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このドキドキはキミにだけ発動します 難波2話

難波
クマか!?

サトコ
「ウ、ウソでしょ···!」

恐怖のままに、室長の身体にすがりつく。
室長はーークマから目を離さずに、グッと私を抱き寄せた。

(もしかしてこれって···絶体絶命!?)

難波
逃げろ、サトコ

サトコ
「え?」

難波
いいから早く!

室長が私を森の入口の方へと突き放す。

(ちょっと待って、室長はこのままクマと戦う気!?)
(そんなの無理だよ···いくら室長だって、クマ相手じゃ···!)

サトコ
「室長も一緒に逃げましょう!」

難波
二人で逃げたら、追いかけられるだけだ
クマのスピードを舐めるな

サトコ
「でも···できません。私だけ逃げるなんてこと!」

難波
バカ言うな!

サトコ
「!」

室長のひときわ厳しい声が響いた。

難波
これは命令だ
モタモタするな。走れ!

室長は険しい表情で言って、憤然とクマに向き直る。

難波
ん?

サトコ
「?」

一瞬、室長の背中の緊張が緩んだ気がした。

(···どうしたんだろう?)

不思議に思っている私の目の前で、いきなり室長がクマに向かって一歩踏み込む。
そして迷わずその手を取ると、加齢に一本背負いを決めた。

ドスッ

サトコ
「す、すごい···」

(クマに勝った···!)

室長は静かに呼吸を整えると、グイッとクマの頭を引っ張り上げた。
すると、その頭がスポッと外れて······

サトコ
「えええっ!?」

難波
ったく、驚かせやがって
何モンだ、お前

取れたクマの頭の下から出てきたのはーー


「ってぇ···」

(ひ、人?)

サトコ
「じゃあ···これはただの着ぐるみ!?」

驚いて室長の傍に駆け寄った。
着ぐるみはとても精巧に作られており、こうして近寄ってよく見てみないと偽物だとはわからない。

サトコ
「完全に騙されましたね···」

難波
まったくだ

中にいる男性は、倒れたままで怯えたように私と室長を見上げている。

サトコ
「なんかのドッキリですかね、これ···」

難波
いや、ドッキリってわけじゃねぇみたいだぞ

室長の言葉に辺りを見回すと、木の陰から数人の男たちが音もなく姿を現したところだった。

(何?この人たち···)

彼らがまとう尖った雰囲気に、私は思わず室長の腕をつかむ。


「その女を置いて行け」

サトコ
「!?」

難波
言ってる意味がわからねぇな


「分からない?あんた、バカなのか?」

難波
かもな

室長ははぐらかすように、皮肉な笑みを浮かべた。


「だったら、つべこべ言わずに言うことを聞け!」

難波
···断る


「おっさん、悪いこと言わないから無理すんなって」
「若い女の前でカッコつけたい気持ちもわからなくはないが」
「そういうくだらない見栄を張ると痛い目見るぜ」

難波
ほう···痛い目ってどんな目だ?

挑発するような室長の言葉に、男の一人が胸ポケットに手を差し込んだ。


「これでもカッコつけていられるのかな?」

男がポケットから取り出したのは、拳銃だ。

サトコ
「!」

(クマの着ぐるみの後は銃?この人たち、本当に何者なの?)

高まる緊張で、思わず室長の腕をつかむ手に力を込めた。

(相手は5人、こちらは2人···しかも向こうは銃を持ってる)
(このまま普通に戦っても、勝ち目は薄いようね。せめて、あの銃だけでもどうにかできれば···)

しきりと考えを巡らせる私の目の前で、室長は不思議なくらいに落ち着いた様子でため息をついた。

難波
お前ら、そんなんで俺を痛い目に合わせられると本当に思ってんのか?
だとしたら、相当めでてぇな

室長は不敵な笑みを浮かべながら、拳銃を持つ男に向かって果敢に一歩踏み出した。

サトコ
「室長、危ないですから無理しないでください」

室長にだけ聞こえるように、声をかける。

難波
無理?そんなことしてねぇよ

サトコ
「応援を呼ぶべきです」
「ここはひとまず、この人たちの言うとおりに私を置いて行ってください」
「それまでは、自分で何とか時間を稼ぎますから」

私だって公安刑事の端くれだ。
必死に決意と覚悟を示したつもりだったが、室長はまったく聞く耳を持ってくれなかった。

難波
サトコはいいから黙ってろ
こんなヤツら相手に、応援なんぞ必要ない

まだ腕をつかんでいる私の手を、室長がそっと振りほどく。

サトコ
「でも···!」

(どうしよう···いくら室長でも、銃に丸腰じゃ無理に決まってる···!)

でもそんな私の想いに構わず、室長はもう一歩、男たちとの距離を詰めた。
そしておもむろに手を伸ばすと、銃口を素手で握り締める。

サトコ
「室長!?」

(何をしてるんですか?それは銃ですよ、銃!)

難波
本気で人を脅すつもりならよ
せめて、もうちょい気合入れたもん作ってこい

(え?じゃあもしかして、この銃は···偽物!?)

状況を完全に理解するよりも早く、室長の身体が動いていた。
偽物と思わしき銃を奪い取り放り投げると、間髪入れずに目の前の男にひじ打ちを一発。
その間に背後に回った別の男のアゴを、振り向きざまに蹴り上げる。

ドスッ!バスッ!

一瞬にして二人の男が地面に倒れた。

(さすが室長···強い!)

相手の男たちも一対一では分が悪いと悟ったのか、今度は左右から同時に室長めがけて襲い掛かる。
それを見て、日ごろから訓練で鍛えた体が勝手に動いた。

サトコ
「室長、こっちは任せてください!」

難波
おう、頼んだ

サトコ
「えいっ!」

ドスッ!

私が叫びながら一人の男に組み付き投げ飛ばしたのと、
室長がもう一人の男を締め上げたのは、ほぼ同時だった。
倒れた男たちを飛び越え、室長に駆け寄る。

サトコ
「大丈夫ですか、室長」

難波
それはこっちのセリフだ。サトコの方こそ大丈夫か?

サトコ
「はい!こういう時のために、日々訓練に励んでますから」

難波
そりゃ、頼もしいな
さっきの投げも、なかなかよかった

そう言って笑ったかと思うと、室長は急に顔をしかめて腰をさすった。

難波
ててて···
やべぇな。ちょっと腰に来ちまったか···

サトコ
「えええ!?それじゃ、全然大丈夫じゃないじゃないですか」

難波
というわけで、とりあえず後のことは頼んだ

室長はさっさと傍らの木の切り株に座り込み、しきりと腰をさすり続けている。

(さっきまでのカッコいい室長とは別人みたい···)

なんだかおかしくなってしまって。
私は必死に笑いを堪えながら、スマホを取り出した。

20分ほどして。
賑やかなサイレンの音が響いたかと思うと、地元の警察官たちが駆けつけてきた。
ひと通り男たちを連行し終わった警察官の一人が、室長の前に来て敬礼する。

警察官
「この度は、犯人検挙にご協力いただきまして、ありがとうございました」
「心より感謝いたします!」

難波
いやいや、当然のことをしただけだし。いいんで、そういうの

警察官
「とんでもありません。善良な市民の皆さんの協力あっての警察です」
「よろしければ連絡先など」
「場合によっては、署より感謝状を贈らせていただくかもしれませんので」

難波
いやいやいや。そういうの、ますますいいんで

警察官
「そうですか···」

警察官は残念そうに肩をすぼめた。

(まさか目の前にいる人が、公安の偉い人だなんて思わないよね···)

難波
で、アイツら結局、何だったの?

警察官
「実は最近、避暑地を狙った強盗が頻発しておりまして。我々も警戒していた最中でした」

難波
じゃあ、あいつらがその強盗?

警察官
「おそらく、そうではないかと思われます」

難波
なるほどね···
それにしても、クマの着ぐるみに、おもちゃの銃って
最近の犯罪者はなんとも大胆だな

サトコ
「本当に···」

呆れ顔を見合わせる私たちにもう一度敬礼して、警察官は去って行った。
その背を見送りながら、室長はちょっと遠い目になった。

難波
懐かしいな。ああいう “ザ・警察官” みたいな感じ

サトコ
「もしかして、室長も若い頃はあんな感じだったんですか?」

難波
さあ、どうだったかなぁ···
忘れっちまったよ、若い頃のことなんて
でも少なくとも、ここまでゆるっとはしてなかったと思うぞ

サトコ
「それは···そうであって欲しいですね」

(新人の頃からこの感じじゃ、さすがに問題ですから···!)

難波
さて、それじゃ、俺たちもそろそろ戻るか···

立ち上がった瞬間、室長が小さく「うっ」と呻いた。

サトコ
「大丈夫ですか、腰」

難波
大丈夫、大丈夫···
とりあえず、あいつらには絶対内緒な
これ以上、弱みを見せるとあとあと面倒だ

ようやく暑さもひと段落した夕暮れ時。
いまだにペースを緩めずお酒を飲み続ける教官たちの傍らで、私たちは撤収作業を進めていた。

鳴子
「飛び込み、気持ちよかったよ~」

サトコ
「そっか、いいな~」

(と言いつつ、あの騒ぎさえなければ森の中も結構気持ち良かったんだけど)

鳴子
「サトコのこと、ずっと待ってたのに。室長の具合、そんなに悪かったの?」

サトコ
「ん?うん、まあ···」
「室長、かなり睡眠不足だったみたいだから、あの直射日光は効いたんじゃないかなー」
「それに、見かけによらずお肌もだいぶ弱いみたいだしね」

鳴子
「うん···そうみたいだね」

サトコ
「ん?」

鳴子の微妙な反応に顔を上げると、すぐ近くの蛇口で両手を流水に浸している室長の姿があった。

サトコ
「あの、室長?」

難波
おお、お前ら、片づけご苦労さん

サトコ
「それは、一体何を?」

難波
冷やしてんだよ
いわゆる、クールダウンってやつだな

鳴子
「クールダウン···?」

難波
なにしろ、見てくれよ···俺のこの腕

差し出してきた室長の腕は、痛々しいほどに赤くなってしまっている。

鳴子
「日焼けですか!?確かにこれは痛そうですね」

難波
痛いよ。これがさ、明日になるともっと痛いんだよ
その前に、今日の風呂が軽く恐怖だ···

切なげに自分の腕を見ながらつぶやく室長の姿からは、
さっき森の中で大立ち回りしたあの勇ましい姿は到底想像できない。

(すごいカッコいいかと思えば、妙に頼りなかったり···)
(だから余計にこういう姿を見せられちゃうと、何とかしてあげなくちゃって思っちゃうんだよね)

室長が無防備に見せるギャップに、ついついトキメかされてしまっている自分がいる。

(しょうがない···今日は家に帰ったら、ちゃんとケアしてあげよう)



【難波マンション】

マンションに戻るとすぐに室長はシャツを脱ぎ捨て、うつ伏せでソファに長々と寝そべった。

難波
サトコ、背中よろしく

サトコ
「わ···Tシャツ着てたのに、なんでこんなに?」

赤くなってしまっている室長の背中に、丁寧にローションを塗っていく。

難波
いてっ!頼むから、もっと優しくしてくれよ~

サトコ
「すみません。これでも優しくしてるつもりなんですけど···」

難波
白は紫外線を通すって話はまんざら都市伝説じゃなかったようだ
今日は色の選択を失敗したな

サトコ
「それにしても、服を着ているのにこんなに焼けてる人、初めて見ました」

難波
それだけ、俺のお肌はデリケートなんだよ

サトコ
「そういうことみたいですね···」

ローションを塗った後は、腰に湿布を貼り付ける。

(なんだかもう、あっちもこっちも···満身創痍って感じ···)

サトコ
「はい、できましたよ」

難波
サンキューな

室長はゆっくりと体を起こしながら、改めて腰をさすった。

難波
日焼けだの腰痛だの、どこが何で痛んでるんだかもはや分からん

サトコ
「日焼けはともかく···腰痛は無理したりするからですよ」
「クマ相手に戦おうとするなんて···」
「相手が本当のクマだったら大変なところだったんですから」
「クマにも拳銃にも、もう二度と丸腰で立ち向かったりしたらダメですからね!」

私を守ろうとしてくれたことは嬉しいけれど。
無謀な室長のことが心配で、心配で。
思わず、ちょっと怖い顔で諭すように言ってしまった。
そんな私のことを、室長は無表情にじっと見つめている。

難波
······

(あ···もしかしてちょっと言い過ぎちゃったかな?)

サトコ
「あの、ごめんなさ···」

難波
いいよなぁ、その顔

サトコ
「へ?」

予想外の反応にポカンとなる私に構わず、室長は伸ばした人差し指を私の額にピトッとあてた。

サトコ
「あの···?」

難波
そうやって怒ってる顔のこと

サトコ
「茶化さないでくださいよ。私は真剣に···」

難波
真剣だからだよ

サトコ
「?」

室長は嬉しそうに額を寄せ、そしてゆっくりとキスを落とした。

難波
真剣に俺のことを心配してくれてるんだって思えるから

サトコ
「だって、室長が心配ばっかりかけるから···」

難波
悪かったよ。心配かけて

室長の大きな手が、ふわっと私の頭を撫でた。

難波
でも···もしかしたらお前のその顔が見たくてわざとやってるのかもな···

サトコ
「え?」

難波
だとしたら、困った癖がついちまったもんだ
なんかな、お前がなんだかんだと構ってくれるのが嬉しいんだよ、俺は

サトコ
「室長···」

(そっか···そんな風に思ってくれてたんだ···)
(教官の皆さんには見せないような姿も私には見せてくれるのも、そういうことなのかも···?)

嬉しくも恥ずかしくて目を伏せた私の身体を、室長がギュッと抱き締めた。

難波
もしかして、迷惑か?

サトコ
「いいえ、嬉しいです、私も」
「心配なあまり怒っちゃったりして···」
「ちょっと言い過ぎだったかなって、少し気になってたので」

難波
そんなこと全然ねぇよ
もっと心配してくれ、俺のこと

サトコ
「でも、あんまり心配をかけられるのは困りますけど」

難波
まあ、それもそうか···以後、気を付けます

髪の毛に熱い息がかかって、静かにキスが落とされた。
それから室長は、私の身体をそっとソファに横たえる。
見つめ合いながら室長の身体に回した手が、ぬるっと滑った。

サトコ
「ふふっ」

難波
ん?どうした?

サトコ
「室長の身体、ぬるぬるしてて···」

難波
ぬるぬるって言うなよ。むしろツルスベと言ってくれ

おどけて言いながら、室長は私の頬にヒゲをジョリッとこすりつけた。

サトコ
「いたっ、こっちは全然ツルスベじゃないですよ!」

難波
おかしいな。さっき顔にも塗ったんだが···

なおもヒゲをこすりつけてこようとする室長から逃げようとするうち、
いつの間にか、二人の足が絡み合う。
フッと視線が止まって、私たちはそのまま熱い唇を交わした。
心なしか、いつもよりも室長の唇が熱い。
よく見ると、唇がちょっと腫れていた。

サトコ
「もしかして、唇も腫れちゃいました?」

難波
やっぱりそうなのか?実は少しヒリヒリしてたんだよ

サトコ
「じゃあ、私のリップクリーム、取ってきましょうか」

起き上がろうとする私の身体を、室長がグイッと抑え込んだ。

難波
後でいいよ

サトコ
「でも放っておくと、ますます腫れちゃいますよ?」

難波
大丈夫だろ、これ以上チューするの我慢すれば
どっちにしろ今日は、身体も痛いし腰も痛いし···
このまま朝まで抱き枕コースだな

室長の火照った身体にギュッと抱き締められて······
いつもとはまたちょっと違う、熱い夜が更けていく。

Happy End

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