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このドキドキはキミにだけ発動します 颯馬2話

サトコ
「えええっ!?」

叫ぶと同時に、川の中にしゃがみこんだ。
なぜか丸出し状態の自分の胸を、慌てて両手で覆い隠す。

(いつの間にこんな姿に···)

子どもたちに手を振ろうとして感じた違和感は、上半身に何も身に着けていないためだった。

(泳いでいるうちに脱げちゃったのかな···)

川に身を沈めたまま、ビキニトップが流されていないか川面に目を走らせる。

(ない···。ていうか、こんな穏やかな流れだし、流されれば気付くよね?)
(···まさか、あの子たちのイタズラ!?)

自分の周りでじゃれ合うように泳いでいた光景を思い出す。

(そういえばあの時、急に愛想よく『おねーさん』なんて呼び出して···)

こちらが気をよくしているうちに、彼らはとんでもないイタズラを仕掛けていたのかもしれない。

サトコ
「うぅ、私としたことが···子どもたちを見くびっていたかも」

あっかんべーと舌を出す子どもたちの顔が目に浮かぶ。

(子どもらしいイタズラだけど、さすがにこれは困った···)
(鳴子、近くにいないかな?)

川岸の方へ目を向けるも、その姿は見当たらない。
見えるのは、昼寝をする元教官たちの姿がチラホラ。

(これじゃ上がるに上がれないよ···)
(こんな姿見られたら、何を言われるか分からないし)
(ていうか、恥ずかしくて絶対に見せられない!)
(せめて颯馬さんがいてくれたら···)

そう思った時、岸辺の木の陰から颯馬さんが現れた。

(颯馬さん···!)
(お願い、気付いて!)

胸元ギリギリまで川面から出し、思い切って手を振った。

颯馬
···

心の叫びが届いたのか、颯馬さんがこちらを見た。
が、一瞬でスッと目を逸らされる。

サトコ
「え···」

(今、目が合ったよね?)

でも颯馬さんは、何事もなかったかのように歩いて行ってしまった。

(どうしよう···救世主が現れたと思ったのに···)
(でも、考えてみたら颯馬さんにもこんな姿を見せるのは恥ずかしい)
(とはいえ、いつまでも冷たい川に浸かりっぱなしではいられないし)
(うぅ寒い···早く何とかしないと···)
(仕方ないな、もう少し下流のひと気のないところまで行って上がろう)

胸元を気にしながら、目立たないようにゆっくりと泳ぎ始めた。

(ここまでくれば大丈夫そう)

川辺に人の姿はなく、誰にも気づかれそうにない。

(今のうちに···)

寒さで震える手で胸を隠し、そっと川から上がろうとしたその時ーー

ザッ

サトコ
「!」

砂利を踏む音に、咄嗟に背を向けた。

???
「こんなところまで泳ぐなんて」

サトコ
「颯馬さん!?」

颯馬
これでしょう

振り返ると、スッとビキニトップを差し出された。

サトコ
「どうして···!」

颯馬
本当に最近のガ···子どもは、おイタが過ぎますね

ニッコリとしたその黒い微笑みに一瞬、寒さとは違う悪寒が走る。

(こ、怖っ···。颯馬さん、子どものイタズラに気付いてたんだ!)
(あの子たち、無事だといいけど···)

子どもたちを心配しつつ、取り返してくれたことにホッとする。

颯馬
災難でしたね

サトコ
「子どもの無邪気さに、ちょっと油断してしまいました···」

颯馬
無邪気なのは、彼らより貴女の方かもしれません

サトコ
「···情けないです」

颯馬
それが貴女のいいところでもありますが

(そういえば、子どもたちを追いかけたときも颯馬さん、津軽さんとそんな話してたっけ)
(子ども相手にはしゃいでこんな姿になったっていうのに···まだフォローしてくれるんだ)

颯馬さんの優しい言葉に、余計に落ち込んでくる。

颯馬
さあ、早くこれを

颯馬さんは改めて私の水着を差し出した。
私は片手で胸を隠し、もう片方の手で受け取る。

サトコ
「ありがとうございます」

颯馬
そんな顔をして···大丈夫ですよ、もう

颯馬さんは、しゅんとする私の眉を優しく撫でながら言った。
そのまま、そっと頬に手を当てられる。

颯馬
こんなに冷たくなって

サトコ
「······」

冷えた頬に伝わる颯馬さんの温もりに、ドキドキと鼓動が高鳴る。

颯馬
私が目隠しになりますから、今のうちに

サトコ
「はい···」

颯馬さんに隠れるようにして後ろを向き、ビキニトップを付け直す。
肩ひもを首の後ろで結んでいると、ふっと颯馬さんの気配が近づいた。

颯馬
こっちは俺にさせて?

サトコ
「···!」

後ろから耳元で囁かれ、背中のリボンを結ばれる。
冷えた背中に触れる温かな指の感触に、思わず息を止めてじっとする。

颯馬
はい、これで大丈夫ですよ

リボンを結び直してくれた颯馬さんは、ポンと優しく私の背中に手を当てた。
その瞬間、止めていた息をフーッと吐き出した。
背中に触られる緊張感からの解放と、水着を着けられたことに安堵して。

颯馬
もう困り顔は直りましたか?

サトコ
「っ!」

振り向こうとすると、そっとうなじにキスされた。

颯馬
千葉に怪しまれたときも···肉を焦がした時も···
川の中で子どもたちのイタズラに気付いた時でさえ···貴女は俺を惑わす

勿体ぶるように言いながら、颯馬さんはキスをうなじから背中へと移動させる。

颯馬
サトコは困った顔ですら魅力的だから···俺の前だけにしてほしいのに

サトコ
「!」

甘い言葉とは裏腹な背中への熱いキスに、私の心臓は跳ねるように鼓動した。
イタズラに心を揺らされ、立っているだけで精一杯になる。

(ここ外だよ···どうすれば···)

背中に熱を感じながら、どうすることもできずに目の前に流れる川をただ見つめる。

颯馬
ほら、またその下がり眉

不意に後ろから顔を覗かれたと思ったら、今度はこめかみにキスされた。

(またそうやって自分だけ楽しんで···ずるい)

颯馬
可愛いのも大概にしないとダメですよ

耳元で囁いた唇で、そっと耳たぶを噛まれた。

サトコ
「ん···」

颯馬
はい、ここまで

思わず甘い声を漏らした瞬間、颯馬さんはスッと身を引いた。

颯馬
続きは家に帰ってから···ね?

サトコ
「······」

どう反応していいかわからずに、目を逸らす。

(そんなに優しく微笑まれても、逸る胸はそう簡単に収まらないよ···)

颯馬
帰るまで我慢できない?

サトコ
「ち、違います!そういうことじゃなくて···!」

颯馬
我慢した分のご褒美も、ちゃんと考えておくから

(あぁ···今、絶対私の眉は八の字を描いてる···)

相変わらず意地悪で妖艶な微笑みに、私は何も言えないまま俯いた。

颯馬
さあ、そろそろ戻りましょう

サトコ
「はい···」

歩き出す颯馬さんの後を、俯き加減のままついていく。

(みんなのところに戻るまでに、胸のドキドキも落ち着けないと)

颯馬
それにしても、ずいぶんと下流まで泳ぎましたね

サトコ
「ひと気のないところを目指しているうちに、こんなところまで···」

颯馬
おかげでこうして2人きりの散歩を楽しめますが

サトコ
「颯馬さん···」

颯馬
子どものイタズラも、悪いことばかりじゃありませんね

サトコ
「···不幸中の幸い、でしょうか」

颯馬
ふふ、そうですね

つられて頬を緩めたその時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

男の子A
「早く戻ろうぜ」

男の子B
「う、うん···」

(あの子たち!)

男の子A
「あっ···」

男の子B
「···!」

先ほどの子どもたちにバッタリ出くわし、思わずお互いに足を止めた。

サトコ
「あなたたち···」

男の子A
「うわあ~~ん、ごめんなさい!」

男の子B
「た、助けて···ぐすっ」

サトコ
「え?」

(まだ怒ってもないのに···ていうか、助けてって···)

私が怒ろうとする前に、子どもたちは怯えるように泣き出した。
そんな2人に、颯馬さんはチラッと視線を送る。

颯馬
···

男の子A
「!」

男の子B
「誰かーっ!」

颯馬さんと目が合った瞬間、子どもたちは脱兎のごとく逃げ出した。

(そ、颯馬さん···あの子たちに一体何を···!)

颯馬
さあ、行きましょうか

サトコ
「は、はい···」

爽やかでありながらも真っ黒な影を纏った微笑みに、私まで悲鳴をあげたくなった···。

黒澤
いや~、肉も川も最高でしたね!

帰りのバスの中、黒澤さん以外はみんな静かにシートに身を預けている。
ぼんやりと窓の外を眺めていたり、ほろ酔いで居眠りをしている人もいる。

(私も眠い···)
(あの子たちのおかげで、予想外の裸泳法訓練をしちゃったしね···)

うとうとしながら窓の方へ首を傾けるとー

鳴子
「あ、サトコ。首の後ろ蚊に刺されてるよ」

サトコ
「え···」

鳴子
「痒いでしょ。赤くなってる」

サトコ
「ほんと?」

(痒くないけどな···)

そう思いながら態勢を整え、指摘された首の後ろに触れてみる。
その時、通路を挟んで座る千葉さんと、ふと目が合った。

千葉
「···」

サトコ
「?」

サッと目を逸らした千葉さんの顔が、なぜか赤くなっている。

サトコ
「千葉さん?」

千葉
「あ、えっと···痒み止めの薬、あったかな?」

千葉さんはどこか焦った様子で自分のバッグの中を漁り始めた。

千葉
「あ、あった!はい、薬···」

サトコ
「···ありがとう」

千葉
「それよく効くから、すぐ治まるよ」

サトコ
「特に痒みはないんだけどね」

千葉
「そ、そう···」

(千葉さんってば、どうしたんだろう?)

なんとなく落ち着きがない様子を不思議に思いながら、薬を受け取った。

鳴子
「塗ってあげる」

サトコ
「うん、お願い」

鳴子
「赤くなってるけど、腫れてはないね」

サトコ
「そうだよね?蚊じゃないのかな」

鳴子
「かゆくもないんじゃ、何か他の虫かも······ね」

鳴子は含みを持たせるように言いながら、薬を塗ってくれる。

(うーん、川に浸かってる間に何かに噛まれたのかなぁ?)
(胸を隠すのに必死で両手が塞がっていたし)

鳴子
「はい。これで大丈夫」

サトコ
「ありがとう」
「千葉さんも、薬ありがとう」

千葉
「······」

サトコ
「あれ?千葉さん、寝ちゃってる?」

窓にもたれて寝ている千葉さんの横顔は、何となくまだ赤い。

鳴子
「みんな疲れてるみたいだし、私たちもひと眠りしよっか」

サトコ
「うん」

(薬はあとで返そう)

千葉さんに借りた薬をポケットにしまい、私と鳴子も目を閉じた。

【颯馬マンション】

みんなと解散後、颯馬さんの家に泊まることになった。

颯馬
今日は楽しかったですね

サトコ
「はい。ちょっと大変な思いもしましたけど···」

颯馬
子どもたちのイタズラには、確かに驚かされました

サトコ
「颯馬さん、イタズラの瞬間を見ていたんですか?」

颯馬
いえ。ただ、川の中で呆然とする貴女の姿を見てピンときました
アイツら···
いえ、あの子たちの仕業に違いないと

(また一瞬颯馬さんの顔に黒い影が···!)

サトコ
「颯馬さん、あの子たちからどうやって水着を取り返したんですか?」

颯馬
どう、と言われましても、ごく普通に『盗んだものを返しなさい』と

サトコ
「それだけですか?」

颯馬
もちろん悪いことをしたら、それ相応の罰が下されるということも告げましたよ
ニュアンスは多少違うかもしれませんが、子どもにもわかり易い優しい言葉で

(わかり易い言葉だからこそ、怖かったのかも···)
(あの子たちの怯え方、尋常じゃなかったもの)

颯馬
間違いを正さずにこの先の人生を歩んでは、彼らのためにもなりませんからね

サトコ
「そう···ですよね」

(これはあくまで、颯馬さんの優しさ···ってことだよね)
(決して子どもたちを怖がらせようとしたわけじゃない···そう信じよう!)

颯馬
どうかしましたか?

サトコ
「いえ···」

颯馬
では、お風呂に入りましょうか

サトコ
「え?」

颯馬
今夜は一緒に

サトコ
「!」

唐突なお誘いに、ポッと頬が熱くなるのを感じた。

颯馬
今日は、近くにいながらも手の届かない距離を感じて、複雑な思いでいましたから

(そういえば卒業後、ずっと一緒にいる機会ってあまりなかったよね)

颯馬
もう担当教官ではなくなったのだと、実感せずにはいられませんでした

サトコ
「颯馬さん···」

(珍しくムキになって津軽さんと言い合ったりしてたのも、それで···?)

颯馬
いいですね?

サトコ
「はい···」

(そんな風に言われたら、断れないよ···)



(あ~、あったかい···)

2人で湯船に浸かり、ドキドキしつつも心が和む。

颯馬
やっと思う存分貴女に触れられる

言いながら、颯馬さんは私を背中から包むように抱き締めた。
お湯の中で密着する身体に、胸の高鳴りはさらに加速する。

颯馬
川の中で冷えた身体を、しっかりと温めないと

私を抱きしめる腕に、少し力が籠る。

颯馬
裸で浸かるなら、やはり冷たい川より温かいお湯ですよね

サトコ
「本当にその通りです」

颯馬
川に浸かる貴女の姿も素敵でしたけど

サトコ
「どこがですか!」

颯馬
まるで、水浴びをする裸婦像を描いた名画のようでした

サトコ
「またそんな···」

颯馬
恥じらいと困惑が交錯する表情、とても可愛かった

(あ···)

再び後ろからうなじにキスされた。
その瞬間、バスの中でのことを思い出す。

(もしかして···首の後ろの虫刺されって···!)
(ハッ!塗り薬···!)

慌ててキスされた場所に手を当てた。

サトコ
「す、すみません!そこ、虫刺されのあとがあるって言われて」
「鳴子に薬を塗ってもらったので」

颯馬
そうでしたか。特に香りもしませんでしたよ?

(湯船に入る前に流したお湯で落ちたのかな···それならよかったけど)

颯馬
ふふ、確かに虫刺されに見えますね

サトコ
「···!」

小さく笑って、颯馬さんはツンと指先で首の後ろを突いた。
そのまま、その部分を弄ぶように指でなぞり続ける。

颯馬
痒いですか?

サトコ
「いえ···」

颯馬
蚊のイタズラではなさそうですね

サトコ
「···そうみたいです」

颯馬
これはきっと、何か悪い虫にでも食われたのでしょう

颯馬さんは、にっこりと意味ありげに微笑んだ。

(やっぱり颯馬さんが···!)

そんな痕跡を鳴子や千葉さんに見られてしまったことに、急に恥ずかしさを覚える。

(そっか、千葉さんが顔を赤くしたのはそれを察して···)

颯馬
悪い虫には、どんな薬よりこうするのが一番です

サトコ
「···っ」

指でなぞっていた場所に、再び熱い唇を押し当てられた。
さっきよりも強く、長く、吸い付くようにキスされる。

サトコ
「そ、颯馬さん、ダメです···また痕が残っちゃう···」

颯馬
また虫に刺されたことにすればいいのでは?

サトコ
「そんな···」

颯馬
誤魔化すも誤魔化さないも、サトコ次第だ

サトコ
「あっ···」

うなじへのキスは、強く吸われたまま首筋の方へ移動する。

サトコ
「だ、ダメですって。そんな隠せない場所にまで···」

颯馬
またそんな顔で俺を惑わせて

サトコ
「んっ」

抗議の言葉を遮るように唇を塞がれた。

(いつだって惑わされているのは私なのに···)

理不尽さを感じつつも、眉をなぞられながらの熱いキスに、私は成す術もなく身をゆだねた。

Happy End



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