【公安課】
江戸川先生お気に入りの大福を持って、事務所の定時後、公安課ルームに顔を出した。
サトコ
「お疲れさまです。みなさん、お腹空いてませんか?」
東雲
「何それ。大福?」
サトコ
「はい。今日の差し入れで余ったので」
「あ、銀室長···」
向こうから歩いてきた銀室長に声を掛けたけど、一瞥もされずにすれ違われた。
銀
「必要ない」
サトコ
「ハイ···」
(その間、コンマ1秒···)
がっくりと肩を落としながらも、予想通りの反応だったので諦めもつく。
サトコ
「石神警視と後藤警部補も、よかったらどうぞ」
石神
「大福···」
サトコ
「すみません、プリンじゃなくて···」
颯馬
「私にもいただけますか?」
黒澤
「オレもくっださーい☆」
みなさんに配る私の横で、東雲教官が自分の大福を加賀さんのデスクに置いている。
東雲
「兵吾さん、食べます?」
加賀
「ああ」
サトコ
「東雲警部補、ひどい···美味しいから食べてみてくださいよ」
「あの···加賀警視、もうひとついかがですか?」
加賀
「······」
宣言通り、加賀さんはあれから、よほどの必要に迫られない限りは私を無視している。
<選択してください>
(仕方ないよね。銀室長に目を付けられると面倒、って言ってたし)
(たまに···ごくたまにLIDEが来るから、それを見て癒されよう···)
仕方なく加賀さんに背を向けて、他の人たちに大福を配った。
サトコ
「えっと···加賀警視の分、置いておきますね」
加賀
「······」
めげずに話しかけて、大福を置く。
加賀さんは、チラリとそちらに目をやったけど、私を見てはくれなかった。
サトコ
「加賀警視···?聞こえてますか?」
加賀
「······」
(頑なだ···)
これ以上しつこくすると後が怖いので、その辺でやめておいた。
津軽
「お疲れ。あれ?サトコちゃんのそれ、今日の差し入れの大福?」
サトコ
「はい。かなりたくさん買ったので、余っちゃって」
石神
「なぜ大福なんだ···」
津軽
「秀樹くんはプリン派だもんな」
「マルタイが、この大福をえらく気に入ったんだよ」
加賀
「······」
ガタン、と音を立てて加賀さんが立ち上がる。
そのまま、何も言わずに公安課ルームを出ていった。
津軽
「兵吾くん、捜査?」
東雲
「たぶん。予定よりちょっと早いですけど」
加賀さんのデスクには、大福が置かれたままだ。
津軽
「珍しいね。大福、喜んで食べそうだけど」
サトコ
「そう···ですね···」
(···あのお店の大福だって、加賀さんなら絶対気付いたはずなのに)
(急いでたのかな···?でも東雲教官は、予定よりもちょっと早いって言ってるけど)
加賀さんと入れ替わりで、百瀬さんが公安課ルームに戻ってきた。
サトコ
「あっ、百瀬さんもどうぞ」
百瀬
「······」
(この疑わしげな目···)
百瀬
「···あんこ」
サトコ
「え?」
百瀬
「あんこだけのほうがいい」
サトコ
「えっと···」
(あ···そういえばこっちはあんこだけで、百瀬さんにあげたのには栗が入ってたっけ)
サトコ
「百瀬さん、この大福知ってるんですか?」
百瀬
「···知るかよ」
サトコ
「でも、中身を見なくても当てましたよね?」
百瀬
「匂い」
サトコ
「え···」
(匂いって···あんこと栗の?)
(うーん、相変わらず謎な人だ···)
首を傾げながらももうひとつ加賀さんのデスクに大福を置いて、公安課ルームを出た。
余った大福を手に歩いていると、津軽さんが追いかけて来た。
津軽
「改めて、今日はお疲れ」
「すごいね、江戸川謙造の懐に入り込んじゃうなんて」
サトコ
「いや···認められたのは私じゃなくて、大福ですけど···」
津軽
「結果論で喜んでいいんじゃない?」
???
「氷川さん、お疲れさま」
ぽん、と後ろから肩を叩かれ、振り返った先にはアカネさんが立っていた。
サトコ
「アカネさん!こんばんは」
アカネ
「久しぶり、元気だった?」
サトコ
「はい。アカネさんも、お元気そうで何よりです」
津軽
「シュンスケくん、俺への挨拶はなし?」
アカネ
「······どうもぉ~」
(あ、あれ···?二人ともあんまりいい雰囲気じゃなさそうな···)
津軽
「相変わらず清々しいくらいのマゾっぷりを発揮してる?」
アカネ
「人は選んでますけどねぇ~」
津軽
「お口が悪いね、この子は~」
アカネ
「いひゃひゃ、ひっぱんないれくらはい!」
(······な、仲いいの?悪いの?)
ぱっと津軽さんが、引っ張っていたアカネさんの頬から手を離す。
津軽
「そういえばシュンスケくんって、前に兵吾くんと組んだことあるんだっけ」
アカネ
「ってて···アカネです。そうですね···」
津軽
「じゃあふたりとも、あの “鬼畜加賀” の···」
からかうように津軽さんが続けようとした時、向こうの廊下を銀室長が通りかかった。
銀
「津軽。百瀬と一緒に室長室に来い」
津軽
「わかりました」
「モモ、まだ公安課ルームにいるかな」
「じゃあね。サトコちゃん、シュンスケくん」
アカネ
「ア・カ・ネです」
アカネさんの怒りの笑顔をものともせず、津軽さんは公安課ルームに戻っていった。
周りに誰もいなくなると、アカネさんがこっそり私に耳打ちする。
アカネ
「···加賀先輩の班じゃなくて残念だったね?」
サトコ
「!」
「そ、それは···でも、津軽さんの班でも充実してますよ」
アカネ
「あの人、笑顔の裏になに隠してるかわっかんないし」
サトコ
「!そ、それ···」
アカネ
「もっと罵ってもらわないと燃えないでしょ!?」
「そこいくと、同僚にすら “鬼畜” 扱いされてる加賀先輩···かっこよすぎるよね···!?」
(悶えてる···)
楽しそうなアカネさんにも大福をお裾分けして、その場を離れた。
(津軽さんの情報、もっと引き出したかったんだけどな···)
その夜、一度は家に帰ろうとオフィスを出たものの、忘れ物をしたことに気付いて戻ってきた。
(私が帰るとき、残ってる人はみんな捜査に出払ってて誰もいなかったっけ)
(最近はずっと深夜帰宅だったけど、今日は久しぶりに日付が変わる前に帰れる···)
公安課ルームの電気は点いていて、誰かが私のデスクの前に立っていた。
(え···?私のパソコン、ついてる···帰るときは確かに電源を落としたのに)
(あの人がつけたの?一体誰···)
サトコ
「って···え!?加賀さん!?」
加賀
「チッ」
サトコ
「な、何してるんですか···?」
「···まさか加賀さんが勝手に起動させたんですか?」
加賀
「喚くな」
他人のPCを見ることは、マナー違反であっても業務上問題であることではない。
しかし秘密主義の公安では、タブーとされている行為のひとつだ。
サトコ
「それに、最初の画面にはパスワードがかけてあったはず···」
(どうやって···!?いや、加賀さんなら私のパスワードをいつ入手できてもおかしくないけど···)
(···でも、たとえ私と加賀さんが恋人同士でも、師弟関係であっても)
(こんなこと、見過ごすわけにはいかないよ)
サトコ
「···私のパソコンに、欲しい情報が入ってるんですか?」
「それならそう言ってくれれば···」
加賀
「テメェに言う義務はねぇ」
サトコ
「···!」
普段の戯れのような脅しではなく、本気の目で加賀さんがこちらに歩いてくる。
思わず口を閉ざし、後ずさった。
加賀
「テメェが戻ってこなきゃ、うまくいってたものを」
サトコ
「加賀、さ···」
加賀
「余計なこと言いやがったら···どうなるか、わかるな?」
<選択してください>
サトコ
「そんなのっ···納得できません···!」
声を振り絞り、加賀さんを真正面から見つめる。
加賀さんも、決して私から目を逸らさない。
加賀
「テメェが納得しようがしまいが、関係ねぇ」
「俺は、俺のやり方を貫くだけだ」
サトコ
「······!」
サトコ
「だ、誰にも···言いません···絶対に···」
加賀
「······」
そう誓っても、加賀さんは険しい顔で私の顔を覗き込む。
加賀
「···もし誰かに漏らしやがったら」
「たとえテメェでも···容赦しねぇ」
サトコ
「···理由を教えてください」
加賀
「······」
サトコ
「それくらいの権利···ありますよね?」
加賀
「理由が知りてぇなら、テメェで突き止めろ」
サトコ
「そんな···!」
どん、と肩が壁にぶつかった。
逃げ場のない私に、加賀さんがダメ押しのように乱暴に壁に手をつく。
加賀
「んな甘いこと言ってて手柄が取れるかよ」
「他人に侵入されるようなパスワードをかけたテメェを恨め」
サトコ
「どうして、そこまで···」
「私···今はもう、加賀さんと同じ、公安刑事なのにっ···」
加賀
「それがどうした」
吐き捨てるように言うと、加賀さんが壁から手を離した。
加賀
「同じ立場だってんならなおさら、俺は好きなようにやる」
「利用できるもんは、何でも使う。たとえ···」
一瞬だけ、加賀さんの言葉が止まる。
力強い眼差しが揺れたような気がした。
加賀
「···どけ」
サトコ
「加賀さん···!」
立ち尽くす私を突き放し、加賀さんが公安課ルームから出ていった。
震える手でパソコンを操作したけど、加賀さんが何を見ていたのかはわからない。
(あの加賀さんが証拠を残してるはず、ないよね···)
(でも私が持ってる情報なんて、今抱えてる案件···新エネルギー党のことしか···)
私にとってはこれが初めての事件。
まだまだ大した情報が入っているとは思えない。
(じゃあ、欲しがってるのはあの政党のこと?)
(···ここまでするんだから、必ず何か理由がある)
もちろん、今日のことを誰かに言うつもりはない。
(でも···だからこそ···別々の班で、敵対してたとしても···)
話して欲しかった。
···それ以上思うのは、弁えのないことなのかもしれない。
サトコ
「···あ」
また忘れそうになった忘れ物をバッグにしまうと、公安課ルームを後にした···
【自宅マンション】
引っ越ししてきてからバタバタしていて、新居の荷物はまだ完璧に片付いていない。
(でも、今日はさすがに片付ける気になれない···)
(加賀さんが今追ってる事件に、新エネルギー党が何か関係しているのかな)
でも加賀さんや東雲教官なら、私の持っている情報くらいはすぐ手に入れられる気がする。
ため息をついた時、お母さんから電話がかかってきた。
サトコ
「もしもし、お母さん?」
サトコの母
『新居はどう?少しは片付いた?』
サトコ
「うっ···開口一番、痛いところを···」
サトコの母
『今日、食べるものとかいろいろ送ったから、早く片付けなさいよ』
『せっかく送ったものが、引っ越しの荷物に埋もれたら大変でしょ』
サトコ
「頑張ります···」
サトコの母
『そうそう、いとこのなっちゃん、結婚するんだって』
サトコ
「そうなの?ずっと前から付き合ってた彼だよね。よかったねー」
サトコの母
『サトコも、そろそろお父さんに加賀さんを紹介すれば?』
突然のプレッシャーに、いきなりスマホがずんっと重くなった気がした。
サトコ
「今の今まで、世間話みたいに話してたのに···」
「そもそも、この間逃げたのはお父さんのほうでしょ?」
サトコの母
『それは複雑な男親の気持ちってものがあるんだから、許してあげてよ』
卒業したあと、わざわざ加賀さんが実家まで来てくれたことを思い出す。
あのとき、お父さんは緊張のあまり出張をねじ込んで逃げてしまった。
サトコの母
『でもほら、仕事バカのアンタと真剣にお付き合いしてくれる人なんて』
『この先現れるかどうか』
サトコ
「う···」
サトコの母
『それに、将来を考えて付き合ってるなら』
『お互いの親との顔合わせとかあるでしょ』
『加賀さんのご両親は、何されてる方なの?』
サトコ
「え···」
サトコ
『あの···私もいつか、加賀さんのご両親にご挨拶したいです』
『で、できれば、その···部下としてじゃなくて』
加賀
『必要ねぇ』
(そういえば···あのときから加賀さんのご両親の話、してないな···)
(なんとなく、話したくないんだなって思って)
サトコの母
『サトコ?』
サトコ
「あ···ううん、なんでもない」
「えっと···挨拶の件は、そのうち加賀さんに聞いておくね」
お母さんとの電話を切り、思考はまたもやさっきの加賀さんへと戻る。
(あの様子じゃ、きっとどんなに食い下がっても答えてくれない)
それにご両親のことも、進んでは話してくれないだろう。
(でも、うちの親に挨拶に来てくれたし···女の実家に行くのは初めてだって)
(ちょっともやもやするけど···今はそれで充分···なんだよね)
サトコ
「···充分?かなあ···」
「いやいや···充分でしょ!マイナスなほうに考えちゃダメだ!」
必死にそう、自分に言い聞かせるのだった。
to be continued