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最愛の敵編 加賀6話



【デパート】

津軽班に配属になってから毎日が忙しく、その日は久しぶりの休日だった。

(加賀さんは仕事だし、たまにはひとりでのんびり過ごそう)
(そういえばこうやって目的もなく買い物に来たの、津軽班に配属されて以来初めてかも)

服を買ったりアクセサリーを見たりと、久々のショッピングを楽しむ。
すると向こうの通りに、小さな人だかりが出来ているのが見えた。

女性
「困ったわねぇ。ママの電話番号、わかる?」


「わかんない···」

サトコ
「花ちゃん!?」

女性たちに囲まれているのは、間違いなく花ちゃんだ。


「サトコ!よかったーママしらない?」

サトコ
「花ちゃん、もしかして迷子?」


「ううん、ママがまいご」

サトコ
「そ、そっか···」

女性
「あなた、この子の知り合い?」

サトコ
「はい。今、お母さんに連絡取ってみますね」

以前交換した美優紀さんの番号にかけると、すぐ電話に出てくれた。
居場所を伝えると、別のフロアにいたらしい美優紀さんが走ってくる。

美優紀
「花!なんでこんなところにいるの!?」


「もーママ、どこにいってたの?はな、さがしちゃったよ」

美優紀
「もう···ほんとにアンタは、いつもいつも心配かけて」


「はな、ママをさがすために、ほうそうかけてもらおうとおもったんだから!」

(話が噛み合ってるようで噛み合ってない···けど、とりあえず無事に再会できてよかった)

美優紀
「サトコちゃん、ありがとうね。本当に助かったわ」

サトコ
「いえ、偶然見つけられてよかったです」

美優紀
「この子ったら、この上のフロアにいたはずなのに、いつの間にかいなくなってて」


「あのねー、はなねー、あれがたべたくて」

花ちゃんの視線の先には、フルーツパーラー。

美優紀
「ちょうどいいわ。サトコちゃん、時間ある?よかったら一緒に食べない?」

サトコ
「いいんですか?ぜひ!」


「サトコもいっしょ?やったー!はな、おてがら!」

美優紀
「違うでしょ!調子に乗らないの!」

美優紀さんしっかり手をつなぐ花ちゃんが、なんだか微笑ましかった。



【フルーツパーラー】

花ちゃんや美優紀さんと一緒にパフェを食べながら、取り留めもない話に花を咲かせる。

サトコ
「えっ!?花ちゃん、告白されたの?」


「うん、おなじクラスのユウキくんにねー、はながせかいいちすき、って」

サトコ
「おお···」

美優紀
「今の子ってマセてるわよね」

サトコ
「すごい情熱的ですね···私もそんなセリフ言われてみたい···」


「でも、はなねー、ほかにすきなこいるの」
「だけど、リョウくんはアイちゃんがすきだしなー。はな、ユウキくんとつきあっちゃおうかな」

サトコ
「花ちゃん···それ、絶対加賀さんに言っちゃダメだよ」

美優紀
「ユウキくんとリョウくんの命が心配になるわね···」

ゾッとしながら、美優紀さんが花ちゃんのほっぺについたクリームをハンカチで拭く。

美優紀
「ほらほら、兵吾じゃないんだから」


「ひょーごもほっぺにクリームつけるの?」

美優紀
「昔はよくつけてたのよ。花は本当に、兵吾に似てるわ」

サトコ
「そうなんですか?」

美優紀
「あいつ、パフェとかソフトクリームとか食べるのがヘタでね」
「昔はもっとかわいげがあったのに、なんであんなふうになったんだか」

サトコ
「確かに、今の加賀さんからは考えられないですね···」

(パフェ食べるのが下手くそな加賀さんか···想像するだけでかわいい···)
(昔のアルバムも絶対に見せてくれないし、子供の時代の加賀さんの話は貴重だな)

美優紀
「まあ、兵吾があんな性格になったのは、父親の影響があるんでしょうけど」

サトコ
「お父さん···ですか?」

美優紀
「サトコちゃんにはまだ話してなかったわよね。うちの父親って、すごく厳しい人なの」
「兵吾なんかは完全に連絡を取ってないわね」

サトコ
「そうなんですね···」

(そっか···だから前にご両親の話になった時は、はぐらかされたのかな)
(加賀さんにとっては、触れてほしくない話だったのかもしれない···)

美優紀
「私もあの人のことは好きじゃないし、年に一度も顔を合わせてないけど」
「花もいるし、兵吾みたいに縁を切るのは難しくてね」

サトコ
「そうだったんですかv」

美優紀
「あの子、いっとき、本当にやさぐれてたのよ。手が付けられないくらい」
「でも今はサトコちゃんがそばにいるし、安心ね」

サトコ
「私は···」

<選択してください>

そばにいていいんでしょうか

サトコ
「このまま、加賀さんのそばにいていいんでしょうか···」

美優紀
「何言ってるの。サトコちゃんじゃなきゃダメなのよ」
「でもまあ、あの傍若無人男だから···サトコちゃんが愛想尽かしても仕方ないけど」

サトコ
「私が愛想尽かすなんて、あり得ないです!」

(むしろいつ加賀さんに見放されるか、ハラハラしてるのに)

加賀さんの役に立ってる?

サトコ
「ちゃんと、加賀さんの役に立ってるんでしょうか」

美優紀
「サトコちゃん、男と女って、役に立ってる立ってないじゃないのよ」
「少なくとも兵吾は、サトコちゃんにすごく支えてもらってると思うわ」

サトコ
「私が···加賀さんを···」

美優紀
「それはきっと、サトコちゃんじゃなきゃできないことなのよ」

少し落ち込んでたんです

サトコ
「実は、少し落ち込んでたんです···加賀さんに何も話してもらえない、って」

美優紀
「あの子、ただでさえ言葉足らずだからね···」

サトコ
「でも、そんな子どもみたいなこと言ってちゃダメですよね」
「加賀さんが抱えてるものを、いつか全部、受け止めたいです」

美優紀
「···ありがとう。手のかかる弟だけど、よろしくね」

美優紀さんの言葉に、ずっと抱えてきた重苦しい気持ちが、少しだけ軽くなるのを感じた。

(ご両親のこと、仕事のこと···何ひとつ話してもらえなくて、悩んだこともあったけど)
(無理に聞くようなことじゃない···加賀さんが話したいと思ってくれるまで、待っていよう)

ごく自然と、そう思うことができた。



【公安課ルーム】

休みの翌日、公安課ルームの自分のデスクに向かうと、小さな封筒が置いてあった。
中にはUSBが入っていて、加賀さんからだということがわかる。

(ウェン重工の情報だ···!もう用意してくれたんだ)

封筒にはメモが入っていて、加賀さんが求める新エネルギー党の情報が箇条書きで書かれていた。

(この情報ならどれも、私が入手できる)
(急いで準備して、加賀さんに渡そう)

何食わぬ顔で椅子に座り、ちらりと視線を動かす。

加賀
······

加賀さんはエナジードリンクを飲みながら、豆柴顔のストレスボールをにぎにぎしていた。

(ああ、ポチ···加賀さんの役に立ってる···)
(書類仕事してるのかな···そりゃイライラするよね···)

あわよくば書類仕事は誰かに任せたい加賀さんのことだから、
今かなりストレスが溜まっているだろう。
ポチが加賀さんにとって少しでも癒しになってくれているのなら、
職場では会話できないけど、つながっていられるような気がするのだった。

それからというもの、加賀さんがいない間にこっそりデスクに差し入れするのが日課になった。

(昨日のおしるこ、好評だったっぽいな···すぐ食べてくれたもんね)
(今日は、実家から送られてきた甘いみかん、だけじゃつまらないから···)

東雲
······何それ

サトコ
「あ、東雲警部補もみかん食べますか?」

東雲
いらない

黒澤
サトコさん、もしかしてみかんに何か書いてます?

颯馬
それは···もしかして、加賀さんの顔ですか?

サトコ
「はい!この眉間のシワがポイントです」

黒澤
あ、じゃあオレも後藤さんみかん書こうかな~

後藤
やめろ。食べ物で遊ぶな

黒澤
ちゃんと後で食べれば問題ないですよ~
石神さんは眼鏡書けばそれっぽくなりません?

サトコ
「うっ···似てる」

黒澤
この目の角度がポイントでして

キャッキャしてるうちに、加賀さんと石神教官が戻ってきた。
慌ててみかんをデスクに置いて、みんな、平然と仕事を始める。

石神
おい···なんだこれは

黒澤
似てますよね?その石神みかん!略して “いしがみかん” !

東雲
一文字しか略されてないじゃん

石神
お前が書いたのか、黒澤···

黒澤
あーっと!すみません、オレちょっと、野暮用が!

賑やかな黒澤さんたちには構わず、加賀さんも自分のデスクのみかんを手に取った。

加賀
······

東雲
それ、彼女が書いてましたよ

加賀
······

(ヒィ···こっち睨んでる···眉間のシワが濃くなった···)
(おかしい···和んでもらおうと、良かれと思って置いた差し入れが···)

舌打ちをしただけで、やっぱり仕事中は私に話しかけてこない。
それでも、加賀さんとこうして同じ空間にいられるだけで充分だった。


【駅】

数日後の週末、久しぶりに加賀さんからLIDEが来た。
待ち合わせ場所の駅へ急ぐと、いつものように先に加賀さんが来て待っている。

サトコ
「お、お待たせしました!」
「っていうか加賀さん、私が出てくるとき」
「まだ公安課ルームにいませんでしたか···!?」

加賀
テメェの足が遅ぇんだろ

サトコ
「加賀さん瞬間移動説が···」

加賀
くだらねぇこと言ってねぇで、行くぞ

吸っていた煙草を消して携帯灰皿に捨てると、加賀さんが駐車場へと歩き出す。

サトコ
「あれ?電車通勤なんじゃ」

加賀
車検から戻ってきた

サトコ
「いいなあ···じゃあもう、あの乗車率200%の電車には乗らないんですね」

羨ましく思いながらも、久しぶりの助手席に浮足立つのだった。

【コンビニ】

加賀さんの部屋には何もないので、コンビニで色々と買っていくことにした。

サトコ
「お酒とおつまみと···あと何か買います?」

加賀
とりあえずそれでいいだろ

久しぶりなので、歯ブラシなどの日用品も買うことにする。
自分で払おうと思ったけど、加賀さんに無理やりひったくられてカゴに入れられた。

サトコ
「すみません···」

加賀
別々だとめんどくせぇ

ふと、カゴに目を向ける。
そこに入っている “あるもの” を見つけて、一気に顔が赤くなった。

(あ、あれ···)
(いや···でも私も新しい下着を着けてきたり、期待しちゃってるけど)

加賀さんはよく、疲れたときは『身体で癒せ』と激しく求めてくることがある。
久しぶりなせいか、妙にソワソワしてしまうのだった···

(······つまり、そういうこと···だよね?)


【加賀マンション】

久々に訪れた加賀さんの部屋は、何も変わっていなくて少し安心した。

サトコ
「買ってきたもの、こっちに置いておきますね」

加賀
ああ

サトコ
「あ!そういえば今日、ずっと見てたドラマの最終回なんです」

テレビをつけて目的のチャンネルにすると、選挙特番が放送されている。

サトコ
「あ···そうか、もうすぐ選挙ですよね」

加賀
······

サトコ
「残念···今日は特番で、ドラマはやってないんだ」

アナウンサー
『今回の選挙で一番の注目株というと、やはり江戸川謙造氏でしょうか』

コメンテーター
『そうですね。何しろ新エネルギー開発を前面に打ち出してますから』
『次世代エネルギーとしても世界的に注目されていますし』
『江戸川さんの動向はかなり···』

そこで、突然テレビが消えた。

サトコ
「あっ」

加賀
そんなつまんねぇもん、いつまでも見てんじゃねぇ

サトコ
「でも···」

(ちょうど江戸川先生の話題だったから、ちょっと気になってたんだけどな)
(加賀さんも、ウェン重工を追ってるなら新エネルギー党のことは無関係じゃないんじゃ)
(でも今回の事件では間接的なつながりしかないから、選挙は関係ないのかも)

肩を引き寄せられて強引に唇が重なると、そんな考えも頭から消えてしまった。

サトコ
「んっ···」

加賀
テメェが見るのはこっちだろ

サトコ
「ぁっーーー」

濡れた舌で熱く掻き回されて、久しぶりの感触に身が震える。
首筋をなぞるように加賀さんの舌が下りてきて、服を乱され胸元が露わになる···

サトコ
「や···」

加賀
手、どけろ

柔らかいところに触れられ、甘い痺れが駆け巡る。
弾む域と共に震える唇から言葉を零す。

サトコ
「かがさ···ベッド···っ」

加賀
···上等だ

キスの合間に必死に懇願すると、加賀さんが久しぶりに見せる笑みを浮かべた。

サトコ
「っ······」

加賀
向こうで、飽きるまで抱いてやる

抵抗する間もなく抱き上げられて、寝室へと連行される。
その夜は久しぶりに、時間を忘れて加賀さんと抱き合っていた。


【公安課ルーム】

選挙の準備が着々と進む中、江戸川先生は核融合実証炉の稼働実験に立ち会うことになった。
そして先生のご指名で、私も送迎役兼秘書としてその場にいるのを許された。

津軽
いやあ、大出世だね、サトコちゃん

公安課ルームでふたりきりになると、津軽さんが感心したように笑顔になる。

津軽
寝たの?

サトコ
「······」

津軽
冗談、ごめんね。怒った顔もかわいいけど

サトコ
「···私もまさか、ここまでして頂けるとは思いませんでした」
「でもウェン重工の動向もわかったし、とりあえずよかったです」

津軽
ウェン重工に動きがありそうな日が、稼働実験の日と合致したってことは
間違いなく、奴らの狙いは江戸川本人だろうな

加賀さんがくれたウェン重工の情報を見る限り、稼働実験の日に何かあると予想できた。
それをもとに加賀班と交渉して、合同捜査に踏み切ることになったのだった。

津軽
それにしても、キミが江戸川の秘書として稼働実験に立ち会うとはね
それまではそういうの、男性秘書ばっかりだったみたいなんだけど

<選択してください>

お菓子の力ってすごい

サトコ
「そうなんですか?お菓子の力ってすごいですね···」

津軽
それだけじゃないかもしれないよ。もしかして江戸川は
 “男” として君を気に入ったのかも

サトコ
「江戸川先生が?」

(車の中でも全然喋らないし、絶対それはない気がするけど···)

私、狙われてる?

サトコ
「···もしかして私、狙われてるんでしょうか···」

津軽
かもね。いくら秘書って言ったって、しょせんは男と女だし

サトコ
「あの···そんなわけない、っていうツッコミを想定したボケだったんですけど」

津軽
可能性はゼロではないだろ?

(うーん、あの厳しい態度を見てたら、限りなくゼロな気がする···)

しっかり仕事してきます

サトコ
「期待に応えられるように、しっかり仕事してきます!」

津軽
秘書の仕事だけでなく、こっちの仕事もしっかりね

サトコ
「もちろん、そっちがメインですよ」

(加賀班との合同捜査だから、稼働実験には加賀さんたちも潜入するはずだし···)

改めて気を引き締める私に、津軽さんがからかうように笑う。

津軽
でも周囲は、お菓子のことなんて知らないからさ
もしかして、江戸川の愛人だと思われちゃうんじゃない?

サトコ
「それ、さっき東雲警部補にも言われました···」

(江戸川謙造は地位もお金もあるし、何より男前だから)
(性格が多少冷酷でも、秘書の中でも後妻を狙う人が多いらしい···って言ってたっけ)

そういえば、江戸川先生は少し前に離婚していると経歴で見た。

サトコ
「でも···確かにモテそうですよね、先生って」

津軽
そう思う?

サトコ
「はい。厳しいのも、仕事に妥協しないってことだし」
「闇金のことがなければ、素直に応援していたかもしれないです」

(何より、なんとなく江戸川先生って知らない気がしないというか···)
(今までテレビで何度か見かけてたからかな?なんでだろう···)

考える私をじっと見つめて、津軽さんがゆっくりと口を開く。

津軽
兵吾くんもモテるし、遺伝だよね

その言葉は、私たち以外に誰もいない公安課ルームに響き渡った。
意味がわからない私の反応を見る津軽さんは、どこか愉悦の笑みを浮かべている。

サトコ
「···え?」

津軽
よく似てるなって。厳しいところも、冷たいところも

サトコ
「似てるって···誰に···」

津軽
···江戸川謙造の前妻の名字、知らない?
調べてみたら?よく知った名前だと思うよ

サトコ
「······」

その声に引き寄せられるように、江戸川謙造の資料を開く。
前妻の名字はーーー “加賀”

(···嘘···)

名前は書かれていないけど、江戸川謙造には、娘と息子がひとりずつ。

(まさか···)
(江戸川謙造が···加賀さんの、お父さん···?)

to be continued



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