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最愛の敵編 加賀4話



【会議室】

これまで私や津軽さんが事務所から仕入れた情報と、百瀬さんが持っている情報を整理する。
会議は淡々と進み、これからの方向性も見えてきた。

津軽
あの事務所、大きいのにやたら結託してるんだよね
秘書同士だけじゃなく、事務員も横のつながりが固い

サトコ
「事務員にも探りいれてるんですか?」

津軽
女の子って、結構しゃべってくれるものなんだけどね

(···そういえば津軽さん、女性秘書とか事務員と仲良くしてるよね)
(じゃあ、そこから情報を入手しようとしてたんだ)

それに比べ私は、加賀さんに新エネルギー党の情報を引き出されたかもしれない。
警視である津軽さんと同じ仕事ができるとは思っていないけど、なんだか自分が情けなかった。

サトコ
「はぁ···」

百瀬
「···」

サトコ
「あ···す、すみません」

津軽
···んー

私たちの様子を眺めていた津軽さんが、妙案を思い付いたという表情になる。
そして、満面の笑顔を浮かべた。

津軽
よし、今夜飲もっか

サトコ
「···え?」

百瀬
「···」



【バー】

その夜、津軽さんに連れられて、百瀬さんと3人でバーに席を取った。

津軽
それじゃ、遅ればせながら
サトコちゃん、津軽班にいらっしゃい。歓迎するよ~今夜は無礼講で行こ~う

サトコ
「ありがとうございま···」

百瀬
「誰も歓迎してねぇし···」

津軽
こーら、モモ

百瀬さんは、私の隣で淡々とビールを飲んでいる。
その言葉通り、明らかに歓迎してくれている様子がない。

サトコ
「百瀬さんって、ブレないですね···」

百瀬
「オマエはブレてる」

サトコ
「いや、全然ブレてないですよ。ただちょっと、たまには落ち込みますけど」

百瀬
「バカみてーにうるさくいりゃいいだろ」

(これは···もしかして···)
(なっ······慰めてくれてる···!?すっごく分かりにくいけど···!)

津軽
珍しいね。モモが心配してる

サトコ
「やっぱり···!」

百瀬
「···」
「津軽さんと一緒に仕事してるからって調子に乗るな」

サトコ
「ギャッ!耳引っ張んないでください!」

津軽
仲良さそうで何よりだ

サトコ
「目の前の現状見えてます!?いだだっ、いだっ!」

ようやく引っ張られていた耳から手を離された。

(もげるかと···)
(ていうか百瀬さん、もしかして私が津軽さんと話すことが多いから怒ってる?)

サトコ
「あの···大丈夫ですよ、津軽さんは取りませんから」

百瀬
「はっ!?やっぱバカ女だな」

サトコ
「バカ女···!?」

百瀬
「津軽さんの役に立てるよう、せーぜーしっかり働け」

慰められているのかけなされているのか、イマイチわからない。

サトコ
「あれ?そういえば今日は大丈夫ですか、津軽さん」

津軽
ん?

サトコ
「いつもこのくらいの時間になると、女性からの着信とかLIDEがすごいので」
「もし先約があるなら、私のことは気にせず···」

津軽
大丈夫。今日はそっちのスマホの電源、切ってるから

サトコ
「そっちの···」

百瀬
「女用」

(女の人と連絡を取るためだけのスマホ···?)

津軽
今夜はサウジアラビアにいまーすって言ってあるから平気

サトコ
「サウジアラビア!?」

津軽
ジョークだよ、リアクションいいね
まぁ、そんなことはいいから飲んで
今夜の俺は、サトコちゃんだけのものだよ

サトコ
「津軽さん···ありが···」

津軽
ところでサトコちゃんのビール、モモが飲んでるけどいいの?

サトコ
「えっ!?」

振り返ると、確かに私のグラスを百瀬さんが持っている。

サトコ
「なんで勝手に飲んじゃうんですか!?」

百瀬
「ちびちび飲んでるからだろ」

サトコ
「だ、だって、さすがに上司と先輩の前ではぐいっと煽れませんし···!」

津軽
へぇ。かわいい、そんなこと気にしてたんだ

百瀬
「···飲めねーのかと思って」

どうやら、良かれと思って飲んでくれているようだ。
それがわかるとなんだか、ふと気が抜けてしまった。

(もしかして悪い人じゃない···のかもしれない···わからないけど···)
(考えてみれば、同じ班なのに百瀬さんとはあんまり接点なかったな)

サトコ
「無礼講なので言わせてもらいますけど、百瀬さんは気遣いがドヘタです!」

百瀬
「あ?」

津軽
いやあ、嬉しいな。モモが俺以外の人と打ち解けてくれるなんて

百瀬
「······」

(百瀬さん、マジか?って顔してる···)
(相変わらず、変な人たち)

そう思いながらも、つい笑ってる自分がいる。
ほんの束の間、加賀さんに対する憂いを忘れた時間を過ごすことができた。



【マンション】

飲み会も終わり、ふたりとはお店の前で別れる。
と思いきや、津軽さんとは帰りの電車が一緒だった。

(···電車どころか、降りても方向が一緒って···)
(もう、マンションの前に着いちゃったけど···)

サトコ
「あの···津軽さん?」

津軽
サトコちゃん、何階?

サトコ
「え?」

<選択してください>

なんでそんなこと聞くの?

サトコ
「なんでもそんなこと聞くんですか?」

津軽
いや、他意はないけど。俺、10階だから

サトコ
「あ、私は3階···」
「···って、え!?津軽さん、同じマンションなんですか!?」

津軽
あはは、みたいだね。俺は何となく気付いてたよ

3階です

サトコ
「3階ですよ。結構見晴らし良いです」

津軽
いいの?そんな簡単に教えちゃって
俺が悪い男だったらどうする?

サトコ
「悪い男···」

津軽
冗談だけどね。半分は

(半分···さすが、女性と連絡を取るだけだけのスマホを持ってるだけあって、軽い···)

津軽
まあ、俺は10階だから。何かあったらいつでもおいで

サトコ
「···え!?津軽さんもここに住んでるんですか!?」

私のこと尾けてた?

サトコ
「もしかして、今まで私のこと、尾けてました···?」

津軽
いや、尾けるもなにも、ずっと一緒に歩いてきたよね?

サトコ
「単なる偶然だと思ってたんですけど···」

津軽
じゃないみたいだね。俺もここの10階に住んでるし

サトコ
「···津軽さんが、同じマンション!?」

(ぜ、全然気づかなかった···!)
(直属の上司と同じマンションって、ちょっと緊張するっていうか···酔いが醒め···)

サトコ
「って10階?確か、間取りもすごい広いところですよね?」

津軽
そう?あんまりわかんないけどな

サトコ
「確かそうですよ···不動産屋さんに初会してもらった時、上のフロアはすごく高くて」
「津軽さん···富裕層なんですね」

津軽
富裕層?

でも、警視ともなれば私たち平の刑事と生活スタイルが違うのは当然だ。
妙に緊張しながら、津軽さんと一緒に同じマンションの扉をくぐるのだった···



【車内】

あれからというもの、差し入れするお菓子すべてが江戸川先生に気に入られ···

(どれもこれも、加賀さんと行った和菓子屋さんや甘味屋さんのお菓子なんだけど)
(それがことごとく、江戸川先生のツボにハマるって···)

江戸川謙造
「いいぞ。出せ」

サトコ
「はい」

専属のお菓子係だった私は、ついに講演時の送迎までやらされるようになった。
江戸川先生がハイヤーを使わないのは、基本的に外部の人間は信用しないから···らしい。

(だからこそ、新人なのに名指しで送迎を任されるなんて···って、先輩たちは感心してたけど)
(お菓子センスだけで出世···確かにすごいのかも···いや、ある意味加賀さんの手柄···?)

後部座席に江戸川先生を乗せながら、事務所へと戻る。
でもその道すがら、やたらとバックミラーに入ってくる車がいることに気付いた。

(なんだろう···?講演の会場から、ずっとついてくる)
(···もしかして)

試しに、わざとゆっくり走り、赤信号で停まってみる。
信号が青に変わってしばらく発進せずにいたけど、後方の車はクラクションを鳴らしてこない。

(やっぱり···尾行されてる)

でも、尾行が確実だとすると、また別の疑問がわいてくる。

(江戸川先生を?それとも···私が公安の人間だって気付いてる誰か?)

サトコ
「先生、すみません。少し迂回します」

江戸川
「どうした」

サトコ
「一方通行に入ってしまったみたいで。戻るのに少し回り道します」

途中、狭い駐車場を見つけてそこに身を隠した。
尾行してきた車も、さすがにあからさますぎて駐車場までは入って来れないだろう。

(よし···撒いた)
(···ナンバーも、覚えた)

江戸川
「何かあったのか」

サトコ
「あ、いえ···事務所への最短ルートを計算していたところです」
「お待たせしてすみません。車、出しますね」

江戸川先生はなんとなく訝しんでいたけど、それ以上突っ込んでは聞いてこなかった。

(さすがに今日はもう、尾行してこないだろうな)
(それとも、車を変えて尾けてくる···?)

細心の注意を払ったけど、事務所まで再度尾行された気配はない。
ホッとしつつ、最後まで気を抜かずに事務所へと戻った。


【警察庁】

あのあと、覚えたナンバーを陸運局に調べてもらったところ、
“ウェン重工” という会社が浮上した。
機械設備が主の製造会社で、本社は中国にある。

(ウェン重工、か···もしかして、江戸川政党と何かつながりがあるのかも)
(津軽さんと百瀬さんに相談して、調べてもらわないと)


「話は終わりだ。出ていけ」
「こんな勝手な真似を、私が許すと思ったか?」

バサッと、銀室長室から投げられた書類が廊下に舞う。
その先にいるのは···

加賀
······

(加賀さん···!?)

慌てて物陰に隠れて、鉢合わせしないように息を潜める。
舌打ちをして書類を拾うと、加賀さんは私に気付かず廊下を歩いて行った。

(加賀さんが、 “勝手な真似” ···?)
(あんなに、銀室長に目を付けられるのを嫌がってたのに···)

目を付けられれば、仕事がやりにくくなると言っていた。
それを覆してでも加賀さんがやりたかったこととは、なんなのだろう。

(加賀さんは、何か動こうとしてる···間違いない)
(そのために、私のパソコンを···?)

加賀さんがいなくなった廊下に漂う重苦しい雰囲気に、ぎゅっと唇をかみしめた···

【公安ルーム】

公安課ルームに戻ると、そこに加賀さんの姿はなかった。

(よかった···加賀さんのことだから、私が立ち聞きしたこと、すぐ気付くだろうし)
(銀室長にあんなふうに言われて、きっと今、イライラMAXなんだろうな)

こっそり加賀さんのデスクに近づき、先日雑貨屋で見つけて買ったストレスボールを置く。

(これを見た瞬間、すぐ加賀さんの顔が思い浮かんだんだよね)

豆柴の間抜けで可愛い顔のストレスボールで、少しでも癒されて欲しい。

(···下手なこと言って、この間みたいに拒まれるのが怖い)

あの日見せられた、威圧的な瞳を思い出す。

(···きっと、お前には関係ない、って言われるよね)

東雲
何やってんの

サトコ
「な、なんでもないですよ」

東雲教官の目が光っていることに気付き、そそくさと加賀さんのデスクを後にした。


【江戸川事務所】

お菓子と送迎で江戸川先生の信頼(?)を得た頃から、
事務所の中でもかなり動きやすくなっていた。

(ちょっと誰かのパソコンをいじってても、あまり不審がられない···)
(もちろん、周りに誰もいない時を狙ってるけど···)

『先生に頼まれたデータが欲しいので』と言えば大抵は許される。
そのうえ、ベテラン秘書でなければ見られないファイルへのアクセス制限もゲットした。

(って言っても、やっぱり見られないデータもあるんだけど···)
(そこはもう、ハッキングするしか···)

誰もいなくなった事務所でひとり残業するふりをしながら、経理システムをハッキングする。
画面上で “とある会社” の名前を探していると、誰かが事務所に入ってくる気配がした。

(こういうときは、慌てず急がず、元の画面に···)

津軽
サトコちゃん、やっぱり残ってた

サトコ
「···!今日は後援会から直帰じゃなかったんですか?」

津軽
その予定だったけど、モモに聞いたら、サトコちゃんがまだ戻ってないっていうから
事務所に残ってるんじゃないかな~と思ってね
探りは順調?

(バレてる···っていうかこんな普通に喋ってるけど、もし盗聴とかされてたら···)

サトコ
「あの、 “石川さん” ···」

津軽
ん?ああ、大丈夫。ここは調べ済だから

偽名を呼んだだけで、こちらの意図は正しく伝わったようだ。

サトコ
「そうですか···安心しました」

津軽
ちゃんと注意して優秀だね、サトコちゃんは
で?何を探ってるの?

サトコ
「実は···ウェン重工とこの事務所のつながりを調べてるんです」

津軽
ウェン重工···?また妙な名前を出してきたね

サトコ
「妙って?」

津軽
あの会社、本社が中国だってことは知ってる?

サトコ
「はい、そこまでは調べました。機械設備が主の製造会社だって」

津軽
そう。そして、武力派組織の隠れ蓑になってるっていう話がある

サトコ
「武力派組織···」

津軽
なんでその名前が?

サトコ
「実は···」

今日の送迎で尾行されたことを報告すると、津軽さんは少し厳しい表情を見せた。

津軽
···それで?経理システムの中には入れた?

サトコ
「えっ?あ、はい。津軽さんが来たので、慌てて消しましたけど」
「無事にハッキングできました。ウェン重工の名前を探してるところだったんです」

もう一度経理システムを開き、津軽さんと一緒にその名前を探す。
すると予想通り、過去にウェン重工と金銭の授受をした痕跡があった。

サトコ
「···額が大きすぎますね。1000万、1600万···この時は、2000万」

津軽
ざっと見積もって···トータルで1億か

サトコ
「1億···」

桁違いの額に呆然とする私の横で、津軽さんが誰かに電話を始めた。

津軽
そう、ウェン重工の収支報告
···そう。わかった、ありがとう

サトコ
「津軽さん?今の···」

津軽
ウェン重工から新エネルギー党への収支報告は、600万ちょっと
さすがに、この差は大きすぎるね

サトコ
「ということは···!」

私たちが追っている、新エネルギー党の闇金疑惑がこれで確固たるものになった。
しかもその取引先は、江戸川先生を乗せた車を尾行した、ウェン重工だ。

津軽
この決算書によると、これ以降、ウェン重工からの金銭の授受は行われていない

サトコ
「それって、つまり···」

<選択してください>

ウェン重工から断った

サトコ
「ウェン重工から断った···ってことですか?」

津軽
その可能性は低いだろうね
ああいう会社としては、どんなに金を積んでも政治家とのつながりは持っておきたい
そのうえ、相手はあの江戸川謙造だ

サトコ
「じゃあ、新エネルギー党がウェン重工を見限った···?」

江戸川の尻尾切り

サトコ
「新エネルギー党のほうからの尻尾切りか···ですよね」

津軽
さっきの尾行の話も照らし合わせて考えると、そっちだろうね
ウェン重工としては、江戸川との縁は大事にしたいはずだから
向こうから身を引く可能性は、ゼロに等しい

ウェン重工の資金難?

サトコ
「ウェン重工の資金難···とかですか?」

津軽
今のところ、この時期に資金難だったって話は出てないな
むしろ、相当羽振りが良かったみたいだよ

(それはやっぱり、江戸川謙造と繋がってたから···?)

津軽
江戸川謙造はそもそも、核融合発電という新しいエネルギーでの革新を進めてる
その研究のためには、金を惜しまないらしい

サトコ
「その費用が、ウェン重工から流れてた···ってことですか」

津軽
おそらくね。でも···

パソコンに視線を戻しながら、津軽さんが眉を顰める。

津軽
ウェン重工が、武力派組織とつながりがあると噂され始めたのは
このーーー金銭授受がなくなった頃あたりだ

サトコ
「じゃあ···」

津軽
江戸川としては、武力派組織とつながりたいわけじゃないだろうね
そもそも江戸川が核融合エネルギーを推してるのは、諸外国との関係を見据えてのことだ
武力派組織と下手につながりができる前に退散したのは、妥当な判断だと思うよ

サトコ
「先生を尾行したりして、ウェン重工は何を企んでるんでしょうか?」

津軽
そりゃ、江戸川謙造に対する復讐···かな

なんのことはなく、津軽さんが答える。

サトコ
「復讐···」

津軽
核融合支援をしてるってことで、ウェン重工も当時は肩で風を切る印象だったけど
見限られて以来、だいぶ株価も下降してるみたいだし
···そういえば

思い出したように、津軽さんがパソコンの画面から私に視線を戻した。

津軽
ウェン重工は、確か兵吾くんの班で詰めてる案件じゃなかったかな

サトコ
「···え?」

津軽
どうやら、俺たちに必要な情報は君の師匠が持ってるらしいね

(加賀さんの班が···)

仁王立ちでこちらを睨む加賀さんと東雲教官を想像し、背筋が冷えた。

津軽
ハニトラでも仕掛けて、情報を取っておいでよ

サトコ
「ハニートラップ!?私が!?」

津軽
当然、そういう方法があることだって学んだでしょ?

サトコ
「それは···もちろんわかってますけど」

(そもそもそれはマルタイに対しての手法で···っていうか)
(私が加賀さんにハニートラップなんて、厳しすぎる···!!)

サトコ
「でも、本当なんですか···?加賀さんの班が、ウェン重工を···」

津軽
もちろん。確かな情報

(加賀さんの班が、ウェン重工を追ってる···)
(そして私がいる津軽班が、そこと関わりのある新エネルギー党に潜入捜査してる···)

加賀さんはもっと早い段階で、このつながりに気付いていたのだろう。

(じゃあ、私のパソコンを見ていたのは···)

サトコ
「···本気ですか?」

津軽
任せるよ

津軽さんの笑みは穏やかだったけど、なんとなく底の見えない表情だった。

to be continued



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