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カレが妬くと大変なことになりまs(略 津軽1話



瞼の向こうがうっすらと明るい。

朝の気配に目を開けると、知っているようで知らない天井が見えた。

(ここ···どこ?私のじゃないよね···)

誰かの部屋のようだけれど、見覚えがない。

(ん?)

肌の触れている服の感触も匂いも普段とは違い、見下ろすと知らない大きなTシャツを着ている。

サトコ
「これ、誰の!?」

(昨日、私は···)

???
「あ、起きた?」

サトコ
「!?」

(こ、この声って···)

振り向いてはいけない···本能がそう言っているのに、反射的に振り返ってしまった。

(ああ、反射神経の馬鹿!)

津軽
おはよう、ウサちゃん

サトコ
「つ、津軽さん···!やっぱり!」

津軽
何がやっぱりなの?

サトコ
「い、いえ···」

(そう、昨日の夜、私は津軽さんと加賀さんと···)


【公安課ルーム】

石神
氷川、この書類の整理を

サトコ
「はい!」

東雲
こっちのデータの分析も

サトコ
「わかりました!」

後藤
氷川···

サトコ
「ああ、すみません!今、手一杯で···」

後藤
いや、コーヒーを飲むか聞いただけなんだが···

サトコ
「ありがとうございます、いただきます!」

(ここで鍛えられたら聖徳太子並みの耳の持ち主になれるかも···)

津軽
ちょっと皆、人の班の新人に用事押し付けすぎじゃない?

石神
手が空いている者は、誰でも使う

津軽
うちの子の手、空いているように見える?

東雲
断らないことが答えなんじゃないんですか?

津軽
···ウサちゃんには『断る力』が必要だね

サトコ
「あの、ですが···今は手が空いているので···」
「他の班の手伝いをするのは、マズイですか?」

石神
そういった規則はないように思うが

津軽
信義則って言葉を秀樹くんは知らないわけ?

石神
その言葉は、そのまま返す

サトコ
「まあまあ···班の仕事が入ったら、即そちらに移りますので」

津軽
じゃあ、俺のデスクの整理お願い

サトコ
「順に片付けていきます!」

(公安学校で鍛えられてるんだから、このくらいの雑用はこなしてみせる!)

あっという間に時間は過ぎ···
最後に、津軽さんのお菓子しか入っていないデスクの引き出しの整理を終える。

津軽
ウサちゃん、ご褒美にこのグミを···

サトコ
「ちょっと休憩、行ってきます!」

(きっと、とんでもない味のグミに決まってる!)

どさくさで口に放り込まれる前に、さっと津軽さんのデスクを離れた。

【廊下】

(屋上に寄って、外の空気でも吸って来ようかな)

屋上へ続く階段に向かって歩いていると、喫煙室が見えてきた。
何とはなしに、そちらに目を向けると···

加賀
······

サトコ
「!」

(加賀さんと目が合ってしまった!)

後ろめたいことはないのだけれど、
動物的な本能だろうか···ヘビに睨まれたカエル状態になってしまう。

加賀
······

(タバコを消して、こっちに歩いてくる!?)

喫煙室から加賀さんが出てくる。
無言でツカツカとこちらに歩いてきて、その分、私はどんどん後退していって···

(に、逃げ場がなくなった!)

背中が壁にぶつかり、加賀さんが追ってくる。

サトコ
「あ、あの···何か···」

加賀
テメェ···

ドンッと加賀さんの右手が私の顔の横に置かれた。

加賀
今夜、空けておけ

サトコ
「!?」

(ど、どうして!?なぜ、加賀さんからの呼び出しが!?)

サトコ
「あの···っ!」

ようやく口が動いた時には、タバコの匂いだけを残して加賀さんは去っていった。

【公安課ルーム】

サトコ
「コーヒーどうぞ」

津軽
あれ、ウサちゃん。休憩から随分早く戻ってきたね

サトコ
「え、ええ···その、早く仕事に戻りたくて···はは···」
「百瀬さんもコーヒーどうぞ」

百瀬
「······」

(加賀さんに壁ドンされたら、休憩の気分じゃなくなってしまった···)

結局、津軽さんと百瀬さんと自分の分のコーヒーを淹れて戻ってきただけだった。

津軽
んー···匂うね

サトコ
「に、匂います!?」

(タバコの匂い、わかる!?)

慌てて自分の服を確認すると、津軽さんはコーヒーカップを手にする。

津軽
あ、香る···の間違いだった

サトコ
「!」

(この人は···!)

津軽さんの顔を見れば、彼が何かに勘づいているのがわかる。

津軽
ウサちゃんの服、そんなに匂うの?

サトコ
「ふ、服のシワを取っていただけです!」

津軽
そう。ん、美味しいよ、コーヒー

百瀬
「···不味い」

サトコ
「え、津軽さんが美味しいって言って、百瀬さんが不味いって···」

自分のコーヒーに口をつけてみると···何とも言えないしょっぱさが口に広がる。

サトコ
「砂糖と塩、間違えた!?」

津軽
塩コーヒーもイケるね

サトコ
「すぐに淹れ直してきます!」

カップを回収しようとすると···

加賀
行くぞ、氷川

サトコ
「え!」

突然、加賀さんの不機嫌そうな声が飛んでくる。

サトコ
「あの、行くというのは···」

加賀
さっきの話、忘れたとか言うんじゃねぇだろうな

(さっきのって···『今夜、空けておけ』っていう、あれ···?)

サトコ
「ま、待ってください。今夜って言うのは、今から?」

加賀
他にいつがある

サトコ
「夜と言うには、まだ早いような···いえ、でも、問題はそこではなくて···」

こちらにやってくる加賀さんに、どうしようかと思っていると。

津軽
うちの子、勝手に持ち出さないでくれる?

サトコ
「津軽さん!」

間に入ってくれたのは我らが津軽班の班長だった。

加賀
あとで返す

津軽
ほんとに?

加賀
ああ

サトコ
「え、ちょ、津軽さん!もう少し食い下がってください!」

(そんなあっさりと退くなんて!)

加賀
帝都ホテルだ

サトコ
「え、あの、だからそのホテルが何事で···」

加賀
ホテルに行って、ヤることなんざ限られてる

(殺る!?)

サトコ
「ちょ、腕、引っ張らないで···助けてください、班長···!」

津軽
あー···いいね、班長呼びも

百瀬
「···津軽班長」

津軽
うん、モモはこれまで通りでいいよ

百瀬
「······」

サトコ
「私のことは~?」

津軽さんへのヘルプは虚しく響き、私は加賀さんに引きずられるように公安課を後にした。


【ホテル】

加賀
コイツが俺の女だ。だから、断る

女性
「その彼女···本物?」

サトコ
「は、はは···」

加賀さんが向かった先は、有名ホテルのラウンジだった。
そこではきれいな女性が加賀さんのことを待っていて、いきなり先ほどの会話が繰り広げられた。

(これは彼女のフリをしろってこと···?)

乾いた笑いを浮かべていると、ガシッと脇腹に肘鉄が入った。

(いたっ!)

サトコ
「兵吾さんとお付き合いさせていただいてます!」

痛みを堪えて何とか微笑む。

女性
「まあ、あなたとのお見合いを受ける方が、どうかしてるわね」
「お姉さんには、あなたから話しておいて」

女性はあっさりと伝票だけを残して去っていく。

サトコ
「お姉さんというのは···」

加賀
姉貴に見合いを仕組まれた

サトコ
「ああ、なるほど···って、それ、私を巻き込む必要なくないですか!?」
「加賀さんなら自力で断れ···」

加賀
あ゛あ゛っ?クズの分際で、俺のやり方に文句つける気か

サトコ
「これは文句じゃなくて、ごく当たり前の···」

巻き込まれた者として当然の疑問であり意見であると思いながら、ホテルを出る加賀さんを追った。

津軽
ウサちゃん

サトコ
「津軽さん!?」

ホテルを出ると、津軽さんが立っていた。

津軽
勝手にうちの部下をホテルに連れ込んでもらったら困るなぁ、加賀

加賀
···テメェに部下への愛情があるなんざ、知らなかったな

津軽
ほんとに?モモを見てればわかるでしょ

加賀
あれは飼い慣らしてるだけだろうが

津軽
兵吾くんに言われたくないなぁ。飼い慣らす専門家に

加賀
テメェも飼い慣らしてやろうか?

津軽
ゴメンね~、俺はそっち側じゃない

サトコ
「私も違いますよ!?」

加賀
なら、力でねじ伏せてやるよ

津軽
どうして、そんなにムキになってるんだ?

加賀
あ゛?誰がムキになってるって?

サトコ
「私の存在、無視されてません!?」

私の両サイドに立つ津軽さんと加賀さん。
二人とも背が高いので、両手を上げてアピールするしかない。

通行人A
「ねえ、あれ···凄いイケメンが睨み合ってない?」

通行人B
「何かの撮影?カメラないけど」

通行人A
「でも、あの間にいる女の人···取り合われるって感じじゃないよね···」

通行人B
「うん···」

(はい、その通りです···取り合われていません···)
(取り合われてはいないけど、このままだと周囲の視線が痛すぎる!)

サトコ
「お二人とも、落ち着いて···目立ってます!」

津軽
サトコ、行くよ

サトコ
「は、はい···」

(サトコ?津軽さんが名前で呼ぶなんてめずらしいな)

津軽さんは私の右手を取った。
意外な展開で連れ帰られるかと思いきやーーー

加賀
クズ、今日の礼がまだだったな

サトコ
「え?礼なんて、そんな···」

(加賀さんに左手を取られた!?)

津軽
ウサちゃん

加賀
クズ

(ウサちゃんとクズなら、ウサちゃんの方がいい?)
(···って、そうじゃなくて!)

サトコ
「いたっ!いたたっ!身体が裂ける!」

津軽
離しなよ、兵吾くん

加賀
テメェが離せ

サトコ
「い、いたーっ!」

( “大岡裁き” が現実に!?)

通行人C
「なに、あれ···」

通行人D
「見ない方がいいよ」

(ますます注目されてる···!)

サトコ
「そうだ!呑みに行きましょう!」

私は渾身の力を込めて津軽さんと加賀さんの手を引き寄せると···無理やりこぶしを合わせた。


【居酒屋】

私がふたりを連れて行ったのは、お気に入りの海鮮居酒屋。

大将
「サトコちゃん、今日は両手に花だねぇ」

サトコ
「はは···花というか、猛獣というか···」

加賀
ビール

津軽
この店のオススメって?

サトコ
「全国の地ビールも日本酒も揃ってるので、どっちも美味しいですよ」

津軽
じゃあ、ウサちゃんがいつも飲んでるやつで

サトコ
「オススメ聞いた意味あります?」

ビールと私がいつも飲んでいる長野のビールを頼む。

サトコ
「あと、おつまみも···おふたりとも食べられないものとかありますか?」

加賀
コイツが気に入るもん以外なら、何でも食える

加賀さんが私越しに津軽さんに視線を送る。

(これは加賀さんの意見に賛成···!)

津軽
兵吾くんって、モモと同じで単調な味が好きなんだよね

加賀
テメェのクソ舌を基準にするんじゃねぇ

サトコ
「まあまあ、ここのお店の料理は誰が食べても美味しいですから」

(食べてくれれば、その間は話が止まる!)

運ばれてきたビールと料理をさっそく勧める。

津軽
実は兵吾くんと、ゆっくり話したいと思ってたんだ

加賀
あ゛?

津軽
学校って、どんなところの?

加賀
テメェだって知ってんだろ

津軽
それが学校作るとき、俺、ちょうど任務でいなかったんだよね
だから、どんな感じか知りたくて

加賀
······

津軽
ねえ、どんなだった?ねえ?

加賀
······

津軽
兵吾くーん

無言でジョッキを傾ける加賀さんに、聞き続ける津軽さん。

(このうっとうしさ、黒澤さんに似てる···!)

黒澤さんとは違い、津軽さんには石神さんのように窘める人がいないだけキツイ。

サトコ
「厳しい学校です!毎日、訓練に明け暮れていて···」

津軽
補佐官制度っていうのは、誰が考え付いたの?

加賀
······

サトコ
「ええと···それは、ほら、加賀さんも知らないんじゃないですかね?」
「初めから決まってたっぽいことですし···」

津軽
補佐官と教官って、特別な関係になったりしないの?

加賀
······

サトコ
「全然!全く!あの学校には寝るか訓練しかする余裕ありません!」

(なぜ、私が加賀さんの沈黙の通訳をすることに···)

黙っているという選択もあったが、それはそれで先の展開が怖すぎる。

津軽
公安学校って、つまんないところだね

加賀
公安に入ったって、面白ぇことなんてねぇよ。同じだ

津軽
そう?俺は結構楽しいけど、ここ
ウサちゃんは、どう?

サトコ
「え···」

(ここで私に話の矛先が!?)

サトコ
「日々、勉強です!」

津軽
その答え、10点

サトコ
「う···」

(この謎の飲み会、いつお開きになるんだろう···)

遠い目をしながら、私はビールを一気に流し込んだ。

to be continued



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