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このドキドキはキミにだけ発動します 後藤1話

【河原】

川のせせらぎが聞こえ、眩しい日差しに夏を感じーー

(肉···熱い···いい匂い···)

上官から命じられたのは、バーベキューの肉を焼く係。
本来なら食欲を刺激されているはずが···

サトコ
「熱すぎる!」

(焼きたてのお肉を食べられて役得かと思ったけど、熱すぎて頭が朦朧とする···)

後藤
貸せ

サトコ
「え···」

鈍くなっていた思考を覚まさせる声。
振り返ると、誠二さんが立っていた。

後藤
俺がやろう

サトコ
「すみません···」

トングを渡して火の傍を離れると、頬を撫でる風が心地良い。

サトコ
「実はクラクラしてたので助かりました」

後藤
この暑さの下で、ずっと肉を焼いてればな
これでも飲んで休んでいろ

誠二さんが空いている方の手で冷えたスポーツドリンクのボトルを差し出してきた。

サトコ
「後藤さん···」

水滴がついたボトルが太陽の光を弾く。
口元だけで微笑む誠二さんは、あまりに爽やかで···

(え、これCM···?いやいや、この人は私の秘密の恋人!)

熱で浮かされた頭を誠二さんからもらったスポーツドリンクで冷却する。

サトコ
「ありがとうございます。生き返りました···!」

後藤
アンタひとりで焼いてるのか

サトコ
「はい。鳴子と千葉さんは···」

鳴子
「津軽班、おかわり!」

千葉
「加賀班と石神班も追加です!」

サトコ
「ふたりは料理を提供する係で」

千葉
「氷川、公安のエースに肉を焼かせるのはマズいよ」

サトコ
「え、やっぱりそうかな」

鳴子
「そうだよ。もう学校じゃないんだから、上下関係は徹底的に···」

後藤
手が足りてないんだろう。気にするな

サトコ
「後藤さん···!」

鳴子
「優しい!天使!」

サトコ
「鳴子。心の声が漏れてる!」

(ん?なんか焦げくさいような···)

サトコ
「後藤さん、肉、焦げてます!」

千葉
「こっちも!」

鳴子
「こっちも危ない!」

網の上のA5ランクの牛肉が、いつの間にか緊急事態になっている。

後藤
···悪い。動かしてたんだが···

(火の勢いがあるところを移動させても、脂で火が強くなるだけなんだけど···)

サトコ
「お肉は少し焦げてるくらいが美味しいですよ」

黒澤
いい匂いですね~。ちょっと焦げてるけど。肉と言えば、ビール!

サトコ
「黒澤さん!」

誠二さんの後ろから顔を見せたのは黒澤さんだった。

後藤
俺の後ろに立つな

黒澤
オレ、後藤さんの背中好きなんです
いいですよね?後藤さんの背中って

(そこで、どうして私を見るんですか!?)

サトコ
「た、頼りになる背中です!」

私の答えににこりと笑うと、黒澤さんは手に持っていたビニールバッグを広げた。

黒澤
皆さん、ビールどうぞ

鳴子
「ここにも天使が!ありがとうございます!」

千葉
「黒澤さん、尊敬してます!」

黒澤
可愛い後輩たちって、最高ですね☆

黒澤
後藤さんとサトコさんも、どうぞ

サトコ
「私は···」

後藤
俺はいい。帰り運転する奴がいないと困るだろう

(さすが、誠二さん···!)

サトコ
「私もやめておきます」

黒澤
ふふ、お二人は相変わらずの仲良しさんですね
じゃ、オレがこっちの美味しそうなお肉、いただきますね

黒澤さんはひょいっとお肉をつまむと、皆さんのもとに戻っていく。

後藤
もう充分、焼いてやった。後は自分でやらせればいい

サトコ
「いいんですか?」

後藤
今日は任務じゃない。アンタたちがそこまですることはない

サトコ
「後藤さん···」

先輩の鑑のような発言に感動していると···

女性の声
「キャー!」

サトコ
「!」

後藤
······

サトコ
「今の声って···悲鳴だけど、悲鳴じゃないですよね?」

後藤
事件性のあるものには思えないな

(アイドルや芸能人を見たときみたいな声だったよね)
(有名人が来てるのかな)

事件でないのなら、駆けつける必要もないかと思っていると。

鳴子
「行くよ、千葉さん!」

千葉
「え、なんで···」

黄色い悲鳴を聞きつけた鳴子が、こちらに走ってくるのが見える。

鳴子
「サトコも行こう!」

サトコ
「え···」

鳴子
「今の声は、イケメンを発見した時の悲鳴だよ!」

千葉
「じゃあ、なんで俺が···」

(ああ、千葉さんが市場に売られる子牛みたいな目で、こっちを···!)

鳴子に連れて行かれる千葉さんが気になり、私は誠二さんを見上げる。

サトコ
「ちょっと行ってきますね」

後藤
アンタが行くなら、俺も行く

サトコ
「いいんですか?」

後藤
···ああ

(野次馬っぽいことする誠二さんって、めずらしいな)

トングを置く誠二さんの横からは、炭になった肉の煙が見えた気がした。

広末そら
「ビーチボール膨らますよー」

桂木大地
「ハメを外しすぎるなよ」

秋月海司
「先に肉を焼きましょう」

藤咲瑞貴
「スイカ割りは?」

一柳昴
「お前ら、子どもみたいに騒ぐなよ」

川辺に見える、まるでスポーツ大会のCMのような光景。

一柳昴
「サトコに···後藤?」

後藤
行くぞ、サトコ

サトコ
「でも、ご挨拶くらいは···」

一柳昴
「そうそう。挨拶くらいしていけよ」

私の手を引いて行こうとする誠二さんの前に、一柳さんが身体を割り込ませてくる。

後藤
おい···

広末そら
「あ、サトコちゃん!···に、横ワケ課···」

秋月海司
「最近、横ワケじゃないのも増えてきてますよね」

藤咲瑞貴
「それじゃあ、横ワケと愉快な仲間たち課···とか?」

一柳昴
「いいな、それ。ウサちゃんもいることだし」

サトコ
「その呼び方は···っ」

後藤
お前ら···

桂木大地
「お前たち、失礼だ。すまない、後藤」

場を収めてくれたのは、桂木さんだった。

後藤
いえ···

桂木さんが出てくると、誠二さんの背筋が自然と伸びるのが分かる。

(誠二さんは桂木さんにも一目置いてるんだよね)

桂木大地
「俺たちは慰安旅行の一環だ。最近は休暇もきちんと取らないと上がうるさいからな」
「そっちも···見たところ、似たような理由だろう?」

私たちの格好を見て、桂木さんがそう続けた。

後藤
「ええ、まあ···」

サトコ
「え···」

(黒澤さんと津軽さんの勢いじゃなかったの!?)

そんな正当な理由が···と誠二さんを見ると、その目が深く考えるなと言っていた。

一柳昴
「まあ、悪くない」

誠二さんの言葉を引き継ぐように、一柳さんがつぶやく。

サトコ
「そうですよね。たまには揃って休暇というのも···」

一柳昴
「休暇のことじゃない。お前の水着」

サトコ
「え!?」

後藤
見るな

一柳昴
「お前に指示される覚えはねぇな」

後藤
俺の部下にセクハラしないでもらおうか

一柳昴
「サトコは津軽班だろ?お前の部下とは呼べない」

後藤
ローズマリー野郎···

一柳昴
「やるか?パジャマ」

(出た!一触即発の合図!)

サトコ
「あの、お二人とも···せっかくの休暇中なんですし···」

鳴子
「そうですよ!せっかくですから、桂木班の皆さんも合流してください!」

サトコ
「鳴子!?」

後藤
佐々木!?

千葉
「佐々木が爆弾を···これも成長なのか···?」

桂木大地
「近くにいるなら、挨拶くらいはしないとな。石神班の他には、誰が来てるんだ?」

後藤
難波さんと津軽班と加賀班が···

広末そら
「ここって基本バーベキューするところでしょ?」
「公安のバーベキューって、どんなの?ピクリとも笑わずに肉焼くの?」

サトコ
「いえ、皆さんなかなか楽しんでますよ?」

藤咲瑞貴
「公安も学校ができて、訓練生が入ったりして変わったってことですよ」
「サトコさんたちみたいな楽しい子たちも入ってるし」

サトコ
「楽しい子···ですか?」

藤咲瑞貴
「そう、楽しい」

藤咲さんに微笑まれると、その顔を直視できなくなる。

(颯馬さんの笑顔と似てる···)

黒澤
と、いうわけで!

サトコ
「黒澤さん!どこから!?」

黒澤
あなたが必要とするとき、オレはどこからでも現れます☆

鳴子
「黒澤さん、待ってました!」

(鳴子···卒業してから、積極性が増してる気がする···!)

黒澤
これから、桂木班と津軽班、石神班、加賀班+難波さんで交流会をしましょう!

黒澤
では、秋月巡査部長とモモさんのお肉早食い対決を始めます!

百瀬
「肉!」

秋月海司
「負ける気がしねぇ」

黒澤さんの笛の合図で、百瀬さんと秋月さんが肉に食らいつく。

津軽
モモは肉なら無限に食べられる子だよ

広末そら
「海司の胃だって、肉ならブラックホールだ!」

黒澤
続いて、あちらでは颯馬さんと藤咲巡査部長のにらめっこ対決···

サトコ
「にらめっこ対決!?」

黒澤
向こうでは、難波さんと桂木警部のカラオケ対決。審査員は石神さんと加賀さんです

サトコ
「それって、どんな点が出ても気まずくないですか!?」
「こんな恐ろしいプログラムを作ったのって···」

黒澤
オレと歩さんです☆

サトコ
「ですよね···肝心の後藤さんと一柳さんの対決を組んでないのが、さすがです」

後藤
ったく···

サトコ
「皆さん、黒澤さんと東雲さんの話に乗るのって、お酒が入ってるからですかね」

後藤
かもな。それに···一応休暇···だからな

サトコ
「そうですね···」

(黙々と肉を食べるお二人に、笑顔のまま1ミリも動かないにらめっこ対決···)
(それに時代を感じさせる歌声が響いてるけど···)

サトコ
「銀室の配属になって、どうなることかと思いましたけど···」
「案外、平和ですね···」

後藤
平和だな···

先ほどの誠二さんの『お祭り課』のフレーズに重ねて、お祭りムードという言葉が頭を過る。

(こんな日があるから、また事件に向き合えるのかもしれない···)

サトコ
「私、ずっと疑問だったんです」

後藤
ん?何がだ?

サトコ
「公安課って、いつも緊張状態にあるから···」
「どうやって気を抜いてるのかなって、ずっと気になってたんです」
「こうやって、時々爆発的に発散してたんですね」

後藤
いや···

ささやかな感動と共に見上げると、誠二さんに遠い目をされてしまった。

後藤
ここまでの騒ぎは前代未聞だ

サトコ
「え···」

後藤
難波さんと桂木さんがいつの間にか野球拳を···

サトコ
「ええっ!?」

後藤
見ない方がいい

そちらに顔を向けようとすると、誠二さんに両肩をガシッと押さえられた。

サトコ
「あの、審査員の石神さんと加賀さんは···」

後藤
無言で点をつけてる

サトコ
「それ、何の点なんですか!?」

後藤
···取り返しがつかなくなる前に、止めてくる
アンタはここにいろ

サトコ
「はい···」

(後ろで何が起こってるのか、猛烈に気になる!)
(でも、誠二さんは見ない方がいいって言われたし···)

好奇心と理性がせめぎ合っていると···背後から頬にぴたっと冷たいものが当てられた。

サトコ
「ひゃ!」

一柳昴
「飲まないのか?」

サトコ
「一柳さん!」

勢いよく振り返れば、視野いっぱいに広がる模範的なイケメンの顔。
ビールを片手に、こちらを覗き込んでくる姿は···

(ビールのCM並み···いえ、それより決まってます!)

サトコ
「もう、後藤さんといい一柳さんといい···イケメンのゲシュタルト崩壊ですよ」

一柳昴
「···もう酔ってんのか?」

サトコ
「あ、いえ···こっちの話です。ビールは止めておきます」
「帰りに運転する人がいないと困るので···って、後藤さんの受け売りなんですけど」

一柳昴
「相変わらず、アイツの言うこと聞いてんのか」

サトコ
「卒業しても尊敬できる教官であることに変わりはありませんから」

一柳昴
「尊敬できる教官···か」

私の隣に一柳さんが座る。
そして手に持っていたビール缶を開けると、一口飲んだ。

(本当に一柳さんでCMができそう···)
(でも、私は誠二さんのスポーツドリンク派です!)

サトコ
「あの、桂木さんと難波さんが大変なことになってるって聞いたんですが···」

一柳昴
「ああ···見ない方がいい」

サトコ
「······」

(誠二さんと一柳さんの意見が一致するって···これは本気で危険な案件!?)

サトコ
「他の皆さんは何を?」

一柳昴
「黒澤とそらは女に声をかけられて、ついってった」
「海司と百瀬は無言で肉食ってるし、瑞貴と周さんは笑顔固定で見つめ合ってる」

サトコ
「津軽さんは?」

一柳昴
「そういや、津軽さんの姿見てねぇな」
「面倒になる前に、消えたのかもな」

サトコ
「津軽さんなら、あり得ます···」

一柳昴
「···で、上手くやってけそうなのか。あいつらの中で」

こちらに視線を流す一柳さんと目が合う。
そこには臨時教官として、私たちを見守ってくれていた優しさがあるように見えた。

サトコ
「大丈夫です。そのために、2年を費やしてきましたから」

一柳昴
「公安の仕事なんて学校で勉強するより、資質の問題だと思ってたけど」
「訓練されて、何とかなるものなのか?」

サトコ
「資質が重要っていうのは···確かだと思います」

思い出すのは、公安課の常に張り詰めた空気。

(あれに耐えられるのも、馴染めるのも才能だよね)
(私はまだ、あの空気に慣れられてない)

一柳昴
「資質で言ったら、お前は公安向きじゃないだろ」

サトコ
「···そうですか?」

一柳昴
「公安の基本は鉄面皮だ。お前みたいに考えてることを隠せないようなタイプは···」
「オレら側だ」

自分の胸をトントンと叩く一柳さんに浮かぶのは苦笑だった。

サトコ
「確かに先輩や上司を見ていると、自分が公安に向いているとは思いません」

一柳昴
「······」

一柳さんの視線が注がれる。
目を瞑れば、思い出すのは誠二さんの背中。

サトコ
「だけど···」

一柳昴
「だけど?」

サトコ
「追いかけるんじゃなくて、隣を歩いてほしいーーって、そんな風に言われたら」
「向いてるとか向いてないとかの次元超えて、やるしかないですよ」

一柳昴
「根性論で公安か···お前らしい」

フッと笑うと同時に風が吹いて、一柳さんの前髪を揺らした。

一柳昴
「訓練生だった頃より、良い顔してる」

サトコ
「え···」

からかうような色はなく、真摯な声で告げられた時···

後藤
だから、いい加減諦めろ。お前じゃ釣り合わない

サトコ
「後藤さん!」

ザッと言う砂の音とともに影が落ちた。
一柳さんの後ろに腕を組んだ誠二さんが立っている。

一柳昴
「お前にしては、随分自信家なセリフだな」

後藤
自信があるからな

立ち上がった一柳さんと誠二さんの視線がぶつかる。

(は、半裸のイケメンに挟まれてる···)

サトコ
「は、ははは···これって真夏の世の夢かな···」

火花が散り始めた誠二さんと一柳さんに挟まれ、乾いた笑いを零すしかなかった。

to be continued

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