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このドキドキはキミにだけ発動します 颯馬1話



【河原】

サトコ
「ひゃっ!」

汗だくで肉を焼いていると、突然頬に冷たい缶を押し当てられた。

颯馬
お疲れさまです

サトコ
「颯馬さん!」

振り返った先には、コーラの缶を手にしたイタズラ顔の颯馬さんが立っていた。

(ま、まぶしい···まるで制汗剤のCM?)

颯馬
すごい汗ですね。変わりましょうか?

(この優しい気遣いと微笑み···菩薩様みたいだ···)
(やっぱり他の人たちとは違うな)

周りにいる元教官たちに、ちらりと視線を走らせる。

加賀
肉はまだか。メインがないと始まらねぇだろうが

サトコ
「今焼いてます!」

津軽
レアはダメだよ?バーベキューはウェルダンでね

石神
野菜もバランスよく焼くように

東雲
あと、かき氷ひとつよろしく。イチゴシロップで

(みんな好き勝手なことを···!)
(私だってかき氷でクールダウンしたいのに)

手の甲で汗をぬぐう私を、颯馬さんは微笑みを絶やさずに見ている。

颯馬
やっぱり変わりましょうか?

サトコ
「大丈夫です!この冷たいコーラで生き返りますから!」

渡されたコーラをプシュッと開けると、颯馬さんはクスッと小さく笑った。

(笑われた?なんで···?)

颯馬
ほら、ここ···

サトコ
「え···」

颯馬
ススがついてますよ

サトコ
「!」

頬を指先でそっと優しくこすられた。

(汗を拭った時についたのかも···!)

さっきまで缶コーラを手にしていた颯馬さんの指は、ひんやりと冷たかった。
その冷たさと反比例するかのように、私の顔は熱くなる。

颯馬
きれいになりましたよ

サトコ
「···ありがとうございます」

ふいに触られた恥ずかしさと嬉しさが交錯し、まっすぐに目を見られない。

颯馬
フフ···貴女の頬でも美味しい肉が焼けそうですね

(そんなに真っ赤になってる!?)
(うう、そんなこと言われたら余計に赤くなっちゃうよ)

それをわかっていて、颯馬さんはわざと私を困らせようとしている。

(···ほんと意地悪なんだから)

抗議しようと顔を上げると、そこには千葉さんがいた。

千葉
「氷川···」

(千葉さん、いつの間に···!)

千葉
「もしかして氷川って、颯馬さんのこと···」

(ま、まずい!今の見られてた!?)

脳裏に『課内恋愛バレたら左遷』の文字が浮かび上がる。

サトコ
「ち、違う違う!やだな~」

千葉
「違うって何が?まだ何も言ってないけど」

サトコ
「えっ、あ、いや···だからその、千葉さんが思っているようなことじゃ···」

千葉
「俺が何を思ったかわかるの?」

(うっ···何この攻め方、いつもの千葉さんらしくない?)

まだ近くにいる颯馬さんは、焦る私を素知らぬ顔で見ている。

颯馬
どうしたんですか?何か変ですよ、氷川さん

千葉
「ですよね?」

颯馬
暑さのせいでしょうか

千葉
「熱中症には気を付けないといけませんね」

偶然か意図的か、2人はそろって微笑んだ。

(どちらも黒い微笑みに見えたのは気のせいだろうか···)
(てか···颯馬さんの意地悪が、千葉さんに伝染してる!?)

サトコ
「ちょ、ちょっとトイレに!」

その場を切り抜けられる自信がなくて、私は逃げるように駆けだした。

(ふぅ···なんとか危機回避成功かな···)

トイレで頭を冷やして戻ってくると、千葉さんの姿はもうなかった。

(バレたら2人揃って左遷だって言うのに)
(颯馬さんってば、何の助け舟も出してくれないんだから···)
(助けるどころか一緒にからかってくるし···!)

『課内恋愛禁止令』に怯えながら、再びバーベキューコンロの前に立つ。
と同時に、目が点になった。

サトコ
「な、何これ!?」

黒澤
どうしたんですか?サトコさん

サトコ
「あ、いや、何でも···」

黒澤
うわっ!丸焦げじゃないですか!!

そこには、真っ黒に焦げあがった肉の塊があった。

(どうしよう、ちょっと離れていた間に···!)

黒澤
やっちゃいましたね、サトコさん···

サトコ
「···やっちゃいました」

黒澤
これ、成田さんから差し入れのA5ランク松坂牛ですよね?

サトコ
「たぶん···」

百瀬
「なんか焦げ臭ぇ······なっ」

後藤
火の取り扱いには十分に気をつけろと······うっ

東雲
ねえ、かき氷まだ?······げっ

異変に気付いてやってきた人たちが、そこにある “モノ” を見て一様に言葉を失った。

石神
氷川、これはどういうことだ

東雲
まさか、この場を離れて放置したとか?

加賀
テメェ···

(ひっ!殺される···!)

ギロリと睨む加賀さんの視線に、思わず肩をすくめた。

難波
しかし、よく焼けてるなぁ

津軽
確かに『ウェルダンで』、とは言ったけどね···

津軽さんが呆れたようにつぶやくと、颯馬さんが涼しい顔でやってきた。

颯馬
皆さん、どうかしましたか?

津軽
周介くん、これ見てやってよ

颯馬
おやおや

黒焦げの肉を見て、颯馬さんはどこか楽しそうに微笑んだ。

颯馬
見事な焼き色ですね

サトコ
「皆さんの大事なお肉を···本当に申し訳ありませんでした!」

颯馬
まあ、また新しく焼き直せばいいじゃないですか

サトコ
「はい···」

颯馬
まだまだ肉はたっぷりありますしね

東雲
A5ランクはもうありませんけどね

(だよね···)

東雲さんのジトッとした視線が胸に刺さる。

加賀
食い物の恨みはどんな闇よりも深く恐ろしいってこと、忘れるなよ···クズ

サトコ
「っ!!ほ、本当にごめんなさい···!」

追い打ちをかける加賀さんの言葉に、私は悲鳴に近い声で謝った。

(はぁ···とんだ失敗をやらかしちゃったけど、なんとか許してもらえたかな)

その後は課せられた任務に没頭し、肉も野菜も完璧に焼きあげた。
あの丸焦げの肉も、焦げた部分をそぎ落として焼きそばの具材に有効活用した。

(松坂牛入りの特製焼きそば、大好評だったよね!)

サトコ
「それにしても、暑い···」

焼き係が一段落し、汗だくになったTシャツをその場で脱ぐ。

???
「何その水着、だっせー!」

サトコ
「っ!?」

驚いて振り返ると、近くで遊んでいた子どもたちだった。

サトコ
「この水着、ダサいかな?」

男の子A
「すっげーダサい!」

男の子B
「なんかカーテンみたい」

サトコ
「カーテン!?」

(この胸元のフリルが可愛いのに!)

男の子A
「てか、オバサンくさいよな!」

(オ、オバサンくさい···)
(子どもの意見とはいえ、ショック···!)

男の子B
「カーテンおばさん、だっせー!」

サトコ
「きゃっ!」

はやし立てられながら水鉄砲で水をかけられた。

サトコ
「こら~、やったなー」

男の子A
「やべ、怒った!」

男の子B
「逃げろ!」

ふざけて怒ったふりをすると、子どもたちは一目散に逃げて行った。

(ふふ、可愛い)
(でも、カーテンおばさんには傷ついたよ···)

津軽
子どもは正直だよね

サトコ
「···!」

津軽
確かにちょっとオバサンくさいかな

(なっ···!)

津軽
カーテンみたいなんて、言い得て妙だね

津軽さんがうっすらと笑みを浮かべてやってきた。

津軽
もっと、胸を強調するビキニでもよかったんじゃない?

サトコ
「いや、それは···」

一瞥され、思わず両手をクロスして胸元を隠す。

津軽
綺麗なものは隠さず見せたほうがいいよ。って、俺が見たいんだけどね

(ある意味とても正直な人だよね···)

津軽
言ってくれれば俺が買ってあげたのに

サトコ
「い、いえ、上司に水着を買っていただく道理はありませんので」

津軽
お堅いな~

サトコ
「ごく一般的な意見かと···」
「それに、やっぱり自分で好きなものを選んで着たいので」

津軽
そっか。それでカーテンみたいな水着になっちゃうんだ

(し、失礼な···!)
(ていうか、そんなにカーテンっぽいかな、これ···)

ふと不安になり、胸元のフリルに視線を落とした。

津軽
男から見るとさ、女性の身体って芸術的に美しいフォルムなんだ
その美しさをアピールしないなんて、ちょっと勿体ないと思うな

津軽さんは、爽やかに微笑みながら私の全身に視線を走らせた。

(ここまでいくと、これは···)

颯馬
紛れもないセクハラですね

サトコ
「颯馬さん···!」

私の言いたかったことを代弁するかのようにして、颯馬さんは現れた。

颯馬
今の発言は、即逮捕レベルです

(そうだ!そうだ!)

心の中で同調するも、津軽さんは相変わらず薄い笑みを浮かべている。

津軽
周介くん、ちょうどいいところに来てくれた
キミは彼女の水着、どう思う?

颯馬
どうと言われましても

津軽
ほら、魅力を感じないから周介くんはコメントもできないって

(多分、そういうことじゃないと思う···)

津軽
俺もこの水着はイマイチだと思うんだ
だから、今度俺が見立ててあげようかと思って

颯馬
そこまで部下の面倒を見ようとするとは、津軽さんはとても責任感がお強い方なのですね

津軽
まあ、班長としてできる限り部下の力になりたいしね

颯馬
素晴らしい心がけですね、勉強になります

(出た、颯馬さんの黒い微笑み···)

津軽
ということで、俺の班になったからには、その辺の指導もしっかりしてあげるから

サトコ
「だ、大丈夫です···!」

津軽
どうして?またカーテンになるよ?

サトコ
「カーテン上等です!」

津軽
うーん、手ごわいなぁ

津軽さんが再び私の全身を一瞥したその時ーー

颯馬
逮捕します

カチャ

颯馬さんのポケットの中で、不気味な金属音が響いた。

(まさか、手錠!?)

サトコ
「そ、颯馬さん、落ち着いてください!」

颯馬
私は落ち着いてますよ

(落ち着いている人はむやみに手錠なんか使わないよ!)

颯馬
ですが津軽さんの言動は、明らかに職場環境配慮義務違反に当たります
黙って見過ごすわけにはいきません

サトコ
「だ、だめですって!」

ポケットに入れられた颯馬さんの手首を、慌てて掴んだ。

サトコ
「颯馬さん、ここは穏便に···」

小声で言うも、颯馬さんの険しい表情は変わらない。

颯馬
恋人をいやらしい目で見られて、穏やかでいられるわけがありません

小さく返された『恋人』という言葉に、一瞬ドキッとする。

サトコ
「···と、とにかく手錠はダメです」

颯馬
手錠?

サトコ
「ポケットの中のことです···」

颯馬
車のキーが何か?

(えっ?手錠じゃなかったの!?)

勝手に手錠だと思っていた音は、単なる車のキーだった。

サトコ
「すみません···何でもないです」

颯馬
イライラ解消にちょっとキーに触れていただけですよ

私の勘違いに気付いて、颯馬さんはフッと微笑んだ。

(やっぱりイライラはしてたんだ···)

手錠は勘違いとはいえ、颯馬さんが人前でイラつきを見せること自体が珍しい。

津軽
担当教官と訓練生としての信頼関係は、今も継続中みたいだね

津軽さんが相変わらずの薄笑いを浮かべて言った。

(恋人関係ってことは、見抜かれてないよね···?)

津軽
俺もサトコちゃんと、上司と部下としてそんな関係を築けるように頑張らないと

颯馬
彼女はとても優秀ですので、津軽班を支える重要な存在になること間違いないでしょう

冷静さを取り戻したのか颯馬さんは、落ち着いた声で言った。

津軽
絶賛だね~

颯馬
私が手塩にかけて育てた人材ですので

津軽
手取り足取り、大切に?

颯馬
それはもう、これ以上ないくらいに大切に育てました

津軽
···へぇ?

(な、なんか2人の間に火花が散っているような···)

両者とも微笑んでいるものの、その目が怖い。

サトコ
「あ、あの!···きゃっ!」

2人の言い争いを止めようと声を上げた瞬間、いきなり水をかけられた。

男の子A
「やーい!」

男の子B
「カーテンおばさ~ん!」

サトコ
「あっ、キミたち!」

さっきの子どもたちが、再び水鉄砲を持って戻ってきた。

男の子A
「まだそのだっせー水着のままなんだ~」

サトコ
「もう、冷たいってば!」

男の子B
「水着は濡れるために着るんだぞ」

子どもたちは容赦なく水鉄砲を向けてくる。

サトコ
「こら待てー!」

男の子A
「わー、鬼さんこちら~!」

サトコ
「今度は逃がさないぞ~」

津軽
ふっ、無邪気だな

颯馬
それが彼女の魅力でもあります

津軽
女としての?

颯馬
人として、でしょうか
あの無邪気さが、時に予想もつかない奇跡を起こしたりもしますから

津軽
······

(私のこと話してる···?)

颯馬さんたちのそんな会話を耳にしながら、子どもたちを追いかけた。

男の子A
「やーい、ここまでおいで~」

子どもたちは、元気に川の中に入って行く。

(ふふ、せっかくだから私も楽しんじゃお)

サトコ
「よぉし、反撃開始!えいっ!」

男の子A
「わっ!やりやがったな!」

男の子B
「エイッ!」

サトコ
「きゃっ!」

子どもたちと水のかけっこをしていると、川辺に立つ颯馬さんの姿が見えた。
そこ傍にはもう、津軽さんの姿はない。

(どうやら2人の言い争いは終わったみたい)

颯馬
···

(え···?)

川辺に立つ颯馬さんが、何か言ったようだった。

サトコ
「なんですか!?聞こえませんでした!」

颯馬
(気・を・付・け・て)

颯馬さんの口が、そう動いたように見えた。

サトコ
「はい!気を付けます!」

男の子A
「スキあり!」

サトコ
「きゃー!」

颯馬さんに向かって返事をした途端、思いっきり水をかけられた。
子どもたちはそのまま逃げるように泳いでいく。

サトコ
「遠くに行くと深くなるから危ないよ!」

彼らを追いかけて、私も少し深いところまで泳いできた。

サトコ
「キミたち泳ぐの得意なんだね」

男の子A
「おねーさんも結構泳げるじゃん!」

男の子B
「なかなかやるね、おねーさん」

サトコ
「まあね」

(ふふ、ちゃんと “おねーさん” と呼んだな、良い子たち)

子どもたちは、暫く私の周りをじゃれ合うように泳いでいた。

男の子A
「そろそろ帰ろっかな」

男の子B
「じゃあ、またね!おねーさん」

サトコ
「うん、またね」

(ん···?)

泳いでいく子どもたちに手を振ろうとして、ふと違和感を覚える。

(なんか、身軽になったような···?)

さっきほど水の抵抗を感じないような気がして、川面に目を向けた。

(えっ!?こ、これは···!!)

そこに見えたまさかの光景に、思わず自分の目を疑った···。

to be continued

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