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#彼が野生動物だった件 加賀1話

ライオンとは、プライドの象徴である生き物。
プライドを守るため、死闘を繰り広げることもしばしばだというーー

【自室】

(··· “しばらく、会うのを控えませんか?” )
(こんな重要なことをLIDEしたのに···返信ナシ!)

サトコ
「はあ···わかってたけど」
「···わかってたけど、やっぱりちょっと寂しい」

(津軽さんに見張られてるかもしれないから会うの控えませんか、なんて赤裸々には言えないし)
(きっと加賀さんは、『またくだらねぇこと言いだしやがって』とか思ってるんだろうな)

来ない返信を待ちながら、スマホ片手に眠りについた。

【警察庁】

翌日、結局加賀さんからの返信はなかった。

(まあ、そりゃそうだろうな···加賀さんにとっては所詮、私の戯言程度···)

加賀
······

顔を上げると、向こうから加賀さんが歩いてくる。
私になど一瞥もくれず目も合わせず、何事もなかったようにすれ違った。

(そ···そうだよね。こんなところで昨日のLIDEの話なんてできないし)
(そもそも津軽さんに怪しまれてるなら、下手に接触しない方が)

加賀
···おい、何してやがる

サトコ
「!」
「えっ、あの」

津軽
あーらら、見つかっちゃった

(え!?)

振り返ると、加賀さんの視線の先にはまるで隠れるようにして津軽さんがいた。

津軽
別に兵吾くんに用じゃないよ

加賀
······

津軽
ねぇウサちゃん?俺がいること、気付いてたよね?

サトコ
「······!」

<選択してください>

もちろん気付いてた

サトコ
「も、もちろん気付いてたに決まってるじゃないですか···ハハハ、やだなあ···」

加賀
······

津軽
······

(わあ···普段は絶対意見が一致しないふたりから同じように蔑まれてる···つらい···)

私に何か用?

サトコ
「津軽さん···私に何か用ですか···?」

津軽
ん?自分の班の班員の様子を見守るのが、何かおかしい?

サトコ
「そ、そういうわけじゃないんですけど」

(見守る···っていうよりは、『見張る』って感じだった気がする···)

見張ってます?

サトコ
「津軽さん、もしかして私のこと、見張ってます···?」

津軽
へえ、見張られるようなやましいことでもしたんだ

(ぐっ···やぶへび···!)

加賀
······

(加賀さんも、上手い返しができない私に呆れてる···!)

津軽
さてと、それじゃ戻ろうか

サトコ
「えっ、私もですか?」

津軽
ちょっと確認するのを手伝って欲しい資料があるんだよね

サトコ
「はあ···」

(百瀬さんじゃなくて、私が確認しなきゃならない資料って何だろう···?)

どうやら加賀さんも公安課ルームへ戻る途中だったらしく、方向が一緒になった。

津軽
ねー兵吾くん、今どんな捜査してんの
小耳に挟んだ話だと、有名実業家が関わってる事件とかって

加賀
頭でもわいたか。教えるわけねぇだろ

(瞬殺···)
(石神教官とも仲悪いけど、それとはまたタイプが違う気がする···)

笑顔で話しかける津軽さんを、加賀さんはまとわりつく虫を払うようにしている。
対照的なふたりを後ろから眺めながら、公安課ルームへと戻った。

【公安課ルーム】

そこでは、百瀬さんが何やら資料をまとめていた。

津軽
モモ

百瀬
「はい」

津軽さんが部屋に入る前から気配に気づいていたらしく、百瀬さんがサッと資料を出す。

サトコ
「さすが、津軽さんの忠実な犬···」

百瀬
「オマエは黙ってろ」

サトコ
「ほ、褒めたんですよ···」

(百瀬さんにはなんとなく、自分と似たものを感じる···)
(私はいつまで経っても、忠犬扱いしてもらえないけど)

津軽
へえ···ウサちゃん、これ見て。ライオンって雌から誘うんだって

サトコ
「···は?ライオン?」

津軽
刺激的だね。人間もこうあるべきだと思わない?

サトコ
「サラッとセクハラ言わないでください」
「っていうか、私に確認させたい資料って···」

津軽
うん、これ

(···なぜ、ライオンに関する資料を!?)
(もしかして、次の捜査で何か役に立つとか···?)

加賀
······

意味深に笑む津軽さんを、加賀さんはまったく相手にしていない。

(けど···私が気になる!)
(これってつまり、加賀さんがライオンみたいだからその生態を調べたってことじゃ···!?)
(考えすぎ?でも津軽さんのあの表情···目配せ···)

そして、その資料を私に確認させるというのは···
要するに、私を加賀さんの仲を疑っているのだろう。

(早々になんとかしないと、こうやって津軽さんに絡まれ続ければ加賀さんは近々爆発する···)
(そしてその矛先は···私!)

サトコ
「自分の身は自分で守らないと···」

津軽
何か言った?草食動物ちゃん

サトコ
「なんでもないです···」

自分の身の危険もあるけど、津軽さんに加賀さんのことを疑われ続けるのはよろしくない。
仕事に支障が出るかもしれない状況は、早めに断ち切らなければならなかった。

サトコ
「それにしても、わざわざ百瀬さんに調べさせるって」
「···百瀬さん、ヒマなんですか?」

百瀬
「あの人の命令なら、何でも調べる」
「たとえそれが、アメリカ大統領の隠し子でもな」

サトコ
「でも実際に調べたのは、ライオンの生態···」

百瀬
「オマエはライオンにでも食われてろ」

サトコ
「いたっ」

ガッと足を蹴られ、痛みにしゃがみ込む。

(はあ···アメリカ大統領の隠し子を調べるような事態になることは避けたいけど)
(でも、公安刑事がライオンの生態調査か···日本って平和だな···)

【自室】

その後も、津軽さんは私と加賀さんの仲を疑い続けているのか、
毎日のように加賀さんについて探りを入れられ、疲弊する日々を送っていた。

(津軽さんがいないときは百瀬さんにそれとなく見張られてる気がするし)
(仕事中は加賀さんと一切連絡が取れない···これはどうにかしないと)

自分から連絡しようにも、加賀s名は最近不定期で捜査に出ている。
もしかしたら今も捜査中かもしれないと思うと、迂闊に連絡できなかった。

(捜査中はスマホの電源切ってるだろうから、電話してメッセージ残しておこうかな)
(それとも、捜査が終わったら連絡くださいってLIDEに···)

そう考えたところで、加賀さんから電話が来た。

サトコ
「はい、氷川です!」

加賀
まだか

サトコ
「はい···?」

加賀
テメェんとこの班長の疑いは、もう晴らしたのか

サトコ
「そ、それは···」

(って···え?加賀さん、どうして津軽さんが私たちを疑ってるって···)

加賀
チッ、まだか···ボサッとしてんじゃねぇ
あの野郎がまとわりついてきて迷惑だ。さっさとどうにかしやがれ

サトコ
「···加賀さん、もしかして」
「津軽さんが私たちのこと疑ってるって、気付いていたんですか?」

加賀
なんで気付かねぇと思う

サトコ
「だ、だって···はたから見れば、津軽さんは加賀さんと私をからかってるだけに見えるので」

加賀
尾行されてただろ
あいつは俺に用はねぇと言ったが、俺たち両方を尾けてた
なら、俺とお前の両方に用があるってことだ

(じゃあ、最初のあの段階で気付いてたの···!?)

加賀さんの嗅覚のすごさに、一瞬言葉をなくす。
やっぱり、加賀さんに比べたら私なんてまだまだだと思い知らされた。

加賀
相変わらず、変なもんに憑かれやがって

サトコ
「そんな、津軽さんを怨霊みたいに···」

加賀
たいして違わねぇだろ
とにかく、さっさとどうにかしろ

言うだけ言うと、加賀さんは電話を切ってしまった。

【公安課】

加賀さんに釘を刺されながらも、津軽さんの疑いを晴らすというのは容易ではなく···
結局何も解決策を見いだせないまま、数日が過ぎた。

(はあ···そもそもどうして、私と加賀さんの関係を疑ってるんだろう?)
(教官たちはもう知ってるけど、津軽さんは知らない···はず)

サトコ
「いや、でも···あの津軽さんが知らないわけないか···?」
「津軽さんのためならどんな情報でも集める百瀬さんだっているし」

加賀
うるせぇ。その舌引き抜くぞ

サトコ
「ヒッ」

公安課ルームに戻った途端飛んできた罵声に、思わず跳び上がる。
でも中にいた加賀さんがその言葉を向けた相手は、私ではなかった。

津軽
ただの雑談じゃん
『ライオンは雌の方から雄を誘うらしいよ』って言っただけ

加賀
······

津軽
兵吾くんは責める派だから興味ないかな

(あの目···『テメェは他に話題がねぇのか』っていう蔑みの目···)
(ちょいちょい向けられる私だからこそ、よくわかる···)

公安課ルームには、他に誰もいない。
最近やたらと絡んでくる津軽さんに、加賀さんの苛立ちが募っていくのが目に見えて分かった。

(これは本当に近日中にどうにかしないと、私の命が危ない···!)
(だけど津軽さん相手に、具体的にどうすれば···!?)

【カフェ】

数日後、鳴子と公休が被ったので、久しぶりに一緒に買い物をした。

鳴子
「いやー、丸一日休みっていいよね。昔はこれが当たり前だと思ってたけど」

サトコ
「うん、仕事のことを考えなくていいありがたみがよくわかる···」
「そういえば鳴子がさっき買った服、いい感じだね」

鳴子
「でしょ?サトコも買えばよかったのに」

サトコ
「うーん、悩んだけど···やっぱりあれは私じゃなくて、鳴子の方が似合う気がして」

他愛のない話から、気が付けば最近の仕事の報告会になる。
機密事項はもちろん話せないけど、少し愚痴ったりするだけでも気分が変わった。

鳴子
「あーそれじゃサトコは、公安課に配属されても相変わらずだ」

サトコ
「そうだね···たまに、まるで学校にいるかのような感覚を覚える···」

鳴子
「いくら学校で学んだことを活かそうとしても、あの教官たち相手じゃねぇ···」
「でも逆に教官たちなら、サトコがちゃんと成長してるの、わかってくれてるよ」

サトコ
「うん···」

(そう···教官たちは2年間、ずっと育ててくれたから)
(···『教官たちは』?)

思い浮かんだのは、津軽さんの顔だ。

(津軽さんは、私の公安学校時代を知らない···)
(突然公安課に配属された、公安学校出身の女、としか)

津軽班に配属されてからは、一生懸命やってきたつもりだ。
でも鳴子に言ったように、未だに学校にいるような気分になることがあるのも事実だった。

(それって···もしかして···)
(そうか···だから津軽さんは···!)

【食堂】

翌日、社食で昼食を食べていると、ドカッと向かいの席に加賀さんが座った。

サトコ
「加賀警視···?」

加賀
······

(お昼時だから、混んでで他に席はない···けど、わざわざ?)
(そうか···やっぱり今回の津軽さんの行動は···)

加賀
おい、そろそろ···

サトコ
「教官!私、しっかりわかりましたから!」

加賀
あ?

<選択してください>

話を合わせて

サトコ
「話、合わせてください!」

向かいにいる加賀さんにしか聞こえないように囁くと、再びランチに戻る。

サトコ
「ちゃんとわかってます!だから教官、見ててください!」

加賀
······

もう大丈夫です

サトコ
「もう大丈夫です。数日中にケリをつけますから」

加賀
···ずいぶんな自信だな

サトコ
「わかったんです。この状況がどういうことなのか」
「だから、もうちょっと待ってください」

絶対やり遂げてみせます

サトコ
「私、絶対やり遂げてみせますから!」

加賀
なんの話だ

サトコ
「いいんです。わからなくても」
「それとも···もしかして、加賀さんも気付いてるかもしれませんけど」

加賀
······

津軽
······

(左後方の席に、津軽さんの姿を確認)

百瀬
「······」

(···右斜め向こうに、百瀬さん)
(やっぱり···私は、津軽さんに試されてるんだ)

加賀
···好きにしろ

やる気を見せる私に、加賀さんがため息をついて目の前のカツ丼を食べ始める。

(私が加賀さんとの関係をいつまでも気にしすぎてビクビクしてるのが、この試験のポイント)
(でもそこはもう、開き直らなきゃダメだ。加賀さんがそうしているように)

何があっても、加賀さんと別れるつもりはない。
たとえ加賀さんに蹴散らされても、最後の最後までついていきたい。

(なら···その関係を知られるかもって気にして、ビクついてる場合じゃない)
(刑事として、学校で学んだことを活かせてるのか、成長しているのか···)

それを、直属の上司である津軽さんに見せる必要がある。

(それにはまず、津軽さんのプロファイリングから)
(大丈夫、使える手はいくつもある···!)

私も加賀さんに倣って目の前の定食を勢いよく平らげ、気合を入れた。

to be continued

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