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このドキドキはキミにだけ発動します 難波1話

【河原】

今日は公安課あげてのBBQ大会。
言わずと知れた下っ端の私は、さっきからずっと肉焼き係として忙しく立ち働いている。

(うーん、熱い!そして暑い!)

目の前の炎と背後からの強い日差しに挟まれて、もうすっかり汗だくだ。
しきりと汗を拭っていると、もくもくと立ち上がる煙の間から不意にお皿が差し出された。

難波
サトコ、肉

サトコ
「はい、ただいま!」

(恐ろしいほどのこのお肉の消費スピード···)
(いくら焼いても焼いても、全然追いつかない···)

必死にお肉を焼いている私を、室長は麦わら帽子の下から涼し気に見つめている。

難波
なかなかサマになってるじゃねぇか
手際も悪くない

サトコ
「そ、そうですか?」

難波
その調子なら、夏祭りのテキ屋潜入調査もうまくこなせそうだ

サトコ
「それは確かに、言えてるかも···」

(なんて感心していると、本当にやらされそうで怖いけど···)

サトコ
「はい、お肉どうぞ」

難波
よしきた

焼けたお肉を何枚かまとめてお皿に乗せると、室長は満足そうにそれを頬張った。

難波
うん、うまい
このウェルダンな感じがまた···

加賀
俺にはもっとレアなヤツをよこせ

サトコ
「わかりました。レアめですね」

加賀
絶対に焼きすぎるなよ
俺が食いてぇのは、若干まだ血が滴り気味のやつだ

黒澤
だったらもう、生でいいんじゃないですか、生で

加賀
あ?

黒澤
ほ~ら、ご希望通り血が滴ってますよ。かなり

黒澤さんがまだ焼く前の生肉のパックの中からトングで掴み上げる。
その腕を加賀さんがコンロ越しにガシッとつかんだ。

黒澤
いててっ

加賀
テメェの焼き方はウェルダンだな

黒澤
オレは確かに煮ても焼いても美味しいと思いますけど!冗談···冗談ですってば!

サトコ
「わわわ···倒れますから、危険ですからっ!」

バーベキューコンロを挟んでやり合い始めた加賀さんと黒澤さんをいさめながら、
手早くお肉を配った。

サトコ
「はい、加賀さんはレアめ。黒澤さんは普通な感じ。室長はウェルダン!」

加賀
やれば出来んじゃねぇか

難波
俺のも相変わらず焼き加減最高だ···

(ふう···食べてる時だけみんな静か···)

騒ぎも落ち着き、ちょっと一息ついてお肉を頬張る教官たちを見渡した。

(あれ?)

よくよく見ると、教官たちはみんな上半身裸なのに、室長と東雲さんだけシャツを着ている。

(まあ、東雲さんはわかるけど···なんで室長まで?)
(しかも何気なく麦わら帽子もかぶってるし、あんな帽子持ってたっけ?)

思わずじっと見ていると、室長と目が合った。

難波
ん、なんだ?

サトコ
「いえ、室長はずいぶんと完全防備だなーと思いまして」

難波
ああ、これか···今日のためにホームセンターで買ってみた

サトコ
「え、わざわざですか?」

難波
なにしろ日焼けに弱いからな

サトコ
「···そうでしたっけ?」

難波
すぐに赤くなっちゃうんだよ

(そっか···室長って洗濯物も柔軟剤使わないとすぐに肌が荒れちゃうもんね)
(見かけによらず、相当お肌がデリケートなんだな~)

サトコ
「あ、ナス焼けましたけど、食べますか?」

難波
おお、もらっとこう
40過ぎると、ときどき肉よりもこういうもんが食いたくなるんだよ

しみじみ言いながらナスを口に放り込んだ瞬間ーー

難波
あちっ!

サトコ
「大丈夫ですか?」

後藤
室長、どうしました?

室長の大声に、通りかかった後藤さんが振り向いた。
近くにいた加賀さんと黒澤さんも、何事かと寄ってくる。

難波
ナスにやられた···

加賀
ついに氷川に焼きでも入れられたのかと思いましたよ

サトコ
「そ、そんな···」

黒澤
とか何とか言いつつ、実は今の、サトコさんのナストラップだったりして~!

サトコ
「違いますから!」

後藤
室長、よかったら、これ

後藤さんが未開栓のビールを差し出すと、室長は息もつかずに一気に飲み干した。

難波
はあ、助かった···悪いな、後藤
これでクールダウン完了だ

爽やかに胸を張った瞬間、今度はブ~ンと嫌な音が辺りに響く。

サトコ
「ん?これは···」

異変に気付いた時には、室長の腕に黒いものが止まっていた。

難波
いってぇ!

サトコ
「大丈夫ですか?」

後藤
今度は何です?

ブ~ン

黒澤
あ、アブだ!

難波
アブってどういうことだよ。よりによって、なんで俺が狙われるんだ?

悲痛な叫びとともに腕を押さえる室長。
見ると、幹部が赤く腫れ上がってしまっている。

サトコ
「あー、これは痛そうですね···」

騒ぎを聞きつけ、東雲さんも寄ってきた。

東雲
なに騒いでんの、さっきから

難波
アブだよ、アブ!

東雲
え···まさか、まだこの辺にいる?

東雲さんが警戒感全開の表情であたりをぐるっと見回した。

後藤
もう大丈夫じゃないか

東雲
アブは一度去った後で集団で襲ってくるんですよ
ここは危険ですね

黒澤
心配は無用です!アブにはハッカスプレーが効果的って言いますから

言うなりポケットからスプレーを取り出し、みんなにシュッシュッと吹きかける黒澤さん。

加賀
うざってぇ、やめろ

東雲
オレには多めによろしく

黒澤
はいはい

難波
そんなもん持ってんなら、もっと早く出してくれよ!

(みんな勝手なことばっかり言って···完全にカオスだ···)

難波
ああ、もうどうしたらいいんだ、これ。今度は無性に痒くなってきやがった

室長は耐えきれず、患部をゴリゴリ掻きだした。

サトコ
「あああ···掻いちゃダメですよ、掻いちゃ」

難波
いてぇ、でもかえぇ···

ちょっと涙目になりかけている室長を見るに見かねて、私はその腕をつかんだ。

サトコ
「行きましょう!」

室長の腕をつかんだまま、川の中ほどまでジャブジャブ進んだ。

サトコ
「ちょっと沁みるかもかもしれませんよ?」

すっかり赤く腫れあがってしまった室長の腕を、澄んだ川の水にさらす。

難波
いてっ

サトコ
「我慢してください。こういう時は、患部を綺麗な水で洗って」
「血を出すのが一番なんです」

言いながら、私は室長の傷口の血をギュッと絞り出した。

難波
ん···

サトコ
「痛みますか?」

難波
大丈夫だ···

必死に痛みに耐えている室長の姿に、思わず笑みがこぼれてしまう。

(まったく···困った人なんだから···)

サトコ
「はい、できました。どうですか?痒みは」

難波
引いた気がする···すげぇな、サトコ

サトコ
「応急処置はスピード勝負ですから。念のため、帰ったらここに軟膏を塗りましょう」
「それから日焼け止め、塗り直すの忘れないでくださいね」
「たぶん今、水で流れちゃいましたから」

難波
そうするわ···ありがとな

ジュージュー

室長が日焼け止めを取りに姿を消している間に、私は再び焼き係に戻った。
焼いた傍から姿を消していく、肉、肉、肉······
気付けば大の男たちがコンロを囲み、常に箸を構えている状態になっている。

(ものすごいプレッシャーなんですけど···)

そんな息をつく間もない展開の中に、日焼け止めを握り締めた室長が戻ってきた。

難波
サトコ

サトコ
「はい、ただいま!」

条件反射でお肉を差し出す。
でも室長が私に差し出しているのは、お皿じゃなくて日焼け止めだ。

サトコ
「え?」

難波
塗ってくれ

サトコ
「えええ!?今、このタイミングでですか?」

一瞬、教官たちの恨めしい視線が突き刺さった。
すかさず、室長が睨みを効かす。

難波
お前ら、悪いがしばらく自分で焼いてろ

サトコ
「というわけで···すみません」

私が差し出したトングを、苦笑しながら後藤さんが受け取ってくれた。

サトコ
「すぐに戻ります!」



その間に、室長は日陰に陣取ってスタンバイしている。

サトコ
「もう、しょうがないですね···」

難波
だって背中に手なんか回らねぇだろ

サトコ
「そうですけど。本当に手がかかるんだから···」

ちょっと恨めしく室長を睨む。
でも室長は、なぜかちょっと嬉しそうだ。

サトコ
「?」

(なんだろう?まあ、いいか)

気を取り直してピタピタと背中に日焼け止めを塗っていると、脇から別の手が伸びてきた。

サトコ
「!?」

見ると、いつの間に集まって来たのか、教官たちが手に手に日焼け止めを出し、
室長の身体に塗り付けている。

颯馬
室長の肌、思いがけず滑らかですね

東雲
確かに···

黒澤
マジですか?それじゃ、黒澤も入ります!

難波
お前ら···触るなとは言わないが、優しく頼むぞ。優しく

後藤
わかってます

(なに?これ···何かの儀式か何かですか???)

じっと目を瞑っている室長が、どこかの教祖様のように見えてきた。

(こうなったらここはみなさんに任せて、私は焼きに戻りますか···)



あっという間にお肉も飲み物もなくなり、おかげでようやく一息ついた。

(それにしても皆さん、よく食べる···そしてよく飲む···)

2リットルのペットボトルをラッパ飲みしている後藤さんをじっと見ていると、ふと目が合った。

後藤
なんだ?

サトコ
「いえ···いい飲みっぷりだなぁと思いまして」

後藤
アンタも飲むか?

サトコ
「へ?いいんですか?」

(そういえばさっきから、飲まず食わずだし···)

でも私が手を伸ばした瞬間、
目の前からあっさりとペットボトルが奪われた。

サトコ
「?」

難波
ああ、うめぇ···

サトコ
「あ、室長···」

後藤
それ、俺の···

室長は構わず、ペットボトルの中身を全部飲み干した。

後藤
······

難波
食い物も飲み物もついになくなったな

サトコ
「じゃあ、そろそろお開きにしますか?」

ちょっと期待を込めて聞いてみる。

難波
いや、安心しろ。今、あいつらに買い出しを命じてきた

室長が指さす方には、黒澤さんと東雲さんと百瀬さんの姿があった。

(第2ラウンド、あるんだ~)

ちょっと遠い目になってしまった私の視線の先で、教官たちの輪に近づいていく女子大生たちの姿!

サトコ
「あれ?あれって···」

後藤
ナンパか?

難波
やるね~今時の若い子は

でも石神さんも加賀さんも一切興味はない様子。
唯一津軽さんだけが、嬉しそうに女子大生たちとの会話を楽しんでいる。

難波
おい、後藤、少しはアイツらにも若人に興味示せって言ってやれ

後藤
いや、でもあの人たちには何を言っても···

難波
ダメダメ、郷に入ったら郷に従えって言うだろ
あいつら、違和感ありすぎだ。あんなんじゃ潜入捜査もできやしねぇ
潜入のプロとして、場への馴染み方を指南してやれ

後藤
はい···

室長に背中を叩かれ、後藤さんは渋々教官たちの方へと歩いて行った。

難波
疲れたか?

ふたりきりになり、室長は気遣わし気な目を向けてくる。

サトコ
「ちょっと···でも大丈夫です」
「ただずっと火の傍にいて汗だくで、今はとにかく、この汗をどうにかしたいです!」

しっとりとしたTシャツをパタパタさせていた時だ。
鳴子と千葉さんが駆け寄ってきた。

鳴子
「サトコ!いたいた···探したんだから」

サトコ
「ゴメン。どうかした?」

千葉
「絶好の場所を見つけたんだ。飛び込みに行かないか?」

サトコ
「飛び込み!?いいかも!」
「ちょうど汗だくで···」

鳴子
「私たちもだよ。せっかく水着で来たしね」

サトコ
「よ~し、じゃあ、行きますか!室長も一緒にどうですか?」

振り返ると、いつの間にか室長はふらふらと座り込んでいる。

サトコ
「あれ?どうしました?」

難波
さすがにバテたな···
俺はここで休んでるから、お前ら行ってこい

千葉
「え、でも···」

鳴子と千葉さんが困惑気に私を見る。

サトコ
「私が残るから、二人で楽しんできてよ」

鳴子
「そういうわけにも···ねえ?」

千葉
「うん。やっぱり俺らも···」

サトコ
「ひとりで大丈夫。後で追いかけるから、先に行ってて」

千葉
「そっか···」

サトコ
「じゃあ私ちょっと、室長に飲み物持ってくるね」

(さすがにあんな室長を残して遊びになんか行けないよね···)

飲み物を持って行ってあげると、室長は少し回復したようだった。

サトコ
「大丈夫ですか?」

難波
ああ、悪かったな

サトコ
「完全に脱水症状ですよ?大人なんだから、ちゃんと自己管理してくれないと困ります」

解放しながらちょっと強い口調で言うが、
室長は反省するどころかまたもや嬉しそうに私を見ている。

サトコ
「あの室長、ちゃんと聞いてますか?私の話?」

難波
聞いてるよ

サトコ
「怪しいな···さっきから何を言ってもニヤニヤしてばっかり」
「私が困るの、楽しんでませんか?」

難波
そんなことないって

サトコ
「真面目に聞いてくれないなら、もう知りませんからね」

頬を膨らまして立ち上がった私の手を、室長が掴んだ。

難波
ありがとな。ちゃんと感謝してるからそう怒るな

サトコ
「······」

宥めるような優しい口調。
ちょっと熱くなっていた私の気持ちが急速に落ち着いていく。

(こういうのが、いつもズルい···)

難波
少し歩かないか?涼しいとこ

黙ったまま頷いて。
私たちは、二人で近くのこんもりとした森の中へと歩き出した。

室長と並んで、ゆっくりと森の中を進んでいく。
ひんやりとした風が吹き抜けて、火照った体に心地いい。

サトコ
「いい風···」

難波
飛び込みもいいけど、こっちも悪くないだろ?

サトコ
「ですね」

(それに、こうして二人でゆっくり外を歩くのなんて、久しぶりかも···)

私の気持ちを察したのか、室長がスッと手を差し出してきた。

サトコ
「?」

難波
ほら、手

吸い寄せられるように差し出した手を、室長の大きくて分厚い手が包み込む。

(この感触、好きだな···)
(すごく···すごく安心する···)

室長の体温を感じながら、そっと目を閉じた。
深呼吸すると、隣で室長も大きく息を吐く。

難波
ああ、だいぶ落ち着いてきたな···

サトコ
「本当ですか?よかったです。さっき、完全にバテちゃってましたから」

難波
やっぱりアレだな。寝不足の身体に、夏の日差しはきつすぎる

サトコ
「そうですよね···」

(そっか···室長、また忙しくてあんまり睡眠取れてなかったんだ···)
(いくら心配だったからとはいえ、あんなふうに怒っちゃって悪かったな)

サトコ
「あの···」

言いかけた瞬間、道の真ん中まで伸びてきていた木の根につまづいた。

サトコ
「わわっ」

難波
おっと···大丈夫か?

室長のたくましい腕に抱きとめられる。

サトコ
「すみません···」

顔を上げると、すぐ近くに室長の顔があって···

難波
······

サトコ
「······」

ゆっくりと吸い寄せられるように、二人の顔が近づいた。
鼻先が触れる。
吐息が混じる。
そして、唇が······

バキッ!

難波・サトコ
「!?」

室長の背後から聞こえてきた物音に、二人同時に動きを止めた。

難波
何か今、聞こえたか?

サトコ
「たぶん···」

でも私には、室長の大きな体で向こうが見えない。

(何だろう?誰かいるの?)
(もしかして、誰かに見られた!?)

ゆっくりと振り返る室長。
私もその肩越しに、恐る恐る音のしたほうを見る。

難波
あ······

サトコ
「え!?」

???
「グオォォォッ!」

地の底から湧き上がるような唸り声とともに、大きな黒い影が立ち上がった。

難波
クマか!?

サトコ
「ウ、ウソでしょ···!」

恐怖のままに、室長の身体にすがりつく。
室長はーークマから目を離さずに、グッと私を抱き寄せた。

(もしかしてこれって···絶体絶命!?)

to be continued

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