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このドキドキはキミにだけ発動します 東雲カレ目線

心底ゾッとした。

男の子
「おとうさーん!おかあさーん!」

岩にしがみつき、助けを求める子どもの声。
それに気付いた彼女が···

東雲
ちょっ、キミ···っ

ためらいもなく川に飛び込んだから。

思えば、ここに来ること自体、最初から気乗りしていなかった。

(日焼けするし、髪ににおいがつくし)
(何より···)

後藤
どうした?川をジッと見て
早く泳ぎたいのか?

東雲
······いえ

むしろ逆だ。
オレは、川が好きじゃない。
絶対に泳ぎたいと思わない。

(結構深いし、流れも早いし)
(こんなところを泳ぐとか、絶対あり得ないんだけど)

黒澤
歩さん?
なんで川を睨んでるんですか?

東雲
······睨んでない

黒澤
いえ、睨んでましたって!
こーんな顔して···

東雲
うるさい

話を打ち切ろうと反対側を向くと、どこぞのかっぱが視界に入ってきた。

(···なに、あの水着。張り切りすぎ)
(しかも見たことないし。あんなデザイン···)

黒澤
いいですよね、サトコさんの水着

東雲

黒澤
でも、オレは鳴子さん派かなー
あーでも、サトコさんも似合ってるしなー
どっちも捨てがたいなー

東雲
···キモ

黒澤
っていう割に、歩さんも案外見惚れてたりして···
あっ、ギブ···っ
ダメです···そこ······っ

(知るか)

黒澤
あっ···あっ···
あ······っ

透に制裁を加える寸前で、彼女がこっちに来るのが見えた。
と言っても、視線はオレに向けられていない。
彼女が真っ直ぐ見ていたのは···

津軽
ああ、来た来た
ごめんね、呼びつけちゃって

サトコ
「いえ、なんでしょう」

津軽
ノドが渇いちゃったからさ、上の売店で飲み物を買ってきて
みんなの分+彼女たち4人の分

(···なにそれ)
(なんで、うちの彼女パシらせてんの?)

黒澤
いやー懐かしい光景ですねー

東雲
······は?

黒澤
だって、少し前の歩さんとサトコさんみたいじゃないですか!
いやー歴史は繰り返すものですねー

東雲
···うざ

(大げさすぎ。「歴史は繰り返す」とか)

そもそも、オレと津軽さんではパシらせる理由が全然違う。

(オレのは意味があったし)
(津軽さんのは意味なんてない。本当に、ただの···)

東雲
······

黒澤
······あれ?
歩さん、どこに行くんですか?

東雲
アイス買ってくる。限定品の

(そうだ、アイスを買うだけだ)

(別に、彼女の様子なんて···)
(ぜんっぜん、気になってないし!)

ムカムカしながら歩いていると···

大学生
「ねぇ、おねーさん」

(······は?)
(なに、あの大学生)
(目、悪いの?)
(うちの彼女に声かけるとか···)

出ていきかけて、いったん立ち止まる。
これじゃ、まるで彼女を心配して追いかけてきたみたいだ。

(別に、オレはアイスを買いに来ただけだし)
(あの子だって、そう簡単に相手にするはずが···)

大学生
「そう、そこの!ベンチに座ってる、可愛いおねーさん」

サトコ
「!」

(早っ)
(あっさり反応しすぎ!)

大学生
「あー、やっと顔上げてくれた!」
「おねーさん、ちょっといいかな」

サトコ
「う、うん」

(目!なんでキラキラしてんの!?)
(ていうか何?)
(まさか、あんなガキの誘いについていく気じゃ···)

大学生
「小銭ちょーだい。108円でいいよ」

(!!!)

大学生
「わー、いいの?110円も」
「ありがとう!来世で返すね!」

(·········やば···サイコー···)
(まぁ、知ってたけど!)
(あり得ないよね、この子がナンパされるなんて!)

おかげで、すっきりした気分で売店に入れた。

東雲
すみませーん
ゴリゴリくんの『幻のピーチネクター味』ひとつ···
あ、やっぱりふたつで

そのあと、千葉に出し抜かれて、アイスをふたつ食べる羽目になったのは···
·········まぁ、「してやられた」って感じだったけど。

それでも、よかった。
くだらない出来事も、不本意な苛立ちも、のちに「思い出」としてラベリングされるだろうから。
なのにーー

すべて吹き飛んだ。
彼女が、川に飛び込んだ瞬間に。

???
「百瀬、そっち······!」
「先に···を引き······ぞ!」

誰かの声が、遠くに聞こえる。
助けなくちゃ、と思うのに、足が全く動かない。

(川の水···苦しくて······)
(流れが···すごく速くて···)

ぷかぷかと浮いている黄色い果実。
もがけばもがくほど、沈んでゆく身体。
過去の出来事に、完全に足を捕まれたときーー
誰かが、勢いよくオレの背中を叩いた。

???
「クソが!」

東雲
!!

加賀
ボケッとすんな!手を貸せ!

慌てて顔を上げると、津軽さんが彼女から子どもを引き取るところだった。

後藤
歩、そっちにまわってくれ!

東雲
はい!

案の定、助けた彼女は力尽きる寸前だった。
まさに「素人が川に飛び込んで助けてはいけない」典型例のようなものだ。

東雲
バカ!

(ほんと、バカ!)

怒りのまま、彼女を川から引き上げた。
今日ほど、彼女の正義感を恨めしく思ったことはなかった。

その後ーー
彼女の言い分を聞いて、いくつかの誤解は解けた。

【東雲マンション】

それでもーー

東雲
······

(···サイアク)
(こんな時間に目が覚めるとか)

隣を見ると、彼女は爆睡していた。
口が半開きなあたり、かなり疲れていたのだろう。
そっと、剥き出しの肩に触れてみた。

(···あたたかい)

ちゃんと、あたたたかい。
そのことに、泣きたくなるほど安堵している自分がいた。

東雲
ほんと勘弁して
頼むから

川は怖い。
そのことを、オレは身を以て知っている。

(でも、だからって···)
(あんなときに思い出して、動けなくなるなんて)

もし、あれが「ふたりきり」のときだったら?
あの場に、兵吾さんや後藤さんたちがいなかったら?

(もしかしたら、今頃、彼女は···)

サトコ
「う···ん······」

不意に、彼女が手を前に突き出した。

サトコ
「これ···」
「頼まれ···た······ジュース······」

東雲
······

(それって···)

思い当たる人物は、ひとりしかいない。
今日、彼女をパシらせた人。

(彼女の、新しい上司)

どういう人物なのか、オレはよく知らない。
ただーー

(オレが、彼女を一方的に怒った後ーー)

津軽
おつかれさま
ごめんねー、俺の部下が迷惑かけちゃって

東雲
······いえ

津軽
ただ、彼女さ
正義感だけで、無茶したわけじゃないと思うんだよね

東雲
······はい?

津軽
男の子を助けるときも、かなり冷静だったしさ
川で泳ぐのも、だいぶ慣れているみたいだったし
ある程度は、勝算があってやったんじゃないの?

東雲
ですが···!

津軽
うんうん、君の言い分もわかるけどさ
今度から、叱るときは俺に任せて
彼女、もう君の補佐官じゃないんだからさ

東雲
······



(···あのあと、何も言い返せなかった)

確かに、彼女はもうオレの補佐官じゃない。
津軽さんからすれば、よけいなお世話だったのかもしれない。
それでも、ときどき心配になるのだ。
彼女の、真っ当すぎる正義感が。

(それを「伸ばしたい」って、訓練生時代は思っていたのに···)
(離れた途端、不安になるなんて)

サトコ
「ん···」

隣で、彼女が身じろいだ。
また寝言かと身構えていると···

サトコ
「あ···教官······」

彼女は、薄く目を開いて···
オレの右手に、頬を摺り寄せてきた。

サトコ
「いた···よかった······」
「教官···発見······」

東雲
······

サトコ
「好き···」
「好きです······教か······」
「すぅ···すぅ···」

(······教官じゃないし)
(いい加減、慣れなよ)
(「歩さん」呼びに)

おしおきに、耳に息でも吹きかけてやろうかと考えて···
言葉を、囁くだけにとどめておいた。
何を囁いたのかは、オレしか知らない。
でも、彼女が笑ったような気がしたから···
多分、届いたのだと思う。
今は、夢の中にいる彼女に。
オレの不安なんて、つゆほども知らない彼女に。

Happy End

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