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#彼が野生動物だった件 石神1話

ヒツジーー基本群れの中に身を置き、群れから離れるとストレスを感じると言われている。
群れの中での優劣はほぼしないが、ツノの大きさで優劣がつく場合も。
穏やかな性格の反面、神経質でもある。

【自室】

『しばらく、会うのを控えませんか?』というメッセージへの返信は、速攻でやってきた。

石神
『状況を説明しろ』

(そうなりますよねー···)

理由を説明せずに秀樹さんが納得してくれるわけもなく。
私は津軽さんに見張られている状況を簡潔に説明する。

(補佐官時代に鍛えられたから、少しはまとめるのが上手くなってるかな)

レポートを添削されるような気分でメッセージを送信すると···返ってきたのは、
『わかった』という短い返信のみだった。

【公安課】

そして、いまいち晴れない気持ちで迎えた翌日。

(あれでメッセージのやりとり終わっちゃったけど···秀樹さん、わかってくれたんだよね?)

津軽さんに関係がバレれば、いろいろと大変なのは秀樹さんも同じはず。

(見るだけで我慢するのは辛いけど、これまでのことを考えれば耐えられないことじゃない)
(津軽さんだって、ずっと私を見張ってるほど暇じゃないだろうし···)
(ほとぼりが冷めるまで···)

津軽
あらら、朝から難しい顔しちゃって···はい、“ラーメン三郎グミ” どうぞ

サトコ
「んぐっ···後ろから、お菓子を口に突っ込むのやめてください!」

津軽
爽やかな朝にぴったりのグミでしょ

サトコ
「······」

(人の話聞いてないし、全然爽やかじゃないし···濃厚とんこつ味だし)
(こんなお菓子で遊んでるなんて、津軽さんって思ったよりヒマ!?)
(だったら困る···)

事件が起きるのは困るが、ほどほど忙しくなって私のことを気にする余裕はなくなって欲しい。

(いっそのこと、百瀬さんと行く動物園に私も同行してみるとか?)
(それで反対に津軽さんに弱みでも握れたら···)

不可能に近いとわかりながらも、あれこれ考えていると···。

石神
氷川を借りるぞ

サトコ
「え···」

間近に降ってきたのは、秀樹さんの声。
弾かれたように振り返ると、そこには眼鏡を光らせた彼が立っていた。

(あれ?昨日、しばらく会わないって言ったのは···)

津軽
どうしようかなー。貸そうかな、やめようかな

石神
今のは宣言であり、許可を求めているわけではない

津軽
秀樹くんって、そういうとこほんと横暴!

石神
氷川、来い

サトコ
「は、はい!」

(仕事の話?だとしたら、昨日の話は横に置いておくしかないけど···)

内心首を傾げながら、私は秀樹さんの後をついて行った。

【屋上】

石神
この間の動物園の件、お前はどう考えている

秀樹さんが向かった先は警察庁の屋上。
着くなり尋ねられ、私は背筋を伸ばす。

サトコ
「動物園の件は捜査の一環だと思っています。ですが、詳細は見当もついていません」
「津軽さんが私たちを見張っていた理由も···」

石神
尾行があったのは、気付いていたか?

サトコ
「はい。ただ、津軽さんたちについては···」

石神
全く気付かなかった···か

サトコ
「面目ありません···」

眼鏡を押し上げる秀樹さんに肩を小さくすると、いや···と首を振られる。

石神
津軽と百瀬は潜入のプロだ。お前が気付かなくとも無理はない

(···経験の差だとわかってても悔しい···)

石神
難波さんは難波室を凍結扱いにするほどの状況にあった
それを考えれば、遊びで参加するとも考えられない

サトコ
「そうですよね···しかも、集められたのは公安学校時代の教官方ばかり···」
「難波室長にとって、信頼できる人物で捜査する必要が?」

石神
そういうことだ

秀樹さんは、ふっと小さく息を吐く。

石神
俺たちも詳細は知らされていないが、怪しい人物に関する報告書はあげている
そして、これを津軽が監視していた···どういうことだか、わかるか?

<選択してください>

難波さんの動きを探ってた

サトコ
「津軽さんは難波さんの動きを探っていた···?」
「同じ室内でもなれ合うなと言うくらいの銀さんだから···」
「難波室と銀室も友好的ではなかったのかも」

石神
だから、銀さんは津軽を使って難波さんの動きを探らせた···ない話じゃない

津軽さんは暇人

サトコ
「他の班の捜査を見てるなんて···津軽さんは暇人···?」

石神
···本気で言ってるのか

サトコ
「え、あ、それだけではなく!津軽さんは難波さんの動きを探っていたとか?」
「もしかしたら、銀さんの命令で···」

石神
考えられない話じゃない。難波室と銀室も決して友好と言える仲ではないからな

わかりません

サトコ
「···すみません。わかりません」

石神
まだまだ洞察力を磨く必要がありそうだな

サトコ
「はい···」

石神
難波室と銀室は決して友好的とはいえない
銀さんが津軽に命じて、難波さんの動きを監視していた可能性はある

サトコ
「なるほど···」

サトコ
「つまり私を監視していたんじゃなくて、皆さんを監視していたと···?」

石神
その可能性もある

サトコ
「じゃあ、私が気にする必要はもうないんでしょうか?」

石神
いや、相手は津軽だ。油断はできない。向こうの目的をもう少し探ったほうがいい

サトコ
「わかりました」

石神
課内での足の引っ張り合いもないわけじゃない
お前もこれから、こういう世界で生きていくということだ

軽く肩に手を置き、秀樹さんは先に屋上を出ていく。

(まだまだ未熟ってことか···)

秀樹さんの口調は終始教官だった時と同じもので。
急に訓練生の頃に戻ったような感覚に陥っていた。

【公安課】

(探るは、津軽さんの目的!)

公安課のデスクに戻り、津軽さんの方をチラチラと窺う。

(動物園の時には気配すら感じられなかった津軽さんを探るには、どうしたらいい?)
(アンテナショップにでも行って、めずらしいご当地お菓子で気を緩ませるとか···?)

百瀬
「おい」

サトコ
「は、はい!」

横から不機嫌な声が投げられて、振り向くと百瀬さんが私を睨んでいる。

サトコ
「な、何でしょうか···」

百瀬
「なに津軽さんのこと見てんだ」

サトコ
「い、いえ、別に···いいじゃないですか。見るくらい。減るもんじゃないし」

百瀬
「減る」

サトコ
「え」

百瀬
「減る」

サトコ
「······」

(津軽さんのことを探るには、番犬・百瀬さんを何とかしないとダメだ···!)

津軽
モーモ、そんなに凍てついた目で後輩を見ないの

サトコ
「津軽さん!」

(いつの間に、こんな至近距離に!?)

百瀬
「凍りつけ」

サトコ
「塩対応を超えて氷対応ですか···」

津軽
ウサちゃんが凍ったら、俺が温めてあげるよ
モコモコのヒツジの毛皮みたいに

サトコ
「!」

津軽
人類を温めてくれるヒツジって貴重だよね~

そう言いながら、津軽さんは背を向けて仕事へ戻った。

(う···ヒツジ···ヒツジピンポイントで!)
(そこを突いてくる意味は、やっぱり秀樹さん···)

サトコ
「仕事に戻ります···」

津軽さんを探る壁は果てしなく高いーー

それから、数日後。

(結局、何の収穫もなし···そもそも百瀬さんの番犬ぶりが完璧すぎて)
(ご当地お菓子作戦はマズイお菓子を食べさせられただけだったし···)

サトコ
「はぁ···」

(秀樹さんに相談したいけど、津軽さんの目的が分かるまでは下手に連絡できないから···)

秀樹さんはまだ仕事だろうかと、夜の警察庁を振り返ろうとした時だった。
私の横によく知る車が滑り込んでくる。

石神
乗れ

サトコ
「秀樹さん···!」

すぐ横に停車した車に私は乗り込んだ。

サトコ
「驚きました。でも、大丈夫でしょうか?」

石神
つけられていたのか?

サトコ
「いえ、そんな感じはありませんでした」

石神
俺も車から確認したが、今日は誰の目もなさそうだ

秀樹さんの車は私の家の方でもなく、秀樹さんの家でもなく···湾岸方面に向かってる。

(久しぶりの秀樹さんとの時間って思っていいのかな)

会えたのは、屋上で話した時以来。
あの時は教官と訓練生と言う雰囲気だったので、恋人らしい空気を感じるのは久しぶりだ。

(津軽さんの目的さえつかめれば、こんな時間をもっと過ごせるのに···)

サトコ
「すみません」

石神
それは何に対する謝罪だ?

サトコ
「津軽さんのこと、まだ解決できていなくて」

石神
その件なら、お前が謝る必要はないだろう

秀樹さんの車はゆっくりと海が見える港近くに停車した。
ハンドルから手を離した彼が、こちらを向く。

サトコ
「でも、私が目的を全く探れずにいるから···」

石神
できないのなら、なぜ俺を頼らない

サトコ
「え···?」

言われた意味が分からず、気の抜けた声を返してしまった。

(頼るって···助けを求めるってこと?)

石神
いつ、俺を頼るな、と言った

サトコ
「言われてませんけど···津軽さんを探るのは私の役目かと···」
「私の上司ですし···」

石神
津軽班だから···と言いたいのか?

サトコ
「い、いえ···」

軽く眉を上げる秀樹さんに言葉の選び方を間違えたかと焦る。
けれど、秀樹さんがすぐに小さく首を振った。

石神
今のは俺の言い方が悪かった
確かに、津軽を探るという意味では、お前の立場の方が適している
だがそれは、お前がひとりで抱えるという意味ではないだろう

理知的な秀樹さんの声に感情が滲む。
それはもどかしさで、声に籠る気持ちが私の心に響いてくる。

石神
これは仕事の問題でもあるが、そう言い切れない面もある
違うか?

サトコ
「いえ···違いません···」

(津軽さんが難波さんの動きを探っているという仮定があっても)
(私と秀樹さんの関係が疑われてるという怖さもあって···)

恋愛禁止の銀室···仕事に関することだが、秀樹さんとの関係そのものに及ぶ重大ごとでもある。

石神
なら、ふたりで向き合うのが道理だ

しっかりと見つめられながら言われれば、その意味を少しずつ理解することができる。

(そっか···秀樹さんの手を煩わせずに、津軽さんのことを解決しなきゃって自然に思い込んでた)
(秀樹さんに失望されたくないから···)

まるで学校の時の課題に挑むような姿勢だったのだと気が付く。

サトコ
「すみません···秀樹さんを頼って、出来ないヤツだと思われるのが怖くて」

石神
経験の差があるのは当たり前だ。そうでなければ、それこそ俺の立場がない

秀樹さんの手が上がり、ゆっくりと頬に添えられた。
拳銃を握ることで出来る独特の手が温もりを分けてくれる。

石神
階級で言えば上下はあるが、プライベートでは対等だ
関係に優劣をつけるな

声に込められたもどかしさは、そこに対するものだったのだろう。
指先に力が入るのがわかる。

(秀樹さんを公安刑事として尊敬するあまりに)
(気が付けばプライベートでも壁を作ってたのかも)

教官と補佐官、警察の階級でも大きな開きがある。
そんな彼と恋人になり、未だに切り替えが上手くいかないのも事実だった。

石神
仕事の時の関係が頭から抜けないなら···
余計なことは全く考えられない状況を作ってやらなければならないな

サトコ
「そ、それって···」

言葉に隠れるもどかしさが、密やかな色に覆われた気がする。
見つめられる瞳の強さに口が渇き、答えられずにいると···秀樹さんが再び口を開いた。

石神
まず、お前はどうしたい?それを教えてくれ

サトコ
「一番いいのは、津軽さんに私たちの関係を知られずに···」
「監視疑惑が解けるのが一番かと···」

石神
確かにな。向こうの目的がどうであり、俺も自分の女を他の男に監視させる趣味はない

“自分の女” という言い回しにドキッとさせられる。

(何か、今日の秀樹さん···教官っぽさもあるんだけど、その後ろに恋人らしさがあって···)

きっと初めてのことではないのだろうけれど。
2つの顔が混在する彼にいつも以上に鼓動が早くなっていく。

石神
難波さんの方はともかく、お前の方面だけでも早々に決着をつけよう

サトコ
「というと···?」

秀樹さんは携帯を取り出した。

サトコ
「え、まさか···」

石神
···津軽、石神だ

サトコ
「!?」

(いきなり、本人と直接交渉!?)

驚いて目と口を開いた私に、秀樹さんはふっと余裕の笑みを寄こしてきた。

to be contineud

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