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最愛の敵編 カレ目線 加賀1話



サトコ
「···加賀さん」

加賀
······

サトコ
「ほんとのほんとの、ほんっとーに撤回しないんですか!?」

恨みがましいツラをしたサトコが、後ろで喚いている。

加賀
しねぇよ

サトコ
「······!」

あからさまに肩を落とし、サトコはとぼとぼと歩き始めた。

(うぜぇ···)

仕事中には一切話しかけないこと。
接触禁止令を出した後から、ずっとこの調子だ。

サトコ
「同じ班になれなくても、同じ空間にいてたまに会話できるだけでやる気が出るのに」
「いや、もちろんそういうアレで刑事になったわけじゃないですけど」

加賀
ぐちぐちうるせぇ

サトコ
「わかります···?いきなり楽しみを奪われたこの絶望感」

加賀
わかってる

サトコ
「えっ!い、意外···」

加賀
テメェ···

サトコ
「じょじょじょ、冗談です···!」

(納得はしてるが、言いたい気分···ってとこか)

わかるからこそ、くだらねぇ愚痴にも付き合ってやっている。

(だが、バカか···少し考えりゃわかることだろうが)

接触厳禁にしたのは、銀室長や今の公安課の事情がある。
だがその反面、それはこいつのためでもあった。

(ただでさえ、女ってハンデ背負ってんのに)
(別の班の俺と距離が近いと、何言われるかわかったもんじゃねぇ)

それでなくとも、サトコはおそらく銀室長に目をつけられている。
というより、一方的に銀室長が毛嫌いしている、と言ったほうがいい。

サトコ
「これじゃ、いつまで経っても相棒不在ですよ···」

加賀
どうせ、向こう1000年は不在だろ

以前俺が言った言葉を使ってきたので、こっちも同じように返してやる。
ぐうの音も出ないのか、サトコが押し黙った。

(···仕方ねぇな)

終電もない今、ほとんど誰も歩いていない。
溜息をついて立ち止まり、振り返って両手を広げた。

加賀
···ほら

サトコ
「······!」

一瞬で笑顔が戻り、サトコが尻尾を振って駆けてくる。
だが抱き着かれる直前でよけると、前のめりに倒れそうになった。

サトコ
「何を···!?」

加賀
「······」

つい出来心で、とも言えない。
肩を落としながら、サトコが歩いてくる。

サトコ
「新しいイジメを覚えないでください···」

加賀
···もうやらねぇよ

今度こそ抱きつかせてやると、サトコが腰に腕を回してきた。

加賀
力任せにしがみついてんじゃねぇ

サトコ
「加賀さん···好きです」

もごもごと、聞こえるか聞こえないか程の小声での告白。

加賀
クズが。知ってる

サトコ
「ですよね···」
「私···明日からも、仕事頑張りますね」

落ち込んでるくせに、結局は前向きだ。

(それが、テメェらしい)

抱き寄せる腕に少しだけ力を入れて、サトコの髪に顔をうずめた。


【廊下】

津軽
ひょーうーごーくーん

加賀
······

面倒な野郎につかまってしまい、無視して歩き続ける。
それでもこいつは、しつこくついてきた。

津軽
ひどいなー。いいもの見せてあげようと思ったのに
ほら、元補佐官ちゃんのスーツ姿。見たくない?

加賀
いらねぇ

津軽
そう言わず。ほら、ほら

目を背ける俺の視線の先に、津軽がスマホを掲げてくる。
正直、サトコのスーツ姿など見飽きていた。

(だが···)

津軽に見せられたスマホの画面に、気になるものを見つけた。
ほんの一瞬だったが、端にだるまが写っていた気がする。

(だるま···選挙事務所)
(どっかの政党の調査でもしてんのか)

津軽
ね?かわいいでしょ

加賀
くだらねぇ

意味ありげに笑う津軽からようやく解放され、廊下を歩く。

(選挙事務所···政党、か)

蘇りそうになる過去の嫌な記憶を振り払うように、歩き続けた。

仕事を終え、タクシーに乗り込む。
調査で酒を飲む必要があったので、今日は車を置いてきた。

(めんどくせぇ相手だったな···さっさと帰って風呂入って寝るか)
(なかなか尻尾出さねぇ、あのウェン重工の重役の野郎···)

ため息をついたとき、サトコから着信が来た。
深夜に近い今の時間を考えると、あいつから連絡してくるのは珍しい。

(なんかあったのか···?そういや、どっかの政党の調査をしてるらしいが)

だが出ようと思った直後、ほぼワンコールで電話は切れた。

加賀
···チッ

スマホを持ったまま舌打ちして、そのままかけ直した。
すぐに呼び出し音は途切れ、サトコの怯えたような声が聞こえてくる。

サトコ
『もしもし···』

加賀
テメェ、何時だと思ってやがる

サトコ
『すみません···』
『はぁ···加賀さん···』

加賀
おい、聞いてんのか?

サトコ
『あっ、すみません···!加賀さんに会いたい病で、手が勝手に加賀さんに電話を···』

加賀
······

(クズのくせに、妙な事言いやがって)
(···クズだからこそ、本心なんだろうが)

あいつの一言で、さっきまでの苛立ちが消えている。
振り回されているとは思わないが、それはそれで癪だ。

(···疲れた声してんな)
(どうせ腹減ってんだろ)

学校にいるときから、あいつは忙しいと飯を忘れる癖があった。
刑事になって間もない今は、きっとあの頃の比ではないほど忙しいだろう。

(焼肉も美味そうに食ってたし、腹満たしてやりゃ、いつもみたいに笑うか)

駅前で待ち合わせすると、タクシーの運転手に行き先を変えるよう告げた。


【ラーメン屋台】

屋台で待っていると、少ししてサトコが暖簾をくぐって現れた。
ラーメンを見た瞬間、目を輝かせる。

サトコ
「いい匂い!すみません、味噌ラーメンひとつ!」

店主
「あいよー」

いそいそと俺の隣に座り、まだ食ってもいないのにサトコはすでに笑顔だ。

(···くだらねぇ)
(この顔を見るためだけに、家に帰るのを遅らせるなんざ)

さっさと帰って風呂に入り、寝てしまいたいと思っていたはずだ。
別に、新人刑事の世話を焼くために付き合っているわけではない。

(なのに···面倒じゃねぇな)

店主
「はい、お待ちー」

サトコ
「お、お、美味しそう···!」
「あっ、加賀さん、これどうぞ」

ラーメンの一番上に乗っていたナルトを、サトコが俺の器の中に入れる。

加賀
···なんの真似だ

サトコ
「お礼です!すっごくお腹が空いてたので」
「それに···正直、加賀さん不足でしたから」

加賀
······

なんとなく腹が立ち、よけておいた野菜を全部まとめてサトコの器に入れてやった。

サトコ
「ぎゃっ!何するんですか!」

加賀
野菜好きなんだろ
盛り合わせ頼んでたじゃねぇか

サトコ
「焼肉の話ですか···!?ちゃんと全部自分で食べたのに」
「それに加賀さんのラーメン、塩ですよね!?味が混ざる!」

ぎゃーぎゃー喚くサトコの表情からは、入ってきたときの疲れが少し消えている。
同じように自分の疲れも少し取れているのが、またなんとも気に食わなかった。

to be continued



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