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カレ目線 黒澤3話

サトコさんの写真がキッカケで、捜査は大きく進展した。
同時に、オレは石神さんのツテを借りて、ある手配をしていた。

【病室】

黒澤
···では、そんな感じで
できるだけ早めにお願いします。それじゃ

通話を終えて、息をつく。

(これで住居の手配はよし、と)
(あとは就職先まで面倒を見られれば···)

いきなりドアが開いた。

黒澤
あれ、サトコさん?

驚いた。
どうしたんだろう、こんな遅い時間に。

サトコ
「森沼さんがピンチです」

黒澤
えっ?

サトコ
「彼女、怯えていて···家にも帰れなくて···」
「今もカフェで、連絡を待っている状態で···」

黒澤
待ってください

いったん落ち着かせて、詳しい事情を聞く。
要約すると、森沼ちえこが「協力者」だということがバレたらしい。

(早かったな、思っていたより)

協力者をあぶりだすのは、そう簡単なことではない。
それなのに、こんな短期間で気付かれてしまうなんて。

(背後に、やり手の人間がついているか)
(あるいは、すでにバレつつあったか)

とはいえ、手配が整うまではこちらとしてもどうにもできない。

(ひとまず、彼女はどこかに匿うとして···)
(今、真っ先にやらないといけないのは···)

サトコ
「だったら、どうすればいいですか」

黒澤
えっ?

サトコ
「彼女を助ける方法です!」
「向こうに捕まる前に、なんとか手を打たないと···」

(···ああ、「こっち」か)

やるべきことが決まった。
まずは、やけに前のめりな訓練生を黙らせなければ。

黒澤
手なんて打ちませんよ

サトコ
「!」

黒澤
バレたってことは、今後『協力者』として使えないってことでしょ?
だったら切り捨てないと
助けるのは『リスク』が大きすぎますし

ここから先は、彼女を関わらせるわけにはいかない。
厄介なこと、危険なことが多すぎるからだ。

黒澤
ハイハイ、そんな顔しないで
サトコさんの辛い気持ちは、よーくわかりますけど
こういうときこそ、『笑顔』にならないと

わざと軽い口調で、彼女をあおる。
こんな提案、彼女が受け入れるわけがないとわかっていながら。

サトコ
「こんなの笑えません!」
「絶対に受け入れられません!」

(···ほら、きた)

黒澤
それは困りましたねー
これが、公安刑事の『常識』なのに

(さあ、どう出る?)

「常識」という言葉に負けて黙り込むか。
それでも、なお反論してくるか。

サトコ
「だったら私は···」

(あー、後者かー)

それならこちらも手加減なくいこう。
これ以上、関わらせるわけにはいかないんだから。
彼女のまっすぐな主張を、オレは遠慮なく踏みつぶした。
さらにダメ押しで、笑みまで添えて。

黒澤
「今回の件については、余計なことをしないでくださいねー」
「森沼さんは『オレの』協力者ですから」

彼女の目が、憤りで揺れた。
こんなに激しい眼差しをぶつけられたのは、間違いなく初めてのことだ。

(ああ、こういう顔もするのか)

まぁ、するか。するよなぁ。
まっすぐな人だから。

(こういうところが苦手なわけだけど)

もう一言、キツめに釘を刺すべきか。
そう考えたところで、意外な人物が現れた。

難波
なんだ、若いふたりが痴話ゲンカか?

さすがに、難波さんを前にして少しは頭が冷えたのだろう。

サトコ
「すみません。帰ります」

黒澤
おつかれさまでーす。気をつけて帰ってくださいねー

荒い足取りからは、未だ憤りが感じられた。
とはいえ、これで大人しくしてくれるなら、オレとしては万々歳だ。

難波
エグいことするねぇ、お前も

面会時間終了5分前にも関わらず、難波さんは丸椅子に腰を下ろした。

難波
相手の感情を、昂らせるだけ昂らせておいて
最後に横っ面を引っぱたくとはなぁ

黒澤
そんなことしないですよ。オレ、平和主義者ですもん
暴力はんたーい···

難波
似たようなものだろ
薄ら笑いで、あんなふうに釘を刺されたら

(ああ、なるほど)

どうやら、かなり前から、オレたちのやりとりを聞いていたらしい。
気配を感じられなかったから、全然気付かなかったけれど。

黒澤
オレ、間違っていますか?

難波
······

黒澤
だって、これ以上関わらせるわけにはいきませんよね?
サトコさんは、まだ訓練生なんですから

難波
それは、そうだが···
逆効果だったかもしれないぞ?
あのひよっこは、真面目でまっすぐだから
お前さんと同じで

(···はい?)

一瞬、耳を疑った。
この人は、何を言っているんだろう。

黒澤
やだなー、どうしちゃったんですか?
そんなこと言われたら、透、ドキドキしちゃう

難波
だが、間違ってはいないだろう
お前の『不真面目さ』は、そう振る舞っているだけだ

ぐしゃ、と頭をかき混ぜられて、思わず身をすくめた。
まさか、この年になって、そんなことをされるとは思ってもみなかった。

黒澤
···じゃあ、オレのやり方が『逆効果』だったとして
その場合は、どうするんですか?

難波
どうもしないだろ

即答だった。

難波
それはそれで使い道がある
たとえば『撒き餌になってもらう』とかな

ぞくっ、とした。
こういうときだ。
この人が「室長」と呼ばれる理由を痛感するのは。

黒澤
エグいですね

難波
そうでもないだろ。俺は、撒き餌はきっちり回収するぞ

軽く笑って、難波さんは胸ポケットに手を伸ばしかけた。
たぶん、タバコを取りたかったのだろう。

難波
···おっと、病院だったな

黒澤
······

難波
それじゃ、帰るとするか

よいしょ、と立ち上がる姿を目で追った。
その横顔には、もう笑みは浮かんでいなかった。

難波
お前こそ、早くしろよ
彼女たちを撒き餌にしたくないのなら

そんなの、十分わかっていた。
だから、今日は各方面と連絡を取り合っていたのだ。



【屋上】

ただ、オレの手配が追いつかなかっただけで。

黒澤
ありがとうございます、助かります!
では、また改めて

通話を切ったオレは、すぐにメールの返信ボタンを押した。
相手は、森沼ちえこ。
当面の潜伏先が「名古屋」で確定した、と伝えるつもりだった。

黒澤
···うん?

スマホが着信を伝えた。
ディスプレイに表示されているのは、周介さんの名前だ。

(まさか···)

嫌な予感がした。
オレは、すぐに「通話」ボタンをタップした。

黒澤
はい···

颯馬
森沼ちえこがさらわれました

(やっぱり···)

颯馬
それと氷川さんも一緒です

黒澤

颯馬
今、後藤とふたりで車を追っています

黒澤
スマホのGPSは···

颯馬
氷川さんの分は追跡できません
おそらく、すでに取り上げられたのでしょう
森沼ちえこのGPSは追えますか?

黒澤
待ってください。今、病室に戻ります

【病室】

急いでノートPCを取り出そうとして、卓上のメモ用紙に気が付いた。

(これは···)

ーー『デジカメお借りしました』

(···まさか!)

PCを起動させるなり、すぐさま受信アプリを立ち上げた。

(やっぱり···気付いていたのか)

感心半分、気まずさ半分。
どちらも悟られないように息を整えてから、オレは再びスマホを握り締めた。

黒澤
大丈夫です。こっちで位置特定できます

颯馬
協力者のスマホですか?

黒澤
いえ、サトコさんがオレのデジカメを持っていきました

先日、首藤ナミカを尾行させる際に貸したもの。
その際、GPSが作動していることに気が付いたのだろう。

黒澤
スマホほど正確ではないですが、ある程度の特定は可能です

颯馬
わかりました
では、こちらは少し距離を置きます

周介さんの声は、だいぶ落ち着いていた。
それで、ようやく今回のことが織り込み済みらしいことに気が付いた。

(たぶん、最初から森沼さんかサトコさんを尾行していた)
(こうなることを念頭に入れたうえで)

誘拐した車を追跡できたのも、そういう理由なのだろう。

(なのに、なんだ?このざわざわする感じは)

周介さんも後藤さんも、オレより優秀だ。
さらに、石神さんがふたりに的確な指示を与えるだろう。

(オレは、連中の行き先を特定するだけでいい)
(それ以降のことは、みんなに任せれば···)

ーー『お願いします。黒澤さんの力になりたいんです』

彼女の声が、耳奥によみがえった。

ーー『恩返しがしたいんです。どんな形でも、少しでもいいから···』

(···ちょっとちょっと)
(なんで思い出すかなぁ、今)

確かに、今回の件に関してオレに責任がないわけじゃない。
けれども、最初に事件に関わらせたのは石神さんたちだ。
「特別訓練」で関係者を尾行させたことこそが、そもそもの発端だ。

(なのに···)

黒澤
ああ、くそっ

折しも、位置情報を示すアイコンが動かなくなった。
どうやら「目的地」に辿り着いたようだ。

(これって、例の倉庫街の···)

「特別訓練」でオレがケガをした場所とかなり近い。
やっぱり、あの周辺に関連施設があったようだ。

黒澤
周介さん、目的地のおおよその情報を転送します
誤差があると思うので、周辺の確認をお願いします

作業をしながら、ロッカーに目を向けた。
着替えるのに2分、正面玄関への移動に5分。

(あとはタクシーを捕まえられれば···)



わかりきっていたことだけど、現場でオレにできることは何もなかった。
駆けつけるだけ駆けつけて、あとは待機しているだけだ。
それでも···

サトコ
「黒澤さん!」

無事に解放された彼女を前にして、最初に湧いたのは憤りだった。
あれだけ「余計なことをするな」と釘を刺しておいたはずなのに。

サトコ
「あの、私···あの······っ」

黒澤
デジカメ、返してください

ああ、まずい。
感情を抑えきれていない。

黒澤
なぜ行ったんですか!
『考えナシのバカ』として突っ走っただけならまだしも···
『万が一もあり得る』って···
そこまでわかっていて、なぜ行ったんですか!

···なんだ、この言い方は。
こんなの、違う。
オレのキャラじゃない。

(こういうときこそ、感情を隠して···)
(適当に笑って、誤魔化して···)
(本当の気持ちは、絶対に悟られないようにするのがオレの···)

サトコ
「黒澤さん、前に言ってくれたじゃないですか」
「『見捨てないでくれて嬉しかった』って」

黒澤

凄い不意打ちがきた。
まさか今、ここで過去の自分の発言を返されるなんて。

サトコ
「余計なことをした自覚はあります」
「もちろん、それ相応の処分も覚悟しています」

(ああ、ほら···)

サトコ
「それでも後悔はしていないです!」
「森沼さんを助けようとしたこと自体は」

この顔だ。この目だ。
まっすぐすぎて、オレの奥底を暴こうとしているようで···

(怖い)

彼女が怖い。
なのに、なぜか目が離せない。
気付いたら、オレは彼女のこめかみに手を伸ばしていた。
「髪の毛が張り付いている」なんて、つまらない言い訳を口にして。

それ以来、何度もサトコさんのことを考えた。



【病室】

朝食後、ぼんやりとしているとき。
スマホでLIDEアプリを立ち上げたとき。
後藤さんから、今回の件の報告書が送られてきたとき。
それからーー

別の女性と、ふたりきりで会っているときもーー

黒澤
ええ。いろいろお世話になりました
合コンも、とても楽しかったですし

(サトコさんが、男装したりして)

思い出すたびに、吹き出したくなる。
あれは、本当にひどかった。

(確かに、歩さんの代理で連れて行ったけど)
(モノマネしろとまでは言った覚えは···)

ふいに、布団越しに太ももを撫でられた。
久しぶりに、ゾワッとした。
「興奮」とかではなく「不快」という意味で。

看護師
「退院してからも連絡くださいね?」

黒澤
ええ。···落ち着いたら、ぜひ

もちろん社交辞令だ。
捜査が終わった今、彼女と親しくする理由はもうない。

(でも、それはサトコさんも同じだ)

もう、オレが彼女と親しく理由はない。
彼女の進退については、すでに話し合いが済んでいるのだ。
オレが、今後石神さんから報告を求められることはない。

(うっかり巻き込んでしまった事件も、解決したわけだし)

【居酒屋】

なのに、どうして···

黒澤
それじゃ、『退院おめでとう、オレ』ってことで
かんぱーい

サトコ
「···乾杯」

(···なにをやってるかなぁ、オレ)
(ふたりきりで居酒屋とか)

しかも、誘ったのはオレだ。
退院する際の「荷物持ち」として呼び出して、お礼もかねてここに来た。

(「苦手」なはずの相手)
(これからは、むしろ距離を置くべきなのに)

自分で、自分が分からない。
これじゃ、まるで···

(恋でもしているみたいだ)

黒澤
······
······

(···うわぁ、なんだ、今の発想)
(中高生じゃあるまいし)

恋、なんてもう何年もしていない。
父の死に疑問を抱いたときから、ずっと。

(なのに、なんで今このタイミングで···)

サトコ
「黒澤さん、サラダどうぞ」

黒澤
ありがとうございます

(彼女を好き?オレが?)

ピンとこない。
だって、外見は好みじゃないし、性格も···どちらかというと苦手な部類だ。

(しかも···)

サトコ
「優しいですもん、黒澤さん」
「いつも私を励ましてくれて」

(ああ、まただ)

なぜか、オレに対して好意的。
本当のオレのことなんて、何も知らないくせに。

(知ったら、どうなるんだろう)

ふ、と薄暗い気持ちが沸き起こり、オレは彼女に手を伸ばした。

サトコ
「あ、あの···?」

黒澤
······

サトコ
「黒澤···さん?」

黒澤
耳、可愛いですよね、サトコさんって
せっかくだから出せばいいのに
···こんなふうに

わざと、ゆっくりした仕草で、彼女の耳に髪の毛をかける。
彼女は息を呑んだものの、嫌がっている様子は見受けられない。

(どうして?)
(信じすぎでしょう、オレのこと)

じゃあ、オレが「いい人」でも「優しい人」でもないと知ったら?
彼女は、一体どうなるんだろう。

その日。
久しぶりに、オレは自分から女性を誘った。
彼女が断れないように誘導して···
そのくせ、心のどこかで「断ってほしい」と願っていた。
我ながら、なんという支離滅裂っぷり。
だけど、断ってくれたら今度こそ素直に一目置けるような気がしたのだ。
ああ、オレなんかには惑わされないーー
賢く、素敵な人なんだ、って。

でも、現実の彼女は違った。
オレなんかの誘導に引っかかった、ただの残念な存在だった。

(よかった)

この気持ちは「恋」なんかじゃない。
オレは、彼女に惹かれてなんかいない。

(でも、それはお互い様だ)

彼女は彼女で、オレに失望するだろう。
オレは「いい人ではない」って知ることになるんだから。

(それがいい)
(そのほうがいい)

「恋」なんで邪魔だ。
「純粋な好意」も、オレには必要ない。
心の真ん中を占めているものは、たったひとつの感情だけでいい。
折しも、鞄の中のスマホが着信を伝えてきた。
この時間帯なら、おそらく伯父か伯母からだろう。

(もうすぐ父の命日だから)

あるいは、今日が母の命日だったから。
オレは、胸元のペンダントを握り締めた。
湧いてきた感情を、握りつぶすかのように。

to be continued

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