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カレ目線 黒澤4話

すべてのはじまりは8年前ーー
父の墓前で手を合わせるオレに、見知らぬ男が声をかけてきた。

???
『···黒澤透くん?』

黒澤
そうですけど

その人は、墓前に菊の花を供えてくれた。
どうやら父の知人らしく、ぽつりぽつりと思い出話を語ってくれた。

父の知人
『···それにしても、君もくやしかっただろう?』
『お父さんを、あんな形で亡くすだなんて』

黒澤
そうですね

父の知人
『私も悔しくて仕方がないよ』
『搬送先が黒和堂病院でなければ、助かったかもしれないのに』

(···え?)

父の知人
『他の病院なら、もっと適切な処置を受けられた』
『お父さんは、半ば殺されたようなものだよ』

意味が分からなかった。
この人は、一体何を言っているんだ?
唖然とするオレに、その人は憐憫の眼差しを向けてきた。

父の知人
『君は今、伯父さんのもとにいるんだったね』

黒澤
そうですけど

父の知人
『彼を信じない方がいい』

黒澤
え···

父の知人
『君のお父さんは、黒澤正則に殺された』
『どういうことなのかは、この写真を見ればわかる』
『彼に、心を許してはいけないよ』

ふわっと意識が浮上した。
そうやら、ソファでウトウトしていたようだ。

(やば···そろそろ出ないと)

テーブルの上に散らばっていた写真を封筒に戻して、引き出しの奥にしまう。
8年前、「父の知人」なる人物から渡されたもの。
父の「捜査メモ」を撮ったそれを、これまでに何度読み返したことだろう。

(父さんは、伯父を疑っていた)
(なんらかの事件の「被疑者」として)

その事件が何なのか、未だオレは掴めていない。
資料を閲覧しようにも、今のオレの立場ではその権限がないのだ。

(何か手段を考えないと)
(当時を知る人に近づくか、あるいは···)
(この間、石神さんに提案した「潜入捜査の件」が上手く通れば···)

ピコンッ!と軽やかな音がした。
誰かがLIDEにメッセージを送ってきたようだ。

(···え、サトコさん?)

当然、身構えた。
彼女から連絡が来るのは、週末の「アレ」以来だ。

ーー「珍しいたい焼き、見つけました!ウィスキー味です」

(ふーん···それで?)

画面をスクロールしようとした。
このあと本題のメッセージが続くと思ったからだ。
ところが···

黒澤
ん?

スクロールできなかった。
メッセージは、どうやらこれでオシマイのようだ。

(あーええと···)

なんだ、こりゃ。
何がしたいんだ?

一番覚悟していたのは「怒りのメッセージ」だった。
で、次が「私たち付き合っているんでしょうか」的なもの。

(なのに、こう来るかー)

駆け引き?
それとも、実は遊び慣れてる系?

(だとしたら、ある意味ラクだけど)
(たぶん違うだろうなー)

その推察が正しかったことは、後日しっかりと証明された。
「駅のホームで、容赦ない平手打ちを食らう」という、一番しょっぱい形で。



【駅ホーム】

黒澤
痛たた···

(これ、腫れるかな)
(腫れるだろうなぁ)

自業自得?
まさにそのとおり。
だって、彼女を散々煽ったのはオレ自身だ。

たとえば、飲み会のとき···

黒澤
必ず「夜景の綺麗な場所」に誘い込むんです
あとは、夜景を見ながらちょっとした思い出話をするだけです
これで、コロッと落ちますからねー
特に、恋愛偏差値の低い女性なんて一発ですよー

なーんて、わざと彼女に聞こえるように言ってみたり。

帰りの電車でも、そりゃもういろいろ暴露したりして。
で、極めつけが···

黒澤
大丈夫
ちゃーんとわかってますよ、あなたが傷ついていること
だから···
今夜は、オレがなぐさめてあげましょうか?

(エゲつないわー、我ながら)

でも、これで完全に嫌われた。
もう二度と、あのキラキラした目で見られることもないだろう。

(ああいうの、重たいからなー)
(ほんと、すっきり···)

加賀
おい

黒澤
おわっ

思いがけない人物が、いきなり目の前に現れた。
なに、この状況。
レアキャラ登場ですか?

加賀
···やっぱりテメェか

黒澤
うわー、おつかれさまでーす
どうしたんですか、こんなところで。まさか仕事中とか

加賀
石神班には関係ねぇ

黒澤
ハハッ、そうですかー

敢えてお気楽に返したのに、加賀さんはなぜか眉をひそめた。

加賀
ひどい顔だな

黒澤
えっ

加賀
女にフラれたか

(······ハイ?)

一瞬、頭が真っ白になった。
おかげで、すぐに否定することができなかった。
折しも、ホームに上り列車が入ってきた。

(えっ、ちょ···)

待ってよ。
まさか、さっきの見られてたとか?

黒澤
違います!フラれてませんよ!?

加賀
······

黒澤
オレ、べつにそんなこと···

ドアが閉まり、上り列車はあっという間に去っていく。
オレの声が届いたかどうかは、結局分からないままだ。

(なんだ、今の)
(「フラれた」とか、すげー誤解なんですけど)

黒澤
そんなはずないって

この気持ちは恋じゃない。
だから「フラれる」は成立しない。

(予定通りの展開だっての、これは)

ハッピーエンド。
めでたしめでたし···

【個別教官室】

の、はずだったんだけど。

黒澤
訓練監督?オレがですか?

石神
そうだ。ひとまず資料を読め

黒澤
えー、オレここの教官じゃないんですけどー
業務外手当みないなもの、いただけますか?

石神
欲しければ室長と交渉しろ

黒澤
それじゃ、ラーメン1杯で終わりじゃないですか!

軽口を叩きながらも資料見目を通す。

(また「行動確認」ね)
(しかも、例の「自己啓発セミナー」の···)

黒澤
うん?

(この「26歳・カフェ店員」って···)

黒澤
彼女、前に石神さんが行確していましたよね?
それで『シロ』って結論が出たんじゃ···

石神
そうだ

黒澤
じゃあ、どうして?

石神
氷川に担当させる

(え···)

石神
2週間、氷川が彼女を尾行し続けられるか
それを確認する

玄関を出るなり、オレはわざと大きなため息を吐き出した。
だって、彼女とは当分関わらないつもりでいたのだ。

(なのに訓練監督って···)

しかも、オレの役目がかなりエゲつない。

(これ、サトコさんを追い込めってことだよなぁ)

今回の訓練は「ターゲットの不審点を見つけること」が評価に繋がる。
けれども、サトコさんだけは例外だ。

(限りなく「シロ」のターゲットを尾行させるってことは···)
(むしろその「逆」ってことだよなぁ)

疑わしいと思われるターゲットを、いかに色眼鏡で見ないか。
冷静な判断を下せるか。
サトコさんに限っては、そっちが重視されるはず。

(となると、オレの役目は···)

【教官室】

黒澤
おつかれさまでーす!今日は何か報告できそうですか?

サトコ
「······」

黒澤
あれ、今日もダメでしたか?
もう1週間経ちますけど、また何も見つかりませんでしたかー?

わざと朗らかな笑顔を見せると、彼女はギュッと拳を握り締めた。

(ああ、なんてわかりやすい)

そうやって感情を表に出すの、公安刑事としてどうかと思うけどなぁ。

黒澤
それで?何か報告はありますか?

サトコ
「······ありません。すみません」

黒澤
そんなー、謝らなくてもいいですよ?
オレ的には、その方がラクですし

サトコ
「···っ」

黒澤
じゃ、サトコさんの報告は今日も『なし』ってことで
おつかれさまでしたー

サトコ
「·········おつかれさまでした」

彼女は申し訳程度に頭を下げると、すぐさま教官室を出て行った。
一度も、オレと目を合わせようとしないで。

(今のオレ、すっげー嫌なヤツ)

黒澤
って、今に限ったことじゃないか

オレの好感度なんて、とっくに地に落ちている。
今さら、気にする必要もない。

黒澤
さ、報告、報告

石神
···そうか。氷川はまだ続いているか

黒澤
ええ、案外粘りますね
さっすが、石神さんの補佐官!

オレの軽口に、石神さんは冷ややかな眼差しを向けてきた。
どうやら考査の結果が出るまで、彼女を補佐官として認めるつもりはないようだ。

(頑なだなぁ、石神さんも)
(まあ、「らしい」って言えば「らしい」けど)

石神
今日の報告は以上か?

黒澤
はい

石神
では、他の4人については、もう少し難易度を上げろ

黒澤
了解です。サトコさんはどうしますか?

石神
もっと揺さぶりをかけろ

黒澤
ええっ、まだ煽らないとダメですか?
どうしよう。透、ますます嫌われちゃう
公安部のアイドルなのに

石神
······

黒澤
って、ちょっと突っ込んでくださいよー

石神
あいにく、お前の茶番に付き合うヒマはない
とにかく手加減するな
脱落させるくらいのつもりで、容赦なく接しろ

黒澤
······了解でーす



けれども、彼女の粘りは続いた。
訓練開始から10日以上経つけど、未だ彼女の報告は「特になし」のままだ。

(おっかしいなー)
(オレ、けっこう揺さぶってるつもりなんだけど)

ひとまず、今日は彼女が張り込んでいるはずのカフェ周辺に来てみた。
昨日「もっと煽れ」と石神さんに叱られたからだ。

(彼女は···)
(店内で張っているのか)

訓練終了まであと3日。
顔を覚えられるリスクと引き換えに「今日こそは」と意気込んでいるのだろう。

(ま、そういうことなら···)
(オレはオレの仕事をさせてもらうとしますか)

黒澤
おつかれさまでーす

カメラを片手に声をかけると、彼女はギョッとしたように顔を上げた。

(うわー、すごい顔)

最初はまん丸だった目に、徐々に「嫌悪感」が滲んでいく。
わかってはいたけど、オレ相当嫌われているよなぁ。

黒澤
なに飲んでますかー?
って、中身空っぽじゃないですか
仕方がないなぁ、おごりますよ

彼女が追ってこられないことをわかっていて、さっさとレジに並ぶ。

(オレはコーヒーでいいとして···)
(サトコさんは、たしかミルク入りだったよなぁ)

というわけで、アイスカフェラテを購入。
グラスを渡そうとしたけど、案の定彼女はオレと目を合わせようとしなかった。

サトコ
「すみません。カフェラテ代払います」

黒澤
いいですよ、オレが勝手に買ってきたんですから

サトコ
「でも···」

まだ顔をあげない。
さすがに、ちょっと強情過ぎませんかね?

黒澤
可愛くないなぁ

持っていたグラスを彼女の唇に押し付ける。
彼女は、弾かれたように顔を上げた。

黒澤
こういうときはニッコリ笑って
『ありがとう、黒澤さん大好き!』って受け取らないと
それが、後輩としての模範解答ですよ?

「後輩」の部分を、わざと強調する。
彼女の唇がわずかに開いてーー
そこから出てきたのは「言葉」ではなく「ため息」だった。

サトコ
「ありがとうございます。ご馳走になります」

黒澤
ええ、どうぞ
ということで、そろそろ本題に移りましょうか

何事もなかったかのように、用意してきたファイルを取り出す。
けれども、心の隅がチリチリしている。
たぶん、これは「苛立ち」だ。

(何をしているんだ、オレ)

彼女と視線が合おうが合うまいが、オレに関係ない。
なのに、なんであんなことをしてしまったのか。

サトコ
「これは···」

黒澤
新しいターゲット候補です
サトコさんだけ、毎日同じ報告が続いていますからね
『ターゲットを変えたほうがいいのでは?』という提案が出まして

できるだけ「普段通り」を心がけて、オレは説明を続けた。
くすぶっている「なにか」からは、できる限り目を逸らして。

その後、想定外の出来事が起きて、彼女はカフェを飛び出した。
今回の訓練で「最大の試練」になるかもしれない状況。
色眼鏡をかけていれば「間違った報告」をしてもおかしくないはずだ・
それでも彼女は···

(結局、今日も「報告なし」か)

意外だった。
途中まで、自分に都合のいい「誤った推測」をしかけていたというのに。

(ま、オレが誘導したからなんだけど)

彼女は、そこから戻ってきた。
キッカケはわからない。
ただ、ふと夢から覚めたような目でオレを見たのだ。

ーー『黒澤さん、すみません』
ーー『やっぱり、さっきの報告以上のことはありません』

しかも、ターゲット変更の件も断ってきた。
オレが何度も揺さぶりをかけたにも関わらず、だ。

(おかげで、めちゃくちゃ睨まれたけど)
(特に、別れ際の···)

黒澤
意外と損するタイプなんですねー、サトコさんって

サトコ
『···っ』

黒澤
では、残り2日、頑張ってください
健闘を祈っていますよ

(あのとき、絶対心の中で「バーカバーカ」とか言ってただろうなぁ)
(ああ見えて、意外と荒っぽいところがあるし···)

颯馬
貴方も損するタイプですね

コトン、と机に缶コーヒーが置かれた。

颯馬
このままじゃ、ますます彼女に嫌われてしまいますよ
可哀想に

黒澤
「ですよね?周介さんもそう思いますよね?」

颯馬
······

黒澤
オレもそう思うんです
でも、石神さんが『もっと煽れ』って言うから仕方なく···

颯馬
そうですか?
案外、乗り気だったのでは?

(···え?)

颯馬
わからなくもないですけどね
『その他大勢』になるくらいなら『嫌われた方がいい』···
不健全な思考ではありますが

チリ、とまた身体の一部が燻った。
心臓、ていうか心?
たぶん、そのあたりのどこかが。
だからこそ···

黒澤
えー誤解ですよー
オレは『仲良しサイコー』って主義ですし
友達は100人欲しいタイプです

颯馬
···そうですか

周介さんは、特に表情を変えることもなく、自席へ戻った。
たぶん、このあと自分が担当している案件の報告書を作成するのだろう。
オレも、散らばっていた荷物をまとめた。
石神さんへの報告は、明日の午前中に行う予定だ。
つまり、今日はもうここに用はないーー

颯馬
ああ、そういえば···
次の潜入捜査先は『黒和堂病院』でほぼ決まりのようですよ

黒澤

颯馬
よかったですね、貴方の提案が通って

うわー、マジですか、ラッキー!
みたいなことが頭をめぐった。
たぶん、それが「石神班の黒澤透」としての正解だったから。
なのに、言葉が出てこなかった。
今、どんな表情をしているのか、自分でもよくわからなかった。

to be continued

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