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カレ目線 黒澤6話

潜入捜査も、残すところあと3日。
焦りを募らせているオレに、後藤さんが思いがけない情報を運んできてくれた。

【ラーメン屋台】

黒澤
狙いは子供?

後藤
ああ。名前は『宇野サユミ』。今は、お前の潜入先に入院している
これが写真と簡単な資料だ

後藤さんの説明によるとーー
少し前に、例の宗教団体の施設内で信者がひとり亡くなっていた。
その現場を、宇野サユミが目撃した可能性があるのだという。

(それで口封じ···か)

黒澤
ひとまず、宇野サユミの周辺にも気を配っておきます

後藤
そうだな。氷川とふたりなら何とかなるだろう

黒澤
······ええ

頷いたものの、彼女に伝えるつもりはない。

(あの人は怖い)

引いたはずの境界線を、なぜか踏み越えようとする。

(何をするか読めない)
(そんな人に、これ以上深入りされたくない)

そもそも、彼女には別の人間の監視を頼んでいる。
そちらを全うさせれば、訓練生としては問題ないはずだ。

【黒和堂病院】

だから、心底驚いた。
宇野サユミが退院を控えた前日の夜。
彼女の病室に、サトコさんが駆け込んでいったときは。

しかも、平名織江の仲間らしき男と鉢合わせした時も···

サトコ
「き、聞いてくれますか···門村さん···」
「今、私がここにいる理由を···」

(···まさか···)

サトコ
「じ、実は私···み、道ならぬ恋をしていて···」
「さ···サユミちゃんの···お父さんのこと···」
「好きになってしまって···」

(いや···ちょ···っ)

サトコ
「だから、どうか···見逃してください···」
「こんな情けない私を···どうか···どうか······」

(あああああっ!)

今すぐ耳をふさぎたかった。
今が任務中じゃなかったら、間違いなくそうしていた。

(だって、これ、あのときの···っ)

黒澤
サトコさん、どうかお願いです
こんな情けないオレを、どうかひとりにしないで···

(あれをパクるか!?)

この「絶体絶命」ともいえる場面で!?
いや、そうじゃなくてもパクらないでしょう、ふつう!

(ああ、くそ···っ)

読めない。
ほんと、読めない人だ!

(だから、そういうところが···)
(苦手なんだって!)

このあと、カメラ片手に病室に乗り込んだ。
さらに周介さんと後藤さんも加わって、平名の仲間を確保することができた。

【車内】

颯馬
それにしても驚きましたね
今回の実行犯が、平名織江ではなく清掃員だったなんて

後藤
ええ。氷川の同僚だったそうで
あの男からもらった情報も多かったのだとか

颯馬
そうなると、情報の信ぴょう性を今一度見直す必要がありますね

周介さんの言葉に、ドキリとした。
彼女が報告してきた情報は、オレが得たものとかなり被っていたからだ。

(特に、最初の方の情報はほぼ同じだったはず)
(あの人の「黒い噂」とか)

いや、アレが嘘であるはずがない。
なぜなら、伯父は「そういう人間」だからだ。

(平名織江は、捕まえ損ねた)
(でも、今日捕らえた門村からでも証言を引き出せるはず)

伯父は、今回の連続不審死事件に絶対関わっている。
それさえはっきりすれば、今度は堂々と捜査できる。

(そうすれば、11年前の父さんのことだって···)

【個別教官室】

けれども、石神さんたちが導き出したのは、あり得ない結論だった。

黒澤
え、この5人?

石神
そうだ。このなかの1人···
あるいは複数名が、宗教団体の関係者だと踏んでいる

テーブルに並べられた5枚の写真。
けれども、何度確かめてもそこに伯父を写したものはなかった。

黒澤
···違います。あり得ません

石神
うん?

黒澤
一番重要な人物が抜けています!
重要参考人となるべきなのは、この5人ではなく···

石神
院長の黒澤正則か?

黒澤

石神
彼については、かなり調べた
もちろん、院内に広まっていた噂についてもだ

黒澤
だったら···

石神
そのうえで、黒澤氏はシロだと結論を出した

(な···っ)

石神
今回の事件の報告書だ。信じられないなら目を通すといい

黒澤
···っ、そうさせてもらいます

ひったくるように手に取った報告書。
けれども、読み進めれば進めるほど、手の震えが止まらなくなった。

(······嘘だ。どうしてこれが通った?)

いっそ、大声で笑いたかった。
それくらい、クソみたいな気分だった。

(みんな、わかってない)

後藤さんも周介さんも、石神さんですらも!
どうして、あの報告書で納得できるんだ?

(ダメだ)

誰も頼れない。
やっぱり自分自身でどうにかするしかない。

(そうだ、オレが···)

【黒和堂病院】

(オレが暴くしか···)

黒澤幸成
「透?どうしたんだ、今日は···」

黒澤
鍵を貸して

黒澤幸成
「えっ」

黒澤
倉庫の鍵!早く!

黒澤幸成
「あ、ああ···」

【倉庫】

(あるはずだ···絶対···)
(みんな、見落としているんだ!伯父が黒幕だって証拠を!)

オレは···オレだけは知っている。
本当のことを。

(証言だってあるんだ)

(あの8年前の···)

父の知人
『ほかの病院なら、きっと適切な処置を受けられた』
『お父さんは、半ば殺されたようなものだよ』

(そうだ、父は殺された)
(伯父に···実の兄弟に···!)

それを暴けるのは、オレしかいない。
もはや、オレひとりでやるしかないんだ。

(そのためならなんだって捨ててやる)

どんな処分を食らってもいい。
それで真実が明るみに出るのなら。

なのに、どうしてーー
探しても、探しても、何も出てこないのだろう。

黒澤
······
·········

(···ダメだ、このなかにもない)

ファイルを戻そうと立ち上がったはずが、よろめいて棚にぶつかった。
なんだか力が入らない。
どうして、こんなにフラフラしているんだろう。

(···ま、いいか)

次のファイルに手を伸ばす。
ごく見慣れた明朝体の羅列なのに、頭にうまく入ってこない。

(ダメだ···ちゃんと読まないと)
(隅々まで目を通さないと)

眉間を軽く揉んで、再び資料に目を向ける。
何気に触れた自分の顎に、ザラリとした感触があった。

(あれ、オレ···)
(今朝、ヒゲを剃らなかったっけ?)

ていうか今って何時?
夕方?夜?

(そういえば食事って···)

黒澤
···っ

ダメだ。
どうでもいいことは考えるな。
証拠だ。
今は、証拠を見つけ出さないと。

(そうしなければ、父さんが···)
(あまりにも父さんが······)

???
「黒澤さん」

静かな声だった。
それなのに、不思議なほどクリアにオレの耳に届いた。

黒澤
ああ···誰かと思えば······
どうしたんですか···今日は

サトコ
「あなたを、迎えに来ました」

彼女は、笑おうとして失敗したような顔で、オレに手を差し出してきた。

サトコ
「一緒に帰りましょう、黒澤さん」

結局、石神さんたちは正しかった。
間違っていたのは、オレのほうだった。

いや、本当は···

サトコ
「見てください、黒澤さん!」
「手帳の、最後のページの···」
「ここ!『B』の文字が二重線で消されています!」
「これって、院長は被疑者候補から外したってことじゃ···」

黒澤
知っています

サトコ
「!」

黒澤
知っていますよ
言ったでしょう?手帳の内容は把握済みだって

(そうだ、オレは知っていた)

ただ、それを認められなかっただけなのだ。
自分の8年間を、否定したくなかったから。

(ああ、なんか···ダメすぎじゃん、オレ)

やりきれなさを抱えたまま、オレは彼女に背を向けた。
そのせいで、窓ガラスに映った自分の顔を見てしまった。

(うわ···情けねー)

でも、事実だ。
認めるしかなかった。
オレの8年間は、間違っていた。
警察官を目指し、公安刑事になったこともすべて無駄だった。

(そうだ、ただそれだけのこと···)

サトコ
「無駄じゃないです」

(え···)

サトコ
「私は、黒澤さんのこと···3ヶ月分しか知らないですけど···」
「その3ヶ月の間に、助けられた人がいて···」
「名古屋に逃げた森沼さんとか···今回のサユミちゃんとか···」

何を言っているんだ、この人。
なんで今、そんなことを言うんだ?

サトコ
「それに私だって···」
「何度も、黒澤さんに助けられて···」

(違う)

助けてなんかいない。
むしろ傷つけた。
それも、オレが一方的に。

(なのに···)

サトコ
「黒澤さんに感謝している人、ちゃんといます」
「今ここに、間違いなくいるんです」

黒澤
······

サトコ
「この8年間を、どうか否定しないでください」

どうして、彼女はこんなことを言えるのだろう。

(どうして、オレは···)

この言葉を、受け入れたいと思ってしまうのだろう。

(···ダメでしょう)
(オレなんかが、彼女の優しさに甘えたら)

わかってる。
そんなの、十分すぎるくらいに。
それでも、もし許されるのなら。
今だけ、その真心を受け取ってもいいというのなら。

黒澤
バカですね。サトコさんは
人がいいというか、おめでたいというか···

ゆっくり息を吐き出して、オレは再び彼女と向き合った。
せめて、精一杯の誠意を示したかった。
いつも嘘ばかりついてきた、自分なりの誠意を。

黒澤
正直に言いますけど
オレ···アナタのこと、苦手でした

サトコ
「······」

黒澤
でも、今···
アナタがここにいてくれて······

間違いなく、救われた。
助けられたのは、オレのほうだ。

黒澤
感謝しています。アナタに
本当に······

サトコさんは、何も言わなかった。
ただ、オレが動き出すのを待ってくれているように思えた。
少し離れた場所で、オレを見守るように。

翌日ーー

黒澤
失礼しまーす!
公安部期待の元新人・黒澤透、ただいま参じょ···
痛···っ
ひどいじゃないですか!いきなりゲンコツするなんて

後藤
だったら、少しは静かにしろ

颯馬
そうですよ、黒澤。なんなら一生黙っていてください

黒澤
そんな~、周介さんまで
久しぶりに会うんですから、もっと優しくしてくださいよ~

颯馬
でしたら、まずはこの答案の採点を手伝ってください
それと1時間以内に資料のコピーを···

黒澤
あーっ、オレ、石神さんに用があるんでした!
石神さん、石神さんは···っと

後藤
石神さんなら、自分のところの教官室にいる

颯馬
きちんとお礼を言うのですよ
貴方の無断欠勤を、うまく処理したそうですから

黒澤
······はい

【個別教官室】

少し緊張しつつも、目の前のドアをノックする。
それほど間を置かずに「はい」と聞き慣れた声がした。

黒澤
失礼します。黒澤です

石神
······

黒澤
このたびは、ご迷惑をおかけしました
今日からまた頑張りますんで

石神
······

黒澤
それと、これを

オレは、昨日預かった父の手帳を差し出した。

黒澤
ありがとうございました。全部読ませていただきました

石神
気は済んだか?

黒澤
はい

石神
だったらいい。今日中に報告書を出せ

黒澤
······

石神
···まだ何か?

黒澤
いえ。···ありがとうございました

石神
礼ならさっき聞いた。早く戻れ

黒澤
······はい!

【廊下】

ーーで、その帰り。

???
「おお~、元・期待の新人!」

一番ヤバい人が、笑顔でオレに近づいてきた。

難波
どうした?反抗期はもういいのか?

黒澤
ヤダなぁ、なに言ってるですか、難波さんってば
『元・期待の~』じゃなくて『期待の元新人』ですよー
オレ、まだまだ期待されるだけの伸びしろがありますから

難波
そうか。ということは···
まだまだ警察官を辞めるつもりはないんだな

(······うわー)

ヤバいな、この人。
どこまで気づいていたんだろう。

難波
ま、そのほうが俺としては有り難いんだけどな
お前は、年齢的にもひよっこたちの手本になりそうだし
すでにライバル視してるヤツもいるようだしな

(それって···)

黒澤
今回、オレのお目付け役だった『彼女』のことですか?

難波
······

黒澤
気付いてますよ、これでも。ずっと疑問に思ってましたから
どうして潜入捜査で、オレに彼女をつけたんだろうって

難波
······

黒澤
でも、直前の訓練内容と照らし合わせると納得できます
オレに『間違い』を突き付ける役目、ですよね?

難波
···まあ、そのつもりだったんだが

難波さんは、ふっと口元を緩めた。

難波
あのひよっこは、それ以上の動きをしただろう?

黒澤

難波
ん?俺の勘違いか?

黒澤
······さぁ

答えづらくて言葉を濁すと、今度こそ盛大に笑われた。

難波
なんだ、お前もそういう顔をするんだな
ま、それだけでも、あのひよっこに肩入れした甲斐があったってわけか

(肩入れ···ってことは···)

黒澤
やっぱりわざとなんですね
父の古い写真を、彼女の周辺にちらつかせたのは

あの写真データは、もともと鳴子さんか千葉さんのものだったはずだ。
でも、それがサトコさんに届くことまで想定していたとしたら?

黒澤
怖いなー、もう

難波
なに、お前の親父さんほどじゃないさ
それに人選は悪くなかっただろう?

くしゃ、と頭をかき混ぜられた。
遠い昔、父がよくそうしてくれたみたいに。

(うわー)
(やっぱり怖いわー、この人)

でも、ちょっとだけ心の壁が崩れたのは事実だ。
ついでも、その崩れた分だけ本音を口にしたくなったのも。

黒澤
オレ、誰にも話すつもりなかったんですよ。父のこと

難波
······

黒澤
でも、もしかしたら本当は···
ずーっと、誰かに聞いてほしかったんですかねぇ

そして、その相手が「彼女」だったのは···



【警察庁】

その意味はーー

???
「黒澤さん?」

窺うように声をかけられて、オレはハッと顔を上げた。

黒澤
あ、真壁さん···

真壁憲太
「おつかれさまです。もうあがりですか?」

黒澤
ええ。真壁さんはどうしてこちらに?

真壁憲太
「桃田部長宛ての届け物を頼まれたんです」
「今日は、会議でこちらに来ているらしくて」

黒澤
じゃあ、これから戻ってお仕事ですか?

真壁憲太
「いえ、僕ももうあがりです」
「なので、よかったらご飯でもいかがですか?」

黒澤
いいですね。ちょっと先の居酒屋にでも行きましょうか



【居酒屋】

黒澤
じゃあ、今日も一日おつかれさまでしたー

真壁憲太
「おつかれさまでした」

ジョッキで喉を潤してから、お通しの「タコわさ」に箸をつける。
合コンや飲み会以外で居酒屋に来たのは、いつ以来だろう。

(あ、もしかして···)
(退院した「あの夜」以来かも)

とたんに、胸がズンと重たくなる。
今さらながら、あれは「最低最悪」な思い出だ。

(一生許してもらえないだろうな、あれは)
(まぁ、こっちもそのつもりで仕掛けたから自業自得なんだけど···)

真壁憲太
「そういえば、氷川さんには会えましたか?」

黒澤
ゲホッ

(ちょっ、タイミング!)

真壁憲太
「大丈夫ですか!?」

黒澤
だ、大丈夫です!大丈夫、大丈夫!
それより今、サトコさんがどうのって···

真壁憲太
「ああ、ええと···」
「この間、公安学校で氷川さんに会ったんです」
「で、そのとき黒澤さんのことを探していたみたいでしたから」
「あれから無事に会えたかなぁ、と思って」

(······ああ、なるほど)

おそらく、石神さんに命じられてオレを探していた時のことだろう。

黒澤
会えましたよ。ちゃんと

真壁憲太
「だったらよかったです」
「あの時の氷川さん、すごく必死そうでしたから」

(え···)

真壁憲太
「ああいうの『鬼気迫る感じ』っていうのかな」
「それで、僕が黒澤さんを見かけた場所を伝えたら」
「すぐに教官室を飛び出して行っちゃって」

黒澤
······

真壁憲太
「そのとき、東雲さんも一緒にいたんですけど」
「『彼女は今、透のことで頭がいっぱいだから』って」

どうしよう。
どんな顔をすればいい?

(いや、わかってる···わかってますよ、これでも)

オレのことで頭がいっぱいだったのは「特別考査」が絡んでいたからだ。

(オレを連れ戻しに来たのも、それが「課題」だったから)
(歩さんの発言も、そういう意味なわけで)

それなのに、喜んでいる自分がいる。
彼女の行動を都合よく解釈しようとしている自分がいる。

(そんなの、許されるわけがないのに)

黒澤
真壁さん、お酒注文してもいいですか?

真壁憲太
「えっ、でもまだビールが···」

黒澤
強いのを飲みたいんです
なんかこう···頭の中が真っ白になるような···

(バカげた勘違いを、すべて流し去ってしまえるような···)

けれども、真壁さんは呼び出しボタンを押してくれなかった。
代わりに真摯な眼差しで、オレの顔を覗き込んできた。

真壁憲太
「何があったんですか?」

黒澤
······

真壁憲太
「こんなの、黒澤さんらしくないです」
「まずは『らしくない理由』を教えてください」

(ああ、気付かれてる)

そりゃそうだ。
さっきから、オレはちょっとおかしい。

(サトコさんの名前を、耳にした時から···)

黒澤
······笑わないで、聞いてくれますか?

真壁憲太
「もちろんです」

真壁さんの声は、あたたかかった。
オレなんかじゃ絶対に出せない、根っからの優しい人ならではの声音だ。

黒澤
オレ、嫌われたかった人がいたんです

真壁憲太
「えっ」

黒澤
その人のことが苦手で、その人からの好意が重たくて
そのくせ、心をグラグラ揺さぶってくるから、いろいろ辛くて

真壁憲太
「······」

黒澤
だから、嫌われたくて嫌われるように振る舞って···
おかげで、めでたく嫌われたわけなんですけど

そう、これはオレが仕向けた結果。
オレが望んだから、その通りになっただけ。

(なのに···)

真壁憲太
「『好かれたくなった』とか?」

黒澤
···っ

真壁憲太
「あっ、違ってましたか!?だったらごめんなさい···」

黒澤
いえ、違ってないです
オレは好かれたいんです、彼女に

そんなこと、許されるはずないのにーー
独り言のつもりで付け加えた言葉は、彼の耳にしっかり届いていたらしい。

真壁憲太
「どうしてですか?」

黒澤
······

真壁憲太
「どうして許されないのですか?」

(それは···)

黒澤
ひどいことをしたんです

傷つけた。
たくさんたくさん傷つけた。

(それも意図的に)

黒澤
最低なんです、オレ
やっちゃいけないことを、彼女にしたんです

真壁憲太
「······」

黒澤
本当に、オレは···

(最低でサイアクで、どうしようもなくて···)

真壁憲太
「だったら謝ればいいんじゃないですか?」

黒澤
······え

真壁憲太
「やっちゃいけないことをしたなら、まずは謝ればいいと思うんです」

黒澤
···っ、でも···っ

そんなの、彼女にとっては無意味だ。
だって···

黒澤
オレがサトコさんだったら、たぶん一生許しません

真壁憲太
「!」

黒澤
というか許せないです
どんなに謝られたとしても、きっと···

真壁憲太
「だとしても黒澤さんの『後悔』は伝わります」
「それだけは伝えたほうがいいと思うんです」

「だって」と真壁さんは微笑んだ。

真壁憲太
「今の黒澤さんは、その人に『好かれたい』よりも」
「『ごめんなさい』って伝えたいみたいですから」

ああ、そうだ。
真壁さんの言うとおりだ。

(許されなくていい。一生恨まれたっていい)

ただ、知ってほしいのだ。
オレが後悔していることを。

黒澤
でも、いいんでしょうか、伝えても
オレのエゴに過ぎないのに

真壁憲太
「エゴかどうかは、黒澤さんが決めることじゃないです」

真壁さんは意外にもイタズラっぽい笑顔を見せた。

真壁憲太
「それは、氷川さんが決めることですよ」



【カフェ】

そんな彼の言葉に背中を押されて、オレは今、カフェにいる。

(やばい···早く着きすぎだっての)

サトコさんとの待ち合わせ時間まで、あと20分。
でも、緊張をほぐすにはこれくらいがちょうどいいのかもしれない。

女性1
「ねえ、大雨警報出てるんだけど」

女性2
「ほんと?こんなに晴れてるのに?」

ふと聞こえてきた会話につられて、オレは窓の外を見た。
たしかに、雨の気配はどこにもない。

(降るのかな、雨)

降るかもしれない。
だって、人生は何が起きるかわからない。
苦手なはずの人を、好きになるくらいだし。

(だったら降ればいいな)

そうすれば濡れて帰ることができる。
叶わない恋も、うまいこと洗い流されてくれるかもしれない。

(なんて、都合よすぎですかね)

ほろ苦い想いを飲み込んで、オレは再び夕空に目を向けた。
雨の予兆は、まだ見当たらなかった。

Happy End

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