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最愛の敵編 加賀5話



津軽
どうやら、俺たちに必要な情報は君の師匠が持ってるらしいね
ハニトラでも仕掛けて、情報を取っておいでよ

(私が、加賀さん相手にハニートラップ···)

東雲
ねえ、邪魔なんだけど

後ろから声が聞こえてきて、探していたその人が私を見ていつものように眉をひそめる。

サトコ
「東雲教か···じゃない、警部補!ちょうどよかった!」

東雲
うわ、嫌な予感···

サトコ
「あの、よかったら今夜、一緒に···」

お酒でも、と言いかけたところで思い切りあっかんべーをされ、東雲教官はその場を去った。

サトコ
「うぐぐ···」

(あれは間違いなく、加賀さんによる箝口令が敷かれてる···!)
(加賀さんにハニトラなんて絶対効かないから)
(せめて東雲教官から何か教えてもらえたらって思ったのに)

サトコ
「私に、あの班の人たちは荷が重すぎる···」

とぼとぼ歩いていると、まるで私が困っているのを知っていたかのように津軽さんが歩いてきた。

津軽
首尾はどう?

サトコ
「無理です···加賀警視と東雲警部補のことは、学校にいた2年間でよく知ってますけど」
「あのふたりから、私ごときが情報を引き出すなんて···不可能かと···」

津軽
諦めるの早いな

サトコ
「ふたりを知ってるからこその諦めです」
「加賀警視か東雲警部補から、普通に情報をもらうのはダメなんですか?」

津軽
それが可能なら、もちろんそれでもいいけどね
ただ、別の班だから難しいと思うよ。みすみす情報なんて渡してくれるかな
ハッキングしてもいいんだけど、バレた時の始末の方がメンドくさいし

サトコ
「···でも、今回の件は最終的にはつながってますよね?」
「それに、いくら別の班って言っても敵じゃないんですから···」

津軽
敵だよ

迷うことなく、津軽さんが答える。
その瞳には、本心の見えない色が浮かんでいる気がした。

サトコ
「津軽さん···」

津軽
加賀たちは、敵だ
簡単に情報をもらおうなんて、考えない方がいい

抉るような真っ直ぐな言葉に、それ以上、反論できなかった。



【駅ホーム】

数日後の夜。

(ま、ま、間に合わないーーー!)

残業を終えて警察庁を飛び出し、最寄の駅へと猛ダッシュする。
これを逃すと、今日は仮眠室で寝ることになってしまう。

(今週、これで何度目の終電だろう···!?)
(って、今はそんな事考えてる場合じゃない!)

終電だから、乗客の数も他の時間よりもかなり多い。
改札からホームまで、追い越し追い越されの攻防が続いた。

(ダメだ···こんな、乗車率200%の電車に乗り込めるはずが···)
(でもここで諦めたら、仮眠室···!)

そのとき、中から伸びてきた手に腕を掴まれた。

サトコ
「···えっ?」

【電車内】

ぎゅうぎゅうに人が押し込められた状態で、終電の扉が閉まる。
間一髪のところで、電車の中に引きずり込まれた。

加賀
鈍くせぇ

サトコ
「···加賀さん!」

私の腕を掴み、目の前に立っているのは加賀さんだった。

サトコ
「ど、どうして···」

加賀
何がだ

<選択してください>

敵同士なんじゃ

サトコ
「だって私たち、て、敵同士なんじゃ」

加賀
バカかテメェは
お前を終電に乗せてやったからって、俺に何の不利益がある

(確かに···それにもう、就業時間外だし···)

仕事中ですか?

サトコ
「もしかして、仕事中ですか···?」

加賀
この状態で仕事できるように見えるか

サトコ
「見えません···」

(確かに、この混雑じゃマルタイを尾行もできない···)
(じゃあ、加賀さんも仕事終わり?)

ここで何してるんですか?

サトコ
「こ、ここで何してるんですか?」

加賀
仕事してるように見えるか

サトコ
「いえ···電車に乗ってるようにしか見えません」

加賀
なら、そうなんだろ

(じゃあ普通に、仕事帰り···?)

サトコ
「あれ···?加賀さん、車はどうしたんですか?」

加賀
車検に出してる

サトコ
「代車は」

加賀
しっくり来ねぇ

サトコ
「それで電車通勤ですか···」

(しっくり来ない代車に乗るより、この満員電車に乗ることを選んだのか···)
(加賀さんてって、変なところで変なこだわりがあるよね···)

密着しているので、お互い、自然と小声になる。
こんなにくっついたのは久しぶりで、緊張に少し身が硬くなった。

(そういえば、学校にいた頃に比べて全然会えてないな···デートすら···)
(同じ職場だけど、お互いに別の事件を追ってるから)

ぼんやりしてる間に、次の駅で電車が停まる。
扉が開いた瞬間、まだ降りない駅なのに、ものすごい人の勢いに流されそうになる。

サトコ
「わわっ···!」

加賀
···何やってんだ

人の波に呑まれそうになった私の腰を抱いて、加賀さんが自分の方へ引き寄せる。
そのまま体を反転させて、自分と私の場所を入れ替えてくれた。

サトコ
「あ、ありがとうございます···」

加賀
終電、初めてじゃねぇだろ

サトコ
「そうなんですけど、いつもはもうちょっと余裕があるので」
「もう少し奥の方に乗れるんです···」
「こんな出入り口付近は初めてで···ひ、人の流れが」

加賀
うるせぇ

サトコ
「ええ···!?自分から聞いてきたのに」

(···こんなにくっついてるから、加賀さんの煙草の匂いがわかる)
(ドキドキするけど···安心する)

加賀
何の真似だ

サトコ
「え?」

加賀
間抜けな顔した犬のボールなんざ置いて行きやがって

サトコ
「あっ、ストレスボールですか?かわいいし、和みません?」
「というか、私が置いたって知ってたんですか···」

加賀
他にいねぇだろ

サトコ
「···使ってくれてますか?」

加賀
あれがテメェの顔なら、簡単に握り潰せたんだがな

サトコ
「サラッと恐ろしいことを言う···」
「あの豆柴、ポチっていうんです」

加賀
勝手に名前付けてんじゃねぇ

サトコ
「ふふ···可愛がってくださいね」

とりとめもない会話だけど、いつものように話せるのが嬉しい。

(それに、あのストレスボールを置いたのが私だって、気付いてくれた)
(本気で怒ってなくて、豆柴もまんざらでもない···って思ってくれてるのかな)

サトコ
「あ、もしかして猫の方がよかったですか?」

加賀
なんでそうなる

サトコ
「加賀さんはなんとなく、簡単には懐かない猫の方が好きなのかなって」

加賀
だとしたら、テメェはお役御免だな

サトコ
「お役御免···?」

(···え!?まさか、捨て犬にされるってこと!?)

サトコ
「···私は信じてますよ···加賀さんはきっと、犬派だって」

加賀
さっきと言ってることが違うじゃねぇか

サトコ
「だって、うっかり猫派だったら大変じゃないですか···!」

加賀
言ってろ

混雑していて身動きが取れず、加賀さんの顔を見ることができない。
でも、いつもくだらない話をしているときのように笑ってくれている気がした。

(やっぱり···加賀さんと一緒にいる時が、一番安心する)
(津軽さんも難波室長も···それに加賀さん自身も、別の班の私たちは敵同士だって言うけど)

仮に敵対していても、加賀さんに隠し事をされていても、自分の感情を誤魔化すことは出来ない。
いくら手掛かりが欲しくても、ハニートラップで情報を引き出すのは、加賀さんへの裏切りだ。

(そんな考えは甘いのかもしれないけど···それでも、やっぱり···)
(加賀さんを信じているからこそ、騙すような真似はしたくない)

人に流されないようにと、そっと加賀さんに抱きつく。
加賀さんは何も言わず、終電の混雑から私を守ってくれた。


【警察庁】

(とはいうものの···)

翌日のお昼過ぎ、ランチを終えて公安課ルームへ戻る。

(実際問題、ウェン重工について情報がないと困るのは事実なんだよね)
(そしてその一番ホットな情報は、加賀班が持っている···)

石神
氷川か

サトコ
「あ···石神教官」

(···じゃなかった!)

サトコ
「も、申し訳ございません、石神警視。失礼しました」

石神
今さらお前に、まともな呼び方は期待していない

後ろから声を掛けてきた石神教官が、私と並ぶ。

石神
ちょうどよかった。そこの角を曲がれ

サトコ
「え?」

石神
その先の資料室のテーブルに置いてあるファイルを半分持て

サトコ
「もしかして···荷物運びを手伝えと」

石神
公安課ルームに運ぶつもりだった。どうせお前も向こうに戻るんだろう

サトコ
「石神教官は、班が違うからとかそういうの、お構いなしなんですね」

石神
お前が俺を “教官” 呼びしてる間はな

サトコ
「うっ···じゃあずっと、パシリにされる気がします···」

資料室からファイルを持って、石神教官と並んで公安課ルームへ向かう。

石神
それで?何を悩んでる

サトコ
「え?」

石神
お前は公安学校時代から、顔に出やすいからな

サトコ
「私、そんなにわかりやすいですかね···」

石神
わかりやすいな。そのうえお前の悩みはあの頃から、事件か試験か加賀かしかなかった

サトコ
「ええ···!もっといろんなことで悩んでましたよ!ダイエットとか···」

石神
······

(わあ···石神教官の呆れたようなこの顔、久しぶりに見た···)
(って、悩むとこじゃない!)

石神
試験···はもうないだろうから、事件か加賀か、か
それとも、その両方か

サトコ
「い、石神教官···」

石神
大体昔から、お前が悩むとロクなことにならない
何度俺たちが巻き込まれて、迷惑を掛けられたか

サトコ
「すみません···ほんとにその通りです···」

石神
そんなお前が、なぜ悩んでいるのか分からないが
悩む前に真正面からぶつかっていくのが、お前のやり方だろう

サトコ
「···!」

石神
よくそれで、玉砕していたがな

(もしかして、答えはすごくシンプルなのかもしれない)
(みんなに『敵だ』って言われて、東雲教官には取り合ってもらえなくて)

津軽さんからは、『加賀班は敵』『情報をもらうのは難しい』と言われた。
そんな先入観があったせいか、何もせず最初から諦めてしまうところだった。

サトコ
「石神教官···ありがとうございます!」

石神
何の礼かはわからないが
俺たちの共通の目的は、事件を未然に防ぐこと、だ

サトコ
「そう···ですよね」

石神
昔から変わらず、お前の長所は正面突破だろう
余計な事は考えず、お前はお前が正しいと思う行動を取れ

サトコ
「···はい!」

(そうだ···敵とか味方とかの前に、まずはそれが何よりも大事なんだ)
(それは、加賀さんだって同じはず···!)

【公安課ルーム】

その日、仕事が終わると皆が帰ったことを確認して加賀さんを公安課ルームに呼び出した。

サトコ
「単刀直入に言います。ウェン重工の動向について、情報をください」

加賀
······
テメェは、予想以上のバカでグズだな

サトコ
「······」

加賀
前にも言ったが、たとえ同じ公安にいてもテメェと俺は敵同士だ
みすみす情報を流す奴なんざいねぇ。どんな汚ぇ手を使ってでも、テメェで勝ち取れ

サトコ
「わかってます。そのつもりです」

加賀
···どういう意味だ

サトコ
「加賀さん···私と取引しませんか」

加賀
何···?

これは賭けだった。

(普通に考えて、いくら公安刑事同士だって班が違う以上)
(こんな取引はあり得ない。あり得ちゃいけない)
(だけど···私には、これしか思い浮かばない)

サトコ
「ウェン重工を追ってる加賀さんは、新エネルギー党の情報を探ってますよね」
「私たちは、江戸川に融資をしていたウェン重工の情報が欲しいんです」

加賀
だからなんだ

サトコ
「加賀さんが求めてる情報を、そちらに流します」
「だから···私が欲しい情報を渡してください」

加賀
······

加賀さんが、わずかに眉間にシワを寄せるがわかった。

加賀
···それは、テメェの考えか

サトコ
「そうです。津軽さんに入れ知恵されたりなんかしてませんよ」

加賀
なら···何でそうしようと思った

<選択してください>

これが最善の策だから

サトコ
「これが、最善の策だからです」
「少なくとも、私はそう信じてます」

加賀
······
···なるほどな

加賀さんなら乗ってくれると思った

サトコ
「加賀さんなら、乗ってくれると思ったんです」

加賀
テメェごときに、舐められたもんだな

サトコ
「だって···加賀さんはいつだって、事件解決への最短の方法を探すじゃないですか」
「まどろっこしいのは、嫌いですよね?」

加賀
···チッ

事件を未然に防ぎたい

サトコ
「事件を未然に防ぎたいからです。···加賀さんも、そうですよね?」

加賀
······

公安刑事は、事件を未然に防ぐことができる···昔そう言ったのは、加賀さん自身だ。

サトコ
「お互いが欲しい情報を交換する···足を引っ張り合うよりも、ずっと早いはずです」
「協力してください」

加賀
···言うじゃねぇか

(私は加賀さんを裏切らない。それは、加賀さんもよくわかってる)
(だからこそ、この交換条件が活きてくる···はず!)

加賀
··· “協力” か

鼻で笑った後、加賀さんが口の端を上げた。

加賀
いいだろう。テメェの提案に乗ってやる

サトコ
「······!」

加賀
ただし、今回限りだ

サトコ
「わかってます!ありがとうございます!」

ホッとする私に、加賀さんが呆れたように笑った。

加賀
想像以上に、色気のねぇ提案だったな

サトコ
「想像以上···?」

加賀
まあ、テメェらしいっちゃらしいが

サトコ
「···だって加賀さんは、私のハニートラップには引っかかってくれませんよね···?」

加賀
当然だ
俺を陥落させるほどの色気が自分にあると思ってんのか?

サトコ
「ないです···」

髪をくしゃっと撫でられ、久しぶりの感覚に笑みが零れた。

(今回限り···それでいい。とにかく今は、ウェン重工の情報を手に入れるのが先だ)
(きっとこれで···!)

加賀さんとのギブアンドテイクは、闇金事件の解決へ一歩踏み出せるはず。
この時の私はそう信じていたーー······

to be continued



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