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最愛の敵編 カレ目線 加賀5話


ガキの頃は、ガキ大将にいじめられる子供だった。
身体がさほど大きくなかったせいもあり、喧嘩はいつも負け続けだ。
泣いてばかりの弱虫···姉は弟の俺を友達からそう言われ、からかわれていたらしい。
それでも守ってくれるのは、いつも···父親ではなく、姉だった。

足を引きずりながら、家に帰る。
倍以上の人数の奴らとやりあったせいで、服は泥だらけでボロボロだった。

兵吾
······


「兵吾···また喧嘩したの?」

兵吾
どうでもいいだろ


「よくないのよ。ご近所になんて言われるか」
「お願いだから、お父さんの顔に泥を塗らないでちょうだい」

兵吾
······

母はもともと、気の強い性格ではない。
高圧的な父と結婚したのも、おそらく家同士の問題だろう。

美優紀
「兵吾、何そのだっさい姿」

兵吾
うるせぇ

美優紀
「弱いくせにすぐ喧嘩するんだから」
「またお姉ちゃんが守ってあげようか~?」

兵吾
黙れブス

美優紀
「あ?ヘッドロック食らわせてやろうか?」

兵吾
······

家の中で唯一まともに話ができるのは、姉の美優紀だけだった。
父親が牛耳る家の中。まるで恐怖政治そのものだ。

江戸川謙造
「帰ったぞ」


「おかえりなさい」

兵吾
······

美優紀
「······」

江戸川謙造
「先に風呂だ」


「わかりました」

何も言わない俺たちに、父親は一瞥もくれずにいなくなる。
怪我をしてボロボロになっている俺を見ても、その態度は普段と変わらなかった。

美優紀
「あーあ、部屋に戻ろっと」

兵吾
そうだな


「あなたたち、食事は···」

美優紀
「あの人と一緒だと不味くなるから、いらない」

母親も、俺たちを止められない。
だが今は親父に反発してる俺達でも、あの男を信じていたころがあった。

美優紀
「ねえ、もうすぐ父の日じゃない。なんか買う?」

兵吾
いらねぇだろ

美優紀
「だよねえ。意味ないしね」
「どうせ、また封も切られず放置なんだろうし」

昔、姉貴と小遣いを出し合って親父にネクタイを買ったことがあった。
だが箱から出されないまま、今はどうなったかわからない。

美優紀
「運動会、授業参観、卒業式···どれも来てくれたことなかったし」
「いつも選挙だ挨拶回りだパーティーだって、私たちのことは眼中にないもんね」

兵吾
今さらだろ

美優紀
「まあね」
「ただ···お母さんが夜中に泣いてるのを見るのだけは、いつまで経っても慣れないわ」

子どもに構わず、妻を置いて、仕事と愛人のために生きる父親。

(あいつにとって俺は、跡継ぎの道具くらいなもんだろ)
(テメェが敷いたレールの上を歩いてテメェにいい思いをさせるためだけの、ただの駒)

いつしか親父に、それにお袋にも、“家族” を求めるのは諦めた。
ひとりでも生きていけるようにならなければという決心も、知らずのうちに固まっていた。

(···そういや)

姉貴と別れて部屋に戻る途中、不意に思い出した。
いつだったか、無理やり遊園地に連れて行かれ、散々歩かされた時のことーーー

兵吾
······

江戸川謙造
「······」

なぜ連れてこられたのかもわからない。
適当に乗り物に乗せられ、わけがわからないうちに食事をさせられた。

江戸川謙造
「···楽しいか」

そう尋ねられたことに、純粋な驚きを覚えた。
会話もない。笑顔もない。こんな遊園地は······

兵吾
···楽しくない

その日の父親との会話が、それが最後だった。


【公安課ルーム】

(あれは、なんだったんだろうな···)

火のついていない煙草を指で弄びながら、ぼんやりと考える。
なぜ今になって、あんな思い出が蘇るのか。

江戸川謙造
「···バカ息子が」
「何をしてるんだ···守るものの順番が違うだろう」

(その通りだ。テメェを守ったつもりはねぇ)
(俺が守ったのは、サトコと···自分の “信念” だ)

利用できるものは、なんでもしてきた。
たとえそれが、愛した女でも。

(そうやって、ようやくあいつを逮捕できて···)
(なのに···何が『息子』だ···)
(今まで、道具か駒かとしか思ってなかった野郎が)

幼い日の遊園地のことを思い出すのは、あの言葉を聞いたせいだろう。
いつまでもあの日の思い出を覚えている自分に、反吐が出そうなほどうんざりした。

( “家族” なんてもんは、まやかしだ。俺には縁がねぇ)
(だからこそ、この手であいつをしょっ引いてやると誓った)

あの男に手錠をかけても、未練も後悔もないと思っていた。
むしろ、過去の呪縛のようなものから解き放たれるとすら感じていた。

(ところが···どうだ)

今自分の中に浮かんでいるのは、どこまでも続く虚無感。
達成感などとは程遠い、ただの虚しさだった。

(結局···俺も姉貴も、それにお袋も···)
(あいつの悪事を止められる存在には、なり得なかったってことだ)

刑事を目指し始めたころから抱えていた、目標。
江戸川謙造に手錠をかけるーーーそれが、今はもうない。

(···帰るか)
(そういや···サトコの奴、大丈夫なのか)

バタバタしていたのと津軽がいたのとで、ロクに話もできなかった。
何か話しかけようとはしてきていたが、今日くらいはさっさと帰られてやったほうがいい。

(そう思ったんだがな···)

無性に、あいつの顔が見たい。
いくら突き放してもどんどん成長して追いかけてくるあいつを、思い切り抱きしめたい。

(そうすりゃ、この虚しさも消えるかもな···)
(あの馬鹿が、そばにいりゃ···)

純粋で間違ったことを許せない、お人好し。
それはあいつが公安刑事を目指すために、邪魔になるものだと思っていた。

(いや、今でも思ってる···なのにそれがなきゃ、あれにこんな気持ちは抱いてねぇ)
(無情になれ、感情なんざ捨てろと言ってきたくせに、結局は俺も···)

馬鹿がつくほどのまっすぐさに、癒されている。
廊下を走ってくる音が聞こえたのは、その時だ。
力任せに開いたドガの向こうに、あいつが立っている。

サトコ
「っ···」

兵吾
「······」

(···なんだってんだ、テメェは)
(なんで···いつも、そうやって)

止める間もなく、サトコが俺の煙草を取り上げる。
そのまま、唇を合わせてきた。

サトコ
「そ···」
「そばに、いさせてください···」

一瞬、言葉が出てこない。
愛しさに胸が詰まり、あふれて頬にこぼれた涙を指で拭ってやった。

(···こいつなら)
(俺の過去も···くだらねぇ感情も、全部···)

何もかも、ありのまま受け止められる···
そんな気が、した。

to be continued



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