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このドキドキはキミにだけ発動します 後藤2話

【河原】

眩しい日差しが降り注ぐ河原で、私の前にだけ影ができていた。

後藤
サトコを酔わせて、どうするつもりだ

一柳昴
「ハッ!お前のそういう考えがムッツリだっつってんだよ」

後藤
相手が信用できる奴なら、そんなこと考えねぇよ

一柳昴
「どうだか。お前が一番アブナイヤツなんじゃねぇの?」

(一度は桂木さんの手によって収まったはずのものが···!)

火花を散らし合う二人の迫力に息を呑みながらも、素朴な疑問が浮かんできた。

サトコ
「あの···後藤さんと一柳さんって、どうして何かと張り合うんですか?」

後藤
張り合ってるわけじゃない

一柳昴
「コイツが突っかかってくるだけだ」

後藤
お前がだろう

一柳昴
「お前だ」

サトコ
「······」

(言い合うテンポも絶妙···)
(これだけポンポン言い合えるのは、実のところかなり気が合ってるからじゃ···)

サトコ
「お二人って、もしかして···」

本当は『心の友』と書いて『心友』なのではーーと言いかけた。

???
「先輩を差し置いて、盛り上がらないの」

後藤
!?

一柳昴
「!?」

伸びてきた手に、誠二さんと一柳さんの頭がつかまったかと思うと···
ゴンッと二人の頭がぶつけられた。

後藤
っ!

一柳昴
「っ!」

颯馬
楽しむなら、俺も入れて

サトコ
「颯馬さん!」

二人の頭をつかんでいたのは颯馬さんだった。

一柳昴
「頭、動かせねぇんだけど」

後藤
周さんの、この握力は···

誠二さんと一柳さんの視線だけが颯馬さんの後ろに流され、そこには黒澤さんが立っていた。

(ん?黒澤さんがカンペみたいなの持ってる?)
(『颯馬さんが酔った!』って···)

サトコ
「颯馬さん、酔ってるんですか?」

颯馬
誰が酔ってるって?

(とびきりの笑顔···全然酔ってるようには見えないけど)

一柳昴
「···やべぇな」

後藤
ああ

ギギギ···という音でも鳴らしそうな雰囲気で顔を見合わせた二人の顔からは、
血の気が失われている。

(ど、どうして、そんなに青ざめてるの!?)

一柳昴
「走るぞ」

後藤
ああ、サトコ!

サトコ
「は、はい!?」

後藤
来い!

サトコ
「え!?」

スッと身を屈めた二人が颯馬さんのアイアンクローから抜け出す。
そして誠二さんの腕が伸びてきたかと思うと、肩に担がれていた。

サトコ
「後藤さん!?」

後藤
目を瞑ってろ!

黒澤
ぎゃああっっ!

サトコ
「!?」
「今の黒澤さんの悲鳴です!」

一柳昴
「そうだな」

サトコ
「助けに行かないと!」

後藤
無理だ

サトコ
「え!?」

一柳昴
「ああ···あれは、もう助からない」

サトコ
「助からない···!?」

後ろを振り向こうにも、担がれている振動でうまく顔が上げられない。

一柳昴
「前方に沢が見える!」

後藤
お前が先に渡れ!そのあとサトコだ

一柳昴
「ああ」

サトコ
「私、自分で走れます!」

後藤
悪いが、それじゃ周さんから逃げきれない

サトコ
「酔った颯馬さんって、どうなっちゃうんですか!?」

後藤
それは知らない方がいい
一柳!

一柳昴
「来い!」

後藤
サトコ、俺を信じるな?

サトコ
「信じますけど···」

後藤
一瞬、空を飛ぶだけだ

サトコ
「!?」

誠二さんの身体に力が入ったと思った時には···

(私、沢の上を飛んでる···!)

誠二さんが一柳さんに向かって私を投げていた。
着地の心配をする間もなく、私の身体は一柳さんの両腕に抱き留められている。

一柳昴
「しっかりつかまってろ!」

後藤
俺がそっちに行ったら、引き渡せ!

一柳昴
「サトコは荷物じゃねぇ」

サトコ
「それ、私が一番言いたいことです!」

(そもそも、ここまで全力で二人が逃げなきゃいけないって···)
(酔った颯馬さんって、何者!?)



後藤
ここまでくれば···

一柳昴
「さすがに大丈夫だろ」

いつの間にか再び誠二さんの腕に戻っていた私は、そっと下に降ろされた。

後藤
すまなかった。緊急事態だったんだ

サトコ
「いえ、私は大丈夫ですけど···黒澤さんは···」

一柳昴
「アイツは騒がしい奴だったが···まあ、これからは当分静かになる」

後藤
そうだな

(息ピッタリ···やっぱり誠二さんと一柳さんって、心の底では通じ合ってるよね)

額の汗を拭いながら、息を整えている二人を見上げる。
阿吽の呼吸で動ける男の空気が、確かにそこにあった。

サトコ
「いいな···」

息せず零れた本音だった。

(以前に、一柳さんが臨時教官で学校に来てた時も思ったけど)
(誠二さんの隣に立つのに相応しいのは、一柳さん···私の最大のライバルは···)

この警視庁一のイケメンかもしれない。

(美女は想定したことはあるけど、ここまでのイケメンを相手にしたければいけないなんて···!)

後藤
···確かに、いい

サトコ
「え!?」

(誠二さんは、一柳さんという私のライバルを歓迎してるの!?)

サトコ
「そんな、誠二さん···」

後藤
いい滝だ

サトコ
「へ?滝?」

一柳昴
「後藤の根暗趣味か」

後藤
······

誠二さんは一柳さんの言葉も耳に入っていないようだった。
目の前にある細い滝の流れを見つめている。

(誠二さん、滝好きなんだよね。『世界の滝100選』っていうDVDも持ってるし)
(滝を見てる誠二さんって、いいな···)

水の流れに見入っている誠二さんの表情は静かで、こちらの心も凪いで来る。

後藤
······

サトコ
「後藤さん、私も隣に行って···」

いいですか?--という言葉は、最後まで言えなかった。
誠二さんの身体が滝つぼに向かって傾いて···

ドボン!!

サトコ
「後藤さん!?」

一柳昴
「何やってんだ、あの馬鹿」

(いくら滝が好きだからって、飛び込む!?)
(まさか、気分が悪くなったなんてことは···)

サトコ
「大丈夫ですか!?」

(今こそ、『長野のカッパ』の力を発揮するとき!)

私は大きく息を吸うと、誠二さんの後を追って滝つぼへと飛び込んだ。

(滝の勢いは強くない。水深も深くはない)
(誠二さんは···)

水は澄んでいて、視界も悪くない。
誠二さんを探していると···ぐっと腕を強くつかまれた。

サトコ
「!?」

後藤
······

(誠二さん!?)

水の抵抗をかき分けるようにして身体を引き寄せられると、唇を塞がれた。

サトコ
「ん···っ」

後藤
······

キスをする前、微かに微笑んだ誠二さんの唇が、これは計画的なことだと伝えていた。

(もしかして、キスするために···)

冷たい水の中で温もりを分け合うように唇を重ねる。
息が続かなくなった時、誠二さんが水を蹴って水面へと上がった。

サトコ
「ぷはっ」

後藤
はっ···

サトコ
「こ、このために滝に飛び込んだんですか?」

後藤
邪魔なのがいたからな

サトコ
「もう···いきなり滝に飛び込んだら、驚きますよ」

後藤
怒ってるか?

サトコ
「怒っては···ないです···」

後藤
よかった

ホッとしたように微笑まれてしまえば、それ以上のことは言えなくなってしまう。

(驚かされたような、誠二さんらしいような···)

一柳昴
「お前ら、いつまでそこにいるつもりだ?」

サトコ
「一柳さん!」

上から声が降ってきて、滝つぼを見下ろしている一柳さんと目が合った。

サトコ
「ええと···後藤さんを発見しました!」

後藤
いつまで、そこにいる

一柳昴
「水に飛び込んで女の気を引くような男のところに、サトコを残していけるか」

後藤
サトコは···

サトコ
「誠二さんっ」

恋人だーーと言いそうな誠二さんを小声で留める。

(一柳さんには知られてるけど、誰に聞かれるかわからないんだし···)

後藤
···そろそろ戻ったほうが良さそうだな

サトコ
「そうですね。皆さんが、どうなってるか心配ですし」

(百瀬さんたちの早食い対決に、難波さんたちの野球拳)
(それに黒澤さんのことも···)

一柳昴
「ほら、手を貸せ」

一柳さんがこちらに手を伸ばしてくる。

サトコ
「大丈夫···」

後藤
······

私の答えが終わるまでもなく、誠二さんが一柳さんの手を払った。

一柳昴
「···ったく、サトコ、ほんとにこんなガキっぽい男でいいのか?」

後藤
負け犬は指をくわえて見てろ

一柳昴
「ちっ」

私を片腕で抱える誠二さんからは、めずらしく楽しそうな気配が伝わってくる。

(なんだかんだ言いながら、一柳さんも楽しそうだし···)

視線を交わす誠二さんと一柳さんの間には、男の世界が見えるようだった。

サトコ
「あ!」

後藤
どうした?

(一柳さんは誠二さんの気を引くために、私にちょっかいを!?)

サトコ
「一柳さん!」

一柳昴
「何だ?」

サトコ
「一柳さんは誠二さんのことが好きなんですね!」

一柳昴
「は!?」

後藤
なっ!?

二人が一斉に私に振り向いた。

サトコ
「わかります···後藤さんは公安課でもモテモテなんです」
「公安のエースとして···髪型を真似してる捜査員までいるんですから!」

一柳昴
「なんの話だ!」

後藤
落ち着け、サトコ。まさか酔ってるのか?

サトコ
「後藤さん、これが事実なんです。もっと自分の魅力を自覚してください」

一柳昴
「···暑さのせいだな」

後藤
···ああ

サトコ
「ちょ···どうして、わかったような顔で頷き合ってるんですか?」

一柳昴
「今日は引き上げるぞ」

後藤
サトコ、負ぶされ

サトコ
「歩けますよ?」

後藤
いいから。アンタは自分で思ってる以上に疲れてるんだ
じゃなきゃ、あんな世迷い言が出てくるはずがない

サトコ
「世迷い言···」

(本気で言ってるんだけど···)
(誠二さんも一柳さんも、誠二さんの公安課での人気を知らないから仕方ないのかな)

伝わらないもどかしさを感じつつも、目の前の誠二さんの背中は魅力的で。

サトコ
「じゃあ、山を下りるまで···」

後藤
ああ

誠二さんに負ぶってもらうと、その髪から太陽の匂いがする。

(お日様の匂いの誠二さん···)

少し日に焼けたと思いながら背中に頬を寄せると、ほんのり肌が熱い気がした。



帰りの車は誠二さんの運転で、助手席には私、後部座席には津軽さんと石神さんが乗っていた。

津軽
楽しかったね~。水着美女に囲まれるって流れにはならなかったけど

サトコ
「津軽さん、途中からどこに行ってたんですか?」

津軽
森林浴

石神
近くのショッピングモールの紙袋が森林浴の土産か

津軽
あれ、口は災いの元って知ってるよね。秀樹くん

石神
事実を言ったまでだ

(バーベキューにOKを出しておいて、自分は涼しいところで···)
(津軽さんらしい)

後藤
興味がないなら、黒澤を焚きつけなければよかったのでは?

津軽
俺は津軽班の班長であり、上司だよ?みんなの息抜きを第一に考えてる

石神
四国の物産展のチラシが紙袋から見えてたがな

津軽
秀樹くん···

サトコ
「四国物産展に行きたくて、ここでのバーベキューを許可したんですか?」

津軽
 “讃岐うどんキャンディー” 食べる?

(これは、これ以上話したら口に放り込まれる!)

サトコ
「後藤さん、次の休憩で運転代わります」

後藤
ああ

静かなドライブが続き、やがて見慣れた都会のビル群が見えてきた。

【後藤マンション】

警視庁の近くで解散となり、私たちは誠二さんの家で落ち合った。

サトコ
「今日はお疲れさまでした」

後藤
アンタもご苦労だった。運転、助かった

サトコ
「運転してれば、車内の会話に生返事でも許されますから」

後藤
確かにな。津軽さんと石神さんの会話を聞いているよりは、連続運転のほうがマシだ

津軽さんと石神さんの “讃岐うどんキャンディー” をめぐる攻防を思い出して、私たちは笑い合う。

後藤
あの時、アンタが頑なに助手席がいいって言ったワケが分かった

サトコ
「津軽さんの隣に座ると、何を放り込まれるかわかりません」

後藤
石神さんを身代わりにするとは、アンタもやるな

サトコ
「石神さん相手なら、津軽さんもやらないと思ったんです」
「悪気はなかったんですよ。本当に」

後藤
わかってる。あんな津軽さんと石神さんを見たのは初めてだ
津軽さんにも酒が入っていたのか、休暇で気が緩んでたのか···

誠二さんが一度言葉を切る。

後藤
アンタが···

サトコ
「?」

後藤
···いや、何でもない

サトコ
「そこで話をやめたら気になりますよ」

後藤
他の連中の話は、もういいだろ

その腕が伸びてきて、私を引き寄せる。

後藤
ずっと、こうしたかった。今日はずっと邪魔がついて回ったからな

サトコ
「水の中を除いては···ですよね」

後藤
あれじゃ全然足りない

強い力で抱き締められそうになり、私は軽くその胸に手を置いた。

後藤
···どうした?

サトコ
「今日は水にも入ったし、汗もかいたので···」

先にシャワーを···と暗に伝えるも、その腕が解かれることはない。

サトコ
「誠二さん?」

後藤
気にしない

サトコ
「私が気にします···!先にお風呂に···」

後藤
いいから

サトコ
「んっ···」

誠二さんの手が私の頭に回り、唇を塞がれる。
滝つぼで交わしたキスを再開させるような深い口づけ。

サトコ
「誠二、さっ···」

後藤
日の匂いがする。それに少し焼けたな

サトコ
「それは誠二さんだって···」

後藤
アンタの方が焼けてる

確かめるように、その手が私の服にかかる。
少し肩口をずらされれば、日焼けの跡がくっきりと見えた。

(思ってたよりも焼けてる···)

サトコ
「一応、日焼け止め塗ったんだけど···水に入ったりして、落ちちゃったんですね」

後藤
······

日焼け跡への強い視線を感じていると、彼の指先が境界線をなぞっていく。

後藤
もっと隠しておけばよかった

サトコ
「そんなにみっともないですか?」

後藤
違う。そうじゃない

あ···と思った時には、視界が反転していた。
ソファに押し倒されて天井が見える。

後藤
···今度は二人で滝を見に行こう

サトコ
「それは、もちろん···でも、はぐらかしてません?」

後藤
はぐらかしてるわけじゃない
ただ、もう···余裕がないってだけだ

サトコ
「んっ···」

(余裕がないって···誠二さんを追いかけてる私の方が、いつも余裕ないのに···)

正式に公安課に配属されて、エースとしての人望と人気を知った。

(あの一柳さんが見つければ突っかからずにはおれないって···)
(それだけの魅力があるってことなんですよ)

サトコ
「余裕がないのは私の方です」

後藤
そんなふうには見えないが···なら、いいよな?

サトコ
「え?あ···い、今のはそういう意味じゃ···んっ」

止める声も口づけに消え、日焼けの跡にキスを落とされれば、押し返す力も弱くなっていく。

(立派な誠二さんの相棒になって、誠二さんのことを独占できるようになりたい···)

初めて意識した彼への独占欲は、求める熱さへと変わっていったーー

Happy End

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