事のようなものだからな)

少しすれば落ち着くだろうと考えていると、電話が鳴った。

後藤
壱誠···

(図ったようなタイミングだな)

後藤
どうした?

壱誠
『兄貴···今、電話大丈夫?』

後藤
ああ。何かあったのか?

壱誠
『そういうわけじゃないんだけど、あんな別れ方しちゃったから』
『一言、謝っておきたくて』

後藤
そうか。そうだな···お世辞にも、いい態度とは言えなかったが···

壱誠
『うん、ごめん』

後藤
今度行った時は、もう少しマシな対応をしてくれ

壱誠
『わかってる。サトコさんにも、謝っといて。あたって悪かったって』

後藤
ああ···

(随分、素直になったな。サトコの影響か?)

後藤
どうした?何か心境の変化でもあったのか?

壱誠
『心境の変化ってほどじゃないけど』
『サトコさんを見てたら、ちっぽけなことで悩んでたんだなって思ってさ』

後藤
そうか

壱誠
『サトコさんって、スゲエよな』

後藤
ん?急に、何だ?

壱誠
『兄貴みたいな人がいるのに、ちゃんと自分の道とか考えられてさ』
『いつも兄貴と比べられるなんて言ったけど···一番比べてたのは、俺自身なんだよ』
『サトコさんの一言で、それに気付いた』

後藤
···そうか

壱誠
『結局、自分の道は自分で決めて進んでかなきゃいけないんだよな』

後藤
ああ

(今度は壱誠がサトコの背中を追いかけてるみたいだな)

この二年で、サトコも誰かに憧れられる存在になっているという事だ。
自分のことではないのに、それがやけに誇らしく感じられる。

壱誠
『あの人、オレの姉貴になるの?』

電話越しの壱誠の声が少し弾んだものになる。

後藤
···いずれな。まだサトコも仕事が優先だ

壱誠
『そーいうの、カッコいいね。ああ、そうだ。オレ、兄貴にひとつだけ勝ったんだ』

後藤
何のことだ?

壱誠
『兄貴は “後藤さん” でオレは “壱誠くん” だろ?』

後藤

(人が気にしてることを···)

そう、確かに実家ではーー

サトコ
「後藤さんもサボテンを育てているので、そういうのって似るんですね」

後藤母
「ここにいるのは、皆 “後藤さん” なのよね」
「恋人なんだから、名前で呼んだら?」

サトコ
「それは、その···」

(俺のことは “後藤さん” で···)

サトコ
「壱誠くん、お手柄だったね!」

壱誠
「別に···」

(壱誠のことは名前なんだよな···)

壱誠
『名前的な距離で言えば、オレの勝ち。兄貴、結婚目指すなら、もっと頑張れよ』

後藤
お前···っ

壱誠
『あ、母さんが呼んでる。じゃ、またな!』

それだけ言って、電話は切れてしまう。

(ったく···何だか勝ち逃げされたような気分だな)
(名前で呼ぶのは、やはり特別なことか···)

俺は気が付けば、サトコを名前で呼ぶようになっていた。

(俺も···)

サトコに名前で呼ばれたいと···この時、自覚した。


【屋上】

サトコ
「···誠二···さん···」

顔を真っ赤にしながら、サトコが俺の名前を呼ぶ。

(こんなにも違うものなのか···)

“後藤さん” と呼ばれている時とは、感じる距離が違う。

(こんなことなら、もっと早く名前で呼ぶように言えばよかった)

サトコ
「なんだか、私だけ恥ずかしくてズルいです···」

後藤
俺は先に名前で呼んでたからな

サトコ
「やっぱり···名前で呼んだ方がいいですか?」

後藤
アンタの特別になれた気がする

サトコ
「誠二さん···」

照れた顔を見せるサトコに愛しさが募る。

(ここが学校で良かったような、悪かったような···)

学校でなければ、ここで抱き締めていたところだ。
サトコの頬を冷ますように冷たい風が吹くと、彼女は小さく肩を震わせた。

後藤
帰るか

サトコ
「はい。誠二さん」

もう一度二人で屋上からの景色を眺め、俺たちは校舎の中へと戻った。


【廊下】

サトコと肩を並べていると、前方から駆けてくる黒澤の姿が見える。

黒澤
卒業の語らいはできましたか~?相変わらずの仲良しさん羨ましい限りです

サトコ
「仲良しって···」

後藤
せいぜい羨ましがれ

サトコが公安学校を卒業した今、仲を隠す必要もない。
サトコの肩を抱き寄せると、黒澤とサトコが目を丸くするのがわかった。

黒澤
後藤さん···卒業と共に一皮剥けましたね

サトコ
「わ、私はお先に失礼します!」

後藤
おい···

サトコは真っ赤な顔のまま廊下を走り出す。
そして慌てるあまりか、その足がもつれて···

サトコ
「わわっ!」

黒澤
···あ、サトコさんがこける!

サトコ
「···っと、と!」

後藤
ははっ、何とか持ちこたえたぞ

つんのめりながらも、
妙な態勢で受け身をとって一歩二歩と進む様がサトコらしくて笑ってしまう。

黒澤
後藤さんが声を出して笑うなんて···かなりレアじゃないですか!?
記念に一枚!

後藤
···わざわざ撮るな

携帯をこちらに向ける黒澤に、その携帯を取り上げる。

黒澤
あ、返してくださいよー

後藤
さっさと行け
サトコ、大丈夫か?

黒澤に携帯を押し付け、サトコの方に向かおうとすると。

黒澤
···幸せそうでよかったです

(黒澤···)

心底安堵するような黒澤の声が背中に聞こえてきて···俺は振り返らずに、小さく微笑んだ。


【後藤マンション】

その日の夜はサトコが俺の部屋に泊まった。
ベッドの中で彼女の温もりを抱きながら、まどろむ時間は心地いい。

(幸せ···か)

夕方の黒澤の言葉を思い出す。
確かに、今の俺は幸せなのだろう。

(だが、この幸せは俺ひとりで得たものじゃない)
(サトコ、石神さん、颯馬さん···一柳に黒澤···俺は多くの人に支えられていたんだ)

ずっと、失くしたもののことばかり見ていた。
自分の手の中にあるものを見て、その有難みに気が付けたのもサトコがいたからだ。

サトコ
「誠二さん···何か楽しい夢を見ていたんですか?」

後藤
ん?どうして、そう思う?

サトコ
「幸せそうな顔をしてるから···」

後藤
ああ···

(今の俺は誰の目から見ても幸せに見えるのか)

そんなに締まりのない顔なのかと思うが、今はそれでいいのかもしれない。

後藤
アンタがここにいるんだ。幸せに決まってる

サトコ
「誠二さん···」

今夜はきっとよく眠れる。
明日の朝、目覚める時もきっと···この幸せな顔で目覚められると信じているから。

後藤
おやすみ、サトコ···

眠るときに、もう雨音は聞こえてこない。
俺の腕の中には、心の奥まで照らす太陽がいるのだから。

Happy End



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