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このドキドキはキミにだけ発動します 後藤カレ目線

澄んだ水の中は火照った身体に心地よかった。
大きく水が動く気配がすると、サトコが飛び込んできたのが分かる。

(まさか水の中でキスをしようと思うとはな···)

頭の片隅で冷静な自分を感じながらも、それは行動にはつながらなかった。
理性よりも衝動が勝っているというのは、まさにこういう事態を言うのだと思う。

(サトコ···)

その腕をつかむと、引き寄せて唇を塞ぐ。

サトコ
「ん···っ」

後藤
······

水に入ったばかりの唇は、まだ温かい。
冷たさの中で温もりを分け合うように重ねれば、自然と深いものになっていく。

(このままずっと、ここにいたい···)

余計なことは何も目にも耳にも入らない。
サトコだけを感じられるこの時間が離し難くて、
どれだけ彼女との時間を切望していたかを知る。

(我慢が利かない自覚は前からあったが···)
(今日はどうして、いつにも増して抑えられないんだ)

水から上がると、陽の光を弾く眩しいサトコが腕にいて。
その向こうに、こちらを見る一柳の姿が視界に入った。



【後藤マンション】

都内に戻ってきて、もともとはその予定ではなかったけれど、サトコを家に呼んだ。
水の中でキスをしてから、燻った熱が消えることはない。
それでも平静を装い、帰りの車の中での話を続ける。

後藤
あんな津軽さんと石神さんを見たのは初めてだ
津軽さんにも酒が入ってたのか、休暇で気が緩んでたのか···

つかみどころのない津軽さんだが、最近、印象が変わってきた。

(何にも執着を見せないような人だと思ってた)
(だが、サトコのことだけは···)

あの人が何らかの思い入れを持って接している気がして仕方がない。

(ただの嫉妬や独占欲と言われれば、それまでだが···)

後藤
アンタが···

サトコ
「私が?」

後藤
···いや、何でもない

(サトコのことになると、冷静な判断ができないのは確かだ)
(心に爪を立てられるような、この落ち着かなさの原因は···)

考えようとすると、あの河原の暑さと緑の匂いを思い出す。

(サトコは俺のものだ)

込み上げてきた想いの出口を求めるように、彼女を掻き抱いた。

【警察庁】

休暇明け、時間が経つと少しずつ自分の気持ちの正体が見えてきた。

(水の中でまで、サトコにキスをした理由···)
(あの日、ずっと引っかかってたのは···)

脳裏に浮かぶのは、河原で並んでいる二人の背中。
ひとりはサトコ、もうひとりはーー

一柳昴
「根暗が暗い顔で歩いてんじゃねぇよ」

後藤
···お前だ

一柳昴
「は?」

(よりによって、今、ここでコイツに会うとはな···)

頭の中に思い描いていた男が目の前に現れ、苦々しく思うしかない。

(あの時、サトコが一柳と話していた時···いい顔してた)
(なぜサトコが一柳に、あんな顔を向けたのか。あの時···)

後藤
何を話してた?

一柳昴
「本当に言葉が足らねぇ奴だな。まともに話せ」

後藤
この間、バーベキューに行った時だ
俺が難波さんたちの様子を見に行ってる間、サトコに何を言った?

一柳昴
「ああ、あの時のことか」

思い当たったように一柳が頷いた。

一柳昴
「一丁前に嫉妬してんのか」

後藤
···いいから、教えろ

(妬いてないと言えないのが情けないが···)

ここまでくれば、プライドを気にすることもできなかった。

一柳昴
「いちいち突っかかられんのも面倒だから、教えてやる」
「サトコは公安員としての資質はない方なんじゃねぇかって話をしてた」

後藤
···お前が口を挟むことじゃないだろ

彼女に公安員の資質があるのか、ないのかーー資質だけの話で言えば、ないのかもしれない。
それでもこの2年、サトコが公安学校で培い積み上げてきたものには意味がある。

一柳昴
「前にも言ったろ。サトコはウチにも欲しい人材だ」
「けど···」

後藤
けど?

一柳が何かを思い出すような顔をして、フッと笑う。
それがサトコのことを思っての笑いだと直感的に伝わってきて、胸がジリっと焼けた。

一柳昴
「追いかけるんじゃなくて、隣を歩いて欲しいーーって、そんな風に言われたら···」
「向いてるとか向いてないとかの次元超えて、やるしかないです···だとよ」

後藤

(サトコが、そんなことを···)

その言葉で、溢れるほどの彼女の気持ちが伝わってくる。

(俺が言ったこと···ちゃんと覚えててくれてるんだな···)

そしてそれがサトコの原動力になっているのなら、こんなに幸せなことはないだろう。

一柳昴
「顔真っ赤にするお前を見るとか、どういう嫌がらせだよ」

後藤
黙れ

一柳昴
「まあ···根暗の仏頂面よりは、からかい甲斐があっていいかもな」
「また今度、サトコを貸してもらう」

後藤
誰が貸すか

一柳昴
「もうお前の補佐官じゃないだろ。津軽さんを通す」

後藤
······

ニヤリと笑って、一柳が去っていく。

(津軽さんなら、面白半分でサトコを警護課に貸しかねない)
(しばらくは油断できない日が続きそうだな···)

【居酒屋】

それから数週間後。

黒澤
では、各班の活躍を願って、乾杯!

津軽班、石神班、加賀班の面々で飲み会が開かれていた。

サトコ
「各班、蹴落とすつもりで···という、銀室の決まりは···」

東雲
ただ飲み会やってると思ってるなら、ほんと脳内お花畑

サトコ
「え···違うんですか?この集まりに、どんな意味が···」

加賀
注げ、クソ眼鏡

石神
可能性のないことを言うのは、頭の悪い証拠だ

津軽
モモ、食べていいよ

百瀬
「いただきます」

黒澤
いや~、ほんと交流してるって感じで楽しいですねー

サトコ
「これのどこが···」

後藤
···深く考えない方がいい

決して和やかとは言えない雰囲気に意味を見出そうとするサトコを止める。

(サトコが津軽班に入ってから、謎の交流が増えたのは確かだ)
(それが偶然で意味のないものだとは、俺も思っていない)
(だが、津軽さんが何を考えているのかは···)

俺にも分かっていなかった。

津軽
ほら、誠二くんも飲んで

後藤
今夜はやめておきます

津軽
上司からの酒が飲めないの?

後藤
津軽さん、もう酔ってるんですか?

津軽
どうだろうね。ねえ、ウサちゃんは···

津軽さんの視線を追うと、そこにはグラスを手にウトウトしているサトコがいた。

(疲れてるのか?)

津軽
最近、徹夜続きだからね。ウサちゃん、眠いんだ

後藤
そんなに忙しかったんですか?今、大きなヤマを抱えてるって話は聞いてませんが

津軽
まさか、班の情報が筒抜けだなんて思ってないよね?

後藤
······

(合同で捜査をしていなければ、他の班が何をしてるのかは、わからない)
(だが···)

サトコの顔を見ると、それは捜査疲れというよりは雑務での疲れのように見えた。

(新入りはあらゆる面で大変だからな)

津軽
ウサちゃんが寝落ちる前に···

腰を上げかけた津軽さんを手で止める。

後藤
俺が送っていきます

津軽
どうして?

後藤
元教官のよしみです。今は勤務時間外だ
少しくらい補佐官に戻してやってもいいでしょう

津軽
どういう理屈なのかは分からないけど···貸し、ひとつね。誠二くん

後藤
貸しになる理由がわかりかねます

津軽
ひゅー♪言うようになったね。秀樹くん、どういう教育してんの?

石神
見ての通りだ

津軽
この班長にして、このメンバーありってことね

津軽さんと石神さんのやりとりを聞きながらサトコのもとに行くと···

サトコ
「すー···すー···」

(寝てるのか···)

彼女の寝顔を見ていると、周りの声は消えていくようで。

(この顔は誰にも見せたくない)

気が付けば抱きあげて、席を立っていた。
この腕にいる間だけは、休ませてやりたいーーこれはある意味、教官や先輩では出来なかったこと。

(外では恋人扱いはしない···だが、これは介抱に過ぎないと···)
(それで通せば、通せないことはない)

甘えるように頬を寄せてくるサトコに、苦しい言い訳だとわかりながら我を通す。

(刑事の彼女が独占できないなら、恋人の時は思い切りさせてもらう)

二人だけの世界に足を踏み入れるように、喧騒をあとにした。

Happy End

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