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最愛の敵編 カレ目線 加賀2話



【加賀マンション】

アナウンサー
『では、それが現状を変える決め手だと?』

江戸川謙造
『少し考えればわかることです。今の日本は···』

加賀
······

仕事を終えて家に帰りテレビをつけると、胸糞悪い男が映っていた。
すぐに消そうとしたが、何度か通ったことのある和菓子屋の外観に変わり、手が止まる。

アナウンサー
『ところで、江戸川さんは無類の甘いもの好きだと伺いましたが』
『今日差し入れされたこのお店の大福が、とても気に入られたとか』

江戸川謙造
『秘書が買ってきただけです』

アナウンサー
『秘書の方の話ですと、特に大福がお好きだという話で』

加賀
···チッ

テレビを消してリモコンをソファに放り投げると、風呂へ向かった。

頭から熱いシャワーを浴びながら、浮かんでくるのはさっき見た親父の顔だった。

(無類の甘いもの好き、か)
(好きなもんまで似てるとは、嫌になるな)

自分が、刑事になった理由。
その男は未だのうのうと、ああして “日本の将来” を語っている。

(どのツラ下げて、未来だ将来だと言ってやがる)
(テメェがやってきたことを、必ず暴いてやる···この俺が)

半分は、あの男への当てつけで刑事になったようなものだ。
だが息子に手錠をかけられれば、いい加減あの男も自分がしてきたことを省みるだろう。

(いや···そんなタマじゃねぇか)
(それに···現状、まだあいつは遠すぎる)

ウェン重工の件に、あの男が絡んでいる。
そう知ってからずっとあの件を追っているが、なかなか尻尾をつかめない。

(悠長に構えてる場合じゃねぇ···いつ逃げられるかわかったもんじゃねぇ)
(それで逃げられりゃ、また···)

近づいているような、そうではないような。
敵があまりにもでかすぎて、その判断がつかめない。

(···らしくねぇと言うか。あいつなら)

思い出すのは、サトコの顔。
だがすぐにそれは消えて、銀室長の顔が浮かんだ。

(あの人が代理でいる間は、めんどくせぇな)
(さっさと帰ってきてくださいよ、難波さん)

ため息をつき、シャワーを止める。

(難波さんが戻ってきて、大手振って捜査できるようになるまで待つか)
(遠回りだが、仕方ねぇ···)

このときは、そう考えていた。
翌日、サトコがあの和菓子屋の大福を差し入れしてくるまでは···


【公安課ルーム】

サトコ
「加賀さん···!?何してるんですか!?」

誰もいなくなった後、サトコのパソコンを立ち上げて資料を探る。
人の気配を感じてウインドウを閉じたとき、サトコが駆け寄ってきた。

(寄りにもよってテメェかよ)
(ほかの奴らなら、どうとでも誤魔化せたもんを)

戸惑うサトコを壁際に追い詰めて、逃げ道をふさいだ。

サトコ
「どうして···加賀さん···」
「私はもう、加賀さんと同じ公安刑事なのに···っ」

加賀
それがどうした

言い切る俺を見上げるサトコは、何かを堪えているような悲しそうな目をしていた。

(···んな顔してんじゃねぇ)
(これが···俺のやり方だ)

押し寄せるのは、罪悪感に近い感情。
今までどんな捜査をしていても抱いたことのない···とうに捨てたものだった。

(選挙事務所···政党と、差し入れの大福)
(テメェが追ってるのは···)

昨日、あのテレビを見なければさすがにつながらなかった。
だがやたらと絡んでくる津軽といい、今は確信を持っている。

加賀
同じ立場だってんならなおさら、俺は好きなようにやる

サトコ
「······!」

加賀
利用できるもんは、何でも使う
たとえ···

ーーーこいつでも?

(···当然だ)
(立ち止まってる暇はねぇ。俺には、やらなきゃなんねぇことがある)

俺の言葉を、サトコは正面から受け止めている。
そのまっすぐで無垢な瞳は、俺の心の中まで射抜くようだった。

加賀
···チッ

サトコ
「加賀さん···」

サトコを押しのけて、公安課ルームをあとにする。
決して何者にも屈しないあの瞳が、いつまでも脳裏に焼き付いて離れない。

(刑事なんて、ロクな仕事じゃねぇな)

『利用できるもんは、何でも使う』

さっきの、自分の言葉が頭を過った。

(···考えに、変りはねぇ)
(利用できるもんは何でも使う)

たとえそれがーー愛した女でも。


サトコは、追いかけてこない。
廊下を歩いていると、今は特に見たくない顔が向こうからやってきた。

津軽
あれ?兵吾くん、お疲れ様

加賀
······

津軽
ねー、なんで無視すんの

加賀
テメェがうぜぇからだ

津軽
それは今さら言われてもなぁ

本心の見えない笑みを浮かべると、津軽がチラリと公安課ルームのほうに視線を向けた。

津軽
それはそうと、兵吾くん
君の元補佐官は、今はうちの子。俺の部下

加賀
それがどうした

津軽
いや?わかってるならいいんだけど。あの子、君には特別に懐いてるみたいだから
現上司としては、ちょっと寂しいっていうかねー

加賀
······

(相変わらず、本音がわからねぇ野郎だな)

だが、津軽が遠回しに何を言いたいのかは何となく見当がつく。
余計なことを言ってサトコを揺さぶるな、という意味だろう。

加賀
テメェに指図される筋合いはねぇ

津軽
えー。秀樹くんとは仲良くなったみたいなのに、なんで俺はダメ?

加賀
なってねぇ

津軽
でも昔よりはずいぶん柔らかくなったよね、ふたりとも
誰の影響かなと思ってたんだけど
あの堅物政治家も懐柔できてるし、意外と有能だなーうちの子は

(···どこまで知ってる?)
(いや···こいつのことだから、江戸川と俺の関係くらい···)

津軽
それとも、兵吾くんみたいなタイプが得意なのかもね、あの子は

言いたいことだけ言って、津軽が歩いていく。
すれ違ったときに見せた一瞬の表情はあまりにも本心が見えなくて、不気味なものすら感じた。

(···あいつはあいつで、やることがあるんだろ)
(この仕事してりゃ、誰もみんな似たようなもんだ)

だからこそ、決して邪魔はさせない。

(利用できるもんはする。邪魔な奴は排除する)
(そのやり方に···迷いも、変更もねぇ)

ポケットに手を突っ込み、再び歩き出した。

to be continued



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