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カレが妬くと大変なことになりまs(略 津軽カレ目線

【マンション前】

ついさっきまで出ていた月は、いつの間にか雲に隠れていた。
冴えない夜空が頭上に広がり、俺の背中にはなれない重み。

(タクシーに乗せたのは失敗だったかなぁ。完全に寝ちゃったよ)
(でも、あそこから酔っ払いを連れて歩いて帰るのは、くたびれるし···)

サトコ
「······」

津軽
これは貸し一つだよ、ウサちゃん

住むマンションは同じ。
彼女のバッグから鍵を探すことはできるけど、酔っ払いを背負っての作業は面倒だ。

(部屋に戻したら、帰り道のことをすっかり忘れてそうだしね)

オートロックの正面玄関を開けると、エレベーターに乗り込んだ。

サトコ
「ん···」

津軽
目が覚めた?

サトコ
「むにゃ···」

津軽
人の背中で熟睡して···

氷川サトコーー彼女を班員にしたのは、ある意図があってのこと。

(公安っぽくない子。というか、そもそも向いてない)
(それも当たり前か。長野の交番勤務···この子には、それが合ってる)
(何の因果で、ここまできたのか···)

彼女の経歴と素性はすべて把握している。
自分の手元に置くタイプではない、小娘。

(いや、小娘と侮れないか。石神と加賀が仕切るあの公安学校の中心にいたんだから)

エレベーターが到着し、自分の部屋を片手で開けた。

津軽
はい、おやすみ

床やソファに転がすこともできたけれど、上司の情けでベッドに転がしてやる。

サトコ
「ん···」

寝かせた拍子に髪が頬にかかり、軽く眉を寄せた彼女がそれを払った。
熱いのか、少し顔を上に向けその唇が吐息を逃がすように薄く開かれる。

津軽
···柔らかそうだね、それ

その唇に視線が留められる。
この瞬間に覚えたのは、微かな苛立ちに似た、何か。

(ウサちゃんのくせに、俺を誘惑しようなんて)
(···せっかくだから、楽しんじゃおうかな)

ベッドの上に手を突くと、ギッと軋んだ音を立てた。

(女の子って···いい匂い)
(この子の場合は、ちょっと酒臭いけど)

色づいた唇に顔を近づけながら···脳裏を過るのは、タバコの匂い。

(そもそもの始まりは、あのときーー)


【公安課ルーム】

サトコ
「コーヒー、どうぞ」

津軽
あれ、ウサちゃん。休憩から随分早く戻ってきたね

サトコ
「え、ええ···その、早く仕事に戻りたくて···はは···」

(···タバコの匂いがする···加賀の)
(ウサちゃんが、いつにも増してそわそわしてるのは、加賀に何かされたからか)

津軽
んー···匂うね

サトコ
「に、臭います!?」

(見えない耳がピンッと立ったみたい)
(わかりやすすぎ···これで公安になろうっていうんだから···)

込み上げてくる笑いを必死に堪える。

津軽
あ、香る···の間違いだった

サトコ
「!」

(目を丸くして飛び跳ねそうな、この顔···)
(だから、やめられないんだよね、ウサちゃんって呼ぶの)

次は、どんな顔をさせようかと考えているとーー

加賀
行くぞ、氷川

サトコ
「え!」

加賀はこれまでの印象では、他班など眼中に入れてないように思っていた。

(あの学校ができて、何か変わった?それとも、その子が···)

津軽
うちの子、勝手に持ち出さないでくれる?

サトコ
「津軽さん!」

間に入ってみると、加賀がこちらを振り返る。
目つきの悪い彼と目が合い···

(うーん···いつもと違う行動してるから、新しい発見があるかと思ったけど)
(さすがに考えまでは読めないか)

加賀
帝都ホテルだ

(帝都ホテル···任務で連れてくなら、上を通すよな?今は銀室だし)
(うーん······けど、兵吾くんだからなぁ)

“公安課の狂犬” の名はきっと伊達じゃない。

サトコ
「ちょ、腕、引っ張らないで···助けてください、班長···!」

津軽
あー···いいね、班長呼びも

(ウサちゃんも断り切れないのか。他班の班長の指示に従う必要はないのに)
(公安学校時代の癖が染み付いてる?だとしても···)
(キミは今、津軽班だよ)

津軽
モモ、追って

百瀬
「はい」

チラッと加賀に視線を送っただけで、百瀬は指示を理解して立ち上がった。

(うちの班員なら、ウサちゃんもモモくらいの忠犬···忠兎になってくれないとなぁ)

百瀬
『聞こえますか?』

津軽
うん、音声クリア。相手は狂犬だ。噛みつかれないようにね

百瀬
『問題ありません』

(まあ、モモなら大丈夫か。内部を嗅ぎ回るのは得意だから)
(加賀がこれまでと違う一面を出してくるのは、めずらしい)
(何か握れたら、ラッキーなんだけどな)

PCに地図を表示し、インカムで報告を受けながら百瀬が持っている発信器のルートを辿る。

(真っ直ぐ帝都ホテルに向かってる。話は嘘じゃないみたいだな)

津軽
今、移動中?

百瀬
『はい。いつもの車で』

(今のところ、あやしいところはない···ちょっと退屈だな)
(尾行中の映像も見られればいいのに)

しば漬けチョコを食べながら、聞こえてくるノイズをしばらく聞く。

百瀬
『到着しました。隣接している駐車場に止めています。番号はB12』

津軽
了解。狂犬とウサギの様子は、どう?

百瀬
『···車を降ります。狂犬はウサギをアイアンクローで正面玄関まで輸送』

(アイアンクローで輸送···兵吾くんのアイアンクローは好意の証···)
(このまま本当にホテルに連れ込むとかだと、面白くないなぁ)
(加賀の女が同室にいる···じゃ、弱みにしてもつまらなさ過ぎ)

百瀬
『ロビーに入ります』

津軽

百瀬
『ラウンジに移動。···若い女と接触』

津軽
二人の会話、流せる?

百瀬
『やってみます』

しばらくすると周囲の音が入ってきた。

加賀
コイツが俺の女だ。だから、断る

女性
『その彼女···本物?』

サトコ
『は、はは···』

(この流れって···ウサちゃんに彼女のフリをさせてる?)

加賀
姉貴に見合いを仕組まれた

サトコ
『ああ、なるほど···って、それ、私を巻き込む必要なくないですか!?』
『加賀さんなら自力で断れ···』

(ほんと、それ。ウサちゃんを巻き込まなくても自力で片付けられる)
(こういうことに女を巻き込めば、さらに面倒になるだけなのに)
(わざわざ連れて行くって···)

津軽
······

百瀬
『女が帰ります。加賀と氷川も···まだ、追いますか?』

津軽
いや、もういいよ。お疲れ

(加賀が見合いを断るのにサトコの助けを借りた···か)
(一応今の会話は録音しておいたから、いざって時に···使えないなぁ)
(でも、飯を奢らせるくらいには使えるかも。ウサちゃん回収がてら、ご飯かな)

席を立ちながら、今日の夕飯は加賀の奢りに決めた。


【居酒屋】

夕食の場所になったのは、ウサちゃん行きつけの居酒屋だった。

(加賀と飯を食うなんて、どのくらいぶり?)
(でも、ここまで簡単にエサに食いついてくるとは思わなかった)

サトコを連れて行こうとした時の加賀の顔。

加賀
クズ、今日の礼がまだだったな

(過保護すぎでしょ。公安の狂犬が)

津軽
ぷっ···

サトコ
「津軽さん?どうしたんですか?」

津軽
いや、生きてるっていいよね

サトコ
「え?」

津軽
新しい発見があって

サトコ
「はあ···」

(公安学校の話は、どうかな)

津軽
実は兵吾くんと、ゆっくり話したいと思ってたんだ

加賀
あ゛?

津軽
学校って、どんなところなの?

問いかけるも、答えるのはサトコ。

(この子、いいように使われすぎ。公安学校でよっぽど手なづけられてたんだな)
(加賀にも石神にも、遠慮や恐れがないのはいいけど)

津軽
そういえばウサちゃん、今日の仕事、まだ残ってなかった?

サトコ
「え···今日の業務は終わらせたと···」

津軽
そっか···じゃあ、塩コーヒーのお礼にデスクに追加した書類、見てないんだ

サトコ
「何ですか、それ!?」

津軽
まあ、いいよ。明日、やってくれれば。俺って心が広いから

サトコ
「仕事を追加したときは言ってください!」

津軽
モモは気配で察知するよ

サトコ
「私は百瀬さんほど、野生の勘が優れてません···」

遠い目でビールを流し込むサトコに、だから、この子を突くのがやめられなくなる。

(この飲みじゃ、有益な情報は得られなそうにないか)
(加賀の奢りだし、好きに飲み食いさせてもらお)

加賀を巻き込んで話をしていると、サトコが席を立つ。

サトコ
「ちょっとお手洗いに行ってきます···」

津軽
意外にメンタル豆腐?

加賀
それは後藤だろ

津軽
誠二くんね~、あの子、育ちは坊ちゃんだからね
でも、豆腐の奥には芯があると思うよ

(ああ、そうか···ウサちゃんは、辛いことが起こらなかったバージョンの後藤なのかな)
(そういうふうに考えると、面白い)

加賀
あいつは、弱くはねぇ

津軽
かもね。もっとも、それは···兵吾くんと俺の “弱い” の基準が同じなら···だけど

加賀
テメェ、さっきから何を突っかかってやがる
らしくねぇ

津軽
別に突っかかってないよ
突っかかってると言えば···あそこ

加賀
あ?

居酒屋の奥を指差す。

加賀
何だ、あのガキ共は

津軽
ウサちゃん、ナンパされてるんじゃない?

加賀
クズより、さらにクズが···

(相手は大学生···物好きだなぁ、若いのに)
(チョロく見えるのは、役立つときもあれば弱点になることもある)

津軽
どうする?

加賀
放っておけば、あいつは3人全員投げ飛ばすかもな

津軽
警察沙汰は困るよねぇ

加賀
······

津軽
······

加賀の目に浮かんでいるのは、過保護か、それともー···

(···公安学校組にとって、あの子が特別なのは間違いないかな)

目配せをして、同時に立ち上がる。

津軽
彼女に何か用?

加賀
誰の女かわかってんのか

余計なムシを追い払うのは簡単だったけれど。

サトコ
「そういう話じゃありません!こんなに目立ったら」
「このお店に来づらくなるじゃないですか!」

(うわっ、怒りながら困った顔してる)
(すごい下がり眉···下がり眉が似合う子だなぁ)

適当に置いた福笑いみたいな顔になっていて、眉を元の位置に戻したくなる。

(顔を直したりしたら、怒るんだろうな)
(···いつか、この子の顔で福笑いやってみよ)


【津軽マンション】

(新しい風を吹かせるのが、こんな子だとはね)

乱れた前髪を軽く流す。
額が露になると、急にあどけなさが増す。

津軽
ふっ···

キュッとその鼻先をつまむと···

サトコ
「ふがっ」

津軽
ふがって···まったく···

(公安の精鋭たちを転がしてるっていうのに、無自覚で···)
(自分だけ、そんなに気持ちよさそうに寝るなんて···)

津軽
負ぶってきた運賃に、イタズラくらいしてもいいよね

(足の裏に俺の名前を書いておくのもいいけど···)
(こういう子が一番引っ張りそうなイタズラは···)

津軽
やっぱり、コレかな

自分のTシャツを取り出し、彼女に着せようとすると···

サトコ
「やめてください!」

津軽
っ···!

飛び起きたサトコの拳が鼻先を掠めた。

津軽
起きたの?

サトコ
「パジャマ···」

津軽
え?

サトコは自分から服を脱ぐと、テキパキと俺のTシャツに着替えた。

サトコ
「おやすみなさい···」

津軽
···はい、おやすみ

自分の服を綺麗に畳んで枕元に置くと、丁寧に頭を下げて再び布団に潜り込む。

津軽
キミ···起きたの?それとも、寝ぼけ···?

サトコ
「······」

津軽
寝ぼけてたんだ···ぷっ

(お、面白すぎる···)
(この子···なんなの、これは···)

起きていても寝ていても面白いなんて斬新な人材だ。
込み上げる笑いに、口元を押さえて肩だけ揺らす。

津軽
はー···こんなに笑ったの、久しぶり

ようやく落ち着いて、ベッドに向き直る。

(健やかな顔で寝ちゃって。でも、上司に拳を向けた報いは必要だよね)

そして、翌朝ーー

サトコ
「あ!このTシャツ!」

津軽
男のTシャツを着てるのが、どういうことを意味するのか···
いくらウサちゃんでもわかるだろ?

サトコ
「わ、わ···」

(まーた、面白い顔して···ほんとウサちゃんの顔って、どうしてこんなにツボなんだろ)

公安学校組の秘蔵っ子は、まだまだ俺を楽しませてくれる。
今もーーこれから、先も。

Happy End

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