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最愛の敵編 加賀9話


いくら待っても、爆発の衝撃は襲ってこなかった。

加賀
···俺だ

無線に連絡が入ったのか、加賀さんが私から手を離す。

加賀
遅ぇよ。制御装置ひとつに手こずりすぎだ
万が一爆発したら、全員お陀仏だったがな

(もしかして、無線の相手、東雲教官···?)
(そうか···東雲教官が···)

ふらふらと立ち上がり、加賀さんの背中を眺める。
伏せていた江戸川先生も身を起こしたけど、立ち上がらずその場に座り込んだ。

加賀
······

江戸川謙造
「···バカ息子が」
「何をしてるんだ···守るものの順番が違うだろう」

加賀
うるせぇ、クソ親父
俺は俺のやり方でやる。テメェにゃ指図されねぇ

サトコ
「加賀さん···」

江戸川謙造
「本当にお前は···昔から、変わらないな」
「私に反発ばかりして、まったく思い通りにならない」

加賀
言っただろ。俺は誰にも指図されねぇ
自分のやりたいように、やりたい道を行くだけだ

江戸川謙造
「それが、私を助けることになるのか」
「まったく···どこまでもバカ息子だな」

加賀
······

加賀さんは最後まで、お父さんに手を差し伸べることはなかった。

(加賀さん···)

やがて炉の暴走が止まったという知らせを受けて、公安が押し寄せ···
闇献金を受け取った容疑で、江戸川謙造はその場で逮捕されたのだった。

江戸川謙造が連れていかれるのを、加賀さんは黙って見つめていた。
後ろに立ち、その背中を眺める。

(···ホッとしてる?それとも···やっぱり、悲しい?)
(お父さんが逮捕されて、加賀さんは何とも思わない人じゃない···)

不意に、加賀さんが私を振り返る。
そして大きく目を見張ると、つかつかとこちらに歩いてきて私の腕をつかんだ。

加賀
おい、肩

サトコ
「えっ?」

黒いスーツの上からでもわかるほど、肩が血に染まっている。
あまりにもいろいろなことが起こりすぎて、銃で撃たれた痛みすら忘れていたらしい。

(あ···)
(お、思い出したら痛くなってきた···!)

<選択してください>

このくらい平気です

サトコ
「こ、このくらい平気です!」

加賀
黙れ。弾がかすってんだろうが
撃たれたらよけやがれ

サトコ
「そんな超人的なことをサラッと求められても···」

もっと優しくして

サトコ
「もっと優しくしてください···!怪我人ですよ!」

加賀
ドジ踏んで撃たれた奴になんざ、同情の余地すらねぇ

(ドジか···確かにそうだ。最初にあの作業員の中国訛りに気づいてたら)

加賀
ジメジメしてんな。目障りだ

サトコ
「うっ···」

加賀さんは大丈夫ですか

サトコ
「加賀さんは···大丈夫ですか?」

加賀
いっちょまえに、上司の心配か

サトコ
「だって···だって」

加賀
テメェに心配されるほど、落ちぶれちゃいねぇ
いいから、テメェはさっさと戻れ。そのケガでうろつかれても邪魔なだけだ

サトコ
「でも、事後処理のお手伝いくらいならできます!」

加賀
寝言は寝て言え

少し乱暴に腕をつかまれて、痛みに悶絶する。

サトコ
「~~~~~っっ!!」

加賀
この程度も我慢できねぇ奴は、足手まといだ
百瀬、とっとと病院に連れてけ

サトコ
「え?」

百瀬
「···」

いつの間にか後ろにいた百瀬さんに私を引き渡すと、
加賀さんはあっという間にいなくなってしまった。

(私も、最後まで残って仕事したい···)
(でも今の自分じゃ、本当に足手まといだ)

痛みがひどくなってきたので、おとなしく百瀬さんに引きずられながら、その場を後にしたのだった。


【公安課ルーム】

警察病院から戻るころには、公安課ルームにはほとんど人の気配がなかった。
それでも明かりがついていたので中をのぞくと、加賀さんと津軽さんが各々のデスクに座っていた。

サトコ
「おふたりとも、まだ残ってたんですか」

津軽
おかえり。傷どうだった?

サトコ
「とりあえず麻酔を打ってもらって、今はあまり痛くないです」

津軽
怪我の状態は?

サトコ
「弾は逸れたので大丈夫だったんですけど、しばらくは痛むから安静にしてろって」
「それで、できればしばらくはデスクワークのほうに回ってもいいでしょうか···?」

津軽
もちろん。今回の件以外では、大きいヤマも抱えてないし
しばらく、書類のほうをやってもらおうかな

サトコ
「すみません。ご迷惑おかけします」
「それで···あの、加賀警視」

加賀
······

加賀さんは火がついていない煙草を咥えて、報告書の作業をしているらしい。
何も言わない加賀さんの前で、津軽さんが立ち上がった。

津軽
さ~、帰ろ帰ろ。送っていくよ

サトコ
「え?でも」

津軽
怪我した子をひとりで帰せないだろ
そのために待ってたんだし。ほら、行くよ

サトコ
「······」

津軽さんを振り返り、加賀さんに視線を戻す。
何か言おうかと迷っている間に、目が合った。

加賀
······

さっさと帰れ、とでも言わんばかりに加賀さんが、しっしっと手を振る。

津軽
ウサちゃん、何してんの。早く

サトコ
「あ、はい···」
「···お疲れさまでした、加賀警視」

最後まで、加賀さんは返事をしてくれなかった。


【駅】

警察庁を出て、近くの駅まで歩く。
津軽さんは、私の傷に響かないようにゆっくり歩いてくれた。

津軽
女の子に怪我させるなんて、上司失格だな

サトコ
「気にしないでください。公安学校時代も、このくらいはありましたから」

津軽
···へぇ。あの学校、訓練生でもそんな目にあうの?

サトコ
「えーと···そうですね。まれに撃たれたり、生死の境をさまよったり···」

津軽
なるほどね。ウサちゃんが新人刑事に比べて度胸があるはずだ
兵吾くんと秀樹くんが教官だったっけ?相当厳しかっただろうね

サトコ
「うーん、颯馬警部と後藤警部補には優しくしてもらいましたけど」
「東雲警部補には、いつも冷たい目で見られましたね···」

津軽
あの子、人を人とも思ってないときあるよね。さすが兵吾くんの部下

サトコ
「ハハハ···」

思えばあの2年の間に、死にそうな目にあったのは一度や二度ではない。

(銃で撃たれたことも、何度かあった···それでも加賀さんに、犯人を追ってもらったことも)
(花ちゃんが人質にされたり···逆に、加賀さんが撃たれたり)

改めて思い出すと、恐ろしい2年間だった。

(公安学校、か···)

あの頃はいつだって加賀さんがそばにいて、その背中を見て走り続けてきた。
でも公安刑事になり、加賀さんとは班が離れ、別々の事件を追うことになり···

(今回は偶然、お互いに追ってる事件がつながってたけど)
(これからはもっとすれ違うだろうし、会えない日が続くこともある)

なのに、今、離れてしまってもいいのだろうか。

津軽
電車で帰るのはつらいだろうから、タクシー拾おうか
駅まで出てこないとなかなかつかまらないのが、面倒なところだよな

(このまま帰ったら···きっと······後悔するような気がする)
(なのに、私、ここにいていいの?)

津軽
大丈夫?もしかして傷、痛む?

サトコ
「あ···」

上の空になってしまった私の顔を、津軽さんが覗き込んでくる。

(やっぱり···これでいいわけない!)

サトコ
「すみません···私、忘れ物したので、戻ります!」

津軽
え?

サトコ
「津軽さん、先に帰っててください!おつかれさまです!」

津軽さんの引き止める声が聞こえてきたけど、振り返らずに走り出す。
麻酔が切れかけているのか、振動で肩に痛みが走ったけど構わなかった。

津軽
······

走り去る私を、津軽さんがじっと見つめていることも知らずに···


【公安課ルーム】

廊下を走り、公安課ルームの扉を思いきり開ける。
予想外だったのか、加賀さんが火のついていない煙草を咥えたまま目を見張っていた。

加賀
おい···

サトコ
「······っ」

つかつかと加賀さんのほうへ歩いていくと、加賀さんの口から煙草を取った。

その体に寄り掛かるようにして、自分からキスをする。

加賀
······!

サトコ
「···か、加賀さんが帰れって言っても!」
「嫌だって言っても!···そばに、いたいです」
「いさせて···ください···」

最初の勢いはどんどん消えて、最後は自分でも思っていた以上に声が震えた。

加賀
······

サトコ
「な、何か言ってください···」

さらに小さくなった声が、公安課ルームに響かないまま消える。

加賀
······

サトコ
「加賀、さん···」

加賀
···クズが

そのあとに言葉は続かず、引き寄せられて深く唇が重なる。

(加賀、さんっ···)

加賀
···どうしようもねぇ駄犬だな

サトコ
「はいっ···加賀さん、だけの···」
「加賀さん···私、私···」

唇が離れて、何か言おうと口を開く。
でも、こぼれるのは言葉ではなく、涙だった。

加賀
···痛むのか

サトコ
「違います···そうじゃなくて」
「あ···でも麻酔が切れたみたいで、ちょっとだけ痛いですけど」

加賀
グズが···弾くらいよけろ

サトコ
「加賀さん···私、常人ですから」

加賀
怪我の具合は

サトコ
「大丈夫です···さっき言った通り、少しの間は現場から離れますけど」
「でも···きっとすぐ、治ります」

加賀
何の根拠もねぇな

サトコ
「だって、撃たれるのは初めてじゃないですから」
「このくらいの痛み···」

(加賀さんと離れてた頃のつらさを思えば、なんてことない)
(加賀さんと話せない、すれ違ってる時が、一番つらかった···)

小声で話しながら、キスはどんどん深くなる。
呼吸が苦しくなり始め、身じろぎして離れようとすればするほど、加賀さんの腕に力がこもった。

加賀
逃げんじゃねぇ

加賀さんの切ない声は甘く響き、胸が締め付けられた。

(こんなキス、久しぶりだ···)
(あの夜、加賀さんに抱かれて以来···)

夢中で貪り合い、そっと、加賀さんの背中に手を回す。

(やっと···戻ってこれた)
(加賀さんのところに···帰ってきて、よかった)

何度離れても、そのたびに加賀さんの唇が戻ってくる。
誰もいない公安課ルームで、飽きることなく、きつく抱き合ったままキスを繰り返した。

to be continued



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