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最愛の敵編 カレ目線 加賀4話


【公安課ルーム】

サトコ
『加賀さん···私と取引しませんか?』
『お互いが欲しい情報を交換する···足の引っ張り合うよりも、ずっと早いはずです』

サトコからの取引の交渉があった、翌日。

(銀室長よりよっぽど話が早ぇじゃねぇか)
(だが···あいつひとりであの考えが浮かぶか)

どうやら、津軽の差し金でもないらしい。
むしろ津軽は、俺たちを敵だと吹き込んでいるだろう。

(なら···)

ストレスボールの “ポチ” を握っていると、ちょうど今考えていた相手が隣のデスクに座った。

加賀
···おい

石神
なんだ

加賀
テメェだろ、あいつになんか妙なことを言ったのは

石神
何の話だ

相変わらず、鉄仮面を外さない。
表情の変わらないサイボーグの横が忌々しくて、舌打ちがこぼれる。

(今この状況で、あいつに何か言うとしたらこいつ以外にはいねぇ···)

だが、それ以上聞くのはやめた。
結果的にはいい方向へ動き出したものを、いちいち指摘する必要はない。

(ただ···気に食わねぇな)

あいつが何か選択しなければならない場面で、自分以外の男が関わっている。
たとえそれがこのサイボーグ野郎であっても、面白くないものは面白くない。

東雲
あれ?兵吾さん、そのストレスボール、使ってるんですか

加賀
ポチだ

颯馬
名前までつけたとは、よほどお気に入りなんですね

石神
······

隣でバカにしたように笑っているプリンに、ポチを投げつけてやろうかと思った。

(サトコはサトコで、あれからいろんなものを差し入れしてくる)
(あいつが来てから、ここもずいぶんと雰囲気が変わったな)

差し入れするような気の利いた野郎が出入りする場所ではない。
普段は津軽以外とは話さない百瀬も、サトコとは会話するらしい。
歩からすりゃ、『アレが会話というのかは謎ですけど』っつーことだが。

(差し入れ、か)

その程度のもので喜ぶとは、結局ここにいる奴らも “刑事” の前にひとりの人間ということだ。

(···まあ、あいつが俺のデスクに勝手になんか置いて、元気になるならそれでいい)

いつまでもぐちぐち悩んでるのは、あいつには似合わない。
ポチを握りながら、憂鬱な書類の仕事に戻った。


【駅】

週末、仕事を終えた後、待ち合わせ場所に少し早めについた。
喫煙所で煙草をふかしながら、サトコが車で時間を潰す。

(あいつと出かけるのは久しぶりだな)
(そういや···)

サトコを抱くのに必要なものが、そろそろなくなっていたことを思い出す。

(コンビニにでも寄って買ってくか)
(どうせ、あいつもなんか買うだろ)

女性
「あの···おひとりですか?」

振り返ると、見知らぬ女が髪の毛をいじりながら立っている。
通り過ぎる男どもの視線が自分に集中していることを、完全に理解している女だ。

加賀
······

女性
「素敵なバーを知ってるんです。よかったら一緒に飲みませんか?」

(めんどくせぇ···あの野郎、何やってやがる)

俺より先に公安課ルームを出たはずなのに、まだ来ないサトコに心の中で悪態をついた。

女性
「あの···?」

加賀
連れがいる

それだけ答えると煙草を携帯灰皿に捨て、女に背を向けた。

サトコ
「か、加賀さん!」

女が何やら文句を言ったのが聞こえたと同時に、ようやく向こうからサトコが走ってきた。

サトコ
「お待たせしました···!」

加賀
テメェ···

サトコ
「え!?なんで怒ってるの!?」

加賀
遅すぎる

サトコ
「すみません···仕事が終わってダッシュで出てきたんですけど」
「っていうか、私よりも後に公安課ルームを出たはずの加賀さんが、なぜ···」

加賀
テメェの足が遅ぇんだろ

サトコ
「加賀さん瞬間移動説···」

(くだらねぇ)
(なのに···)

サトコの後頭部をつかんで、自分のほうへ引き寄せる。
さっきの女ことなどすでにどうでもよく、苛立ちも収まっていた。


【加賀マンション前】

サトコと過ごした数日後。
雨音がけたたましい夜、ウェン重工の捜査を終えて帰ると
マンションの前にサトコの姿があった。

加賀
······

傘もささず、ずぶ濡れの状態で立ち尽くしている。

(···何があった)

こちらに気付いたサトコに傘を差しだす前に、濡れた前髪から覗くその瞳が揺れる。

サトコ
「聞きました···津軽さんに」

その一言で、意味を理解する。
親父のことを聞いたのだろう。

(あの野郎···)

津軽がどんな言い方をしたのかはわからないが、なんとなく見当はつく。
どうせ、こいつを試すような物言いで揺さぶったのだろう。

(テメェは直属の上司だから、何してもいい···か?)
(ふざけるな···余計な事しやがって)

サトコ
「どうして···言ってくれなかったんですか」
「加賀さんは、全部知ってたんですよね···私が何を···誰を追ってるのか」

加賀
だったらどうした
テメェと俺は、別の事件を追ってる。言う必要があるか

サトコ
「別の事件じゃない···加賀さんは、江戸川謙造を追ってるんじゃないんですか」
「だから、私のパソコンから情報を引き出そうとした···」
「私が持ちかけた取引に応じた」

加賀
それで、テメェのやることが変わるわけじゃねぇ
俺の口から話したところで、テメェはどうした?今まで通りでいられんのか

親父ーーー江戸川謙造に対しては、おそらく自分がこの世で一番、余りある感情を抱いている。
だかそれもこの数年でようやく少しずつ、消化してきたところだ。

(なのに、テメェが抱え込める問題じゃねぇ)
(未熟でお人好しで、ただでさえ背負い込むお前が)

俺と江戸川の関係を知れば、必ず仕事に支障が出る。
変わらず任務を続けられるとは、到底思えなかった。

サトコ
「私は···」

加賀
話は終わりだ。さっさと帰れ

傘を持たせると、サトコを置いてマンションへと戻る。
サトコはいつまでも、その場から立ち去ろうとしなかった。

【駅】

一度は帰ったものの、濡れながら立ち尽くすサトコの姿が頭から離れなかった。

(くそ···こんなことでいちいち頭悩ませてんじゃねぇ)
(だからテメェは未熟だって言ってんだ)

そう思うのに、こうして探しに来てしまうことを止められない。
駅前まで来たとき、肩を落として歩くサトコを見つけた。

加賀
おい···

声をかけようとする前に、誰かがサトコの腕を引っ張ってタクシーに乗り込んだ。

(···津軽か)

驚くサトコを無理やり連れて、津軽が姿を消す。
走り去るタクシーを見送り、踵を返した。

(···今は、あれでいいだろ)
(無駄に背負い込ませるよりはマシだ)

ポケットにしまってあった煙草を取り出し、一本咥える。
だが雨のせいか、火はつかない。

加賀
······

握りつぶしてポケットにしまい、歩き出した。

to be continued



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