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恋の行方編 黒澤シークレット3


Episode 10.5
「ハートと涙」

空には、ぽつぽつと星が瞬いていた。
なんだか数時間前の大雨が嘘のような晴れっぷりだ。

黒澤
雨、あがってよかったですねー

サトコ
「そうですね。あのままずっと降り続きそうだったのに···」

黒澤
そうしたら、まだ部屋にいてくれました?

(えっ)

黒澤
あーでもそんなことになったら、オレの心臓もたないかなー
きっとドキドキしすぎちゃって

(そ、そんなこと···)

サトコ
「からかわないでください」

黒澤
からかってませんって
部屋に女性をあげたの、久しぶりでしたもん
ついでに、キスしたのも久しぶりですし

(な···っ)

サトコ
「嘘です!」

黒澤
嘘じゃないですって
初々しかったでしょ、オレ

サトコ
「ぜんっぜん!初々しくなんかなかったです!」

黒澤
えーおかしいなぁ
でも『初々しくなかった』ってことは···
オレのキス、上手だったってことでいいですか?

サトコ
「!」

黒澤
えーどうしよう、テクニシャンだなんて
透、照れちゃう

(いやいや、そこまでは言ってないんですけど···)

急に早歩きになった黒澤さんの後姿を、私は少々フクザツな思いで見つめた。

(なんか···早まったかな、いろいろと···)

たしかに、黒澤さんのことは好きだ。
でも、その想いとは別に···

(「信じられるか」と言われると、やっぱり微妙な気が···)
(もちろん「信じる」とは思っているけど···)

サトコ
「···ん?」

(気のせい?)
(黒澤さんの首筋···うっすらと赤いような···)

黒澤
うわ!
すみません、ひとりで先に歩いちゃって

サトコ
「······いえ」

再び、並んで歩きだす。
それとなく目を向けると、首筋だけじゃなく頬も赤い気がした。

(ええと···これは···)
(案外、本当に「久しぶり」とか?)

黒澤
······

(そういえば、あの夜···)
(私と黒澤さんってキスしたっけ?)

サトコ
······
·········

(···してない、かも)

黒澤
······

(そっか···たしかに···)
(さっきの言葉···信じてみようかな)



駅が近づくにつれて、すれ違う人の数が多くなった。
お疲れ気味な人や、ほろ酔いの人が多いのは、今日が金曜日だからだろう。

(あ···)

ふと、すれ違った女性が抱えていた花束に目がいった。

(あの花、たしか···)

黒澤
アンスリウムでしたね

サトコ
「えっ」

黒澤
今、すれ違った人が持っていた花束です
『涙の形』をした花があったでしょう?

(「涙」?「ハート型」じゃなくて?)

黒澤
ええと···伝わるかな
こう···こんな感じの···

黒澤さんが、宙に描いて説明してくれる。
たしかに「ハート型」が逆さになれば「涙の形」に見えなくもない。

黒澤
···わかります?

サトコ
「はい。たしかに『涙』にも見えますね」
「私はずっと『ハート形』って思ってましたけど···」

黒澤
ハート···ああ、たしかに···
歌の歌詞にもありますもんね
『♪アンスリウムの~揺れるハート~』

(その歌···!)

黒澤
知ってます?FATの『アンスリウム』
今、木曜10時のドラマ主題歌になってますけど

サトコ
「少しだけなら」
「······前に、カラオケで歌ってましたよね?」

黒澤
ああ、そうでしたね
オレ、あの歌、好きなんです。心を抉ってくる感じが

(抉るって···)

黒澤
それに、割とリアルっていうか···
結構ありそうでしょう
『大切な人に去られてから、自分の本心に気付く』って

(······え?)

黒澤
2番の歌詞とか、ほんとやるせないじゃないですか
『♪知りたくなかった~この想いを~』···
『♪なのにキミは~すでに去って~』って

サトコ
「······」

黒澤
それで、最後にアンスリウムの花だけが残されるわけですよ
そのあたりが、ドラマの展開と重なって、もう···

サトコ
「ま、待ってください!」
「あの歌って『好きな人の嘘に気付いて悲しい』って歌なんじゃ···」

黒澤
それは1番の歌詞ですね
オレ的にグッとくるのは、むしろ2番っていうか···
この歌の『僕』は、ずっと自分の恋心を否定しているんですけど···
『好きな女性の嘘』をキッカケに、本当の想いに気付くんです

(え···)

黒澤
でも、そのとき、彼女は彼の元を去った後で···
『時すでに遅し』みたいな?

サトコ
「······」

黒澤
しかも、この歌詞が見事にドラマとリンクしてるんですよ!
実際、ドラマのエンディングで流れるのも2番ですし
離ればなれになったタツルとアヤノは、来週どうなるのか···
でも、オレとしては、アヤノとカズキも応援していたりして!
『♪アンスリウムの~揺れるハート~』

(知らなかった···本当はそういう歌だったんだ···)
(そっか···そうだったんだ···)

サトコ
「買ってみようかな」

黒澤
えっ、何をですか?

サトコ
「アンスリウムです」
「今、部屋に飾っている花がそろそろ枯れてしまうから···」

黒澤
へぇ、花ですか
いいですね、なんだか癒されそうで

サトコ
「そうなんです!それに元気をもらえる気がして···」
「あ、でもすごくささやかですけど」
「『生け花』みたいなドーンって感じじゃなくて···」

黒澤
いいじゃないですか、それでも
写真はないんですか?

サトコ
「あります。ええと···」

私は、スマホの写真データを見せた。

黒澤
···なるほど、1輪挿しが多いんですね

サトコ
「もともとはペットボトルを飾るのが目的でしたから」

黒澤
ペットボトル?
ああ、この花瓶がわりの···

サトコ
「それ、上京した日に助けてくれた人からもらったんです」

黒澤
へぇ···

サトコ
「全然知らない人だったんですけど···」
「私が電車で困っているときに、手を貸してくれて···」
「そのペットボトルも、その人からいただいたもので」

黒澤
······

サトコ
「だから『大切にとっておこう』って···」
「それで花瓶代わりに···」

(あれ、なんか黒澤さんの様子が···)

黒澤
いや、まさか···
いやいやいや···

(···なんか、ブツブツ言ってる?)

サトコ
「あの、黒澤さん?」

黒澤
······

サトコ
「黒澤さん、聞いてます?」

黒澤
···っ
え、ええ、もちろん
つまり、その···
これは大事なペットボトルってことですよね?

サトコ
「はい」

黒澤
だったら、オレがプレゼントしますよ。アンスリウム
たしか、この先に花屋がありましたし

サトコ
「えっ、いいですよ、そんな···」

黒澤
いいんです。贈らせてください
大切な人への初めてのプレゼント、ってことで

(黒澤さん···)

サトコ
「じゃあ、いただこうかな···」

黒澤
ありがとうございます
それじゃ、急ぎましょう。花屋が閉まっちゃう前に

嬉しそうな黒澤さんに、なんだかくすぐったいような気持になる。
これで「アンスリウム」の思い出は、素敵なものへと書き換わるのだろう。

(そうだ···こうして変わっていけばいい)

「信じる」とは、もしかしたら「知る」ことなのかもしれない。
相手のことを知って、誤解を解いたり、修正したりして···
その積み重ねでできあがるものなのだ。

Secret End

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